第1章 高齢化の状況(第3節 トピックス5)

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第3節 高齢者の暮らし~経済や生活環境に関する意識(トピックス5)

トピックス5 セカンドライフへの備え

「ニッポン一億総活躍プラン」(平成28年6月2日閣議決定)にもうたわれる生涯現役社会の実現に向け、高齢者のイノベイティブな活動も注目されている。

ここでは、特許やアイデアはあるけれど、それを形にできない方々の支援のため、定年退職後、自ら起業し、想像力あふれる多様な製品の設計、製作を手掛けている安藤弘氏(エイジレス・ライフ実践事例受章者)を紹介する。

安藤弘氏は昭和13年8月生まれ、大学卒業後、大手自動車メーカーで自動車部品(特に、CDステレオ等のオプション部品や車検場で使用される検査装置等)の設計、開発を担当し、平成8年に定年退職。会社勤務時代から、自由に創造性のあるものづくりの仕事をやりたいとの強い思いがあり、定年退職後、すぐに有限会社シー・アイ・エスを起ち上げた。

【安藤弘氏(作業風景)】
【安藤弘氏(作業風景)】

現在は、開発、試作の支援を総合的に行う企業などから仕事を請け負う形(下請け)で機械の設計・試作を行っている。また、インターネット等を使用し、ものづくりを受注している企業から自社ではできないアイデアや経験のいる仕事を受注している。さらに、技術開発のため訪問指導している企業もある。設計・試作の請負料金は材料費に手間賃を加えた程度の金額で、他の会社の料金と比較しても安価に設定し、また、迅速なことも他社との競争力をつけている。

○起業した契機は?

55歳の時に、サラリーマンの余暇を活用した会社づくりに取引先の人に誘われ参加した。参加者で資金を出し合い、夕方集まっては新商品の開発などを討議し、技術のある人は資本金から材料を購入、販売経験者は資本金から交通費を使い、販売活動を行った。大企業の役員、会社員、商店主等30名以上が参加した。様々なアイデアを出し合い、試作品を作り、企業に持ち込んだが、営業担当が未知の企業に持ち込んでも良い反応はなく、会社は解散となった。

ここで学んだことは、昼間の会社では組織人として販売力がある人でも、個人として販売することは、非常に難しいということ、このような集まりでは、誰かがやってくれるだろうということで、大勢集まっても活動する人はごくわずかに過ぎないということを知った。この事業に参加した後、自分でも何かできるのではないか、そして一人でやろうと漠然と思った。こうした在職中の参加経験は、大変役に立っており、現在でも、ここで知り合った人の紹介で仕事の依頼がくることも多く、交友関係が貴重な財産となっている。

○活動内容は?

作業スペースは、庭に1坪ぐらいのスペースにプレハブを建て、その中に作業道具やパソコンを入れて作業場所にしている。

会社の事業内容は、新商品開発の企画・設計・試作及び実験の受託であり、起業当初は、機械の設計の技術指導等を行っていた。その指導契約も2、3年で終了してしまったため、自分で売れるものを製作・販売しようと思ったが、製品はなかなか売れなかった。開発・製作した「皿回しトレーナー」がテレビで取り上げられたこともあるが、売れるより多くを無償で譲ってしまったこともあり、以後自分で企画してものを作り販売していくことは止めようと思った。

起業後、初めて開発・製作した皿回しトレーナー
起業後、初めて開発・製作した皿回しトレーナー

そこで、特許やアイデアはあるけれども設計や機械を作れないといった研究機関や企業、主婦等の個人からの依頼で設計や試作を請け負うことをはじめた。

これまで設計・試作した機械には、

  • 虫歯治療用ドリルの強度試験装置
  • 真珠ネックレスの研磨クリーニング装置
  • 脳梗塞などの治療に使う脳低温自動制御装置

などがある。依頼を受けて設計・試作したものは、300件を超える。

歯科大学の学生の研究用に設計・試作した虫歯治療用ドリルの強度試験装置
歯科大学の学生の研究用に設計・試作した虫歯治療用ドリルの強度試験装置

設計・試作したものを依頼主が喜んでくれた時が一番楽しい。また、亡くなってしまったが、作ったものをいつも真っ先に見る妻がほめてくれることが楽しみだった。

○今後やっていきたいことは?

最近、高齢者の仕事、作業環境を改善したい、負担を軽減したいといった考えから、機械の設計・試作を依頼してくる会社が多くあり、私自身もその作業を経験し本当に困っている人がどうしたら楽に仕事ができるようになるのかを考えて仕事をやっている。自分はゴルフや旅行といった趣味は特になく、ものを作ることが一番の趣味。今も忙しい日々が続いているが、特に困っていること、苦しいことはない。今年79歳になるが、死ぬまで楽しみながら仕事を続けたいと思っている。

今後は、試作図面を即形にする3Dプリンターの勉強を考えているが、高齢者向けの勉強をする機会があればいいなと思っている。

今、小規模な企業は、人手不足、高齢化で、何とか高齢者が楽に仕事ができるよう、また、女性が活用できるような一寸した作業の改善、器具の改善を強く望んでいる。

ロボットや介護機器のような注目されている大規模な開発ではない小さな改善は、注目されにくく、金銭面、人的な面で苦労が多いが、是非、まだまだ力のある高齢者がこういう開発・改良に経験を生かし、エネルギーを使えるような仕組みづくりがあったらよいと思う。

○起業する高齢者に対して

同期、後輩の人に、私と同じように起業して仕事をやったらと声をかけてみたが、独立意欲を持っている人は少なく、嘱託や関連会社で働くことを選択する人が多かった。高齢者自身が、65歳以降はどうしたいかを考え、その気にならないと起業は難しいと思う。

また、起業前に、協力してくれるネットワークを作っておくことが、大切だと思う。

例えば機械づくりなら、電子・電気、ソフト開発、デザイナー、金属樹脂加工などの仲間や業者などとの連携が必要になる。

起業当時は、有限会社でも資本金は300万円必要であったが、現在は1円でも株式会社を作ることができる。私は、資金調達をしたことはないが、会社、大学等から受注するとき、また、部品・材料を購入するときには会社組織にしておくことが必要と考える。会社にするための登記資料作成、税金の申告等は本と資料で勉強すれば自分一人でできる。

同期の技術系の人の中には、弁理士、技術士、コンサルタント等として活躍している人もいるが、ものづくりは誰でもやれる上、創造力を生かせる楽しい仕事なので、自分のセカンドライフを考える上で選択肢の一つとして考えてみてもよいと思う。

企業で設計・開発等ものづくりを担当してきた方が、長年勤められた会社を退職後、今日まで、企業で培ってきた創造性を自由に発揮し、世の中に喜ばれる仕事を続けられており、今後、益々の活躍が期待される。

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