VI.今後の障害者統計の在り方(まとめ)
本調査研究においては、国際的に用いられている障害者を捉え得る設問として、ワシントングループの設問、欧州統計局の設問、WHODAS2.0の3つについてインターネット調査、紙面調査、グループインタビューを実施し、評価分析を行った。
このうちWHODAS2.0については、グループインタビューでは「個々の設問は具体的で答えやすい」と好意的な意見もあったものの、現状では障害者の定義が定められていないため、現時点では、設問として導入することは難しく、今後、国際的動向を見据えていく必要があるとともに、さらに調査研究が進むことが期待される。このため、ワシントングループの設問、欧州統計局の設問が具体的な検討対象となる。
公的障害者制度の利用に関する設問は、一般人口を対象とした基幹統計調査等には導入されていないが、特に障害者を捉えようとする一部の統計調査等において用いられており、その情報が広く活用されている。こうした設問を代替する「代替性」については、インターネット調査では欧州統計局の設問の方がワシントングループの設問よりも捕捉率が高いものの、紙面調査では逆の結果となり、その捕捉率も、高くても7割未満であることから、双方ともに「代替性」があるとまでは言えなかった。
一方、公的障害者制度の非利用者で支援を必要とする者を把握することのできる「補完性」については、ワシントングループの設問及び欧州統計局の設問の両設問で認められたが、両者に大きな差は見られなかった。
また、着目する設問において「障害のある者」と「障害のない者」の間で結果に差異があることや、その設問による有益な情報の提供可能性を意味する「有意性」については、例えば就労に係る状況の差異は、今回のインターネット調査と紙面調査では、欧州統計局の設問の方が相対的に捉えることができた。他方、後者の有益な情報の提供可能性については、欧州統計局の設問は障害種別に分解することはできないという留意点もあり、この点、ワシントングループの設問は実際に差が出た場合に障害種別に分解して分析することができるため、両設問ともにそれぞれの特性があると言える。
さらに、回答のしやすさについて、ワシントングループの設問・欧州統計局の設問ともに大きな問題はないことが示唆された。インターネット調査では「総合して最も回答しやすい」割合が最も高くなったのは欧州統計局の設問である一方で、紙面調査ではワシントングループの設問が最も高くなり、かつ、どちらの比較においても大きな差は見られなかった。グループインタビューでも様々な意見があり、回答のしやすさに決定的な差はなかった。
このように、ワシントングループの設問と欧州統計局の設問を総合的にみると、代替性、補完性、回答のしやすさについてはインターネット調査等の実査の結果からみると大差がないため、どちらの設問を用いるかを判断する上では、有意性につながる両設問の役割や特性、設問を活用する場合の具体的な文脈や用途を踏まえた上で導入を検討することが求められる。
具体的には、ワシントングループの設問は視覚障害・聴覚障害等の障害種別に対応しているほか、日常生活の動作の苦労を4段階で捉えているため、障害種別や程度について分解可能な形で把握・分析を実施する場合には適している。ただし、ワシントングループの短い設問セットでは精神障害等について明示的に尋ねておらず、これらの者を捉えたい場合には情報を補完する方法を検討する必要がある。
他方、欧州統計局の設問は、健康問題の有無と、日常の一般的な活動における支障の有無及びその継続性の観点から概括的に捕捉できる。そのため、障害種別にかかわらず健康問題により活動制限が継続して発生している者を捉える場合には、欧州統計局の設問が適しており、就労に係る状況・希望について把握する場合にも有用と考えられる。ただし、障害種別の分解ができない等の限界については留意する必要がある。
さらに国際的な動向に目を向けると、国連統計委員会や国連障害者権利委員会においては障害者に関する情報についての収集や集計を実施することや、その際には障害種別等による分解可能なデータとすることが求められていることが判明した。また、欧州委員会においてはガイドラインに基づき、GALIを含むMEHMを導入した設問票が加盟国で用いられている一方で、EU-SILCでワシントングループの設問を活用しようとする動向があるほか、国連の地域委員会である欧州経済委員会でも、その会議においてワシントングループの短い設問セットに対応する選択肢・機能領域の活用が推奨されていることも把握できた。加えて、G7においては、障害者を捉える設問を巡り、様々に模索されていることも把握できた。こうした状況の下、主要な先進国では障害者を捉える設問を大規模な統計調査に導入する取組がなされていることが確認された。
他方、その具体的な対応のあり方については各国それぞれの施策や状況に応じ様々な対応が講じられている。
例えば、ワシントングループの設問に準じた設問を導入している国として、アメリカやカナダが、また欧州統計局の設問に準じた設問を導入している国として、フランスやイギリス、イタリアが挙げられる。
さらにカナダではワシントングループの設問と欧州統計局の設問を組み合わせたDSQという設問セットも存在し、センサスにおいて当該設問セットでスクリーニングを行った上でその後続調査であるCSDにおいて「障害のある者」と「障害のない者」の検討を可能にしている。
また、公的障害者制度の利用有無を前提とした独自の統計調査を実施している国も存在する。例えばドイツにおいては公的障害者制度の利用状況に係る設問を基幹統計調査に含めることにより、公的障害者制度利用者についてさらなる状況把握ができている。加えて、公的障害者制度の利用状況とワシントングループの設問等において障害者となる者の情報を組み合わせることで、新たな施策対象者を捕捉することもできる等の利点もある。これらのことから、公的障害者制度の利用状況に係る設問を基幹統計調査等に含めることにも一定の意味があると考えられる。
以上を踏まえ、今後、2022年度までの実施を目途に、例えば、国民生活基礎調査や社会生活基本調査といった、一般人口を対象として実施される大規模調査であって障害者の十分な回答数が確保できる既存の基幹統計調査等について、統計調査の目的や実施上の制約(紙幅等)はどのようなものか、他の設問との関係性はどうか等を考慮しつつ、上記で述べた各設問の特性等を基に、障害者を捉える設問を導入すること及びその場合の具体的な設問のあり方を検討することが望まれる。
その際には、国際的な動向との整合性や障害種別・程度に応じた把握・分析が一定程度可能であること等に鑑みると、ワシントングループの設問の活用可能性をまずは検討することが望ましい。一方で、今回の実査の結果からは欧州統計局の設問は代替性、補完性、回答のしやすさの点でワシントングループの設問と大差がないとともに、就労状況等の把握については利点が見られるため、こうした利点や健康問題の側面等を重視する場合には欧州統計局の設問を用いることや、カナダのようにそれぞれの設問を組み合わせて双方の利点を生かした設問とすることなど、導入する基幹統計調査等の特性や制約にあわせた調査の設計を検討することが適切と考えられる。このことは公的障害者制度の利用状況を含めるかどうかについても当てはまる。
おわりに、本調査研究で明らかになった各設問の役割・特性や国際的な動向、既存の統計調査の個別の位置づけや運用の実態等を踏まえ、関係省庁において積極的に具体的な検討が行われ、その結果として、障害者統計の充実が図られることにより、我が国の障害者施策が障害者権利条約や障害者基本法等に沿った実効性のある取組となることを期待して本調査研究の報告としたい。