第1章 高齢化の状況(第3節 <視点1>)

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第3節 <視点1> 新しい高齢社会対策大綱の策定

高齢化に伴う課題に横断的に対応するため、政府は、高齢社会対策基本法(平成7年法律第129号)第6条の規定に基づき、政府が推進すべき高齢社会対策の指針として基本的かつ総合的な「高齢社会対策大綱」(以下「大綱」という。)を定めている。大綱は平成8年に最初に策定され、以後数回の見直しを経て直近では平成30年2月に現下の高齢社会情勢を踏まえて改定された。各省庁が実施する高齢社会対策は、雇用、年金、介護、医療、教育、まちづくり、住まい、技術革新など様々な分野にわたる。大綱は、今後5年間程度を見据え、こうした様々な分野の高齢社会対策全体を方向付ける指針となるものである。

新しい大綱の案は、内閣総理大臣が会長を務める「高齢社会対策会議」(構成員は各閣僚)において作成し(同法第15条)、平成30年2月16日に閣議において決定された。

以下では、この新しい大綱ができるまでの検討経緯や改定の主なポイント等を紹介する。

1 大綱の改定に向けた動き

平成24年大綱の見直しを行うという方針は、安倍内閣総理大臣を会長とする「高齢社会対策会議」において平成29年6月9日に決定した。同会議では、見直しを行う理由として、24年大綱策定当時以来の社会経済事情の変化を掲げている。

平成24年大綱の策定検討時、高齢化率(65歳以上人口が総人口に占める割合。平成22年国勢調査から。)は23.0%であったが、平成27年には26.6%となり、5年間で3.6ポイント上昇している。また、生産年齢人口は8000万人を切り、総人口も国勢調査ベースでは初めて減少に転じた。社会政策面では、社会保障4分野(年金、介護、医療、少子化対策)の取り組みが進展し、日本の急速な高齢化を支える社会システムの一層の整備が行われてきたほか、65歳までの雇用確保措置の定着の進展や、成年後見制度利用促進計画の策定、高齢運転者の事故防止対策、住宅セーフティネット法の改正など、様々な分野で進捗があった。「ニッポン一億総活躍プラン」や「働き方改革実行計画」など、高齢社会への対応に資する政策方針もこの間に新たに示されてきた。

大綱を見直すことは、こうした進捗を踏まえて決定された。まずは有識者から幅広く意見を聴取するために、「高齢社会対策の基本的在り方等に関する検討会」(座長:清家篤慶応義塾大学商学部教授(肩書きは開催当時))(以下、「検討会」という。)が内閣府に設置された。各委員の専門分野は、地方自治、報道、まちづくり、起業、労働経済、市民活動、地域活動、社会保障、医療・保健、科学技術、国際経済など多岐に及び、広い視点から議論が進められることとなった。

「高齢社会対策の基本的在り方等に関する検討会」
構成員
市原 健一 医療法人健佑会理事長
猪熊 律子 読売新聞東京本社社会保障部部長
大月 敏雄 東京大学大学院工学系研究科教授
片桐 実央 銀座セカンドライフ株式会社代表取締役
近藤 絢子 東京大学社会科学研究所准教授
(座長)清家 篤 慶應義塾学事顧問(前塾長)・慶應義塾大学商学部教授
高木 朋代 敬愛大学経済学部教授
塚谷 睆子 特定非営利活動法人
エイジコンサーン・ジャパン理事長
やすみたけじ 社会福祉協議会福祉推進委員(千葉県山武市松尾地区)
(平成27年度エイジレス章受章者(内閣府))
藤森 克彦 みずほ情報総研株式会社主席研究員・日本福祉大学教授
藤原 佳典 東京都健康長寿医療センター研究所
社会参加と地域保健研究チーム研究部長
松尾 豊 東京大学大学院工学系研究科特任准教授
村上 由美子 OECD東京センター所長
[50音順・敬称略、役職は開催当時]

2 検討会における議論

検討会は「高齢期の活躍の場の創造」、「高齢者の生活基盤の確保」、「高齢化する社会への対応力の向上」をテーマとし、平成29年6月から平成29年10月までに6回開催された。第1回検討会で各委員から以下の課題設定が行われ、その後の回で具体的に検討が重ねられた。

表1-1 第1回検討会での主な指摘事項(課題設定)

続く5回の検討会での議論を経て、平成29年10月に報告書がとりまとめられた。副題の「すべての世代にとって豊かな長寿社会の構築に向けて」は、「高齢者」対策ではなく「高齢社会」全体への対策が必要であるという委員の総意を反映したものである。

報告書の冒頭では、日本の現状がまず評価された。

「我が国は世界有数の長寿国であるのみならず、高齢者には高い就業意欲が見られ、体力や運動能力も一貫して向上傾向を示している。これらは雇用、教育、健康、社会保障などの分野における我が国のこれまでの諸施策も、また国民一人一人の取組も、成功裡に進められてきた証左であると言える。」

そして、新たな課題として「一人暮らし高齢者の一層の増加」、「地域コミュニティの希薄化」、「長寿化に伴う資産面健康面の維持」などに触れ、意欲ある高齢者の能力発揮を可能にする社会環境と、様々な分野における十全な支援やセーフティネット、その両方の整備を図る必要があると指摘した。

報告書には以下のような新しい視点が盛り込まれた。

●高齢者の活躍の支援

  • 高齢期にも高い就業意欲が見られる現況を踏まえれば、年金制度をより使いやすい制度とするための検討を行ってはどうか。
  • 起業については、壮年期からの副業、兼業経験も含め、高齢期の起業が円滑に行われるような環境を整備することが望ましい。
  • 資産活用については、高齢者の保有する豊富な資産が豊かな老後につながるとともに、我が国の経済の成長にも資するよう、資産が有効活用される環境整備が必要である。
  • 介護離職ゼロの実現に向けて、①介護労働者の確保、②介護労働者の専門性の「見える化」、③家族介護者への支援の取組を進めるなど現役世代にも働きやすい社会づくりが必要。
  • 人生の最終段階の過ごし方については、認知症高齢者や一人暮らし高齢者の増加を背景に、QOL(生活の質)向上の議論を進め、分野横断的な基本方針等を定めることができないか。

●高齢者の生活基盤の充実

  • 地域コミュニティが脆弱化しているが、高齢期に地域に支えられるという視点のみならず、子育て世代や若者など他の世代を支えることができるという認識が広く共有されることが望ましい。
  • 高齢者の生活の質の向上に先進技術を活用するため、ビッグデータ分析なども効果的に活用しながら、高齢者のニーズを踏まえた研究開発を進めることが必要である。AIを始めとする技術革新によるサービスの創出が期待される。

●高齢化する社会への対応力の向上

  • 持続可能な高齢社会を実現するためには、現役世代や高齢者を含めた全構成員が相互に力を発揮し支え合うことができる社会づくりが求められる。そのためには個々人が高齢社会の姿を理解する力を持つことが望ましい。平均的な像を「鳥」の目で見ること、個別のありようを「虫」の目で見ること、どちらも欠けてはならない。
  • 社会保障は個人では対応に限界のある状況に支え合いで備えるものであり、その本来意義の理解を世代間で共有することが重要である。社会保障教育を通じて若い世代が高齢社会を理解する力も養うことができる。新入社員向けに社会保障を学ぶ機会を設ける事業主への補助制度の整備など様々な手法も活用することが望ましい。
  • アジアの中でも急速に高齢化が進む国が増えている中、我が国の高齢化対策の知見に対する需要は潜在的にも顕在的にも大きいと思われる。各国がよりよい高齢社会をつくることに、我が国が産業面からも貢献し、日本の知見が広がる可能性を存分に活かせるような環境整備が望まれる。
表1-2 高齢社会対策の基本的在り方等に関する検討会 報告書(概要)~すべての世代にとって豊かな長寿社会の構築に向けて~

3 新しい高齢社会対策大綱の概要

検討会の報告書等を踏まえ政府内では大綱の案の策定が進められた。平成30年2月16日、高齢社会対策会議における大綱案の決定を経て、新しい大綱が閣議決定された。

新大綱の冒頭では、今後、我が国の高齢化はますます進行し、併せて総人口の減少も進むことが見込まれていること等から、これまでの我が国の社会モデルが今後もそのまま有効である保証はなく、10年、20年先の風景を見据えて持続可能な高齢社会を作っていくことが必要である、と謳われている。高齢者の体力的年齢は若くなっていること、就業・地域活動など何らかの形で社会との関わりを持つことについての意欲も高いことなどから、65歳以上を一律に「高齢者」と見る一般的な傾向はもはや現実的なものではなくなりつつあり、70歳やそれ以降でも、意欲・能力に応じた力を発揮できる時代が到来しているとも指摘した。こうした現状認識のもと、新しい大綱は、高齢化が一段と進む中、すべての世代が満ち足りた人生を送ることができる環境に向けて、意欲ある層の能力発揮を可能にする環境整備と、支援が必要な層へのセーフティネットの整備の両面に配意した内容となっている。

新しい大綱には、24年大綱の策定後に示された新しい政策方針が、以下のように反映された。

●「ニッポン一億総活躍プラン」(平成28年6月2日閣議決定)を強力に推進し、家族の介護を理由とした離職を防止するために介護休業を取得しやすく職場復帰しやすい環境づくりや、介護をしながら働き続けやすい環境の整備などを進め、仕事と介護を両立することができる雇用・就業環境の整備を図る。少子高齢化の流れに歯止めをかけ、女性も男性も、お年寄りも若者も、一度失敗を経験した方も、障害や難病のある方も、家庭で、職場で、地域で、あらゆる場で、誰もが活躍できる一億総活躍社会の実現に向けて、「ニッポン一億総活躍プラン」に基づく取組を推進する。

●一人一人の意思や能力、個々の事情に応じた多様で柔軟な働き方を選択できるよう、「働き方改革実行計画」(平成29年3月28日働き方改革実現会議決定)を推進する。

また、技術革新の成果が新たな視点で課題への解決策をもたらす可能性を踏まえて以下のような方針を明示した。

●高齢者が自らの希望に応じて十分に能力が発揮できるよう、その支障となる問題(身体・認知能力、各種仕組み等)に対し、新技術が新たな視点で解決策をもたらす可能性に留意し、従来の発想を超えて環境整備や新技術の活用を進めることを含め、その問題を克服するための方策を検討することも重要である。また、こうした目的での技術革新の活用に多世代が参画して、それぞれの得意とする役割を果たすよう促すことが必要である。

表1-3 新たな高齢社会対策大綱の概要(平成30年2月16日閣議決定)
表1-4 第2分野別の基本的施策(主な施策)

新しい大綱の各論においては、図に示すとおり6つの分野「就業・所得」、「健康・福祉」、「学習・社会参加」、「生活環境」、「研究開発・国際社会への貢献等」、「全ての世代の活躍推進」について具体的な対策の方向性が定められ、以下のような内容が盛り込まれた。

【高齢期の就業意欲の高まりを踏まえた社会保障制度の見直し】

「年金の受給開始時期は、現在、60歳から70歳までの間で個人が自由に選べる仕組みとなっている。このうち65歳より後に受給を開始する繰下げ制度について、積極的に制度の周知に取り組むとともに、70歳以降の受給開始を選択可能とするなど、年金受給者にとってより柔軟で使いやすいものとなるよう制度の改善に向けた検討を行う。」

新しい大綱の閣議決定後、厚生労働省にて開催された第1回社会保障審議会年金部会(平成30年4月4日開催)で具体的な検討が開始。第1回会合では、今後の議論の進め方及びこれまでの制度改正のレビューが議題となった。平成31年の財政検証の結果を踏まえ、制度改正に向けて検討を行っていく予定。

【人生の最終段階における医療の在り方】

「人生の最終段階における医療は、患者・家族に適切な情報が提供された上で、これに基づいて患者が医療従事者と話し合いを行い、患者本人の意思決定を基本として行われることが重要である。このため、患者の相談に適切に対応できる人材の育成等による体制整備を行うとともに、国民向けの情報提供・普及啓発を推進する。」

このテーマについては、大綱の改定に先立ち、開催された「人生の最終段階における医療の普及・啓発の在り方に関する検討会」において平成29年8月から検討が進められてきた。

新しい大綱の閣議決定後、同検討会で更に検討が深められ、平成30年3月に「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」へ改訂・公表した。

従前のガイドラインでは、医療従事者からの適切な情報提供に基づき患者本人による決定を基本とすべきこと、人生の最終段階における医療行為の開始・不開始・変更・中止等は多専門職種の医療従事者から構成される医療・ケアチームによって慎重に判断すべきこと、可能な限り不快な症状を充分に緩和し、患者や家族の援助も含めた総合的な医療及びケアを行うことが必要であることなどが謳われていた。

今回の新たなガイドラインでは、このような内容に加えて

  • 病院だけではなく、在宅医療や介護の現場において活用できるよう、表題に「・ケア」を追記するとともに、医療・ケアチームの対象に介護従事者が含まれることを明確化
  • 心身の状態の変化等に応じて、本人の意思は変化しうるものであり、医療・ケアの方針や、どのような生き方を望むか等、事前に日頃から繰り返し話し合うこと(ACP)の重要性を強調
  • 本人が自らの意思を伝えられない状態になる前に、本人の意思を推定する者について、家族等の信頼できる者を前もって定めておくことの重要性

などの観点から見直しを行った。

また、検討会報告書では、人生の最終段階における医療・ケアについて、本人の意思に沿った医療・ケアが行われるよう考える機会を確保し、家族等と話し合う取組を、国民に対し普及・啓発していくこととしており、今後、厚生労働省において具体的な普及・啓発の取組を進めていく予定である。

【認知症高齢者支援施策の推進など】

「高齢化の進展に伴い更に増加が見込まれる認知症高齢者やその介護を行う家族等への支援を図るため、『認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)』(平成27年1月27日策定、平成29年7月改定)を踏まえ、認知症への理解を深めるための普及啓発や認知症の容態に応じた適時・適切な医療・介護等が提供される循環型の仕組みを構築するために認知症初期集中支援チームの設置及び認知症疾患医療センターの整備等の施策を推進するとともに、認知症の人の介護者への支援や認知症の人を含む高齢者にやさしい地域づくりの取組を推進する。」

厚生労働省は、団塊の世代が75歳以上となる平成37(2025)年を見据え、認知症の人の意思が尊重され、できる限り住み慣れた地域のよい環境で自分らしく暮らし続けることができる社会の実現を目指し、新たに「認知症施策推進総合戦略~認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて~」(新オレンジプラン)を関係府省庁と共同で策定した(平成27年1月27日策定、平成29年7月改訂)。

新しい大綱には、新オレンジプランの推進のほか、認知能力の低下への対策として以下のような内容が幅広く盛り込まれた。

  • 高齢投資家の保護については、フィナンシャル・ジェロントロジー(金融老年学)の進展も踏まえ、認知能力の低下等の高齢期に見られる特徴への一層の対応を図る。
  • 認知機能検査及び高齢者講習の実施等により、高齢者への交通安全意識の普及徹底、高齢者の交通事故の防止を図る。
  • 振り込め詐欺を始めとする特殊詐欺等の高齢者が被害に遭いやすい犯罪、認知症等によるはいかいに伴う危険、悪質商法等から高齢者を保護するため、各種施策を推進する。
  • 健康立国の構築に向けて、認知症、虚弱(フレイル)等の健康課題や生活環境等に起因・関連する課題に対し、「第5期科学技術基本計画」(平成28年1月22日閣議決定)で提唱したSociety 5.0の実現を目指す一環として、最先端科学技術を活用・実装すること等により、これらの課題解決に取り組む。
  • 認知症等高齢期にかかりやすい疾患や、がん等高齢期の主要な死因である疾患について、その病態や発症機序解明等の研究とともに、ゲノム科学など先端科学技術の活用等による、新たな医療技術・新薬の研究開発やその成果の臨床応用のための研究、これらによる効果的な保健医療技術を確立するための研究等を推進する。

【交通安全の確保】

「高齢者に配慮した交通安全施設等の整備、参加・体験・実践型の交通安全教育の推進、認知機能検査及び高齢者講習の実施、運転適性相談の充実、運転免許証を返納した者の支援のための取組の促進、高齢者交通安全教育指導員(シルバーリーダー)の養成、各種の普及啓発活動の推進等により、高齢者への交通安全意識の普及徹底、高齢者の交通事故の防止を図る。特に高齢運転者による交通事故防止については、『高齢運転者による交通事故防止対策について』(平成29年7月7日交通対策本部決定)に基づき、改正道路交通法の円滑な施行、高齢者の移動手段の確保など社会全体で生活を支える体制の整備並びに運転免許制度の更なる見直しの検討、安全運転サポート車の普及啓発及び高速道路における逆走対策の一層の推進など高齢運転者の特性も踏まえた更なる対策を政府一体となって推進する。」

高齢人口の増加に伴い、75歳以上の高齢運転者が第一当事者となる交通死亡事故件数が全交通死亡事故件数に占める割合は高まっている。新しい大綱の検討開始に先立つ平成28年11月15日、政府は「高齢運転者による交通事故防止対策に関する関係閣僚会議」を開催するなど、高齢運転者による交通事故の防止について政府一体となって取組を進めてきた。80歳以上の高齢運転者による交通事故死者数は、平成28(2016)年の1年間で266人に上る。新しい大綱では、大綱に明記された上記の取組を通じ、平成32(2020)年までに80歳以上の高齢運転者による交通事故死者数を200人以下とする数値目標を掲げている。

4 推進体制等

高齢社会対策大綱を推進するため、高齢社会対策会議において、高齢社会対策大綱のフォローアップ等重要事項の審議等を行うこととしている。推進にあたっての留意事項には、前回(平成24年)から置かれた「数値目標」に加え、新大綱から新たに「参照指標」が置かれることとなった。「参照指標」には、「総人口に占める高齢者の割合」や「65歳以上人口に占める単身世帯の者の割合(男性、女性)」があり、これは様々な理由から目標値としては定めることが困難であるが、我が国の高齢社会の状況や政策の進捗を把握し、課題の抽出を行う上で適切に把握されるべき数字として掲げられている。

なお、大綱は、政府の高齢者社会対策の中長期的な指針としての性格に鑑み、経済社会情勢の変化等を踏まえておおむね5年を目途に必要があると認めるときに、見直しを行うこととしている。

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