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平成15年度 交通事故被害者支援事業報告書

第2章 研修教材等開発事業

I 研修教材等開発事業の概要

 本事業においては、研修教材等開発小委員会を設置し、研修教材としてふさわしいテーマ、内容、構成等について検討を重ねた。
 これまでの交通事故に関する相談事業が、刑事司法、損害賠償など、手続き的なものが主体となっている現状に鑑み、平成15年度においては、精神的問題をテーマにした「交通事故被害者の支援 −担当者マニュアル−」を作成することとした。
 本書は、被害者の受ける精神的被害等について、広く、わかりやすく解説しており、各都道府県等が設置する交通事故相談所などの公的機関のみならず、NGO、支援ボランティア及び自助グループなど、交通事故の被害者に接する機会の多い方に配布することにより、多様な支援を必要とする被害者の方に対する精神的支援のマニュアルとして、有効に活用して頂きたい。


II 研修教材等開発事業小委員会での経緯

第1回 平成15年9月16日(火)
第2回 平成15年12月8日(月)
第3回 平成16年3月3日 (水)

 第1回運営委員会(以下「委員会」という。)で精神的な問題をテーマとすることが決定しており、第1回研修教材等開発小委員会(以下「小委員会」という。)では、各章ごとの概略資料について、検討や調整を行った。
 第2回委員会では、第1回小委員会議事録、各委員提出の原稿、テキストの名称、表紙及び裏面等について検討を行った。
 第3回委員会では、第2回小委員会議事録、再校原稿、今後の日程等について検討を行った。


III 交通事故被害者の支援−担当者マニュアル−要約

第1章 総論
第2章 交通事故被害者の実態
第3章 交通事故が被害者に与える精神的影響
第4章 交通事故被害者の直面する精神的課題への治療・対応
第5章 交通事故被害者支援関係者の対応
第6章 交通事故被害者および家族・遺族の会の役割
第7章 交通事故被害者支援の具体例
参考文献


第1章 総論
I.はじめに
II.交通事故をめぐる諸問題
III.刑事事件をめぐる問題と被害者に対する支援
IV.民事事件をめぐる問題と交通事故被害者に対する支援
V.交通事故被害者の受ける精神的打撃と交通事故被害者への支援
VI.今後の課題

I.はじめに
 交通事故の発生に伴い、被害者(本書では、原則として「被害者」には、被害者本人とその遺族や家族を含むものとする。以下同じ。)は、さまざまな困難な問題に直面し、身体的、精神的、経済的に大きな打撃を受ける。本書はそれらの問題のうち、特に精神的な問題を取り上げ、その実態を明らかにすると同時に、対応について論じるものである。とりわけ被害者が打撃から回復するには、どのような支援が必要であるか、また実際にどのような支援が行われているのかについて、詳しく説明する。
 交通事故の被害者の直面する問題と打撃は、犯罪被害者が直面するものと同じように極めて大きなものであるから、被害者の自助努力のみに委ねることは適当ではない。そこで、本人の自己決定を尊重しながら、本人自らの問題解決や立ち直りを支援することが必要となる。従来このような支援は、家族や地域に委ねられていたが、それも次第に困難になってきている。そこで、何らかの公的な被害者支援のための枠組みや制度を整備することが重要になる。被害者の直面する問題のうち、身体的問題や経済的問題は次第に充実してきているが、精神的問題について本人の立ち直りを支援する制度は未だ整備されていない。本書は、交通事故被害者の精神的問題とその対応について扱うものである。

II.交通事故をめぐる諸問題について
 まずは交通事故とは何か、人身事故の被害者数をみる。人身事故によって発生する問題は多種多様であるが、それらの問題は、第一は刑事責任をめぐる問題、第二は民事責任をめぐる問題、第三は行政処分をめぐる問題、第四は被害者に対する支援をめぐる問題である。第四のうち、被害者とりわけ遺族に対する精神的支援をどのように進めるべきかという問題が重要である。本書は、特にこの精神的支援をめぐる問題に対応するために刊行されたものである。

III.刑事事件をめぐる問題と被害者に対する支援
 刑法上の故意犯、過失犯の理解の重要性を説いた上で、2001年12月25日から施行された刑法第208条の2の危険運転致死傷罪の新設された事情を次のように示している。(1)交通事故や犯罪の被害者の方々が積極的に発言することなどを通じて、被害者の受ける被害の重大性に社会全体が気づきはじめたこと。(2)飲酒をすれば正常な運転ができないことが分かっているにも関わらず、あえて自動車を運転し、人を死傷する行為はもはや「過失犯」ではなく、「故意犯」であるとの認識が生まれたこと。(3)飲酒に伴う死傷事故に対する刑罰は軽すぎると考えられるようになったこと。なお、刑法第211条第2項(重過失致死傷)も同時に設けられている。

IV.民事事件をめぐる問題と交通事故被害者に対する支援
 ここでは損害賠償責任、自動車損害賠償補償制度、任意保険制度について触れている。自賠責保険の支払い限度を超える損害賠償については、任意保険制度があり、交通事故についての被害回復制度は他の分野より格段に充実している。それでも被害者側からは、加害者に対する不満がかなり見られる。加害者や保険会社の担当者は、被害者の精神的打撃の大きさにも配慮し、誠実に対応することが期待される。

V.交通事故被害者の受ける精神的打撃と交通事故被害者への支援
 自動車事故に特有の状況が、被害者への精神的打撃をもたらすといわれている。これに対して固有の支援策はないが、犯罪被害者に対する心理臨床家が次第に充実してきているので、これを参考にしながら交通事故被害者に対する支援策を充実させていくことが現実的である。具体的には、精神科医師、心理臨床家、訓練を受けたボランティアなどによるカウンセリング的対応、自助グループの活動の促進などが有効であると考えられる。また、精神的支援のみならず、被害直後の危機介入サービスや生活支援サービスも充実させてゆくことが重要である。ここでは、危機介入サービスと自助グループの活動の2つにつき、言及する。

VI.今後の課題
 交通事故の被害者が直面している被害の実態については、数多くのルポルタージュや手記などが発表されている。交通事故被害者調査については、すでに行われているものなどを通じて被害の実態は次第に明らかにされている。しかし、これで十分というわけではないので、今後さらにさまざまな実態調査が行われることが期待される。警察の対応については、1996年に制定された「被害者対策要綱」に基づき、刑事手続きや精神的支援に関する事柄を説明する「被害者の手引き」が作成され、被害者に手渡されるようになった。また、被害者や遺族と接触する警察官が、被害者の受ける精神的打撃の大きさをより正確に理解できるよう、警察官に対する講習なども充実してきた。今後もさらに充実した対応がなされることが期待される。一方で、交通事故、特に死亡事故を担当する警察官のストレスは非常に大きなものである。今後、被害者に対する手厚い配慮を行うことが期待されると、ストレスはさらに大きくなると予想される。そこで、警察官に対する十分なケアを行う必要がある。さらに、関係者に対する死亡の告知などは、警察官ではなく、訓練を積んだボランティアに任せるという仕組みを作ることも検討する必要がある。交通事故に基づく損害賠償については、保険会社の果たす役割が非常に大きい。しかし保険会社やこれらの相談窓口の担当者は、必ずしも被害者の深刻な精神的打撃を十分理解し、かつそれに配慮しているわけではない。また、精神的な問題について適切に対応できるように、特別に訓練されているわけではない。したがって、これらの担当者に対するより充実した訓練・教育を行うことが重要である。以上に加えて、犯罪被害者に対する支援活動を行っている民間機関やその他の関連機関と協力・連携して活動を行うことが極めて重要である。


第2章 交通事故被害の実態
I.はじめに
II.統計からみた交通事故被害
III.実態調査からみた交通事故被害
IV.被害者相談からみた被害の状況
V.実態把握における課題

I.はじめに
 本章では、公式統計や実態調査の結果をもとに交通事故の状況をみていく。被害者調査への関心は1960年代から高まり、アメリカ合衆国においては70年代から、イギリスでは80年代から大規模な被害者調査が実施されている。これらの調査は、一般人を対象として、主として被害経験の有無や警察への通報の有無などについての質問が行われ、犯罪の実態や被害化の要因、人々の刑事司法に対する態度などを明らかにしようとするものであった。こうした調査を通じて、犯罪被害者の置かれている状況や刑事司法過程でさらに傷ついている状況などが明らかになってくるにつれ、被害者に対する援助の必要性や被害者の法的地位を向上させるための立法へと関心が移っていった。近年、わが国においても被害者の実態を調査し、被害者の状況やニーズを把握したうえで、その保護の必要性や対策を提言する目的でいくつかの調査が行われている。本章では、白書のような公的な統計から数値を得る方法と社会調査による方法を中心に述べる。具体的には、まず既存の統計を用いて、わが国における交通事故被害の状況を概観する。次に、これまでに行われた交通事故被害者に対する調査を取り上げ、そこで明らかとなった被害者の実態やニーズについてみていく。

II.統計からみた交通事故被害
 各種の統計資料から知ることができる交通事故の状況について、その内容は、交通事故発生件数、死者数、負傷者数、交通事故死傷者の状況(男女別、年齢層別、事故の状態別、加害者の法令違反別)である。また交通犯罪の状況として、交通違反の取り締まり、交通事故加害者の処分を概観する。この中で、危険運転行為に対する罰則が強化された改正道路交通法の施行(平成14年6月)により、罰金額の上限が引き上げられ、同法違反で20万円以上の罰金を受けた人が、平成13年(2001年)の約970人から、平成14年(2002年)は100倍以上の約10万4,000人になっている。

III.実態調査からみた交通事故被害
 ここでは、1998年〜99年に行われた「交通事故被害者実態調査」の結果をもとに、交通事故の被害者・遺族のおかれる状況についてみていく。調査対象者は、茨城県および埼玉県において交通事故にあい、死亡した者の遺族および重傷を負った者である。いずれも事故から調査までの期間が1年以上3年以下の者である。調査結果からは、交通事故が生活のさまざまな事柄に影響し、その被害が多岐に渡ることが明らかとなっている。被害者のニーズもまた、損害賠償のみならず、事件の詳細な説明、加害者の処罰など多岐に渡っている。こうした調査結果を詳細に見ていく。その内容は、交通事故被害者の生活はどのように変化するか(生活の変化、精神的なダメージ、精神的健康度、身体的後遺症)、事故の相手に対してどのように感じているか(重傷事故被害者は、事故の相手に対して一定の理解を示す感情が見られるが、遺族の場合は、「いくら賠償金をもらっても悲しみは癒えない」との回答が多い)、事故捜査にどのように感じたか、どのようなニーズがあるか、である。

IV.被害者相談からみた被害の状況
 ここでは、2001年末に行われた「交通事故の被害者に関するアンケート調査」の結果を中心に、被害者や遺族がどのような支援を求めているのか、相談に関しての課題は何かといった点をみていく。調査対象者は、全国の交通事故相談窓口を訪れた交通事故被害者および遺族である。調査票約5,000部を配布し、1,190部の回答があった。内容は次のとおり。
・事故後どのようなことに困ったのか
 相談者にとって困ったこととして、「精神的なショックや苦痛」、「身体的な苦痛や障害」、「医療費や失職などの経済的負担」などが多い。
 なお、1999年交通事故被害実態調査研究委員会による「交通事故被害実態調査研究」においては、精神的苦痛、身体的後遺症、警察の捜査に対する意見などを中心に質問が行われたのに対し、この調査では、さらに生活上の問題(家事育児の負担)、および経済的な問題(示談交渉や民事訴訟の負担、医療費や失職などの経済的負担)について困難と感じている被害者が多いとされている。
・事故後、問題を感じた事柄はなにか
 「事故の相手方(加害者)との関係」、「保険会社や相手方の弁護士との関係」、「病院・医療機関との関係」、「家族との人間関係」の順に多い。
・どのような相談をしているのか
 各相談窓口への相談内容をみると、「精神的なショックや苦痛」、「医療費や失職などの経済的負担」および「示談交渉や民事訴訟などの負担」が全体的に多い傾向にある。警察の相談所については、その特性から、「捜査や刑事裁判における負担」および「事件の真相に関する情報が得られない」という相談内容も多い。
・ボランティア活動についてどう思っているか
 ここでいうボランティア活動は、交通事故の被害者や遺族が中心になって行われる被害者のカウンセリングや支援などを指している。調査では、「被害者の支援のために、自分の体験を役立てたい」という気持ちをどう思うかと質問している。これに対し、「よく理解できる」という回答が多く、協力への意欲も見られる。しかし、そのほとんどは「機会があれば協力したい」としており、活動の場を増やしたり活性化していく必要がある。

V.実態把握における課題
 各種統計および実態調査の結果をもとに、交通事故被害の状況をみてきたが、もとより、被害の状況や被害者の実態を、統計や調査によって把握することには問題点や限界がある。ここでは、各種統計による把握、調査票による把握、面接調査による把握、被害者調査を通じて、について触れる。面接調査による把握について、ここでは紹介していないが、これまで交通事故被害者に対する面接調査も行われている。被害者の実態やニーズを詳細に把握するには適しているが、調査者と被調査者の間の信頼関係構築が必要であること、面接者の技量に左右されること、調査結果が個別の状況であり一般化しにくいこと、などの問題点がある。


第3章 交通事故が被害者に与える精神的影響
I.はじめに
II.交通事故の被害者の精神的対応
III.交通死亡事故遺族
IV.後遺症を抱えた被害者とその家族

I.はじめに
 近年いくつかの研究から交通事故によって被害者やその家族、遺族が大きな精神的影響を受けることがわかってきた。このような精神的影響を理解することは被害者に接する人々には重要である。なぜならば、被害者の精神的な状態によっては悲観的であったり、呆然としていたり、話がまとまらなかったり、被害的であったりする。これを被害者の性格の問題と考えてしまうと、被害者の身になって相談を受けることが難しくなる。しかし、被害者が現在、精神的にどのような状態になりうるかということを理解できていれば、適切に対応することができる。本章では、交通事故の被害者によくみられる精神的反応や精神疾患について取り上げる。ここでの対象は、実際に事故にあった直接の被害者と、交通事故で家族を亡くした遺族、頭部外傷後遺症などの重症の後遺障害をきたした被害者の家族に限定した。

II.交通事故の被害者の精神的反応
 まず、交通事故被害実態調査の結果にみられる被害者の精神的反応で、事故後1ヶ月以内では「突然に事故のときの光景がよみがえる」、「事故のことについて考えこんでしまう」、「事故を思い出させるようなものや場所を避けてしまう」、「また同じ事故にあうのではないかと心配だ」が多く、1ヶ月以上経過後は「また同じ事故にあうのではないかと心配だ」、「事故に関わることは考えないようにしている」が多かった。犯罪や災害、事故などで強い恐怖を体験すると、さまざまな精神的反応をきたす。後々まで残るとトラウマ(心の傷、心的外傷)を形成する。例えば一つの事故であっても、多くの人々がトラウマになってしまうことが考えられる。ひどい負傷をして生命の危険を感じた人、実際にケガをしなかったり軽度であっても強い恐怖を味わった人、現場を目撃した人(救援にきた消防士や警察官も含む)、家族や恋人。もし、亡くなった場合には、突然の死というショックや悲しみ、喪失感を激しく感じるようになる。ここでは、交通事故を直接体験した人の一般的な反応について、時間経過とともに記述する。交通事故による精神的反応は急性期(1ヶ月)と慢性期にわけられる。急性期にみられる反応としては、特に、事故の直後に麻痺、ショック、否認、解離という症状が見られる。解離とは、その人の意識や記憶、知覚、自分であるという同一性の感覚など、通常一つの人格として統合されている機能が破綻してしまい、一部が切り離されてしまうのである。例えば事故の記憶が失われたり、感情が麻痺した感じや現実ではない感じ、実際には事故はなかったように感じるなどの症状として表れる。特に、事故直後の解離は「トラウマ期解離」といわれる。これ以外の症状として、恐怖感、抑うつ、高揚、怒り、無力感、罪悪感、自責感、焦燥感、知覚・認知の変化、睡眠の障害、フラッシュバック、過覚醒、回避行動、アルコールや薬物の依存がある。次に、慢性期にみられる反応として、世界、自分、他人についての見方(認知)の変化(交通事故のようなトラウマにあうと、今までのような自由で、自信に満ちた社会生活がおくれなくなり、仕事や対人関係に多大な支障を生ずることになる)、身体的後遺症や身体的障害に対する不安がある。
 交通事故の被害者にみられる精神疾患としては、まず心的外傷後ストレス障害(PTSD)がある。PTSDの診断は、3つの症状、すなわち侵入・再体験、回避・麻痺、過覚醒を満たし、1ヶ月以上持続し、被害者が苦痛を感じ、社会的機能の障害などが発生している場合に行われる。交通事故によるPTSDの有病率は、欧米の追跡研究によると8%から50%であるが、事故から1年以上経過した事例においては10〜20%前後という研究が多い。日本の研究では、重傷事故の被害者については横断調査において再体験症状が30%、回避症状が25%、覚醒亢進が9%、反応性の麻痺が15%という報告があり、10〜30%くらいの発症が推測される。このPTSD以外に、急性ストレス障害(ASD)がある。トラウマとなる出来事から1ヶ月以内に生じる特徴的な不安、解離などの症状が2日以上続く場合には急性ストレス障害と診断される。PTSDの3つの症状に加えて解離性の症状があることが特徴的である。ASDがある場合に必ず、PTSDを発症するわけではないが、ASDを発症した患者ではPTSDの発症が高率であるという研究報告があるので、初期にこのような症状を呈する場合には、経過を注意深く追う必要がある。

III.交通死亡事故遺族
 遺族は、実際には事故を体験しておらず、事故現場を必ずしも目撃しているわけではないにもかかわらず、高いPTSDの発症率と精神健康度の低さを示したことから、事故による突然の死が家族にもたらす影響の大きさをうかがい知ることができる。遺族の場合には被害者本人と違って「喪失体験」に伴う「悲嘆反応」が見られ、これがPTSDやうつ病などと合併して複雑な病態を示す。悲嘆反応の一般的経過であるが、急性期(数週間から数ヵ月)は、出来事の衝撃から、死の事実を受け入れられない「ショックと否認」の状態となる。この時期を過ぎると、次第に死を現実のものとして感じるようになるため、激しい悲しみに襲われる。慢性期(数ヵ月後)では死を受け入れて、遺族自身の生活を再建するということが行われるが、この過程で喪失に対する悲哀や抑うつ、怒り、不眠や身体的不調など、さまざまな症状が表れてくる。遺族が回復するには、複雑な心理的葛藤が存在する。悲しみ、怒り、罪悪感と自責感、不安感、孤独感、疲労感、無力感、思慕、開放感・安堵感、身体的症状、思考・認知の特徴、行動の特徴などである。この悲嘆反応は、病死など死に対して一般的に見られる反応である。しかし、交通事故死の場合は予期されない突然の死であり、かつ人為的なものである。この場合には、次のような症状が複雑に絡み、長期化することがみられる。非現実感が長期間続く、罪悪感が激しい、誰かを非難してしまう、裁判などが終わるまで哀しむことができない、強い無力感と怒り、個人の遣り残したことの問題、死について理解したいという強い欲求、精神疾患をきたす、などである。これを、複雑な悲嘆反応(病的な悲嘆、あるいは外傷性悲嘆)という。これが長期化する要因は、死別状況、遺族と死者の関係、遺族の特性、社会的要因、二次被害などである。

IV.後遺症を抱えた被害者とその家族
 交通事故によって脳に高度の障害を負った被害者では、被害者のみならず、その家族に多大な精神的ストレスが生ずるが、実はこの分野についてはほとんど研究がなされておらず、実態がよくわからないのが実情である。ここでは、主に脳に重度の外傷を負った被害者の家族の問題を取り上げる。脳機能障害の場合、身体機能の障害と異なるのは、被害者本人が病状について理解することが困難なことがあり、被害を自分の問題として対処できず、家族がそれに代わって対処せざるを得ないことである。また遷延性意識障害や高次脳機能障害の場合には、家族に介護という問題が生ずることになる。このような脳の重度後遺障害を抱えた被害者の家族の自助グループがいくつか存在するが、その一つであるNPO法人「交通事故後遺障害者家族の会」代表・北原浩一さんの手記を紹介する。
 このような高次脳機能障害を抱えた家族の問題は、その原因にかかわらず共通しているものの、特に交通事故や犯罪など人為的なものが原因である場合は、加害者の存在や賠償の問題が生ずるとともに、それ以前は全く健康であった家族の精神的ストレスはより大きくなると考えられる。これから、介護の問題、事故の処理が後回しになることの問題、支援体制の乏しさなどへの対応が望まれるだろう。


第4章 交通事故被害者の直面する精神的課題への治療・対応
I.はじめに
II.被害者の回復とは
III.被害者への対応で留意すべき点
IV.精神科医療機関での治療
V.その他精神保健、福祉にかかわる地域の公的な相談機関とその被害者支援における役割
VI.精神保健福祉関係者への期待と役割

I.はじめに
 被害者への支援や治療の目的は、被害者の回復にある。多くの場合、被害者は自分の力や自分の周囲の資源を使って時間とともに回復していくことが可能である。被害者支援で大切なことは、このような被害者自身のもつ自然の回復力を妨げないことである。そのためには、被害者の回復を阻害するような出来事を少なくし、回復を促進するような支援を行うことが重要である。しかし、精神疾患をはじめ、被害者自身の力だけでは回復が困難な問題も多く出現する。本章では、被害者への基本的な対応と、精神科医療機関や心理療法の専門機関、精神保健福祉機関などの、より専門の機関での治療・対応について取り上げる。

II.被害者の回復とは
 いかなる治療法を用いても事故を忘れるとか、事故についての辛い感情が全くなくなるということは不可能である。回復した状態というのは、そのような事故の記憶や辛い感情は残っていても、通常の日常生活や社会生活を送ることができ、人生に喜びや希望を持っているということであろう。被害者の回復は一直線ではなく段階的なものであり、最終的には社会とつながりを感じられるような状態になっている。ハーマン(1997)は、回復の段階を、第1段階「安全の確保」、第2段階「想起と服喪・追悼」、第3段階「通常生活との再結合」と分けた。支援もまた被害者の段階に応じて行うことが必要だといえる。第1段階では、被害者が加害者から安全であるということはもちろんであるが、それ以外の生命の危機やひどく不安定な状況がないということも重要である。この時点では、専門的心理的ケアより、カウンセリングマインドを基本にしたより一般的な対応のほうが優先される。第2段階は、トラウマに焦点を当てた治療や介入が必要となる段階である。時間がたつにつれて、日常生活を営むことができるようになる被害者もいるが、トラウマの後遺症に悩む被害者も出てくる。後者の場合には、精神科治療や心理カウンセリング望ましい。第3段階は、他者と社会とのつながりを回復することである。被害者は事故で孤立した感情や社会から切り離されたような感覚を体験している。二次被害などを受けていれば特に不信が強くなる。自助グループなどを通して話すことで、お互いの気持ちを理解しあえる人間関係を得ることができる。またこの段階では、被害者は自分の事故の体験を他の被害者に役立てたり、支援したり、事故を予防するような活動に参加することがある。事故体験そのものを社会に還元することは意味を取り戻すために大きな力となるだろう。

III.被害者への対応で留意すべき点
 まず急性期の対応。事故直後から数週間の間は、被害者は混乱した状態にある。この時期は、ハーマンの回復の第1段階を達成することが課題となる。したがって、被害者の安全や安心の確保が最優先される。この時期では精神的ケアよりは、第5章などで示される直接支援などが優先される。急性期の支援としては、(1)安全の確保、(2)被害者の話を聞き感情を出せるようにすること、必要な情報の提供、(3)これから起こることを予測し、対処できるようにする、がある。(2)では、被害者が混乱していることや感情が麻痺していることなどの症状が決して異常なものではなく、事故にあった人なら当然経験するようなものであるということを伝えることが大切である。(3)では、被害者だけでなく家族に対して情報提供することも必要である。家族自身を安定させることが被害者のケアには重要である。次に、支援者の基本的な態度として、(1)1人の人間としての共感を忘れないこと、(2)仕事の中で、被害者や遺族の心情を思いやり、対応すること、(3)まず被害者や遺族の話を聞くこと、(4)行うことについて必ず理由を説明し、意見を求めたり同意を確認すること、がある。(3)について、被害者側と相談を受ける側とで、事故の重みについての受けとめ方が異なるため、相談を受ける側は相手の話をよく聞かずに処理してしまいがちである。被害者にとっては重大な出来事であり、初めて直面するわけなので、ほとんど知識がないということを理解して対応することである。

IV.精神科医療機関での治療
 日本の場合、精神科に対する偏見が強く、必要性のある人でもなかなか受診しないという現状がある。相談機関では、被害者の話を聞く中で、場合によって一般の医療機関や精神科医療機関を紹介するほうがよい。それも症状によって、一般医療機関の受診か精神科の治療かのいずれかを勧めるようにするとよい。精神科的な治療を行う機関にはさまざまなものがあり、しばしば混同されるが、(1)精神科を標榜している医療機関と(2)心療内科の二つに大きく分けられる。(1)は、精神科の専門医が治療にあたっている。医療機関は診療所と病院に分けられる。(2)は、基本的には内科である。身体疾患で何らかの心理的・社会的なストレスがあってその疾患が発生したり、治りにくいなどの場合や、身体症状を強くきたす精神疾患を扱っている。重症の精神疾患や精神科救急については精神科でないと対応は困難である。精神科医療機関での治療は多岐にわたるが、PTSDの治療を中心に挙げると、(1)心理教育、(2)薬物療法、(3)認知行動療法がある。(1)は、通常の医療でもなされているが、PTSDの場合では患者が病気を理解することが回復の助けになるため、重要視されている。その内容としては、疾患についての理解に必要な情報の提供、症状を正常反応として位置づける(ノーマライゼーション)、自分を苦しめる現実ではない考えが症状の一部であることを理解する、回復や治療の見通しを知る、が含まれる。(2)について、精神科の薬には拒否感を持つ人が多いが、現在はPTSDに有効で副作用の少ない薬があり、医療機関ではまず薬物療法を勧められることが多いと思われる。トラウマから直後の投薬については、実証的データが少ないため何が最善かを示すことは困難であるが、安定をもたらすために投薬が必要な場合もある。(3)は、人間の行動や感情というものが、その人の認知に基づいており、問題な行動がある場合には、歪んだ認知から感情や行動が生ずるのであり、この歪んだ認知及び行動を修正することで、問題の行動や感情を変化させる治療である。現在、PTSDに行われている認知行動療法には、PTSDおよび治療に対する心理教育、イメージ曝露、ゆがんだ認知の修正、実生活内曝露、リラクセーション、呼吸法などの不安のマネジメント、などがある。

V.その他精神保健、福祉に関わる地域の公的な相談機関とその被害者支援における役割
 交通事故の被害者が地域で生活する上で福祉や保健などの様々なニーズが発生する。しかし、被害者の多くは、どの機関を利用したらよいのかという情報を持っていない。そこで、交通事故相談の窓口となる機関が精神保健や福祉などの情報を提供することが必要である。

VI.精神保健福祉関係者への期待と役割
 交通事故の被害にあった人は身体的・精神的に大きな衝撃を受け、喪失体験に伴う理不尽さや無力感に直面している。このような被害者にとって、精神保健福祉関係者による地域における包括的なかかわりは、なくてはならないものである。交通事故被害者に地域精神保健福祉関係者が働きかけることは、被害によるメンタルヘルスの危機上に、さらなる問題が生じることへの予防的なかかわりでもある。そして、関係者が被害者を支え見守っていく姿勢は、地域全体の態度形成につながることであり、メンタルヘルスの啓発活動であるといえる。従来の精神保健においては、多くの場合疾病や障害を持つ人を対象としてきた。それが「精神保健福祉」とされたのは、心の健康の保持と福祉というのは同義であり、疾病や障害の有無にかかわらず社会に暮らすすべての人に共通する価値である、と改めて捉えられたからである。地域精神保健福祉関係者はその普遍的な価値を守り、自らも社会資源となって、交通事故の被害者となった人の心の健康と地域生活をサポートするものである。


第5章 交通事故被害者支援関係者の対応
I.はじめに
II.危機介入
III.緊急カウンセリング
IV.死亡告知
V.電話相談
VI.面接相談

I.はじめに
 本章では、(社)被害者支援都民センターが、事故にあった被害者に対して、事故後にどのような対応を行っているか、その概要を述べる。

II.危機介入
 被害直後は、家族、親類、近所の人、親しい友人などが日常生活を手伝うなどして被害者を支える場合が多いが、刑事司法や精神面での専門的な知識を持った支援者が必要とされることも多い。そのため、この被害直後から犯罪被害相談員による適切な支援が必要とされている。早い段階から適切な支援を受けた被害者は、被害回復も早いといわれる。具体的な支援としては、自宅や病院へ訪問し、被害者の気持ちを受け止めつつ情報提供を行うことが中心となる。相談員は複数名の派遣を原則とし、役割を分担し、協力し合いながら対応する。その中で、被害者が安心感や安全感を持てるような対応をすることで、被害者自身が少しずつ感情や行動をコントロールする力を取り戻していけるような関わりを目指す。最初に会うときは、混乱の中にいる被害者に対して、相談員の存在自体を認識してもらうことを考える。そして被害者のおかれている状況や問題点の把握に重点をおく。その後、被害者が回復するためには、支援のどこに視点を当てたらよいかを考える。そこでは信頼関係を築けるよう配慮することが大切である。複数回の接触の中で、被害者の感情の表出を当然のことと受け止め、支持する。それと同時に、被害者に必要な関係機関、関係者と連絡をとり、適切な支援が提供できるよう調整することも支援者の大きな役割である。被害直後の被害者に関わることは、支援者にも衝撃が大きいため、事例検討や支援者自身のメンタルケアも行わなければならない。

III.緊急カウンセリング
 危機介入がライフライン回復のために、支援者から危機に陥っている人たちへ半ば強引に手助けすることと考えるならば、緊急カウンセリングは危機に陥った人が助けを求めて、支援者に歩みよってくることに対する精神的ケアと考えられる。混乱状態にある被害者の自宅が支援の現場になることが多く、茫然自失の被害者に付き添い、心理状態、身体状態に気を配ることから支援が始まる。このような行為は、言葉のないカウンセリングといえるかもしれない。
 家族の一員が亡くなることがあれば、通夜・葬儀の問題が起こってくる。支援者はその場の状況をすばやく察知して、当事者が安心して故人の世話ができるような体制を保てるように行動しなければならない。その際、気をつけなければならないことは、細かなことでも当事者に確認をしながら進めていくことである。また、加害者から連絡がきた場合の対応についてのアドバイスも必要である。通常の形をとらない緊急カウンセリングは、その後の被害者の回復に大きな影響を及ぼすことになる。その後も、被害者と定期的に連絡を取ることにより、「いつでも助けを求めることができる人がいてくれる」という気持ちを持ってもらうことは、回復の第一歩となる。

IV.死亡告知
 日本では多くの場合、警察による犯罪被害者初期支援制度が行われているため、現段階では事故直後に支援センターが死亡告知することはない。しかし、将来的には役割として出てくる可能性もあると思われるので、アメリカの被害者支援センターで実践されている方法を紹介する。被害者や遺族は、事件に関する記憶の細かい部分は抜け落ちることが多いが、死亡を知らされた方法やそのときの状況は鮮明に記憶に残っている。実際の方法は、死亡の告知は、電話ではなく自宅へ出向いて直接、家族などに伝える。夜遅く伝えるときは警察に一緒に行ってもらう。まずは自己紹介をし、だれが、いつ、どこで、どのような形で亡くなったか、を告知する。

V.電話相談
 交通事故の被害者からの電話相談への対応は、その他の犯罪の被害者への対応と、さまざまな共通部分があるように思われる。被害者が自ら受話器をとって、相談機関に電話をかけるためには、かなりの勇気とエネルギーが必要であると思われるので、相談を受ける側はまずそのことを心に留めて話を聴かなければならない。都民センターへの電話相談では、事故後の補償に関するものが一番多い。そのような相談では自賠責保険、任意保険についての質問、示談への対応、支払い能力のない加害者への対応、民事裁判への対応など、アドバイスや情報を求められる場合がほとんどなので、ある程度の知識は必要である。弁護士を紹介するようなこともある。交通死亡事故および重傷を負うような事故の被害者の場合は、直後に相談がくることはほとんどなく、数週間後、数ヵ月後あるいは数年後のこともある。その内容は精神的ケアを必要とするものが多く、具体的には「なかなか立ち直れない、辛い状態がいつまで続くのか、本当に立ち直れるのか」というように、不安や焦りなど、心理的な問題を抱えている。このような被害者の相談に対応するにはさまざまなことに留意することとなる。相手の姿が見えない電話相談において、過酷な状況におかれている被害者に対してできる支援は限られている。しかし、自らその電話の受話器をとる被害者のために、電話だからこそできる支援もあるはずである。被害者は「言えるときに、言える人に、言える言葉を伝えたい」という思いをもっている。その被害者の思いを心に留めて、電話相談に向かうことが大切である。

VI.面接相談
 事故後の精神的な混乱状態が長期間にわたって続くと、日常生活や社会生活が破綻したり精神的な障害を起こしたりすることもある。1日も早く脱出し、他者に対する信頼、自分に対する信頼を回復していくために面接相談がある。初回面接は、被害者を支援する上で重要な役割を果たす。面接の雰囲気をくつろいだものとするために環境調整が必要である。被害者は、この段階では直感で支援者を観察しているので、非言語的コミュニケーションによって伝わるものも重要である。支援者は、面接相談には自ら限界があると自覚し、できない約束はしないことである。相談者は何を求めているのかを、まず支援者が理解し、何ができるかを知らせることが必要である。これら一連の過程の中で、相談者は「受け入れられる」と感じ、安心感を持ち、話してみようと思うようになる。言葉にできない被害者には、日記をつけることを提案する。中期になると、少しずつ支援者との人間関係もスムーズになり、安心感が増し、自己の感情のコントロールができるようになる。ありのままの感情をそのままに受け入れられる経験を重ねることで、十分に感情を吐き出すことができるようになって、人に備わっている自然治癒力が働く。言語によって自己の経験や感情を的確に表現し、それが評価されることなく受容され理解されたとき、被害者はどうにもならない現実、どうにもできない自分を受容することができる。それができて初めて、喪失した対象に自分の中で別れを告げることが可能になる。終盤になると、被害者は感情のコントロール、閉ざされていた人間関係が回復し、地域活動や趣味の世界を獲得する。またこの時期はすべてのものへの感謝を述べる人もいる。そうなると互いに面接の終結のタイミングを今ここだと感じ合える。終結にあたって面接の流れを振り返り、回復のプロセスを共有しあって終結とする。別れは出会いより難しいので、十分に留意してタイミングを大事にすることである。


第6章 交通事故被害者および家族・遺族の会の役割
I.はじめに
II.自助グループとは
III.交通事故被害者における自助グループ開催の意義
IV.被害者が求める支援
V.自助グループの進め方
VI.自助グループの効果
VII.定例的な集いの進め方
VIII.開催中に留意すること
IX.(社)被害者支援都民センターの自助グループ活動の実際
X.(社)被害者支援都民センターの自助グループ参加者の声
XI.自助グループの課題と必要な支援

I.はじめに
 本章では、交通事故被害者および家族・遺族の会など自助グループ活動の意義や役割を、交通事故被害者が求める支援内容などを通してみていく。

II.自助グループとは
 「同じような辛さを抱えた者同士が、お互いに支え合い、励まし合うなかから、問題の解決や克服を図る」ことを目的に集う活動をいう。

III.交通事故被害者における自助グループ開催の意義
 交通事故被害者は被害後、関係者や周囲の人たちから励ましの言葉をかけられるが、被害を受けた衝撃が大きく、被害にあった実感も持てない中で、その声に応えられる状態でなくなる。周囲の励ましに応えられない自分を責め、励ましの言葉がかえって苦痛に感じられる。その結果、同じような体験者でなければ自分の悲しみや苦しみは分かってもらえないと思い、本当の気持ちは周囲の人には言えなくなる。その他、激しいトラウマ、過覚醒やフラッシュバックなどさまざまな症状は、衝撃を受ければ誰でもが感じることであるが、それを知らない多くの被害者は「自分がおかしくなってしまった」と考え、苦しむことも多い。そのため、安心して話せ、その一言で理解し合える仲間の存在は、被害者の孤立感や疎外感を軽減し、自尊心を取り戻し、被害からの回復に大きな力となるため、存在意義が大きい。

IV.被害者が求める支援
 (社)被害者支援都民センターは、被害者遺族の求める支援を把握するために、平成13年1月に犯罪被害者遺族73名を対象にアンケート調査を行った。希望している内容には、直接的支援、情報提供、精神的支援、そして同じような被害者・遺族と一緒にいられることがあった。調査結果からの結論の中には、「多くの遺族は、同じ仲間との交流を求めているので、身近なところで参加できる自助グループを各地に設立するための支援と、その自助グループを効果的に運営するための支援が必要とされている」というものもある。

V.自助グループの進め方
 自助グループの目的は、(1)悲嘆を取り除くのではなく、乗り越えるのを支え合う。(2)考えや気持ちを素直に語ることにより、新しい被害者と時間が経った被害者とが、交流の中から各々希望が持てる場になる。(3)回復の過程は似ていても、被害者自身の方法や時間で回復することを実感する場でもある。参加者の目的は、(1)自分自身が抱えている問題に対処する。(2)破壊された人間や社会の信頼感を取り戻し、健全な自己愛を再構築する。

VI.自助グループの効果
 実践活動から、(1)仲間の存在そのものが孤立感を軽減する。(2)安心して感情を吐露できる場。(3)社会への信頼感を取り戻す場。(4)新たな被害者が、時間を経た被害者に会い、回復していることを見て希望がもてるような場になる。(5)自分の体験談が他の被害者に役立つことを実感し、「こんな私でも他の人の役に立てるという実感」をもてることが自尊心を取り戻し、回復に役立つ。といった全部で11の効果が見られる。また、調査結果から、参加して1年後に、社会機能障害、抑うつ状態は改善している。対人関係では、「家族や仕事への意欲や興味」が持てる、「喜びや楽しみを感じたり、笑うことができる」などの一般的精神健康状態が回復していた。データからの結論として、自助グループに参加することによって、気分や社会生活が改善していることがうかがわれたことから、自助グループのなかでの感情の表現や安心できる関わり、また社会参加への意欲や将来への希望などがもたらされたのではないかと考えられる。

VII.定例的な集いの進め方
 事前に環境の準備を整え、開催時はファシリテーター(自助グループの運営をつかさどる指導者)を中心に進め、会の中の秘密は守る、各人が話す時間は平等になるようにする、自己紹介をするなど、配慮する。

VIII.開催中に留意すること
 (1)参加者の一部が時間を独占したり、不適切な発言をしたときはやめてもらい、次の人に話してもらう。(2)できる限り平等に時間を使えるように注意深く配慮する。(3)スタッフは複数で入り、参加者に応対する。(4)最後は、参加して率直に話してくれたことへのお礼を言い、次回開催日時を伝え、終了する。

IX.(社)被害者支援都民センターの自助グループの活動の実際
 毎月1回の定例会、年1回の宿泊を伴う集いの開催、当センター主催の「シンポジウム」や民間組織が行う「フォーラム」などへの参加、その他にもさまざまある。

X.(社)被害者支援都民センターの自助グループ参加者の声
 (1)自助グループへの思いと(2)被害者支援センターへの希望について、清沢郁子さん、石杜朝子さん、久保田由枝子さん、鈴木共子さんが述べる。

XI.自助グループの課題と必要な支援
 民間支援センターが関わらず、被害者自らが運営する自助グループでは、被害者個人の努力によってのみ行われている場合が多いため、主催する被害者の経済的、精神的負担が大きい。自助グループの効果的な運営に関する研修の機会もなく、自己流で行い、被害者同士で傷つけてしまうこともあるため、主催者に対する研修の機会を提供することが必要である。気軽に参加できるためには、もっと身近なところで参加できる自助グループを、各地の民間被害者支援組織、自治体や関係者が援助して作る必要がある。また、ファシリテーターを育成する、などもある。


第7章 交通事故被害者支援の具体例
I.はじめに
II.被害者遺族への対応事例から
III.手記

I.はじめに
 この章では、2つの事例を取り上げて、支援の流れを検討する。支援は被害状況や被害者自身の状況によって、さまざまな経過をたどっていき、その場その場に応じて柔軟な対応が望まれる。ここにあげた例がすべてではないが、今後、自分が実際に支援の立場に立ったときにどうするか、考えながら読むといい。なお、事例は実際に合った複数の事例をもとに、執筆者が作成した架空のものである。

II.被害者遺族への対応事例から
 ここでは、(1)危機介入を中心として(バイクで通勤途中の40代男性が、交差点で左折中の自動車に衝突され亡くなった事故。家族構成は、被害者、妻、高校生の長男、中学生の長女)、それから、(2)面接相談を中心として(自転車で通学途中の10代の高校生が、並走していた自動車と接触、転倒し亡くなった事故。家族構成は、父親、母親、被害者、高校生の妹)、の2例について時間の経過を追って支援者の対応を紹介する。

III.手記
 「悪質交通事故で子ども二人を失って 〜精神的な問題にどのように対処してきたか〜」という題目で、1999年11月28日、東京都世田谷区の東名高速道路上で、酒酔い運転の大型トラックに追突され、当時3歳と1歳だった娘二人を失った遺族が、その後、特に精神的な問題に対処するためにどのような支援を受け、今もどのように対処しているかを紹介する。



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