第1章 高齢化の状況(第2節 トピックス1)

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第2節 高齢者の姿と取り巻く環境の現状と動向(トピックス1)

トピックス1 デンマークの「リエイブルメント(再自立)」と日本の「自立支援」

デンマークでは高齢者支援にあたってのキーワードは「リエイブルメント(Re-ablement<再び自分でできるようにする>」である。これは「介護の前のリハビリテーション」を原則として、高齢者が自立した在宅生活を継続するために能力の回復・改善・維持を図ることである。こうして高齢者のQOLを向上させるとともに公的資源を節約できるように努力している。日本においても軽度の要介護状態の高齢者の生活課題の解決を目指す自立支援型のサービスが大分県など各地で進められている。

介護の前のリハビリ

デンマークの2012年の国会で、ケア関連各分野の専門家を集めた「在宅ケア委員会」を設立してケアの今後に関する提言を求めることを全会一致で採択した。提言は全国各地で現に行われているケア手法を集約する形で準備され、2013年に国会に提出された。その中には以下のリエイブルメントの考え方が含まれている。

  • 改善の可能性がある市民は(リハビリテーションの)支援を得て自立した生活を送ることができるようにする。重度で複雑なニーズのある市民は在宅ケアを受ける。
  • 80歳以上の全員対象の予防的な自宅訪問を行う。
  • 地方自治体は体系的にリハビリテーションプログラムに取り組むべきである。リハビリテーションで対象となる市民は複雑なケアニーズをかかえた人も含まれるべきである。

この提言を受けて、2014年12月の法律によってすべての地方自治体は高齢者ケアの一環としてリエイブルメントを提供する義務が課された。

手を後ろに回したケア

リエイブルメントを進めていくための基本的な考え方は「手を後ろに回したケア(してあげるのではなく本人の力を引き出すケア)」とリハビリテーションの徹底である。ファクセ市保健・ケアセンター長のティナ・ノーキング氏は語る。

ティナ・ノーキング氏
ティナ・ノーキング氏

「デンマークでは1年に1回、全自治体の介護職員の集会があります。2010年頃に、入院経験者をモデルにして、どのようにしたら入院を繰り返さないようになるかという発表がありました。それを見た時、これはホームヘルパーが実践していかないとだめなのではないかと思いました」「確かに例えば加圧ストッキングを自分で履くのに5分かかるときにホームヘルパーが履かせれば1分でできます。しかし実はそれは高齢者の能力を下げることになり、無気力にさせてしまいます」

リハビリテーションチーム

その後、ノーキング氏はファクセ市の600人のホームヘルパーにリハビリテーションの追加教育を実施した。その上で実際の在宅介護の場でチームを編成した。

「何年か前まではホームヘルパーは家事支援だけをしていれば良かったのですが、高齢化に対応していくにはリハビリテーションに力をいれなければいけないので、ホームヘルパーもリハビリテーションプログラムの教育を受けました」「在宅ケアのリハビリテーションチームはOT(作業療法士)、PT(理学療法士)、ホームヘルパー、看護師、判定員(アセスメントとケアマネジメントを行う)で構成されます。1回30分で週1回のミーティングでは、例えばホームヘルパーが、私が行っているおばあちゃんはどうしてもリハビリテーションができないと言うと、看護師が、その人はもしかしたら痛みがあるかもしれないから私が診てあげようと言って問題を解決します」

つまり、このような地方自治体やケア関係者の努力があってはじめて「介護の前のリハビリテーション」という原則が全国で確立するに至ったのである。一方、高齢者はどのようにこれを受け止めているかを尋ねると以下の返事であった。

「サービスに頼っている高齢者もいますが、同時に自分で何かをしたいと思っています。例えば郵便受けから手紙や新聞を取りに行きたい、角のスーパーマーケットまで行きたい、自分で芝生刈りがしたい、という希望です。それを自分でできるようにしましょうとまず促して、それからリハビリテーションに入ります。回り道であっても話し合ってやっていきます。」「社会一般の考え方が大きく変化して、特に今は健康に注意して予防しましょうという考え方が非常に普及してきました。高齢者もやはり予防して、自分でなにかをする力をつけるということに強い興味が出てきたということです」

現在では在宅ケア申請者の8割にリエイブルメントの介入がなされ、6割の成功率が期待されている。

リハビリテーションセンターと活動センター

在宅リハビリテーション以外にも、デンマークでは「リハビリテーションセンター」などでさまざまなリハビリテーションが行われている。リハビリテーションセンターでは、病院からの退院患者を受け入れる回復期リハビリテーションとして泊りがけの24時間集中のトレーニングや、在宅生活継続をめざす通所の維持トレーニングを行い、また在宅トレーニングの指導を行っている。これは日本のシステムと大きくは違わないが、医師の配置はなく、多くの場合はPT、OT、看護師の判断で行うという点が日本とは大きく違っている。この点をデンマークのリハビリテーションセンターで質問をしてみると、「それぞれの人には担当の家庭医がいるが緊急時以外に連絡を取ることも報告することもない。ここはリハビリテーションセンターであって病院ではない」との答えであった。

また、予防を目的として高齢者のための活動センターが一つの自治体に数カ所設けられている。ここでは「健康に良いことをする」「ネットワークを作る」「トレーニングを行う」ことを目的として体を動かす活動や知識を高める活動などが行われている。

リハビリテーションセンターと活動センターはその性格が基本的に異なり、前者は公的医療・介護サービスなので要介護状態の認定が必要で原則として無料で行われ、後者は市民による運営が基本でボランティアや利用者が運営の中心であり有料である。自治体は場所の提供や管理などを支援する。

リハビリテーションの実際

ファクセ市のリハビリテーションセンターでは以下の例が示された。

「酸素に依存しているCOPD(慢性閉塞性肺疾患)を患う78歳の女性の例です。リハビリテーションの目標は、捕獲棒を使うことなく床から物を拾えることと屋外で服を干せることでした。女性の腕と脚の力、可動性、歩行距離、バランスをテストしてトレーニングプランを作りました。例えばパネルを踏む遊びを使ったトレーニングなどです。写真は、最初は横の支え棒を必要としていて、最終的にはそれをつかむことなく歩き、歩行器は酸素ボンベ置き場としてのみ使われるという進展を示しています。彼女は床から物を拾うという目標と物干し台に服を干すという目標を達成しました。トレーニングの終わりに、自宅で使えるように『体を鍛え、日々を容易に』という本と練習用ゴムバンドをもらいました。このような場合、在宅での動画を用いたトレーニングと組み合わせて、週に2回で12週、最大2時間ですが、ほとんどが1時間私たちのところでトレーニングをするのが一般的です。」

ファクセ市リハビリテーションセンター
ファクセ市リハビリテーションセンター1
ファクセ市リハビリテーションセンター
ファクセ市リハビリテーションセンター2

日本における自立支援型デイサービス

介護保険の第1条(目的)には「要介護者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう(…)給付を行う」と規定され、明確に自立支援をうたっている。

大分市で(株)ライフリーが運営する「デイサービスセンター楽」の佐藤孝臣代表は、以前は病院に作業療法士として勤務していたが、介護保険法の自立支援の理念を実現するために10年前に起業した。それまでに本人と専門職の努力でせっかくADL(日常生活動作)が向上しても例えば杖で退院していった方が半年後に車いすでまた外来で来るということを何度も経験したという。

デイサービスセンター楽
デイサービスセンター楽

デイサービスセンター楽では車いすも、手すりも、送迎車にリフトもない。運動は単純なもので、足踏み運動・立位ストレッチ・ステップ運動という簡単な器具が3つあるだけだ。また「自立支援塾」という場を設けて介護保険の基本理念を学んでもらっている。このようなデイサービスなので佐藤氏は「おいしい食事、楽しいレクリエーション、豊富なカラオケがないと高齢者は来ない」とよく言われるという。

「介護保険は自立支援をめざしているのだから要介護者は来るはずだと思っていましたが最初はやはり来ません。半年くらい経営的にきつかったのですが、それでもやっていくと一人でトイレに行けるようになった方、風呂に入れるようになった方がだんだん増えていきました。わかったことは、一般的に介護保険では世話を受けるもので、世話を受けたいという方もいますが、短期間デイサービスに行って早くよくなりたいという方も相当数いらっしゃる。そういう方のニーズに応えられたのかなと思います」

そして、自立支援のために最も重要なのはアセスメント技術であるとする。

自立支援の実際

「たとえば風呂に入れないという場合、その原因はどこかを分析します。移動が問題なのか、着替えか、跨ぎか、洗身か、それを特定するのです。もし跨ぎができないのならその原因は何か、筋力の低下か、関節が固くなっているのかというかたちです」「筋力の低下は生活が不活発になって起こったものであれば改善します。ところがパーキンソン病や脳卒中の後遺症の麻痺、レビー小体型などの認知症であれば医療などの永続的なサービスが必要です。また歯のかみ合わせが原因の低栄養で筋力低下になっていることもあります。気をつけなければいけないのは、そこをよく見極めて一緒にしてしまわないことです」

大分県では要支援1と2、要介護1と新規に認定された人の6割が生活不活発病だという。デイサービスセンター楽では上のような努力の結果、要介護度の改善率は24%になっている。たとえば以下のような85歳の女性の例である。

「要支援1の方の家に買い物と掃除のために5年間ヘルパーさんが来ていました。この方はあまり積極的ではない方でしたが今のままでは体がきついからと言ってうちのメニューを何とか頑張ってもらいました。そして3か月後には買い物と掃除などは自分でできるようになりました」

3か月後。家の周りでなら何でもできる
3か月後。家の周りでなら何でもできる

さらにQOLの向上のためには具体的な生活課題の解決を通して、セルフコントロールの継続、就労支援まで視野に入れなければならないという。

大分県の取り組み

佐藤氏は事業所を運営するだけではなく大分県内の各市の多職種による地域ケア会議の実施にも助言者として積極的にかかわっている。平成25年度には県下の18市町村のうち14市町村で地域ケア会議が毎週開かれるようになり、自立支援型のケアが普及しつつある。また自立支援のための分析マニュアルも作成して県下で使用されている。この結果、以前は28%に上っていた介護保険料の伸び率は4.6%まで低くなっている。

以上のように、デンマークでも日本でも自立支援のための努力が行われている。その努力の中で両国とも共通して、高齢者自身の自立した生活を持続する意思に基づいて、生活課題の解決とQOLの向上のためのアセスメントをしっかり行い、自立を促す介護が多職種の協力によって進められている。

(国際長寿センター「高齢者の自立支援に向けた介護予防やリハビリテーション等についての国際比較調査研究2016」を参考とした)

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