第1章 高齢化の状況(第3節 トピックス4)

[目次]  [前へ]  [次へ]

第3節 <視点2>先端技術等で拓く高齢社会の健康(トピックス4)

トピックス4 シニアの起業支援「高齢者コミュニティ・ビジネス離陸応援事業」~兵庫県の取組~(兵庫県産業労働部政策労働局労政福祉課)

地域社会において、高齢者の介護・福祉、まちづくりなど、多種多様な社会課題が顕在化しつつある中、地域社会の課題解決に向けて、地域の住民が主体的に、ビジネスの手法を用いて解決する取組が行われており、地域における新たな起業や雇用の創出等を通じた地域活性化につながっている。このような取組と、高齢期の起業を目指す方に対する支援を結び付け、地域活性化等の課題に取り組んでいる兵庫県の事例を紹介する。

1 コミュニティ・ビジネス支援の経緯

平成7(1995)年に発生した阪神・淡路大震災による甚大な災害からの復旧・復興活動の過程で、兵庫県では県民や市民団体による相互扶助活動が活発化し、平成10(1998)年に制定された特定非営利活動促進法(NPO法)の影響もあり、県内におけるNPO法人等による活動が増加した。無償活動を前提とすることが一般的であったボランティアも、非営利を条件とした有償の活動へと拡大した。このような背景の下、コミュニティ・ビジネス1を震災後のコミュニティ再生に活用する試みが提言され、平成11(1999)年に阪神・淡路大震災復興基金を財源として、コミュニティ・ビジネスの立ち上げ経費を助成する被災地コミュニティ・ビジネス離陸応援事業が創設された。

その後、平成13(2001)年にコミュニティ・ビジネス離陸応援事業として、助成対象地域を被災地から全県に拡大し、平成24(2012)年からは高齢者の柔軟な就労形態の拡大を支援するため、55歳以上の構成員による高齢者コミュニティ・ビジネス離陸応援事業を実施している。

2 高齢者コミュニティ・ビジネス離陸応援事業のスキーム

兵庫県では高齢者コミュニティ・ビジネスを「多様な経験や資格・能力を持った高齢者の生きがいある新しい働く場づくりをめざして、県民一人ひとりが社会の担い手として参画し、自立したライフスタイルづくりをめざす取り組みの一つとして、地域課題の解決に自分たちで取り組み、対価を得ることでビジネスとして継続させていく事業」と定義している。

高齢者コミュニティ・ビジネス離陸応援事業では、その立ち上げに必要と認められる「事務所開設費」「初度備品費等」「人件費」を対象に、経費の2分の1以内を兵庫県から補助(100万円以内)している。対象団体は、兵庫県内に活動拠点をおき、県内を活動領域として新たに高齢者コミュニティ・ビジネスを始めようとしている団体とし、その法人格等に制限はない。ただし、構成員が3人以上必要であり、その役割に応じて1~2人以上の者が55歳以上であることを要件(平成29(2017)年度募集要項)としている。補助対象団体は、提出された申請書に基づく書類審査の後、企画提案コンペ審査会におけるプレゼンテーションによって、「地域社会への貢献度」「高齢者の就業機会の拡大効果」「経営の安定性・継続性」「創造性・先駆性」等の観点から選定される。

3 事例紹介「洲本レトロこみち」

淡路島の中央部に位置する洲本市は、明治時代から続く紡績工場の集積地として賑わったが、産業転換や平成10(1998)年に開通した明石海峡大橋等の影響もあり、地元での買い物客が減少し、市街地の商店街には閉じられたままのシャッターが目立ち始めていた。

市内の本町五六商店街に交差する道幅約2メートル、全長4百メートルの路地は、戦前の芝居小屋を前身とした洲本オリオンという映画館があり、往事はお好み焼き屋やうどん屋などの飲食店、靴屋、金魚屋などが立ち並ぶ一角であったが、住民の高齢化に伴い空き家が増加していた。

城下町洲本再生委員会の会長を務める野口純子氏(当時69歳)は、路地に活気を呼び戻したいという思いから、空き町家を活用した「こみち食堂」を企画し、平成24(2012)年に兵庫県が実施する「高齢者生活支援ビジネス離陸応援事業」(現在の事業名は「高齢者コミュニティ・ビジネス離陸応援事業」)に応募した。申請では、少子高齢化の影響で独居高齢者が増加するなか、昼食提供サービスとともに地域の見守りを行う事業が計画され、企画提案コンペ審査会で認定された。同補助金の交付決定後、路地にあった明治時代の長屋を地域の住民とともに改修し、同年12月に「こみち食堂」をオープンし、現在も地元の高齢者3名が就労している。「こみち食堂」では、地域の単身世帯の見守り活動を兼ねた高齢者への食事提供を行っており、定休日以外の毎日利用している高齢者が4名、不定期を含めると20名程度の高齢者が利用している。

こみち食堂

野口氏らによる活動は「こみち食堂」にとどまらず、「こみち食堂」がある路地を「洲本レトロこみち」と名付けて、地域の活性化に取り組んでいる。

「洲本レトロこみち」には、レトロな建物・町屋等が複数あり、同再生委員会では「スモトレトロ不動産」というプロジェクトを企画し、空き物件の見学ツアーやイベント等を不動産業者とのコラボレーションで開催している。これまでに、「スモトレトロ不動産」を介して6軒が新規出店し、新たに3軒が出店予定となっている。新規出店者は、北海道、大阪府など他府県からの転入組も多く、若い世代が転入することで多世代の交流が進み、高齢化していたコミュニティが多世代の共生によって活性化している。

洲本レトロこみちを行き交う人々

こうした地道な街づくりの努力が結実し、「洲本レトロこみち」は平成30(2018)年現在、約30店舗が営業する商店街へと発展しており、平成28(2016)年には「レトロこみち協同組合」として法人化した。休日には、ガイドブックを手にした観光客が通りにあふれ、高齢化し閑散とした路地だった場所が、新たな観光スポットとして再生している。

毎年春と秋には、「城下町洲本 レトロなまち歩き」のイベントを企画運営している。このイベントでは洲本市内外の飲食店、手づくり品の店舗等約100軒が、2日間の期間限定で「洲本レトロこみち」に出店し、第12回目となった平成29(2017)年秋の来場者は雨天にも関わらず1万2千人に上る。

野口氏は「開店以来、こみち食堂に毎日通ってくださる百歳の常連さんもおられます。私たちに大きなことは出来ないし、大きなことは総理大臣が考えてくれればいい。私たちは同じ場所に暮らす一人ひとりが、安心して暮らせる小さな輪を作っているだけ。小さな輪がいくつも繋がれば、大きな輪になれる。洲本レトロこみちは、みんなの繋がりで大きな輪になれました。身体が三つ欲しいくらい忙しいけど」と笑顔で語る。

4 高齢者の新しい働き方の創出

兵庫県では、阪神・淡路大震災後の失われたコミュニティの再生を図るため、県民によるコミュニティ・ビジネスを促進してきた。ボランティアではなく、労働の対価を得ながら地域の課題解決に取り組む働き方は、とりわけ高齢者や女性に新しい働き方としての可能性を拡げた。労働の対価として受け取る賃金だけではなく、コミュニティ再生や地域課題へ取り組む過程で得られる「生きがい」がモチベーションとなることから、「生きがいしごと」と名付けられた。この新しい働き方を促進するため、兵庫県では県下6カ所に「生きがいしごとサポートセンター」を設置し、コミュニティ・ビジネスでの起業や就業を支援している。「生きがいしごとサポートセンター」では、高齢者等を中心にコミュニティ・ビジネスでの起業支援のための各種相談、アドバイス等のほか、NPO等で就労するための職業紹介も行っている。

地域課題の解決には、問題を傍観せず、課題へと昇華できるキーパーソンの存在が不可欠であり、「高齢者コミュニティ・ビジネス離陸応援事業」では、「高齢者」がキーパーソンとなり事業を展開している。コミュニティ・ビジネスは地域社会を基盤とするため、「高齢者」が、長年培ってきた地元のネットワークと、自らの多様な経験や資格・能力を活かし、地域課題の解決に取り組んでいる。高齢者による取り組みが、点から面への広がりを見せて、地域の活性化に拡大している好事例が「洲本レトロこみち」である。

高齢者コミュニティ・ビジネス離陸応援事業で助成を受けた団体に対しては、生きがいしごとサポートセンターが継続的な支援を実施するとともに、県では5年間にわたって事業の継続状況の報告を求めている。平成24(2012)年~平成28(2016)年度に助成を受けた延べ59団体のうち、事業を継続(平成29(2017)年8月1日現在)している団体の割合は86.4%(51団体)となっており、同期間における雇用創出数は313名、うち高齢者は249名に上る。

少子高齢化の進展が見込まれるなか、高齢者がその多様な経験と能力を活かし、地域社会で起業・就労することは、ますます重要となってきている。兵庫県では引き続き、高齢者コミュニティ・ビジネス離陸応援事業をはじめ、高齢者の多様な就労機会の創出に対して、支援を行っていくとしている。


1 コミュニティ・ビジネス:地域の課題を地域の資源をいかしながら、地域住民が主体的に、ビジネスの手法を用いて解決する取組。地域の人材やノウハウ、施設、資金等を活用することにより、地域における新たな創業や雇用の創出、働きがい、生きがいを生み出し、地域コミュニティの活性化につなげることを目的としている。
[目次]  [前へ]  [次へ]