第1章 高齢化の状況(第3節 コラム5)

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第3節 高齢者の社会的孤立と地域社会 ~「孤立」から「つながり」、そして「支え合い」へ~

コラム5

誰でも気軽に立ち寄れる「居場所」が増えている


「井戸端会議」という言葉があるように、かつて「井戸端」は、自然と人が集まって、世間話をしたり悩みを聞いてもらったり、ときには相談を持ちかけたりする場所だった。井戸は生活の中から消えて久しいが、「井戸端」のように誰でも気軽に立ち寄っておしゃべりできる場所を作る動きが各地で広がりつつある。
現代版「井戸端」は、"サロン" "居場所" "コミュニティ・カフェ" "茶の間" 等々いろいろな名前で呼ばれている。気軽に立ち寄れる場所タイプや食事や喫茶をメインにしたカフェタイプなどの形態があり、高齢者向け、子育て世代向け、多世代対象向けなど対象者もいろいろなら、開催頻度も毎日オープンしているものから月に数回定期的に集うものまでと、実にさまざまである。
運営者は、住民グループや特定非営利活動法人、社会福祉協議会が多いが、お寺や社会福祉法人が主体になっているところもある。形態や名称は多様でも、共通しているのは、人が気軽に立ち寄って、おしゃべりしたり、お茶を飲んだりして時間を過ごせる場所づくりを目的としていることである。
ここではタイプのちがう3つの取組を紹介する。

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○ニュータウンの団地住民をつなぐ地域のカフェ「ふらっとステーション・ドリーム」
(住所:神奈川県横浜市戸塚区、運営団体:特定非営利活動法人ふらっとステーション・ドリーム)

横浜市戸塚区の南西端にある「ドリームハイツ」。1970年代初頭、高度経済成長時に建設されたこの団地には、現在、約2,300世帯、約5,600人が生活している。この団地の中に、毎日オープンのカフェタイプの居場所「ふらっとステーション・ドリーム」がある。
400円のランチが人気でにぎわうお昼時、グループ客にまじって、年配の“おひとりさま”のお客さんが、周囲のおしゃべりをBGM にゆっくり食事をとる姿が見られる。
この地域は、建設当時から交通の便が悪く“陸の孤島”と呼ばれ、店舗、医療をはじめ保育園や幼稚園も近隣になかった。この不便さが逆に住民の結束を強めた面があり、住民たちによる自主保育など地域に根ざした様々な活動が始まった。今では子育てや障がい者福祉、高齢者福祉など15の団体が団地を基盤として活動している。

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入居開始当初は子育て世帯が中心だったこの団地も、最近では高齢化が進行。高齢者を支援する3つの団体(「ドリーム地域給食の会」(高齢者向けの食事サービス)、「ふれあいドリーム」(介護保険事業障害福祉サービス事業等)、「いこいの家夢みん」(介護予防のデイサービス))が活動しているが、「どんな状況におかれても住み慣れたまちで暮らしていける地域にしたい」との思いで、3つの団体が福祉連絡会を立ち上げ、これが居場所「ふらっとステーション・ドリーム」をつくるきっかけとなった。
この「ふらっとステーション・ドリーム」は横浜市の協働事業「地域ぐるみ介護予防の仕組みづくり」として提案・採用され、行政の支援を受けながら、閉店した薬局の空き店舗を利用して平成17年に開設した。平成20年には、活動の幅を広げ、より自立・自律した組織を目指すため、任意団体から特定非営利活動法人となった。
「ふらっとステーション・ドリーム」には、サロン、カレッジ、情報相談コーナーの3つの機能が備わっている。サロンは、喫茶やランチの提供もする高齢者が地域とふれあう場、カレッジではイベントの実施や地域ニーズに合わせた各種講座の開催、また、情報相談コーナーでは区役所に足を運ばなくても知りたい情報、必要な情報が手に入る。さらに、運営資金を確保するために市民の作品を展示販売したり、セレクトショップ(各地の商品の店頭販売)も行っている。平成20年は延べ14,176人が利用した。運営には30人ほどのボランティアが参加している。
今後の課題は、「独居高齢者や夫婦高齢世帯の見守りと地域の活動を次世代に引き継ぐこと」と、このカフェをたちあげた一人島津禮子さんは語る。「高齢化」「一人暮らし化」の問題を見据え、「ふらっとステーション・ドリーム」の役割は何かを今後も問い続けていく。


○商店街の一角にあるみんなの広間「茶話(さわ)やか広間」
(住所:千葉県流山市、運営団体:特定非営利活動法人流山ユー・アイネット)

千葉県流山市、江戸川台駅前から続く商店街の交差点に「茶話やか広間」がある。平日は毎日、午前10時から午後4時まで、お茶・コーヒーを飲みながらの癒しの場として、高齢者、障害者、子育て中のお母さんから子どもまでが自由に集まってくる。
都心に勤めるサラリーマンのベッドタウンとして栄えたこの地域も、現在は、高齢化が進み、高齢者単身世帯も多い。危機感をもった米山孝平さん(特定非営利活動法人流山ユー・アイネット代表)が、住民同士の交流を活性化したいという思いで居場所を始めた。
米山さんは、「家にひきごもりがちな高齢者は、認知症になりやすい。"茶話やか広間"では、利用者が、人とのコミュニケーションを図り脳を活性化させることで現在の介護予防となっているだけでなく、ご近所の方に声をかけて集まったボランティアスタッフも、ボランティアをする事で将来の介護予防になっている。」と話す。

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「茶話やか広間」では、将棋をする人もいれば、おしゃべりに花を咲かせる人も、得意な書道を教える人もいる。みんなが主体的に参加できるように、「催し物は極力少なくする。テレビは置かない。自由におしゃべりできるスペースを確保する。」といった工夫がこらされ、自由で活気のある雰囲気が生まれている。利用者が得意分野を他の利用者に教えるなどの自然発生的にサークルができることもある。
スタッフは地元の人が多く、無償ボランティア30名がシフトを組んで運営している。市の遊休施設を無償で利用しているため利用料は無料だが、「こころざし」(寄付)を希望される利用者が多く、そのための箱を入口付近に置いている。
男性の利用者を増やす工夫もしている。定年退職するまで地域との接点が少なかった男性をターゲットに、16時からの「酒(ささ)やか広間」を開始したそうだ。集まってお酒を飲みながらおしゃべりする場が、男性に好評である。
米山さんは、「今後もどんどん参加者を増やし、地域住民自らの手でコミュニティーを活性化していきたい」と語る。


○地域住民と行政、福祉施設が連携して運営する「八城しあわせサロン」
(住所:山口県下関市、運営:八城地区活性化対策協議会)

四方を山に囲まれた下関市豊北町八城地区。人口約220名のこの地区は高齢化率が45%を超え、過疎化も進んでいる。平成13年、自治会がこの地区を元気にするべく発足させた「八城地区活性化対策協議会」が運営するのが、地域の居場所「八城しあわせサロン」である。
サロンが始まったきっかけは、協議会が実施した住民アンケートで「地区住民が楽しく集まれる場所」の要望が強かったこと。これを受け、協議会が豊北町役場(当時)の支援を受けながら、平成16年にサロンをスタートさせた。場所は、JA の協力により元JA 出張所を活動拠点として活用し、行政からの助成で施設改修を行った。運営には、特別養護老人ホーム白滝荘が協力している。
サロンは、「利用者が元気で、全員で楽しい時間を創造する」「見聞を広め、趣味をいかした生きがいを創造する」「活動できる85歳をめざし、生涯現役の体力を養う」の3つを活動目標にしている。
現在の活動日は月2回(第1・3木曜日)。午前中は主に健康チェックや食事づくり、おしゃべり。昼食後は、白滝荘職員の指導による健康づくり体操、次回の話し合い、といった内容で行われている。
利用者の意見を重視したプログラムづくりがこのサロンの特徴であり、花見やイチゴ狩り、子どもたちと竹を使った「そうめん流し」等も行っている。利用者からは「人と話す機会が増え、楽しみができた」と大変好評。協議会の弘中祥夫さんは「月2回、白滝荘の協力で健康チェックできることが続く要因だと思う」という。

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また、白滝荘の入所者がサロンで過ごす「逆デイサービス」も取り入れている。普段は認知症の症状が見られる参加者も、ここには昔を知る人がいるという安心感からか、話し掛けられると、うれしそうに若いころの話をするとのこと。
現在の利用者は支援が必要な高齢者11名、元気な高齢者・ボランティアが8名、白滝荘からの逆デイサービス利用者が2名である。財政は厳しいが、「利用者の負担は押さえたい」と、1回の利用料は利用者300円、協議会のメンバーやボランティアも200円支払っている。
運営に携わる小田久子さんは、今後の課題は「後継者の育成と利用者を増やすこと。若い世代が運営に携わってほしいし、他の活動に参加している高齢者とのつながりを増やしたい」と話す。過疎化したこの地区の元気をどのように取り戻すか、地域住民の挑戦は今後も続いていく。


以上、紹介した例は、全国に拡がりつつある「居場所」のほんの一部にすぎない。居場所には“こうでなければいけない”というルールはなく、地域のニーズや環境にあわせてやりたい人がやりたいように運営するのが眼目である。その中には個人が自宅の茶の間を開放しているようなタイプもあり、居場所の全体数を把握することはできないが、全国で数万以上あるとも言われている。
高齢者に対して、制度や契約を通じた様々な支援が行われているが、それだけで人間らしい生活が実現できるわけではない。自発的な人と人との交流があってこそ、生涯を通じて生き生きと暮らすことができる。
ひっそりした一人暮らしの家の中で時間を持て余したときに、ふらっと出向き、おしゃべりに加わらなくても、何をするわけでなくても、人の気配を感じられる場所がある安心感が、居場所とともに拡がっていくことを期待したい。

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