2 国外調査 2.4.2

2.4 調査結果

2.4.2 ヒアリング調査の結果

 文献調査で対象とした7つの地域・国における「ESG要素についての非財務情報の開示の枠組み」、「ESGについての投資に係る枠組み(スチュワードシップ・コード等)」、「ESGについての機関投資家の投資方針」において、障害者施策に特化した記述は、限定的であった。そのため、ESGにおける障害者施策のポテンシャル等について、ヒアリング調査によって、具体的に聴取した。

 ヒアリングでは、上記の3要素に加え、「ESGについての投資基準としての評価枠組み」も対象とし、これらに関連する5主体を対象として、障害者施策が事業者による自律的な取組促進に関するされるポテンシャルについて聴取した。

(1) ESGにおける障害者施策の現状と方向性

 ヒアリングで多かった意見としては、障害者施策は社会(S)領域で言及される「ダイバーシティ」や「人権尊重」等の概念に含まれるものの、それ自体が特化された議題とはなっておらず、具体的な内容については今後の課題であるといったものが挙げられる。また、社会(S)領域は、気候変動を中心的な題材として議論が進む環境(E)領域と比較して、国・地域によって重視されるテーマに傾向があること、ダイバーシティ・インクルージョンの対象について、特に米国では、障害者が念頭に置かれることも稀にあるものの、基本的にはジェンダーや人種が中心となっていといった意見もあった。ESGの認知向上や成熟により、社会(S)領域自体は確実に注目を浴びるようになっており、障害者の議論についても、今後の展開が期待される。

 複数の回答者から共通して回答・指摘があった内容は、以下のとおりである。

1) 障害・インクルージョン等の概念の定義及び分類基準(タキソノミー)の整備

 「障害」や「インクルージョン」といった概念については、現状、国際的に通用する明確かつ一貫した定義及び分類基準(タキソノミー)がないため、これを確立していくことが重要であるとの指摘があった。ESGの分野においては、タキソノミーが重要な役割を果たし得ることが認識されはじめており、例えば、環境(E)領域において、「グリーン」や「持続可能性」という言葉が、何を指し示すのかが必ずしも明らかでないままに使われてきたことを踏まえて、欧州委員会のサステナビリティ・プラットフォームでは、新たに「EUタキソノミー」の整備が進められている。この一貫として、社会(S)領域におけるEUの分類基準である「ソーシャル・タキソノミー」の議論も開始されている。現時点の「ソーシャル・タキソノミー」の案文では、障害者施策が明示的に書き込まれているものではないものの、今後の検討を通じ、障害者施策に係る事項も盛り込まれることが期待される。

2) 持続可能な開発目標(SDGs)や企業の社会的責任(CSR)等との連携

 事業者においては、障害者の権利を含めた形で、持続可能な開発目標(SDGs)、企業の社会的責任(CSR)、ビジネスと人権といった枠組みの中で、ダイバーシティ・インクルージョンの取組が進められている。ヒアリングにおいても多くの企業がESG対策やガイドラインを遵守することの必要性を感じはじめているという指摘もあったところ、上述のような動きとも連動させながら、ESGに関する取組を進めていくことも考えられる。

3) デジタル化・テクノロジーの利活用

 デジタル化及びテクノロジーの利活用は、障害者にとって様々な社会的障壁を除去することに貢献し得る。非雇用分野においては、デジタル化や技術を応用し、障害者の直面する社会的障壁を取り除くことに繋がるような製品・サービスを提供することによって、新たなマーケットの開拓につながるとの意見があった。

(2) ESGにおける障害者施策の動向について

1) 障害者についての取組の指標化について

 障害者についての取組をスコア化した好事例としては、米国において米国障害者協会(AAPD)と民間団体であるDisability:IN10が開発した企業における障害者配慮に関するスコアである「障害公平指数」(Disability Equality Index, DEI)が挙げられた。DEIの評価に際しては、次の6つの測定基準が用いられている。

1 文化及びリーダーシップ
2 企業全体のアクセス
3 雇用慣行
4 コミュニティー・エンゲージメント
5 サプライヤーの多様性
6 米国以外における事業

 DEIは、基本的には雇用に関する指標であるが、測定基準をみると、例えば「企業全体のアクセス」は、雇用に限らず、一般の消費者の企業アクセスも含み得る。そのため、今後、雇用以外での「差別的取扱いの禁止」、「合理的配慮の提供」、「環境の整備」についても、その対象となる可能性はあるものと考えられる。一部の分野、例えばテクノロジーやヘルスケアといった分野では、障害者に係る取組が事務・事業につながりやすく、企業価値や利益につながりやすいのではないか、といった意見があった。

 事業者による障害者施策への取組状況をESG評価項目に導入するに当たっての課題としては、雇用以外の分野を対象とする場合、企業により自社取組の開示の程度はさまざまであることに加え、企業が自らの製品・サービスの消費者に対して障害の有無を把握すること自体が、プライバシー等、倫理的に難しい場合があるといった意見もあった。

2) 障害者施策を機会として捉えることについて

 ESGに障害者施策を位置付けていくに当たって、機会要因(事業拡大や収益につながるもの)とリスク要因(取組が進まない場合は企業評価の悪化につながるもの)の、どちらに位置付けて捉えるべきかについても質問した。

 その結果、機会として位置付けるべきという意見、機会とリスクのどちらにも該当するであるという意見が並び、機会として位置付けるべきではないといった意見や、リスクのみとして位置付けるべきであるという意見はなかった。

3) エビデンス・事例の蓄積・整理・共有について

 民間事業者によるレポート11には、障害者のインクルージョンが、組織の多様性を高め、結果として収益にもプラスの影響を与えると記載しているものもある。こうした報告については、今回のヒアリング対象となった5件全てにおいて、そのようなエビデンスを積み上げていくことが事業者による自律的な取組の推進に貢献し得るといった回答が得られた。

4) 経営層のコミットメントによる事業者取組の推進について

 障害者のインクルージョンに関する事業者による自主的な活動として、Valuable 50012が挙げられた。これは、世界的なリーディング事業者500社の協力を募り、経営トップ層による障害者のインクルージョンについてのコミットメントを取り付けることにより、事業者の取組を力強く推し進めようとするものである。

(3) 今後のアクションに向けて

 今後、ESGの文脈において障害者施策に関する議論を拡大させるにあたり、キープレイヤーとなるのは、金融機関や投資ファンド、ESGに関する投資評価に関わるインデックスを設定する主体、Disability:INなどの障害者団体、BtoC領域の企業といったアクターが挙げられた。

 現時点では、企業による障害者配慮に関する取組は、サステナビリティレポート等における開示レベルが様々であり、DEIといった指標はあるものの、投資における様々な指標を作成している評価機関におけるスコア化は今後の課題となっている。環境(E)領域に比較してスコア化に困難が伴う社会(S)領域であるが、最も影響力があるものとして(1)スチュワードシップ・コード等のESG要素に配慮した投資に係る枠組み、(2)ESGに関する投資基準としての評価枠組みがあげられた。投資に関わる枠組みに障害者に関する事項も包含され、そうした事項に関するESG評価基準が開発されることが、企業による取組を促進する上で重要だと考えられる。

 取り得る方策としては、事業者・障害者を含む国民全体への周知啓発、好事例の収集・共有等や、事業者に対して障害者に係る情報開示を促すための仕組み作りといったことが考えられるだろう。

 ESGをはじめとする、事業者の自発的・自律的な取組を促すための施策が進むことは、社会全体で共生社会の実現を図る観点からも重要である。今後も、国内外における関連動向について、注視していくことが望ましい。


10 https://disabilityin.org/

11 https://www.accenture.com/_acnmedia/PDF-89/Accenture-Disability-Inclusion-Research-Report.pdf

12 https://www.thevaluable500.com/

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