交通事故被害者の支援 第4章 交通事故被害者の直面する精神的課題への治療・対応
被害者を一般と違った特別な人という見方は、むしろ被害者に対して社会的疎外感を与えることになるであろう。しかし、被害者は事故によって身体的、精神的なさまざまなダメージを被っており、それに対して理解を示し、配慮することは必要である。
ここでは、被害者の心理を踏まえた対応で留意するべき点を示した。
事故直後から数週間の間は、第3章で説明したように被害者は混乱した状態にある。この時期は、ハーマンの回復の第1段階を達成することが課題となる。
したがって、被害者の安全や安心の確保が最優先される。この時期では精神的ケアよりは、第5章などで示される直接支援などが優先される。急性期の支援の要点を以下に示した。
(1) 安全の確保
1) 身体受傷の有無の確認と医療機関での治療、検査
2) 家族など保護するべき人への連絡、当面の生活の確保
3) 精神状態の確認と医療機関への紹介の必要性の評価
(急性期では、不眠、食欲の低下、不安発作、日常生活に支障をきたすような情動的混乱、不穏、自傷行為などがあれば、速やかに精神科医療機関に紹介するべきである。)
(2) 被害者の話を聞き感情を出せるようにすること、必要な情報の提供
被害者に無理に話させることはよくないとされているが、被害者自身が感情や言葉を出せるような状況をつくることは大切である。いたわりの言葉をかけることや、痛みや苦痛、不安はないか、食事や睡眠のことなど、被害者自身が自分で訴えにくいが大事な情報については、その有無を確認するという形で聞いていくことが必要となる。
被害者は、相手が自分のことを心配し、このような混乱した状態について知識があり、自分を傷つける心配がないと分かれば安心して話したり、感情を出すことができるであろう。この際、被害者が混乱していることや感情が麻痺していることなどの症状が決して異常なものではなく、事故にあった人なら当然経験するようなものであるということを伝えることが大切である。
そのことによって、被害者は自分が異常なわけでないことが分かって「ほっ」とするであろう。
(3) これから起こることを予測し、対処できるようにする
被害者に当面必要な情報を提供することは、被害者が自分の状況を理解し、これから自分でどのように対処していってよいかを判断する助けになる。医療、警察、保険などの手続きがどのように進んでいくか。また明日、明後日、何をしたらよいのかなど、具体的で理解しやすい情報が求められる。
とはいえ直後の被害者は、それを理解することや記憶しておくことが困難であるので、支援者が名前や連絡先の書かれた名刺を渡すことや、話した内容を記載したパンフレットを渡すことなど、あとで見ることができるものを渡すことが大切である。
被害から間もない時期の被害者は、記憶が狭窄(きょうさく)しており、すべてを覚えているわけではない。自分にとって重要な部分だけ、記憶されていることもある。したがって、安易な憶測やすべてを引き受けられるというような不可能なことの約束はするべきではない。
また、被害者自身だけでなく、被害者を保護する立場にある家族に対して、上記のような情報を提供することも必要である。周囲が被害者に伝えることが可能であるだけでなく、家族も非常に動揺しているので、家族自身を安定させることが被害者のケアには重要である。
(1) 1人の人間としての共感を忘れないこと
一般的な状況であれば、まず被害者が大きな苦痛を経験したことに対する労いやいたわり、遺族であればお悔やみの言葉が最初にでるのが普通である。
これらは職務で対応する場合でも同じである。「このたびは、大変な目にあわれました」「心からお悔やみ申し上げます」などの1人の人間として、相手の苦痛を受け止めていることを示すことは、被害者との信頼を形成するうえで重要である。
(2) 仕事の中で、被害者や遺族の心情を思いやり、応対すること
被害者や遺族に接するときに、何か特別なことをしなければならない、あるいはカウンセリングを学んだ人でなくては対応できないのではないかと心配し、結果的に被害者の対応を避けてしまうというような問題が生ずることがある。
しかし、被害者は特別なことを望んでいるわけではない。警察には警察の、保険相談には相談の仕事で対応してもらうことしか期待していない。つまり、特別なことをする必要はなく、自分の仕事の中で相手の心情を思いやり、理解しようと努め配慮することが必要なのである。
例えば、被害から間もない時期の被害者が電話で相談してきたときには、まだ混乱していて話がまとまらず、理解しにくい面があるかもしれない。そのようなときにイライラしたり、被害者の能力を低くみるのではなく、まだ混乱していて大変な状態であるという理解のもとに、ゆっくり話しを聞いたり、分かりやすい言葉を使ったり、被害者の話を整理しながら聞いていくなどの配慮を持つことである。
(3) まず被害者や遺族の話を聞くこと
相談を受ける側の陥りやすい問題としては、事故に慣れており事務的に対応してしまいがちだということである。相談を受ける側にとって、事故というのは毎日の仕事であるが、被害者にとっては一生に一度あるかないかの重大な問題である。
被害者側と相談を受ける側とで、事故の重みについての受け止め方が異なるため、ともすると相談を受ける側は相手の話をよく聞かずに処理してしまいがちである。また、相談を受ける側は事故やその後の手続きなどについて十分な情報や知識を持っているが、被害者はほとんどそのような知識がない。相談を受ける側が当然知っているだろうと思って話を進めていると食い違ってしまうことになる。
このような問題を起こさないためには、被害者にとっては重大な出来事であり、初めて直面するわけなので、ほとんど知識がないということを理解して対応することである。それには、まず被害者の話をじっくり聞いて、相手がどのように受け止め理解し、どの程度の情報や知識を持っているかを把握しながら、被害者が理解しやすいように伝えるべきである。
(4) 行うことについて必ず理由を説明し、意見を求めたり同意を確認すること
被害者がさまざまな手続きで傷つくことの一つに、自分の意思を無視して物事の決定がなされるということがあげられる。これは配慮がなくてそのようにされる場合と、逆に配慮しすぎた場合がある。
配慮しすぎる場合とは、被害者に思いださせて悪いとか、状態を悪化させたくない、心配させたくないなどの配慮から、保険の手続きや遺族であれば葬儀の手続きなどを周囲がやってしまうことである。被害からの回復でも述べたように、被害者は事故によって自分が無力だという認識を持ちやすくなっていたり、孤立感や疎外感を感じている場合が多い。
このような状態で被害者の意思を無視して物事が行われると、「自分は何もできない」という無力感や「周囲は自分を無視している」という疎外感を強化してしまうことになる。
逆に、被害者にどうしてそのことが必要なのかを説明して、意見を求めたり、同意を得ることによって、被害者は手続きのプロセスに参加できるようになり、自分の力を取り戻す助けになる。