第1章 高齢化の状況(第2節 コラム1)
第2節 高齢者の姿と取り巻く環境の現状と動向
コラム1
家族介護は家庭内だけの問題なのか?
~男性介護者の活動を通じて見えてきたこと~
要介護者等と同居している主な介護者(介護する人)の4人に1人(28.1%)は男性であり、男性特有の問題が起きている。男性の家族介護者(以下、男性介護者と言う。)は、家事に不慣れで、地縁にも乏しく相談できる相手を見つけにくい人が多く、女性とは異なる悩みを抱える傾向にあり、精神的にも身体的にも余裕のない孤立した介護生活に追い込まれる例が見られる。
また、これらの男性介護者のうち、40歳代以下が8.9%、50歳代が25.4%となっており、高齢期における配偶者間での介護、いわゆる老老介護だけではなく、親の介護を行う男性の存在もある。また、40歳代や50歳代で家族等の介護に直面した場合に、離職・転職や従前のようなフルタイムでの働き方ができなくなり、経済的な面でも困難を抱える男性介護者は少なくない。
このような背景から、近年、男性の家族介護者が集まって話し合い、情報を共有する場や、男性介護者を支援する活動が広がっている。
*荒川男性介護者の会「オヤジの会」(東京都荒川区)
平成6年に「荒川男性介護者の会『オヤジの会』」の活動が始まった。会長を務める荒川さんが、8年間、妻の介護をした経験から、地域で相談相手のいない孤立しがちな男性介護者を対象に、情報や気持ちを共有し合える場所が必要と認識し、荒川保健所のソーシャルワーカーの呼びかけに応じ、立ち上げた。
2か月に1回、夕方に開催される定例会では、在宅で介護をしている、又は介護経験のある男性介護者が集まり、一人ひとり、近況や悩んでいること、大変だと思うことなどを本音で話し合う懇親会と、介護についての勉強会を行っている。
参加者の一人は、この会への参加によって、大変なのは自分だけではない、また、苦労話を人にすることは恥ずかしいことではない、と思えるようになり、心の負担がすっと軽くなったと言う。
また、サポーターとして、看護師や社会福祉協議会の方も参加しており、アドバイスや経験談を提供している。
この定例会のほか、夜の外出が難しい方のために、区の社会福祉協議会と連携し、平成20年に「ふれあい粋・活サロン『男性介護者サロンM』」も開始し、2か月に1回、昼間に開催している。
当初の7名だった会員は、訪問看護師などを通じた紹介などにより、現在は約30名まで会員が増えた。しかし、荒川会長は「自分の話をしたがらなかったり、会に出てこられていない男性の家族介護者もおり、そういった人たちが孤立しないように会への参加を促していくことが課題である。また、月によっては参加者の少ないときもあるが、いざとなれば相談できる人がいる、という安心感を提供するためにも、この会を存続させていくことが重要だ」と語る。
上述のような男性介護者の会は、市民が自主的に立ち上げるもののほか、地方公共団体や地域の社会福祉協議会やNPO、介護専門職などが主導して立ち上げているものもあり、全国的なネットワークも結成された。
また、このような活動が広がってきたことで、これまで家庭の中の問題としてみなされてきた家族介護に対する意識が変化しつつある。
*男性介護者と支援者の全国ネットワーク(通称「男性介護ネット」)
平成21年3月、オヤジの会会長でもある荒川さんや立命館大学の津止教授らが中心となり、「男性介護者と支援者の全国ネットワーク(通称「男性介護ネット」)」が結成された。
男性介護ネットでは、<1>調査・研究と、それを踏まえた政策提言、<2>男性介護者や支援団体間の交流や情報交換を図るための交流会やワークショップ等の開催、<3>情報の発信などを行っている。また、男性介護者が抱える悩みを共有化するとともに、その経験によって得た貴重な知識・知恵を広く社会に提供するため、152名の男性介護者の思いや経験を述べた手記等を集めた『男性介護体験記』の発行をしている。
この会の事務局長を務める津止教授は、男性介護者に限らず、全ての介護する人と介護される人が安心して暮らせる社会の実現に向けて、次のように語る。
「家族にはそれぞれの歴史や事情があり、『自分たちの手で何とかしたい。』と思っている人は少なくない。要介護者本人への支援と同時に、家族介護者をも視野におさめたケア、つまり家族介護者への支援の必要性を強く感じている」、また、「介護というと負担感ばかりが目立つが、介護を行う中で、介護者たちがそこに生きがいさえも感じる人、そうした自分の体験を意味あるものとして捉え直し、誰かに聞いてもらいたいと考えている人も少なくない。家族介護者の集いや介護体験記などを通して、多くの人たちと一緒に介護感情を分かち合い、さらには、地域の共有財産として『経験知』として蓄えていくための取組が求められている。」
従来、女性、特に専業主婦によって担われてきた家族介護に関する課題は、それに関わる当事者だけの「家庭内の問題」として捉えられてきたが、家族介護には、悩みの抱え込み、社会からの孤立、仕事と介護の両立困難など、家庭内だけでは解決できない課題が数多くあることが、上述のような男性介護者の活動を通じて認識され始めている。
今後、さらなる高齢化とともに家族介護者も増えていくことが見込まれるが、津止教授の話にあるように、介護する側も、介護される側も、だれもが長寿を喜び合える社会を築いていくためには、家族介護に関する課題について、一人ひとりが目を向け、社会全体の問題として考えていく必要がある。