第1編 共生社会の実現に向けて 第2節
第2節 相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止
事件後、事実関係の徹底した検証と、それを踏まえた再発防止策を関係省庁一丸となって検討するため、政府は、厚生労働省を中心に、9名の構成員に加え、内閣府、警察庁、法務省、文部科学省のほか、神奈川県、相模原市といった関係自治体も参加した検討チームを平成28年8月に設置した。検討チームでは、その時点で把握された事実関係に基づく検証を行うとともに、関係団体等からの意見聴取を実施し、同様の事件が二度と発生しないよう、精神保健医療福祉等に係る現行制度に加え、いかなる新たな政策や制度が必要なのか、更には、いかなる社会を新たに実現していくことが必要なのかという観点から、計8回の会議を開催し、事実関係に基づく検証結果を中間とりまとめとして同年9月14日に、事件に関する再発防止策を報告書として12月8日に、それぞれ公表した。この翌日に開催された閣僚会議では、当該報告書の内容について報告されるとともに、再発防止策を実効性あるものとするため、関係府省庁で連携して具体的な取組を進めることについて確認された。
また、ここで明らかとなった課題等に対応するため、措置入院者が退院後に医療等の継続的な支援を確実に受けられるよう所要の措置を講ずること等を内容とする「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律の一部を改正する法律案」が平成29年2月28日に閣議決定され、第193回国会に提出された(法律案の概要については、図表1-1)。
「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」報告書の要旨(事件の検証を通じて明らかになった課題と再発防止策の方向性)
※記載は平成28年12月時点のもの
(1)共生社会の推進に向けた取組
ア 事件の検証を通じて明らかになった課題
- 中間とりまとめにおいては、今回のような事件が二度と起こらないようにするためにも、差別や偏見のない、あらゆる人が共生できる包摂的(インクルーシブ)な社会をつくることや、地域で生活する精神障害者の方々に、偏見や差別の目が向けられないようにする必要があることを課題として提示した。
- 中間とりまとめ後に本チームで行った関係団体からのヒアリングにおいては、次のようなことが重要との意見があった。
- 「容疑者の思い込みによる偏った価値観が、報道などにより拡大再生産され、多くの方が不安を強く抱き、今も感じている」ため、容疑者の間違った発言を徹底的に払拭すること
- 共生社会の実現を求める姿勢を明確に伝えていくこと
- これまで進めてきた精神障害者の地域移行の流れを阻害し、精神障害者への偏見を助長しないようにすること
- 退院後の患者を地域で孤立無援にさせない、安心して生活できる仕組みをつくるために、地域住民と行政、福祉、医療などによる包括的なケアを機能させること
イ 再発防止策の方向性
- 政府は、政府広報や「障害を理由とする差別の解消に向けた地域フォーラム」、「障害者週間」などのあらゆる機会を活用して、改めて、障害の有無に関わらない多様な生き方を前提にした共生社会の構築を目指す政府としての姿勢を明確に示し、本年4月に施行された障害者差別解消法の理念等を周知・啓発していくことが必要である。
- また、障害のある人もない人も、お互いの人権を尊重して支え合うことの重要性を、成長過程を通じて自然に身に着けていくことができるよう、学校教育をはじめとするあらゆる場における「心のバリアフリー」の取組を充実させるべきである。
- 現在、障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(平成17年法律第123号)に基づき都道府県及び市町村が作成する障害福祉計画について、国が示す基本指針の見直しを行っている。今回の事件から得られた教訓を活かし、共生社会の考え方が障害福祉計画に反映されるようにするなど、同法に基づく障害者の地域移行や地域生活の支援をこれまで以上に進めていくべきである。
(2)退院後の医療等の継続支援の実施のために必要な対応
ア 事件の検証を通じて明らかになった課題
- 容疑者は、精神保健福祉法に基づいて13日間の措置入院となっていたが、措置入院の解除後は、措置入院先病院に2回通院した以外、医療機関や地方自治体等から必要な医療等の支援を受けていなかったことが、事件の検証を通じて明らかになった。
- 具体的には、容疑者の措置入院先の病院であった北里大学東病院(以下「東病院」という。)は、措置権者である相模原市に症状消退届を提出する際、「訪問指導等に関する意見」と「障害福祉サービス等の活用に関する意見」の記載欄を空欄で提出した。
- また、相模原市は、このことについて東病院に確認せず、加えて、症状消退届の記載から容疑者の退院後の帰住先を八王子市と認識していた。このため、相模原市は容疑者を退院後の支援の対象外と判断し、措置解除の際に退院後に必要な支援の検討を行わなかった。
- 結果として、相模原市に帰住していた容疑者は、通院を中断した後、地方自治体や医療機関のいずれからも、医療等の支援を受けていなかった。
- 厚生労働省が、措置入院者の退院後の支援のあり方について、都道府県及び政令指定都市(以下「都道府県等」という。)に行った調査によれば、退院後の医療等の支援について明文化したルールを設けている都道府県等は約1割に止まっていることが明らかとなった。このうち、明文化したルールを設けていた相模原市においても、個人情報保護条例に違反するおそれがあるとし、他の地方自治体に対しては、退院後の支援に必要な情報を提供するルールとなっていなかった。今回の事件においても、相模原市は、帰住先と認識していた八王子市に情報提供をしていなかった。
- また、厚生労働省が、症状消退届の記載について、一部の都道府県等に行った調査によれば、措置解除後に直接通院となるケースでは、「訪問指導等に関する意見」と「障害福祉サービス等の活用に関する意見」のいずれについても、全体の2割程度は空欄であり、記載がある場合でも、全体の半分以上は「必要ない」との記載であった。この調査により、症状消退届を作成する措置入院先病院において、退院後の支援のあり方について、十分に検討が行われていない実態が明らかとなった。こうした実態について、都道府県等や厚生労働省は問題意識を持たずに制度を運用してきた。
- このように、相模原市や東病院と同様の対応は、他の地方自治体や病院でも行われる可能性があると言っても過言ではない状況である。これは、現在の精神保健福祉法のもと、措置入院者の退院後の医療等の支援について、支援内容の検討や、支援を行う際の責任主体や関係者の役割、地方自治体を越えて患者が移動した場合の対応等が明確になっていなかったことが原因と考えられる。
- こうした現状を改善し、入院中から措置解除後まで、患者が医療・保健・福祉・生活面での支援を継続的に受け、地域で孤立することなく安心して生活を送ることが可能となる仕組みが必要である。精神科病院、精神科診療所、障害福祉サービス事業所等の協力のもと、あらゆる地方自治体において、このような仕組みを整備することが、ひいては、今回のような事件の再発を防止することにつながると考えられる。
- 本チームで行った関係団体からのヒアリングでは、退院後の医療等の支援について、患者を犯罪防止の観点から監視するものではなく、患者に対して、適切な治療や福祉サービスを確実に提供するために行われるべきであるとの意見があった。
イ 再発防止策の方向性
- 措置入院から退院した後の患者が、医療等の継続的な支援を受け、地域で孤立することなく生活を送れるようにするためには、措置入院中から措置解除後の各段階において、明確な責任主体を中心として、関係者による退院後の医療等の支援が進められていく仕組みを設けることが必要である。
- 措置入院中・措置解除時の対応としては、以下のような仕組みが考えられる。
- 措置を行った都道府県知事又は政令市長(以下「都道府県知事等」という。)が、措置入院者の「退院後支援計画」を作成すること
- 都道府県知事等が、計画の作成に当たり、関係者と支援内容等の検討を行うための会議を開催すること
- 措置入院先病院は、退院後生活環境相談員を選任し、患者の退院に向けた支援を行うこと
- 措置入院先病院は、患者の退院後の医療等の支援ニーズに係るアセスメントを行い、その結果を都道府県知事等に伝達すること
- また、措置入院者の退院後の対応としては、帰住先の都道府県や保健所設置市等(以下「保健所設置自治体」という。)が、退院後支援計画を引き継ぎ、関係者による支援の調整等を行うことにより、患者に必要な支援を継続的に確保する仕組みとするべきである。
(3)措置入院中の診療内容の充実
ア 事件の検証を通じて明らかになった課題
- 容疑者は、措置入院先病院において、措置入院時の精神症状について、「大麻使用による脱抑制」であると診断された。一方で、精神科救急の現場は、主に統合失調症や気分障害を想定した診療体制であるため、薬物使用に関連する精神障害への対応が不十分な環境であることも多い。また、薬物使用に関連する精神障害の診断がなされた場合には、薬物以外の精神障害の可能性の検討が不十分となったり、生活歴の聴取や心理教育目的での関わりが希薄になったりする可能性がある。
- 一般的に「大麻使用による脱抑制」のみで、容疑者の措置入院時のような精神症状が生じることは考えにくい。今回の事件でも、薬物使用に関連する精神障害について十分な診療経験を有する外部機関の医師の意見を聴くことや、より詳細な生活歴の把握、心理検査等の実施により、異なる診断や治療方針が検討されたり、本人の性格特性に応じた支援体制が構築された可能性があった。
- 加えて、薬物使用に関連する精神障害の場合には、患者本人だけでなく家族への支援が必要となることが多い。このため、入院中からあらかじめ家族に適切な心理教育を行い、家族支援が可能な多職種・多機関と連携をとるなどの対応が考えられる。今回のケースでは、こうした対応がとられていなかったと考えられる。
- 以上のように、薬物使用に関連する精神障害について十分な診療経験を有する医師にとっては当たり前である治療方針等の知見が、一般的な精神科救急の現場に普及していないことが明らかとなった。こうしたことの背景には、そもそも、措置入院中の診療内容において留意すべき事項等について、明確になっていないことが挙げられる。
- また、医師の養成段階から生涯にわたる医学教育において、退院後の医療等の支援に係る内容や、薬物使用に関連する精神障害に関する内容が十分なものとなっていないことも背景として考えられる。
イ 再発防止策の方向性
<1>措置入院中の診療内容等についてのガイドラインの作成等
- 措置入院中の患者に対する適切な診断、治療や、措置解除後の患者に対する必要な医療等の支援が行われるようにするためには、厚生労働省において、
- 院内多職種ミーティングによる治療方針の決定や、認知行動療法の考え方を取り入れた社会復帰に向けた治療プログラム等の提供、
- 心理検査や退院後支援ニーズアセスメントによる退院後の治療方針の検討、
- 薬物使用に関連する精神障害が疑われる患者への対応
- また、措置入院者に対して手厚い医療を提供できる体制を確保するため、違法薬物の使用等が関連する事例や、特性に応じた対応が必要なパーソナリティ障害等の存在が予想されるときは、十分に対応が可能な公的病院等の専門性の高い医療機関を、措置入院先として積極的に活用すること等が考えられる。
<2>専門知識を有する医師の育成
- 措置入院者に対して質の高い医療を提供するためには、医師の養成段階から生涯にわたる医学教育の充実を図り、措置入院者の診療等を行う医師の質を高めることが必要である。
- このため、厚生労働省においては、指定医の取得や更新時に受講が義務づけられている指定医研修会の研修内容に、「地域復帰後の医療等の継続的な支援の企画」や「薬物使用に関連する精神障害」に関する内容を加え、指定医の専門性を高めるべきである。さらに、厚生労働省は、精神科医等を対象として現在行っている、薬物依存症治療に係る研修の一層の推進を図るべきである。
- また、文部科学省と厚生労働省が連携をとりながら、卒前の医学教育の指針となる「医学教育モデル・コア・カリキュラム」の改訂等の取組を行うに当たって、「地域復帰後の医療等の継続的な支援の企画」や「薬物使用に関連する精神障害」に関する教育が充実するよう、必要な対応をとるべきである。
(4)関係機関等の協力の推進
ア 事件の検証を通じて明らかになった課題
- 警察においては、容疑者が衆議院議長公邸に持参した手紙に係る情報を得た後、容疑者の言動等を踏まえ、警察官職務執行法(昭和23年法律第136号)第3条に基づき容疑者を保護した。そして、精神保健福祉法第23条に基づき相模原市への通報を行った。これを受け、相模原市においては、指定医の診察を経て、容疑者を緊急措置入院とし、その後、措置入院とした。なお、容疑者については、その手紙の内容等から、刑罰法令を適用して検挙することは困難であり、また、これらの一連の対応は法令に沿ったものであった。
- 一方で、精神保健福祉法第23条に基づく警察官通報が行われたもののうち、措置診察や措置入院につながった割合については、地方自治体ごとにばらつきが生じている。
- 厚生労働省が行った調査によると、措置診察の必要性を判断する際に、精神保健福祉センターの指定医等に相談することを定めたマニュアルを作成している地方自治体は、調査した17自治体のうち8自治体であった。
また、厚生労働省の通知では、措置入院の診察を行う指定医について、同一の医療機関に所属する者を選定しないこととするとともに、措置決定後の入院先について、当該指定医の所属病院を避けるよう配慮することを求めている。この通知に沿った指定医の選定を行っているのは、調査した11自治体のうち2自治体であった。
- このようなばらつきの背景には、措置診察や措置入院の判断に当たってのチェックポイントや手続が明らかにされていないことがあると考えられる。
- また、今回の事件では、容疑者の尿から大麻成分が検出されるなどの大麻所持が疑われる情報が、措置権者である相模原市から、警察等の関係機関に提供されなかった。このように、措置入院の過程で認知された犯罪が疑われる具体的な情報について、地域の関係者間での円滑な共有のあり方が必ずしも協議されていないことが明らかとなった。
- さらに、本チームの議論では、緊急措置診察や措置診察の時点で他害のおそれが精神障害によるものか判断が難しい事例(以下「グレーゾーン事例」という。)があることについて、都道府県知事等や警察などの関係者が共通認識を持つべきではないかとの意見が出された。
- なお、厚生労働省は、指定医資格の不正申請に係る調査の結果を踏まえ、平成28年10月26日に89名の指定医の指定の取消処分を行った。その調査の過程において、容疑者の措置診察を行った指定医2名のうちの1名は、指定医の指定申請時に不正なケースレポートを提出していたことが判明した。当該指定医は、自ら診療録に何も記載しなかった事実を認め、既に指定医の辞退届を提出し、指定医の資格を喪失している。
イ 再発防止策の方向性
<1>措置診察等の判断に係るチェックポイントの作成等
- 緊急措置診察や措置診察は、法定受託事務であるとともに、患者の人権制限にも関わる行為である。このことに鑑み、各都道府県等で適切な判断が行われるよう、精神保健福祉法の理念を踏まえ、国において適切に、指導・支援を行うことが必要である。また、警察においては、法令に基づく保護、通報等を適切に行うことが必要である。
- このため、警察官通報が行われたもののうち、措置診察や措置入院につながった割合にばらつきが生じていることの要因分析等を進める必要がある。そして、都道府県知事等における適切な判断の参考になるよう、判断に当たってのチェックポイントや必要な手続を明確化するべきである。
- また、指定医の指定申請に当たっての不正が多数認められたことを踏まえ、厚生労働省においては、その要因を分析し、指定医制度の見直しを行うことにより、同様の事案の再発防止を図ることが必要である。
<2>都道府県等における協議の場の設置等
- 措置入院の適切な運用が図られるためには、都道府県や市町村、警察、精神科医療関係者等の関係者の相互理解を推進する必要がある。
- このため、これらの関係者が地域で定期的に協議する場を設置することなどにより、その相互理解を図っていくことが必要である。協議の内容としては、措置診察に至るまでの地域における対応方針、通報等に基づく移送のあり方、具体的な犯罪情報を把握した場合の情報共有のあり方等が考えられる。また、国は、協議の開催に当たっての支援を行うことが必要である。
なお、グレーゾーン事例のうち、医療・福祉による支援では対応が難しいものについて他害防止の措置を執れるようにすることについては、人権保護等の観点から極めて慎重でなければならない。
(5)社会福祉施設等における対応
ア 事件の検証を通じて明らかになった課題
- これまで社会福祉施設等は、地域と共生していく考えのもと、地域に開かれた存在であることを基本的な方針としてその運営を進めてきた。一方で、国や地方自治体からは、児童福祉施設等を除いて、社会福祉施設等における防犯に係る安全確保の対策を示してこなかった。
- 今回の事件を受け、中間とりまとめでは、社会福祉施設等の防犯に係る取組を進めていくために、国が、具体的な点検項目を示す必要があることを課題として提示した。
- また、今回の事件は、障害者の生活支援を行う施設の元職員が起こした由々しきものであった。社会福祉施設で働く職員が、障害者等に対する差別意識を持つことなく、利用者に寄り添いながら働くことができるよう、施設職員の人材育成、職場環境の確保を図っていく必要性が明らかになった。
イ 再発防止策の方向性
- 厚生労働省は、平成28年9月15日付けで、関係課長名による「社会福祉施設等における防犯に係る安全の確保について(通知)」を発出した。これにより、職員に対する防犯講習の実施等の「社会福祉施設等における防犯に係る日常の対応」、不審者情報がある場合の関係機関への連絡体制や想定される危害等に即した警戒体制等の「緊急時の対応」に関する具体的な点検項目が示された。この通知では、地域と一体となった開かれた社会福祉施設等となることと安全確保との両立を図ることや、利用者の自由を不当に制限したり、災害発生時の避難に支障が出たりすることのないよう留意することにも言及している。
また、警察庁においても、同日、この通知を都道府県警察に周知し、社会福祉施設等から協力要請があった際の適切な対応を指示している。 - 「地域に開かれた施設である」というこれまでの方針を変えることがあってはならず、これからも、こうした基本的な方針と、安全確保がなされた施設であることの両立を図っていくことが必要である。また、防犯対策を講じていく上では、避難路の確保等防災対策とともに考えることも必要である。
- 今後、社会福祉施設等は、この通知を踏まえながら、それぞれの状況に応じた防犯に係る安全確保策を講じていくことが必要である。国や地方自治体においては、各施設における取組が進むよう必要な支援をすることが求められる。
- また、社会福祉施設等を利用する方が安心して生活できるように、権利擁護の視点を含めた職員への研修を更に推進することが重要である。加えて、職員が過重な労働負担等により心身ともに疲弊して孤立することがないようにすることや、共生社会について理解を深め、やりがいを持って働けるようにすること、そのほか、「ニッポン一億総活躍プラン」に掲げる職員の処遇改善を着実に実施すること等により職場環境の改善を進めていくべきである。こうした取組を通じて、職員がいきいきと障害者へのサービスに従事できるようにすることが必要である。