3-1 イギリスにおける障害者差別禁止の法的枠組み

1)平等法の概要

 イギリスにおける障害者に係る中核的な差別禁止法が前述した平等法(Equality Act 2010)である78。平等法は、既存の9つの差別禁止法を2010年に整理・統合した法律であり、年齢、障害、性適合、婚姻及び市民的パートナーシップ(同性婚)、人種、宗教・信条、性別、性的指向を理由とする差別を禁止している。同法では、直接差別(障害者に対し直接不利益な取扱いをする場合)だけでなく、間接差別(障害者に対し差別的な規定、基準又は慣行を適用する場合)、障害に起因する差別(障害者に対する扱いが適法な目的を達成するための均衡の取れた方法であることを証明できない場合)、調整義務を果たさないことによる差別、障害者に対するいやがらせ、報復的取扱い、違法行為の指示などを禁止している。また、同法では、障害者を不利に取り扱ったり、実質的に不利な立場に置くことになる場合、あるいは適切な補助的支援がなければ障害者が実質的に不利な立場に置かれる場合などについて、障害者の雇用者などに対し、必要な調整措置を行う調整義務を課している79

2)障害者差別禁止法(DDA)における「障害の社会モデル」と「合理的調整」規定

 前述のとおり、平等法はそれ以前のさまざまな差別禁止法を一本化した総合法であり、同法における障害者差別禁止の基礎となったのは1995年に制定されたDDAである80。DDAは、制定当時は同法の促進に責任を負う関係独立人権機関である全国障害協議会(National Disability Council)が調停機能を有しないなど先行する他の差別禁止法制より遅れたものであったが、その機能強化の見直しにより1999年に設置された障害権利委員会(Disability Rights Commission :DRC)の新設、2001年教育部門への範囲拡大、また2005年の改正での公共機関平等義務の新設などを経て段階的に発展した81

 なお、2005年DDAにおける公共機関平等義務とは、1)障害者と他の人との間に平等を促進する、2)DDAの下で違法な差別をなくす、3)障害者と彼らの障害に関連するハラスメントをなくす、4)障害者への積極的な態度を促進する、5)障害のある人々の公的生活への参加を促進する、6)ポジティブアクションを含めて障害者の障害を考慮に入れる、であった。これらの義務は基本的に平等法にも受け継がれている82

 DDAは、障害についての独自の定義に特徴がある。DDA成立及び発展の背景には現地の障害者運動の影響があり、その運動の中から生まれた「障害の社会モデル」83と呼ばれる考え方はDDA及びその後の平等法にも受け継がれている84。また、「障害の社会モデル」は、その後の各国の障害者差別禁止法制や、国連「障害者の権利に関する条約(以下、「障害者権利条約」と記述する。)」にも大きな影響を与えた。本調査のテーマである「合理的配慮」の概念も、DDAにおける重要な構成要素であり、平等法に引き継がれている。

 「障害の社会モデル」とは、障害者が日常生活の中で被る様々な不利益の原因を、その人が持つ機能障害(インペアメント)にではなく、社会の側の障害への不適応に求める考え方である85。この考え方に基づいて、DDAではサービス利用や就労において障害者が被る不利益を除去する措置として「合理的調整(reasonable adjustment)」を定義し、サービス提供者や雇用者に対して合理的調整義務を課している。そして、合理的調整義務の不履行を、障害者の直接的差別や間接的差別と並ぶ、障害者差別の一形態とした。

 これらの考え方は、部分的な見直しはなされたものの、平等法にも踏襲されている。また、前述のとおり、国連の障害者権利条約における障害の定義や、合理的配慮概念の導入にも大きな影響を与えた。

 なお、イギリスのDDA、平等法における「合理的調整(reasonable adjustment)」と国連障害者権利条約における「合理的配慮(reasonable accommodation)」の概念は、厳密に一致するものではない86。これらの関係や、我が国の障害者差別解消法における合理的配慮の概念との関係については後述する。


78 障害者の人権に係る法には他に1998年人権法及び判例、ヨーロッパ連合法、ヘイトクライムに係る2003年刑事司法法Criminal Justice Act 2003などが存在する(2016年2月18日Mencapでのインタビューによる)。]
79 平等法20条及び39条5項
80 16回もの議員立法草案を経てやっと成立した。しかし制定当時は先行する他の国内差別禁止法制(例えば1965年人種関係法Race Relations Act 1976)と比較してひどく見劣りのする差別禁止法といわれた(P.ix, Monaghan, Karon, "Blackstone's Guide to the Disability Discrimination Legislation",2005,Blackstone Press)
81 施行時の段階ではDDA推進の実施機関である全国障害協議会が障害者個人に助言する権限を持たなかったことが批判され、そのため新たに障害権利委員会が設立された。DDAはその後2001年の第4編教育条項改正を経て2005年改正を経た。(独立行政法人高齢・障害雇用支援機構障害者職業総合センター,「EU諸国における障害者差別禁止法制の展開と障害者雇用施策の動向」,2007,42-43.)
82 https://www.equalityhumanrights.com/en/advice-and-guidance/public-sector-equality-duty
83 Oliver,Mike.,” Paper on The Individual and Social Models of Disability.presented at Joint Workshop of the Living Options Group and theResearch Unit of the Royal College of Physicians”,1990.
84 杉山有沙,「障害者差別禁止法理の形成と「障害」モデル-イギリス障害者差別禁止法 (DDA)」,2010, The Waseda journal of social sciences (16), 220-234
85 イギリスにおいてはこの考え方に立ち、社会の障壁の存在故に「障害を負わせられた人びと」“Disabled people”という言葉で障害者を表す(House of Lords Select Committee on the Equality Act 2010 and Disability ,”The Equality Act 2010: the impact on disabled people”,2016,p.23)。一方、国連や米国などでは一般的に“People with disabilities”が障害者を示す言葉として使用されている。これは「人が先」という考え方によるものである(ピープルファースト2013年大阪大会(11月3日)における米国からのゲストの発言による)。これは「人びとが有するのは「障害(disability)」ではなく「機能障害/損傷」(impairment)である」というイギリス社会モデルの考え方においては非「障害の社会モデル」的と批判される可能性があるが行政文書などでは混在して使われている(ibid)
86 川島聡,「英国平等法における障害差別禁止と日本への示唆」,2012,法政大学大原社会問題研究所大原社会問題研究所雑誌641,28-43

前のページへ次のページへ