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交通事故被害者の支援 第4章 交通事故被害者の直面する精神的課題への治療・対応

IV.精神科医療機関での治療

1.どのような場合に医療が必要となるか

 すべての人が精神科の治療を必要とするわけではないが、日本の場合必要性のある人でも精神科に対する偏見が強くなかなか受診しないという現状がある。相談機関では、被害者の話を聞く中で被害者自身の精神状態が明らかに悪かったり、被害者が具合の悪さを訴えているような場合には、一般の医療機関や精神科医療機関を紹介するほうがよい。
 以下にどのような場合に紹介したらよいかをあげた。

<一般医療機関の受診を勧めたほうがよい場合>
 食欲がない、眠れない、痩せてきた、疲れやすい、不安や気分の落ち込みなどの症状があり、日常生活に軽度の支障をきたしている。

 このような軽度の症状であれば、一般内科などでも対応が可能である。しかし、一見、症状が軽度であっても、うつ病が進行している場合もあるので、内科などで大丈夫といわれても症状がよくならなかったり、苦痛があるようであれば精神科の受診を勧めたほうがよいであろう。
 また、精神科への拒否感が強い人の場合は、内科を受診してそこから精神科に紹介されるということもあるので、あまりこだわらずに医療機関を訪れることが必要である。

<精神科の治療を勧めたほうがよい場合>

  1. 「死にたい」などの自殺願望や、自殺を考えるような言動が見られる場合、また「自分は明日にでも死ぬ」というような強い確信を持っているような場合、自分は生きる価値がない、生きる意味がないというような発言があり自暴自棄な印象を与える場合。
  2. 自殺の意思は不明確であるか、あるいはそれがない場合でも手首を切るなどの自傷行為がある場合。

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  1. 不安発作(呼吸が苦しくなり、死ぬのではないかというような発作)や漠然とした強い不安があり、社会生活上困難をきたしている。
  2. フラッシュバックや悪夢、過覚醒などPTSDを疑わせる症状がある場合。
  3. 解離症状(健忘、離人感、感情の麻痺など)が見られる場合。
  4. 抑うつ気分、早朝覚醒、意欲の低下などが続いており、うつ病が疑われる場合。
  5. その他、精神的な不安定、精神的な不調により、日常生活や社会生活に支障をきたしている場合(学校や会社を休む、登校や出社できないなど)。

 *特に、自殺念慮や自傷行為がある場合には、緊急対応が必要となるため入院病棟を備えていたり、精神科救急を行っている医療機関を紹介するほうが望ましい。


2.精神科医療機関にはどのようなものがあるか

 精神科的な治療を行う機関にはさまざまのものがあり、しばしば混同されているが、大きく2つに分けられる。

(1) 精神科を標榜している医療機関
 一般的に精神科あるいは精神・神経科などを標榜している医療機関である。通常、ここでは精神科の専門医が治療にあたっている。医療機関は診療所と病院に分けられ、診療所は、医療法で19床以下の病床を持っている機関をさすが、たいていは入院のない外来のみのものが多い。入院を必要とせず、夜間等の緊急対応を必要としない場合には、このような診療所が便利である。
 病院は、20床以上の病床をもつ医療機関であるが、精神科の場合には、総合病院で精神科の病床はなく外来だけのもの、総合病院で精神科の病床および外来を持つもの、精神科単科で病床および、外来を持つものがある。入院や夜間救急対応の必要性に応じて医療機関を選んだほうがよい。
 精神科では、向精神薬による薬物療法、精神療法(支持的精神療法、認知行動療法など)などを受けることができる。精神科医師のみだけでなく、臨床心理士がいるところもあり、そのようなところでは、カウンセリングも受けることができる。

(2) 心療内科
 心療内科は基本的には内科である。身体疾患(胃・十二指腸潰瘍や、気管支喘息、頭痛など)でなんらかの心理的・社会的なストレスがあってその疾患が発生したり、治りにくいなどの場合や、パニック障害、摂食障害、軽症のうつ病など身体症状を強くきたす精神疾患を扱っている。しかし、精神科医が常駐しているところも多く、精神科とほぼ同じ治療を行っているところもある。
 しかし、基本は、ストレスによる身体疾患や精神疾患を扱うところであり、入院を要するような重症の精神疾患や精神科救急(自殺の危険等)については精神科でないと対応は困難である。


3.精神科医療機関はどのように探したらよいのか

 近年、インターネットの普及により多くの医療機関は自分自身のホームページを持つようになった。個人で探す場合にはインターネットで検索するのが便利である。医療機関の情報については電話帳等では制限されているが、インターネットにおける制限がないため、その医療機関の特徴、医師数、臨床心理士の有無、医師の経歴や専門、提供可能な診療などの情報を得ることができる。このような情報を元に医療機関を選ぶことができる。
 実際に医療機関に通う場合には、遠方では困難であるため、地域の医療機関の情報が必要となる。精神科医療機関については、保健所や精神保健福祉センターにて問い合わせることが可能である。


4.精神科医療機関での治療

 精神科での治療は多岐にわたるが、ここでは主にPTSDの治療を中心に取り上げた。1)

1) この部分は、「飛鳥井望:PTSDの治療学 心理社会的アプローチ、臨床精神医学 増刊号、p105-110、2002」を参考とした

(1) 心理教育(psychoeducation)
 心理教育は、通常の医療でも医師から病気の概要や治療等についての説明としてなされているものではあるが、PTSDの場合では患者が病気を理解することが回復の助けになるため、重要視されている。心理教育の内容としては以下のことが含まれる。

1) 疾患についての理解に必要な情報の提供
 PTSDの症状がどのようなものであるかを説明し、患者が自分の症状が疾患の一部であるこということを理解できるようにする。このような過程を経て、症状を客観視することができ、症状に対して対処できるようになってくる。この情報の提供は一方的なものではなく、患者からの質問や疑問に医師が対応するような相互的な形で行われることが望ましい。理解を助けるために、パンフレットやビデオなどを用いて行われることがある。


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2) 症状を正常反応として位置づける(ノーマライゼーション)
 被害者は自分が今まで経験したことのない症状に翻弄され、「自分がおかしくなってしまった」、「こういう状態なのは自分だけだ」という風に感じ、そのこと自体に不安を抱いてしまう。そこで、このような反応は個人が異常なのではなく、異常な事態に直面したことによって発生する正常な反応であることを説明すると、症状を持つこと自体の不安が軽減され安心感がもたらされる。

3) 自分を苦しめる現実的ではない考えが症状の一部であることを理解する
 被害者はしばしば、事故によって世界や他者、自己に対する見方が変化してしまう。過剰に自分を責める、世の中がすべて危険に感じる、自信を失ってしまうなどの考えは、社会生活や対人関係の悪化につながってしまう。これらの考えが正しいものではなく、事故後の反応として表れていることを理解することによって、これらの考えに対処し、修正していくことが可能になる。

4) 回復や治療の見通しを知る
 多くの場合は、時間がたつにつれて改善することや、治療によっても改善することを告げることによって安心感が出てくる。自分がどのように対処することが回復につながるかをここで話し合う。


(2) 薬物療法
 精神科の薬には拒否感を持つ人が多いが、現在はPTSDに有効で副作用の少ない薬があり、医療機関ではまず薬物療法を勧められることが多いと思われる。トラウマの直後の投薬については、実証的データが少ないため何が最善かということを示すことは困難であるが、安定をもたらすために投薬が必要な場合もある。不眠や不安が強い場合には、抗不安薬や睡眠薬、場合によっては強い鎮静効果をもつ抗精神病薬が投与される。このような初期の投与で睡眠が得られたり、不安が軽減された場合には、その後特別な治療を有しないことも少なくない。しかし、症状が遷延化し、PTSDとなった場合には、もう少し長期間の薬物療法が必要となる場合もある。
 現在、PTSDに最も有効だとされているのは、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)と呼ばれている薬である(パロキセチン、フルボキサミンなど)。これらは、抗うつ薬ではあるが、PTSD全般の症状に有効だとされている。副作用は少ないが、吐き気やめまい、不眠などがみられることがある。PTSDに合併する抑うつや、不安発作にも有効なので、第一選択薬として使用されることが多い。
 これらの薬が有効でない場合や他の合併症の重症度などにあわせて、三環系抗うつ薬や、抗精神病薬、抗けいれん薬などが使われることがある。また、PTSDそのものの改善はしないが、不安や焦燥感が強い場合には、抗不安薬(アルプラゾラム、クロナゼパムなど)が有効である。ただ、依存の問題もあるので、長期に漫然と投与することはよくないとされている。不眠に対しては、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬や抗うつ薬のトラゾドンなどが処方される場合が多い。
 また、特にトラウマの初期で、交感神経系の興奮が高く動悸が激しい場合などでは、交感神経系の働きを阻害するβブロッカーなどが使用される場合もある。いずれも、個々人の症状の重症度や、体質、合併症などにあわせて投薬されるものであるため、医師とよく話し合いながら、治療を行うことが大切である。

(3) 認知行動療法
 認知行動療法は、人間の行動や感情というものが、その人の認知(ものの見方)に基づいており、問題な行動がある場合には、歪んだ認知から感情や行動が生ずるのであり、この歪んだ認知及び行動を修正することで、問題の行動や感情を変化させるという治療である。
 交通事故では、しばしば、「世界は安全ではない(実際には安全なことも安全でないこともある)」、「車は危険だ(すべての車が危険なわけではない)」、「人は信じられない(信じてよい人もいる)」という歪んだ認知が生じて、不安で外に出れなくなったり、車恐怖が生じたりしてしまう。トラウマによってしばしば安心感や安全感、自己や他者への見方が変化することが知られている。
 現在、PTSDに行われている認知行動療法には、以下の要素が含まれている。

  1. PTSDおよび治療に対する心理教育
  2. イメージ曝露(想起させる、文書に書くなどしてトラウマを思い出してもらう)
  3. ゆがんだ認知の修正
  4. 実生活内曝露(実際に避けていた場面に直面する)
  5. リラクセーション、呼吸法などの不安のマネジメント

 PTSDの認知行動療法では特に、イメージ曝露が特徴的である。PTSDを長引かせる要因として、トラウマについて考えないようにしたり、直面化しないように避けていることが問題だとされている。避けることによって、トラウマの記憶が通常の記憶のように処理されず、現実の困難さも避けることでますます恐ろしいものになっている。ここで、トラウマの記憶と避けていることに直面化し、それは記憶にすぎず、現在はなんら脅威的ではないことを実感してもらうことで、ゆがんだ認知も修正されていくということが言われている。
 認知行動療法にはいくつかの種類があるが、特にFoa博士の長時間曝露療法(prolonged exposure)などが有名である。日本ではまだ導入が検討されはじめたばかりであるが、従来からうつ病や強迫神経症などの認知行動療法は既に実践されており、そのような治療機関で認知行動療法を受けることが可能である。


EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing)眼球運動による脱感作と再処理法
 1989年にShapiro博士によって開発された技法。トラウマを想起しながら眼球運動を行うことで、トラウマの記憶が処理され、否定的認知を修正していくというもの。手法の修得や適応の判断のために治療者側にトレーニングを受けることが必要である。現在、日本EMDR協会がトレーニングを行っているので、研修を終了した医師や臨床心理士が治療を行うことができる。PTSDには有効とされているが、なぜ効くのかや治療効果のメカニズムはまだ不明である。


 以上、現在PTSDに有効とされている医療現場における治療を紹介した。一般的に行われている支持的カウンセリングなどはPTSDそのものに有効ではないとされているが、医師と患者の信頼の形成や、さまざまな二次的な問題を解決する上では必要なものである。特に、トラウマの治療では患者が受身であることはよくなく、医師と共同関係(治療同盟)を形成し、主体的に関わることが重要である。


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