第1部 陸上交通の安全

第2章 鉄軌道交通の安全

第1節 鉄軌道事故のすう勢と交通安全対策の今後の方向

 鉄軌道の運転事故は、長期的に減少傾向にあり、平成12年の発生件数は936件、死傷者数は749人であり、7年の発生件数1,035件、死傷者数813人と比較して、発生件数で10%、死傷者数で8%の減少となっている。
 運転事故の減少傾向は、これまで講じてきた各種の安全対策の成果と考えられるが、平成11年には山陽新幹線においてトンネルのコンクリートのはく落事故、また、12年には営団日比谷線中目黒駅構内列車脱線衝突事故が発生し、社会的に大きな影響を与えた。列車の運行が高密度である現在の運行形態においては、一たび事故が発生すると、利用者の利便に重大な支障をもたらすばかりではなく、被害が甚大となることを示す結果となった。
 これらにより、鉄道システムそのものへの国民の信頼が揺らぎかねないことも懸念されることから、個別の問題の解決を図り、同種事故の再発を防止することはもとより、高齢者、身体障害者等の鉄道施設の安全な利用にも十分配慮した駅施設等の整備の促進、緊急時に備えた運行管理体制の充実、乗務員等の教育訓練の充実、安全管理体制の充実、鉄軌道の安全に関する知識の普及、効果的かつ機動的な保安監査の実施等の安全対策を推進することとする。特に、次の重点施策を強力に推進する。

(1)事故調査体制の充実による同種事故の再発防止

 より安全な鉄軌道を目指すためには、事故等の教訓をいかし、問題の所在に的を絞った効果的な対策を講ずること等により、同種事故を未然に防止することが極めて重要である。
 また、平成12年8月に運輸技術審議会鉄道部会において、調査権限を持った常設・専門の鉄道事故調査体制を整備すること等を内容とする「鉄道事故調査に関する提言」が取りまとめられた。
 この提言等を踏まえ、今後、必要な事故調査体制の整備を進める。

(2)事故の未然防止対策の推進

 鉄軌道交通においては、重大インシデント(結果的には事故には至らないものの、事故が発生するおそれがあると認められる事態)が多く存在している。このような重大インシデントを分析し、その未然防止を図ることが、事故の防止のために有効である。
 そのため、鉄軌道事業者からの事故等の報告制度について、事故報告の内容及び事故速報の対象範囲の見直し等を行い、重大インシデント分析の充実を図り、事故等の未然防止に有効な対策を推進する。
 さらに、事故等に関する情報公開を積極的に推進し、広く鉄軌道事業者に周知することで、事業者における再発防止対策の充実強化に資することとする。

第2節 講じようとする施策

1 鉄軌道交通環境の整備

 鉄軌道交通の安全を確保するためには、まず、基盤となる線路施設及び安全運行を担う運転保安設備について常に高い信頼性を保持し、システム全体としての安全性の基礎を構築する必要がある。そのため、施設の耐久性の強化と保守管理の徹底を図るとともに、運転保安設備の高機能化、緊急時に用いる通信装置の整備を促進する。

(1)線路施設等の点検と整備

 鉄軌道交通の安全を確保するためには、基盤である線路施設について常に高い信頼性を保持する必要があり、軌道や路盤等の施設の保守及び強化を適切に実施するとともに、降雨による土砂崩壊、あるいは落石、雪崩等による施設の被害を防止するため、線路防護施設の整備を促進する。
 さらに、トンネルコンクリートはく落事故の再発防止対策として策定された「トンネル保守管理マニュアル」に基づき、トンネルの適切な保守管理の徹底を図るとともに、営団日比谷線中目黒駅構内列車脱線衝突事故に関する調査報告書(平成12年10月)を踏まえ、脱線を防止する上で有効とされる軌道の平面性の管理等についても徹底を図る。
 また、駅施設等については、高齢者、身体障害者等の安全利用にも十分配慮し、段差の解消、転落防止設備等の整備によるバリアフリー化を推進するとともに、プラットホームからの転落事故に対しては、列車の速度が高く、かつ、1時間当たりの運行本数の多いプラットホームについて、非常停止押しボタン又は転落検知マットの整備、プラットホーム下の待避スペースの確保など適切な安全対策の推進を図る。

(2)運転保安設備の整備

 列車運行の高速化、高密度化に対応し、列車運行の安全確保を図るため、列車集中制御装置(CTC)の整備を促進するとともに、既設の自動列車停止装置(ATS)の高機能化等の運転保安設備の整備・充実を行う。また、事故・地震発生等の緊急時において必要な情報を迅速に伝達し、乗務員が適切に対応できるよう列車無線等の通信装置の整備を促進する。

(3)鉄道構造物の耐震性の強化

 鉄道施設耐震構造検討委員会により取りまとめられた新しい耐震基準(平成10年11月)を新設される鉄道構造物に適用すること等により、構造物の耐震性能の向上を図る。

2 鉄軌道の安全な運行の確保

 鉄軌道交通の安全を確保するため、常に乗務員及び保安要員の資質の維持・向上を図るとともに、緊急時の対応も含めた管理体制の充実・徹底を図るよう指導する。
 また、効果的かつ機動的な保安監査を通じてこれらの適切な指導を行う。
 さらに、国民全体に対しても広報活動を通じ安全意識の高揚を図る。

(1)乗務員及び保安要員の教育の充実及び資質の向上

 鉄軌道の乗務員及び保安要員に対する教育訓練体制と教育内容について、教育成果の向上を図るよう指導する。また、乗務員及び保安要員の適性の確保を図るため、科学的な適性検査の定期的な実施を図るよう指導するとともに、動力車操縦者の資質の確保を図るため、動力車操縦者運転免許試験を適正に実施する。

(2)列車の運行及び乗務員等の管理の改善

 大規模な事故又は災害が発生した場合に、迅速かつ的確な情報の収集・連絡を行うため、国及び鉄軌道事業者において、夜間・休日における連絡体制の充実、通信手段の拡充を図る。
 また、大都市圏、幹線交通の輸送障害等による被害や社会的影響を軽減するため、鉄軌道事業者に対し、運行管理体制の充実を図ることにより、ダイヤの乱れ、事故の発生等の際、列車の運行状況を的確に把握し、緊急連絡、乗客への適切な情報提供、迅速な応急復旧による運行の確保、応急輸送体制の充実など、迅速かつ適切な措置を講ずるよう指導する。
 また、乗務員等がその職務を十分に果たし、安全運転を確保できるよう、就業時における心身状態の把握を確実に行うなどにより、職場における安全管理を徹底するよう指導する。

(3)鉄軌道交通の安全に関する知識の普及

 踏切事故等鉄軌道の運転事故及び置石・投石等の鉄道妨害、線路内立入り等の外部要因による事故を防止するためには、踏切道の安全通行や鉄軌道事故防止に関する知識を広く一般に普及する必要がある。このため、鉄軌道事業者に対し、学校、沿線住民、道路運送事業者等を対象として、全国交通安全運動等の機会をとらえて、ポスターの掲示、チラシ類の配布等による広報活動を積極的に行うよう指導する。
 また、建設工事・保守作業等施設の建設・保守に携わる作業員についても、安全対策の徹底を図るよう、鉄軌道事業者を指導する。

(4)鉄軌道事業者に対する保安監査等の実施

 鉄軌道事業者に対し、定期的に又は事故の発生状況等に応じて保安監査等を実施し、施設及び車両の保守管理状況、運転取扱いの状況、乗務員等に対する教育訓練の状況、安全管理体制等についての適切な指導を行う。
 また、定期的に連絡会議を開催し、鉄軌道事業者の事故情報の交換、効果的な事故防止対策の検討等を行う。

(5)気象情報等の充実

 鉄軌道交通に影響を及ぼす自然現象を的確に把握し、気象警報・注意報・予報及び津波警報・注意報並びに台風、大雨、地震、津波、火山噴火等の現象に関する情報の質的向上と適時・適切な発表及び迅速な伝達に努める。
 鉄軌道事業者は、これらの気象情報を早期に収集・把握し、運行管理へ反映させることで、事故や運行障害の発生を未然に防止する。
 また、気象、地震、津波、火山現象等に関する観測施設を適切に整備・配置し、維持するとともに、防災関係機関等との間の情報の共有や情報通信技術(IT)を活用した観測・監視体制の強化を図るものとする。さらに、広報や講習会等を通じて気象知識の普及に努める。

3 鉄軌道車両の安全性の確保

 科学技術の進歩を踏まえつつ、適時・適切に鉄軌道車両の構造・装置に関する保安上の技術基準の見直しを行うとともに、検査の方法・内容についても充実させ、鉄軌道車両の安全性の維持向上を図る。

(1)鉄軌道車両の構造・装置に関する保安上の技術基準の改善

 科学技術の進歩、交通環境の変化に対応して鉄軌道車両の構造・装置に関する保安上の技術基準の見直しを行う。さらに、鉄軌道車両に導入された新技術、車両故障等の原因分析及び車両の安全性に関する研究の成果を速やかに技術基準に反映させる。

(2)鉄軌道車両の検査の充実

 鉄軌道車両の検査については、コンピューターの利用等新技術を取り入れた検査機器の導入を促進することにより、検査精度の向上を図るとともに、新技術の導入に対応して検修担当者の教育訓練内容を充実させる。また、鉄軌道車両の故障データ及び検査データを科学的に分析し、その結果を車両の保守管理内容に反映させるよう指導する。
 さらに、営団日比谷線中目黒駅構内列車脱線衝突事故に関する調査報告書を踏まえ、脱線を防止する上で有効とされる静止輪重の管理を実施するとともに、車両構造等に合わせた的確な調整や静止輪重の管理値の設定を行うよう指導する。

4 救助・救急体制の整備

 鉄軌道の重大事故等の発生に際して、救助・救急活動を迅速かつ的確に行うため、鉄軌道事業者と消防機関、医療機関その他の関係機関との連携協調体制の強化を図り、災害現場における協力活動体制の整備を推進する。また、早期に応急手当を実施するため、鉄軌道事業に従事する職員の応急手当講習の受講を推進する。

5 科学技術の振興等

 鉄軌道の事故防止のための研究開発を推進するとともに、事故原因の究明等の成果を速やかに安全対策に反映させる体制を整備する。

(1)鉄軌道の安全に関する研究開発の推進

 鉄軌道の安全対策については、事故防止のための研究開発を推進し、鉄軌道交通の安全性の向上に努める。
 このため、交通安全環境研究所においては、新しい交通システムの実用化や高度化した台車、電子機器等の導入に対応した安全性、信頼性評価のための研究に必要な研究施設及び研究体制を充実するとともに、鉄道における安全性の数量的評価方法や事故発生予測モデルに関する研究を実施する。
 また、鉄道総合技術研究所においては、営団日比谷線中目黒駅構内列車脱線衝突事故を踏まえた急曲線部における低速走行時の車輪乗り上がりメカニズムの基礎的研究や、新たな線路障害物検知装置を始めとする高度な事故防止システムなど、安全性の更なる向上に関する技術開発を推進する。

(2)鉄軌道の運転事故原因究明のための体制の整備

ア 鉄軌道事故調査機関の設置

 平成12年8月に運輸技術審議会鉄道部会において取りまとめられた「鉄道事故調査に関する提言」等を踏まえ、今後、常設の鉄軌道事故調査機関を設置し、必要な事故調査体制の整備を進める。

イ 鉄道の運転事故等に係る報告制度の改善

 運輸技術審議会答申「今後の鉄道技術行政のあり方について」(平成10年11月)に基づき、重大インシデントの分析、調査体制を整備するため、重大インシデントの発生について鉄道事業者から報告を求め、また、事故報告の内容及び事故速報の対象範囲の見直し等を実施する。また、特殊な運転事故の発生に際しては、原因究明を徹底的に行い、必要に応じ専門家等により実験を含む総合的な調査研究を行い、その成果を速やかに安全対策に反映させる。