第1章 高齢化の状況(第3節 コラム3)

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第3節 国際比較調査に見る日本の高齢者の意識(コラム3)

コラム3 社会的課題の解決に向けた多世代の支え合い~「“わくわく”学習会」で活躍する地域のシニア達~

日本では、少子高齢化の進展が著しく、平成27年10月現在、65歳以上の高齢者1人に対して現役世代は2.3人。72(2060)年には、現役世代1.3人で1人の高齢者を支える社会の到来が予想される1。こうした状況の中、意欲がある高齢者は、支えられる側ではなく支える側として、自らの知識経験を活かし地域社会で活躍することへの期待が高まっている。その一方で、次世代を担う青少年育成においては、経済的な事情から教育の機会が限られてしまう子供達や、貧困の連鎖が大きな問題となっている。

ここでは、経済的に恵まれない子供たちに居場所を提供し、学習支援を通して子供の未来を育む「“わくわく”学習会」で活躍する地域のシニア達について紹介する。

特定非営利活動法人キーパーソン21は、神奈川県川崎市を中心に、キャリア教育を軸として、貧困世帯の子どもの居場所づくり・学習支援などの活動を行っている。平成26年に川崎市から学習支援・居場所づくり事業を受託し、「中原“わくわく”学習会」(通称:なかわく)を開講。中学2~3年生を対象に2、週2回、一回2時間で行われている。また、貧困世帯の中学1年生に対しては、独自に企業や会員からの寄付を募って、学習支援「小杉“わくわく”学習会」(通称:こすわく)を実施している。学習会では、学習サポーターと呼ばれる支援員が子供達の勉強を支援しており、生徒2人に対して学習サポーター1~2人となるように配置されている。現在は、学習サポーター25名中8名が地域のシニア達である。

「“わくわく”学習会」で活躍する地域のシニア達~の写真1

法人代表の朝山さんによると、学習会に通う子供の中には、親の仕事や体調不良が理由で、幼い妹弟の面倒をみたり家事を任されたりしているケースもあり、集中して長時間勉強に取り組む習慣が身についていない場合が多い。関係機関と連携して、家庭環境の把握や情報交換に努めているが、通い始めたばかりの子供達からは「やりたいことが見つからない」「私なんて…」といった声も多く聞かれる。

ここで、シニア達の出番だ。シニア達は、会社を退職し自身の子供達も既に自立している場合が多く、時間にも心にも余裕がある。子供達一人ひとりの学習の進捗状況を把握したり、家庭の事情にも寄り添ったり、丁寧に向き合うことができる。また、将来の進路選択や日ごろのちょっとした悩み相談にも、じっくりと耳を傾け、自身の経験談を交えた説得力のある助言をしてくれる。朝山代表は「シニア達は、頭ごなしに『無理だ。』『できるはずない。』と子供達に直接言うことがない。これはとっても大事なことだけれど、案外子供達との現場のコミュニケーションでは難しいことなんですよ。認められる経験をした子供は、自分に自信を持てるようになり、学習への取り組みはもちろん、自分の未来を考える意欲がわいてくるようになるのです。」と語る。他には大学生のボランティアらがサポーターとして活動を支えている。身近な兄姉役の大学生と、シニア達に囲まれながら、刺激を受けつつも落ち着いて勉強に取り組める環境が整えられている。また、学習教室以外にも、キャリア教育として、小学校などへ出向いて実施する「夢!自分!発見プログラム」や、子供達に自信を持たせられるような日々の声かけでも、多くのシニア達が活躍している。

「“わくわく”学習会」で活躍する地域のシニア達~の写真2

数年前に一般企業を定年退職し、学習サポーターの一員として活動している齋藤さんは、“わくわく”学習室について『子供達の変化を間近に感じられることが幸せ。はじめは5分と集中力がもたなかった子が、地道な支援を続けるうちに「親に楽をさせてあげたい」と、2時間の学習を続けられるようになった時には、手ごたえとやりがいを感じた。』と活動の意義を語る。また、学習会を卒業後にも、「ガソリンスタンドでアルバイトを始めた。危険物取扱いの資格を取ると時給が上がるんだ。教えて。」と持ってきた資格のテキストで一緒に学ぶこともあるといい、「教える為には自分が勉強しなければいけないので大変ですが、子供達の為でもあり、自分の為でもあるこの活動を始めて、生きがいとやりがいを持つことができています。」と話す。

「“わくわく”学習会」で活躍する地域のシニア達~の写真3

“なかわく”や“こすわく”は、学習支援、居場所づくり、そして団体の活動の柱でもあるキャリア教育の実践によって、着実に効果を上げている。成績データのある子供の約72%に成績の向上がみられ、中学3年生13名全員の高校進学が決まった。

最新の調査結果によると3、生活保護の世代間伝承は25.1%、学歴との関係では、中学卒・高校中退者で世代間の受給歴が「あり」とする者が多い。

このような支援は、ワーキングプアを防ぎ、貧困の連鎖を解消する一助となる。また、核家族が増える中、シニア世代を中心とした多世代交流は、子供達にとっても貴重な財産となり、将来選択の中で大きな役割を果たしていくだろう。困難を抱える若い世代を、知識と経験に満ちた意欲ある高齢者が支援する、キーパーソン21の取組を通して、地域の高齢者が持つ底知れぬパワーを感じた。


1 2015年は総務省「人口推計(平成27年国勢調査人口速報集計による人口を基準とした平成27年10月1日現在確定値)」、2060年は国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成24年1月推計)の出生中位・死亡中位仮定における推計結果
2 平成26年度は中学1~3年生が対象。平成27年度より中学2・3年生のみ
3 道中隆「生活保護と日本型Working poor―生活保護の稼働世帯における就労インセンティブディバイド」社会政策学会 第144回全国大会(東京大学),2007年
※本文中の人数は全て平成27年3月末時点の数値
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