第1章 高齢化の状況(第3節 トピックス4)

[目次]  [前へ]  [次へ]

第3節 <特集>高齢者の住宅と生活環境に関する意識(トピックス4)

トピックス4 イギリスの「社会的処方」~GP(一般医、家庭医)による社会参加と地域づくりの推進~

イギリス等ヨーロッパ各国では住民が地域のGP(一般医、家庭医)に登録し、そこから検査への紹介、専門医への紹介、薬の処方等を得ることが医療の基本的な流れとなっている。

日本と同様に海外でも地域で高齢者を支える取組が活発になっており、高齢者から相談を受けたGPが薬の処方等医療的な処置を行うだけではなく高齢者が生活を取り戻していくための手助けとして地域でのボランティア活動や運動サークルの紹介等地域活動への参加を勧める「社会的処方(social prescribing)」の取組が活発になっている。

イギリスの社会的処方の発展

イギリスの社会的処方の試みは1980年代から始まっているが、2006年の保健省報告「私たちの健康、私たちのケア」で推奨されたことから全国に広がり、2017年にはイギリス国内で100以上の地域で進められるに至った(このうち約1/4がロンドン)。社会的処方は地域単位でGPの自主的な取組として進められてきたが、2018年には保健省の補助金も用意されることとなった。これは、「社会的処方計画を受けた患者の80%が救急外来、外来診察、入院の使用を減らした」という実績を確認したことによるものである。

イギリス政府が支援するグレーター・マンチェスターの政策

グレーター・マンチェスター(10の自治体の集合体であるマンチェスター広域自治体。人口約280万人)ではイギリス政府の支援も受けて、新しい健康とケアについての政策を策定して推進している。これは財政状況が厳しい中で、今後、イギリス全体において展開していく政策の先取りという性格を持っている。この地域において社会的処方は地域全体の計画の柱として進められている。

グレーター・マンチェスターの計画の概要

グレーター・マンチェスターの保健・社会サービスリーダーGiles Wilmore氏の説明である。

グレーター・マンチェスターの保健・社会サービスリーダーGiles Wilmore氏

「ここに私たちの考えを4つの柱でまとめました。

一番上の『自分にとって重要なことに耳を傾ける』とは専門職が間違っていることを直すという考えではなく、本人の目標、動機、関心、資源等、強みに基づいて支援をまとめることです。

また高齢者の孤立や孤独は大きな問題です。社会的なつながりを持たないことによって、身体的な健康にも影響を及ぼしているので『薬を超えた解決策(社会的処方)』としてGPも医療以外の地域支援との橋渡しをします。

3つ目の『自分の支援を自分でデザイン』は、イギリスでは自治体から要介護者として適格性を認められたら、ケアの内容を自分で決めることもできるようになっています。それを活用して自分が健康で自立し続けるための地域の支援を得たり外出の機会を作るということです。

4番目の『自分の地域の強みに気づく』というのは、本人が自分の興味・目標・ニーズに合わせて地域内の活動・支援・専門知識にアクセスできるようにするということです。

このやり方すべてを合わせて私たちは『個人とコミュニティ中心のアプローチ』と呼んでいます。」

社会的処方の現状

イギリスでは2012年の医療と社会的ケア改革によって地方自治体への権限移譲が進み、地方自治体では地域の中の医療/ケア計画においてGPが大きな役割を果たすようになった。多くのGPは、高齢化が進むにしたがって、臨床的な処置、あるいは投薬の必要がない患者が増えてきていると感じている。社会的処方は、そのような患者に対するオプション提供ということになるのである。実際の活動について、GPでありマンチェスター大学教授のKath Checkland医師が説明する。

GPでありマンチェスター大学教授のKath Checkland医師

「高齢化の進行に伴ってコミュニティケアが重要となっています。また最近は医療と社会的ケアとの境界が徐々にはっきりしなくなってきています。方向としては統合ケアに向かっています。

この流れの中で、大きな都市ではGPが社会的処方として対象者をコミュニティ・グループに紹介することがよくあります。私のGP診療所がある農村地域では社会的な処方の紹介先はあまり多くないのですが、それでもAge UKというチャリティ団体のセンターも紹介しますし、運動をするための地元のレジャー施設への紹介もできます。多くの地域ではGP事務所の中に、地域活動を紹介する『リンクワーカー』とか『ケアナビゲーター』といわれる新しい職種の人がいます」

社会的処方の実践はGPのみが努力をすることによって成り立つわけではない。グレーター・マンチェスターの例のように地域の中での医療、介護計画全体の中で位置づけられること、また多くの住民が参加することが成功のカギとなっている。Mark Hammond氏(マンチェスター建築スクール上級講師)は具体的な活動を紹介している。

「私たちは学生と高齢者が一緒に活動するグループを作っています。いまは地域の中でどのようなボランティア活動、自主的な活動が行われているのか、何が起きているのかホームページを通じて知らせる活動を行っています。この結果を医療の専門家が社会的処方をするのに活用するようになりました。つまり、私たちが公表する情報を、タブレットを持っているリンクワーカーが常にチェックして、相談をしてくる人々に情報を教えることができるということになったのです。」

学生と高齢者による活動するグループ

それでは社会的処方によって受け入れる側はどのように考えているのだろうか。ロンドンの高齢者対象のチャリティ団体Open AgeのディレクターHelen Leech氏の話である。

Open Ageは公的セクターや市民から資金を得てロンドンの中心部で毎週400のさまざまなアクティビティーを提供しています。その場所はコミュニティセンター、レクリエーションセンター、教会のホール、図書館、私たちのアクティビティーセンターです。

このような活動は、孤立、孤独を防ぐこと、そして健康とウェルビーイングを増進すること、そして予防のためでもあります。

多くの高齢者は自分からどこかで私たちの活動を聞いて参加したいと言って来ますが、専門職からの紹介で参加する人もいます。その専門職は、GP、メンタルヘルス専門家、コミュニティナース(保健師)等です。

私たちのところには、哲学、時事問題、アートのクラスがあり、また体を動かすアクティビティーや健康講座のプログラムもあります。もう一つ重要なものとして、私たちのスタッフが高齢者の自宅を訪ねて、アクティビティーに参加する障壁になっていることがあったら、それを取り除く活動があります。社会的なつながりを持っていない人の中には、GPやケアワーカー以外とは何週間も話をしていない人がいます。自信がないとか、移動の問題があるとか、パートナーを失ってしまった等いろいろな障壁がありますが、それらを一つ一つ解決していきます」

Open AgeディレクターHelen Leech氏

オランダでも社会的処方が広がり始める

オランダでは2015年の社会サービス法の改革によって、地方自治体が責任をもって市民のネットワーク作りを支援し、本人及び周囲の市民の力を最大限生かした支援を進めることとなった。そして全国の自治体では問題を抱えている人のために活動するソーシャルヴァイクチーム(社会近隣チーム)※を作っている。ソーシャルヴァイクチームに連絡があると、運動によって回復できる場合は地域の団体への参加を勧め、孤立している場合は地域ネットワークを紹介し、本当に医療的なニーズがあればGPに連絡する。この動きに連動してオランダのGPがイギリスから学んで社会的処方を行っている地域が広がり始めた。

※ソーシャルヴァイクチーム(社会近隣チーム)

オランダには自治体による相談対応の医療・介護の専門家チームがある。チームはまず近所・地域、それからボランティア組織等で何ができるか検討し、それでもケアが必要な場合、医療・介護の専門家に相談するという対応を基本としている。

オランダのGPは次のように語っている。

「われわれGPは独断性が強く、最初はソーシャルヴァイクチームなど必要ないと考えていました。しかし患者が本当に元気になる姿を見て今は必要だとつくづく思っています。特に精神的心理的問題で頭痛が出たり腰が痛くなったりする方がいます。例えば社会的なつながりをなくして孤立してしまった場合です。そのような方をソーシャルヴァイクチームに紹介したら、活発になってボランティアとして大活躍して友達もたくさんできてGPのところには来なくなりました。

Lelystad自治体のGP Karol Habryka医師

このようなやり方をオランダではWelzijn op Recept(処方による福祉)と呼んでいます。

精神的な背景から来る入院を回避するため、在宅介護組織、ソーシャルヴァイクチーム、GPが一緒にこのプロジェクトを始めました。処方による福祉でそのような患者たちの孤立感と恐れがなくなるような措置を取りましたら、実際に50%入院率が減りました。毎週ソーシャルヴァイクチームとミーティングをやっていますので、われわれは患者のその後を知ることもできます。」

社会的処方の評価と現状

社会的処方の取組はイギリス全体で広がっており、そのほかの国にも広がっている。しかしエビデンスの蓄積はさらに必要であり、また全国規模のネットワーク作りも重要な課題となっている。

  • 「社会的処方のエビデンスでは、ケアの需要を減らす可能性を示しているがまだ十分とは言えない。同様に、社会的処方が医療費節減をもたらすというエビデンスも有望であるが完全に定量化されるに至っていない。」(ウェストミンスター大学「社会的処方が医療需要と費用に影響に与えるエビデンスのレビュー」2017)
  • 社会的処方を進める団体であるSocial Prescribing Network等が主催する第1回社会的処方会議は2016年1月にロンドンで開かれ、第2回は2018年11月に開かれている。全国的な組織化はまだ始まったばかりである。(Social Prescribing NetworkNews and events」2019年現在)

以上のように、社会的処方はイギリス、オランダ等で定着しつつあるメソッドであるが、医療とボランタリー・セクター、地域活動をつなぐ可能性を持つものとして我が国においても注目すべき動きである。

(国際長寿センター「平成30年度 多様な主体による高齢者支援のための連携実態と地域住民の参画を促すための公的支援に関する国際比較調査研究 報告書」等を参考とした)

[目次]  [前へ]  [次へ]