交通事故被害者の支援 第2章 交通事故被害の実態
本章では、公式統計や実態調査の結果をもとに交通事故被害の状況をみていく。
被害者調査への関心は1960年代から高まり、アメリカ合衆国においては70年代から、イギリスでは80年代から大規模な被害者調査が実施されている。これらの調査は、一般人を対象として、主として被害経験の有無や警察への通報の有無などについての質問が行われ、犯罪の実態や被害化の要因、人々の刑事司法に対する態度などを明らかにしようとするものであった。
こうした調査を通じて、犯罪被害者の置かれている状況や刑事司法過程でさらに傷ついている状況などが明らかになってくるにつれ、被害者に対する援助の必要性や被害者の法的地位を向上させるための立法へと関心が移っていった。
近年、わが国においても被害者の実態を調査し、被害者の状況やニーズを把握したうえで、その保護の必要性や対策を提言する目的でいくつかの調査が行われている。
犯罪被害者の実態を知る方法として、
などがある。
本章では、2番目と3番目の統計や社会調査による方法を中心に述べる。
既存の統計を用いることで、全国規模のデータが継続的に得られ、その動向を知ることや地域比較が可能となる。
一方、社会調査はデータの処理方法や調査対象者の選定、さらに調査の実施方法などにより、いくつもの種類がある1)。一般人を対象とした調査においては、被害率や被害の申告率を推定できる(表-1 参照)。また、被害に遭(あ)った人を対象に行われた調査からは、被害者のダメージの程度やニーズを知ることができる(表-2 参照)。
1) 調査は、データの処理方法(量的な調査か質的な調査か)、調査対象者の範囲(全数かサンプルか)、調査の実施方法(面接、郵送、電話)などの違いから種々の方法がある。
調査方法にはそれぞれ長所と短所があり、各調査の限界を認識して実施、活用する必要がある(詳細は本章「V.実態把握における課題」で述べる)。
本章では、まず既存の統計を用いて、わが国における交通事故被害の状況を概観する。次に、これまで行われた交通事故被害者に対する調査を取り上げ、そこで明らかとなった被害者の実態やニーズについてみていく。
アメリカ合衆国 | アメリカ合衆国では、1966年に最初の全米調査が全米1万世帯を対象に行われた。この結果、被害に遭っても報復の恐れなどから警察に通報しない場合が多くあり、それまで考えられていたよりも遙かに多くの被害経験が存在することが明らかとなった。この調査がやがて発展し、今日の「全米犯罪被害者化調査(National Crime Victimization Survey:NCVS)」となっている。 NCVSは、連邦国勢調査局が連邦司法省司法統計局の協力の下に、全米の約5万世帯、10万人を対象に調査票に基づくインタビュー形式で行われる調査である。調査内容は、個人属性、犯罪被害経験の有無、被害形態別の被害発生状況などであり、犯罪発生に関する多くの資料を提供している。その一方で、この調査は被害に遭うリスクに関する資料も提供している。 (Larry J. Siegel, Criminology(7th ed. 2000),pp.58,88〜95) |
英国 | 英国では、1982年から犯罪調査が行われ、第8回目となる2000年には約2万3,000人を対象にしたインタビュー形式での調査が行われた。この「英国犯罪調査(British Crime Survey:BCS)」では、前年の被害経験などが調査され、犯罪情勢や人々の犯罪に対する態度に関しての重要な情報源となっている。 政府は、警察に報告されない犯罪被害の情報を得ることになり、犯罪防止プログラムの策定などに重要な役割を果たしている。また、調査結果から人々の犯罪に対する不安や自衛行動などを知ることもできる。さらに、警察や裁判を含む刑事司法に対する人々の態度も測ることになる。2001年以降は16歳以上の4万人を対象に毎年行われている。 (Home Officeのサイトによる) |
日本 (1) | 都市防犯研究センターが、1989年および92年に全国の成人男女3,000人を対象に行った被害経験調査がある。 (JUSRIリポートNo.1およびNo.4) |
日本 (2) | 2000年2月に法務総合研究所によって、全国に住む16歳以上の男女から無作為に選ばれた3,000人を対象に行われた。 調査項目として犯罪被害の有無とその他の質問項目との関係が分析され、その分析によれば「世帯が犯罪被害に遭う確率を高める項目」として、都市規模(規模が大きい)、世帯収入(世帯収入が中の上)、世帯当たりの人員(人員が多い)、警察の防犯活動に関する認識(警察の防犯活動および警察の親切さに関する意見が厳しい)などの項目があげられている。 また、個人が被害に遭う確率を高める項目として、年齢(10〜20代が高く、60歳以上で低い)、婚姻関係(独身者)、警察の親切さに関する認識(警察の防犯活動および警察の親切さに関する意見が厳しい)などがあげられている。 (法務総合研究所研究部報告10(2000)) |
犯罪被害者実態調査 (1992年〜94年) |
調査方法:質問紙による調査。手渡しにより配布。回収は郵送。質問紙回収後に一部面接調査を実施。 調査対象者:身体犯(殺人未遂、傷害、強盗傷害など)の被害者、犯給法による遺族給付金の支給を受けている遺族、財産犯(窃盗、詐欺)の被害者 集計回答者数:身体犯被害者227名、受給遺族261名、財産犯被害者220名。 主な調査項目:事件の概要、事件による生活の変化、精神的苦痛の状況、加害者に対する意識、 事件後のサービスについてのニーズ、情報提供の有無、捜査に対する意見。並行して、刑事司法実務家(警察官、検察官、弁護士、裁判官、保護観察官)に対しても質問紙調査を実施。 (宮澤浩一・田口守一・高橋則夫編著『犯罪被害者の研究』成文堂、1996 参照) |
犯罪被害者実態調査 (2002年) |
調査方法:1998年から2000年に起きた犯罪の被害者と遺族1,269人を対象に質問紙を郵送して実施。852人から回答が得られた(回答率67%) 主な調査結果:事件直後、8割の人が「不安だった」と感じ、半数以上が「誰か傍にいてほしかった」と支えを求めた。二次的な被害と感じた出来事として、「精神的ショック」(6割)、「警察の事情聴取や捜査への協力」(5割)、「体の不調」(4割)をあげている。また、遺族や女性の性犯罪被害者が、時を経ても重いPTSDに悩まされている。 必要とする支援として、事件直後は「傍で話を聞いてくれる」「警察や病院への付き添い」、2年以上経過した後は「傍で話を聞いてくれる」「カウンセリング」をあげる人が多かった。その他、「出所情報」や「出所後の住居」についての情報が不十分との結果が出た。 報道については、「自分の被害を広く知ってもらえた」「被害防止に貢献した」点を評価する一方、「出してほしくない情報を出された」「事実と違う」という意見もあった。 (犯罪被害実態調査研究会『犯罪被害者実態調査報告書』2003) |
2) その他に、わが国において行われた被害者を対象とした実態調査のいくつかを紹介する。
・1998年7月から12月にかけて警視庁管内の被害者51名に対して、被害者の心理面を中心に主に電話による聞き取り調査を行ったものとして被害者心理研究会「犯罪被害者の心理と援助についての調査研究」(1999)がある。
・性暴力被害の調査として、小西聖子「日本の大学生における性被害の調査」日本=性研究会議会報8巻2号(1996)や西日本新聞社が97年に福岡県内の女子大生2,000人を対象に行った調査がある(西日本新聞社会部『犯罪被害者の人権を考える』西日本新聞社、(1999)50頁以下)。
・家庭内での暴力に関する調査としては、東京都生活文化局女性青少年部女性計画課『「女性に対する暴力」調査報告書』(1998)がある。
・地下鉄サリン事件に関する被害者調査としては、事件から3年が経過した98年に科学警察研究所が実施した「地下鉄サリン事件被害者の被害実態に関する調査」があり、警視庁に被害が届けられた5,311人に調査の協力を依頼し、回答のあった1,247人の結果が集計されている(警察公論54巻5号(1999)37頁以下)。
・さらに記録調査ではあるが、法務総合研究所が行った調査として、無期懲役刑が確定した事件の遺族に関して関係記録から調査した結果が『平成8年版犯罪白書』に報告されている。