本章は、イギリスにおける障害のある児童・生徒の就学形態に関する調査である。なお、本章におけるイギリスはイングランドを対象にするものとする。イギリスでは、2010年に、保守党と自由民主党による連立政権が誕生し、現在、大規模な歳出削減と増税による財政再建中で、国内の緊縮予算に合わせ、教育政策を含み、様々な政策の見直しが始まっている。2011年3月9日に、特別な教育的ニーズ(Special Educational Needs:SEN)に関する緑書(Green Paper)「支援と大望:特別な教育的ニーズと障害への新たなアプローチ(Support and Aspiration: A new approach to Special Educational Needs and Disability」1が発表された。この緑書に関しては、今後、各界の有識者、専門家、関連団体、特別な教育的ニーズを有する子どもを持つ保護者、学校関係者、国民の意見が招集され、2011年9月に,特別な教育的ニーズに対する政府の具体的方策が提示され、2012年5月には特別な教育的ニーズに関する教育実施規則の改訂、もしくは、新たに教育実施規則の制定が行われるとみられる。イギリスの特別な教育的ニーズに関する政策は大きく変わる可能性が高く、2012年以降、特別な教育的ニーズ政策は転換期を迎えると思われる。そのため、本報告書は、2011年3月時点におけるイギリスの事例とする。
尚、本報告書の執筆にあたり、イギリスの教育省及び職能開発局(The Training and Development Agency for Schools:TDA)の関係者、筆者所属のローハンプトン大学の特別な教育的ニーズに関わる専門研究者と特別な支援教育コーディネーター(Special Educational Needs Coordinator:SENCO)の養成コースの責任者に、資料・文献提供及びインタビューなどで多大な協力を得た。
イギリスにおける障害のある児童・生徒に関する教育法・政策・行政の現状
イギリスでは「障害のある子ども」という言い方よりも「特別な教育的ニーズを有する子ども(Children with Special Educational Needs:SEN)」と一般的に認識されている。これは、医学的診断に基づく障害のカテゴリーとは異なる概念であり、一人一人の子どもが必要としているニーズとその教育的対応について言及する用語である。この「一人一人の教育的ニーズ」という概念は、1978年にマリー・ウォーノック(Mary Warnock)を議長とする障害児の教育調査委員会の報告書、ウォーノック報告書(Warnock Report)が提案した「特別な教育的ニーズ(Special Educational Needs:SEN)」に由来している。それ以前のイギリスの特殊教育制度では、盲、聾、弱視、難聴、虚弱、糖尿、教育遅滞、癲癇、不適応、肢体不自由、言語障害とカテゴリーに分類し、障害を認識していた。しかし、この報告書では、医学的視点からの障害のカテゴリーは、障害のある子どもの側の要因としてのみ捉え、一人一人の子どもが必要としている教育とは対応しておらず、障害の有無は明確に区分されるものではなく、連続的なものであるべきだとし、医学的、病理学的観点から診断された障害ではなく、学習の困難さと教育的措置による観点から捉えた新たな教育学的観点を提唱した2。
その後、ウォーノック報告書を受け、1981年教育法(Education Act 1981)によって、特別な教育的ニーズの概念は、診断された障害(Disability)ではなく、学習の困難さ(Learning Difficulties)や特別な教育措置(Special Educational Provision)や教育的援助について言及する教育学的な概念として確立された3。ウォーノック報告書によってもたらされたこの「特別な教育的ニーズを有する子ども」という概念は、国連における教育の枠組みでも使用されるようになった。特に、この用語が国際的に認識されたのは、1994年の「サラマンカ宣言(Salamanca Statement on Principles, Policy and Practice in Special Needs Education and a Framework for Action)」においてである。このサラマンカ宣言により、「特別な教育的ニーズを有する子ども」や新たに「インクルージョン(Inclusion)」といった概念も位置づけられ、今日の国際的な障害児教育の動向に大きな影響を及ぼすことになった。サラマンカ宣言は、各国政府に、普通教育における障害児の「インクルージョン(Inclusion)」を明確に求める法的文書であったが、特に、イギリスではサラマンカ宣言以降、「インテグレーション(Integration)」という言葉が、「インクルージョン」という言葉へと変化していくことになった。
サラマンカ宣言から1年、1995年には、「障害差別禁止法」(Disability, Discrimination Act:DDA(2005年改正)、以下「1995年障害差別禁止法」という。)が制定され、1996年には、「1996年教育法(Education Act 1996)」が成立、その法律の中の第316条において、「一般学校で、特別な教育的ニーズの有する子どもを教育する義務」を提唱し、翌年、1997年には、政府の緑書「全ての子どもの卓越性:特別な教育的ニーズに対応して」(Excellence for all children: Meeting Special Educational Needs4)が発表され、政府は、この緑書の中で初めて公式的に「インクルージョン」という言葉を採用し、子どもの権利、障害者の権利、原則として全ての市民の権利を強調した政策理念として、「インクルージョン」の位置づけが確立された5。
2001年には、「特別な教育的ニーズと障害法」(Special Educational Needs and Disability Act 2001:SENDA、以下「2001年特別な教育的ニーズと障害法」という。)において、全ての子どもは一般学校で教育を受けることを一層強化し、施行規則(Code of Practice)が改訂された。この施行規則に関しては、後に記述するものとする。「2001年特別な教育的ニーズと障害法」では、強力に「インクルージョン」を推進し、1996年教育法の第316条を修正し、「子どもの特別な教育的ニーズとそれに対応する措置を具体的に成文化した書類「判定書(Statement)」を保持する児童・生徒と保持しない児童・生徒を区別することなく、すべての子どもが一般学校で教育を受けるべきである」とした6。判定書は、保護者と専門家の意見と評価を基本として作成され、教育的な必要に対応するために学校で行われる教育的措置や言語療法なども示されている。また、判定書を保持していない児童・生徒に関しては、保護者の希望と他の子どもへの効果的な教育の提供と矛盾しない限り、一般学校で教育されなければならないと規定しているが、保護者が、一般学校での教育を希望せず、特別教育学校を希望した場合、地方教育当局には一般学校での教育を提供する必要はなく、学校選択に関しては、保護者の権利を認めている。一方、「他の子どもへの効果的な教育の提供」の条件が適用できるのは、各学校に関して、地方教育局が、その矛盾を回避するために取ることができる適切な手段がないことを示した場合に限られるとされている。また、「2001年特別な教育的ニーズと障害法」では、地方教育局への責任が明記され、インクルージョン不履行の際の条件適用が制限されることになっている。インクルージョン実施の条件としては、保護者の希望と、他の子どもへの効果的な教育の提供という条件が示されていることに加え、以前は、子どもが必要とする特別な教育的対応が供給されること、財源の有効な活用という条件が付け加えられている。
2003年の政府緑書「すべての子どもに関する事柄(エブリ・チャイルド・マターズ(Every Child Matters)」と2004年児童法(Child Act 2004)が制定された頃には、子どもの福利拡充を目標とし、子どもの可能性を限りなく生かすことができる機会をつくることを保障した政策を推し進めた。障害のある子どもを含む、多岐にわたる子どもに関係する全てのサービス業務を改善し、福祉と教育の連携から、一人一人のニーズに応えることを保障するという方向性が打ち出された。教育に関しては、パーソナライズド・ラーニング(Personalised Learning)を導入、障害があり学習困難を有する子どもに対しても、必要な教育的対応を実践するという指針が打ち出された。
その後、国際的な障害に関する動向として、2006年12月、国連で「障害者権利条約」が採択され、その中の第24条で、教育に関する障害者の権利を実現する新たな枠組みが提示され、国際的に障害のある人々を包容する教育制度を確保することが、各国に求められた7。イギリスは2007年3月に「障害者権利条約」に署名し、その後の2009年6月に批准している。(※)「障害者権利条約」第24条に署名以降、イギリス政府(当時は労働党)は、「1981年教育法」以降、表現の若干の修正はあったものの継承されてきた統合教育実施の3要件、[1]子どもに適切な教育を提供する、[2]一緒に教育を受けることになる子どもの教育を妨げない、[3]財源の有効な活用、のうち[1]と[3]を削除した。「インクルージョン」を推進し、質の高い教育を実践していこうという方針の下で、この修正がなされたことに関しては、その意義は大きいと考えられる。その他、従来にも増して保護者に対する情報提供の充実が図られてきた点や、学校が、一人一人の子どものニーズに対応し、できるだけ一般学校で子どもを教育できるよう体制整備を行ってきている。2010年には、「障害による差別の完全撤廃」を示した、2010年平等法(Equality Act 2010)が制定された。今後は、発表された緑書とともに、イギリスでは、「インクルージョン」へ向けての取組がさらに促進されていくと考えられる。以下の表は1970年以降の教育面での対応を図る行政、立法関連の施策についての概略を示したものである。
※ 批准の際には、以下の宣言が出されている。
Declaration:
“Education - Convention Article 24 Clause 2 (a) and (b)
The United Kingdom Government is committed to continuing to develop an inclusive system where parents of disabled children have increasing access to mainstream schools and staff, which have the capacity to meet the needs of disabled children.
The General Education System in the United Kingdom includes mainstream, and special schools, which the UK Government understands is allowed under the Convention.”
(仮訳)解釈宣言
教育―条約第24条 第2項(a)と(b)
連合王国政府は、障害のある子どもの親が、障害のある子どものニーズに応ずることのできるメインストリームの学校や職員へのアクセスがより多くできるようなインクルーシブなシステムの開発を継続するものとする。
連合王国政府は、連合王国における教育制度一般には、メインストリーム学校と特別学校を含むものと理解しており、このことは本条約において許容される。
【参照文献】
UN Enable:Convention and Optional Protocol Signatures and Ratifications Declarations and Reservations(URL http://www.un.org/disabilities/default.asp?id=475)
教育的対応に関する行政、立法関連施策 | 主な内容 |
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1970年教育法 | 就学免除規定の撤廃 |
1976年教育法 | 統合教育推進の明確化 |
1978年教育法 | ウォーノック報告書 (障害別カテゴリーを廃止し、「特別な教育ニーズ」という教育学的観点を提示) |
1981年教育法 |
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1988年教育法 |
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1993年教育法 |
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1994年教育施行令 | 特別な教育的ニーズに関する施行規則の詳細規定 |
1995年障害差別禁止法 | 障害を理由とする差別に特化した法律 |
1996年教育法 | 特別な教育的ニーズのある子どもの教育に関して修正(地方教育局は、特別な教育的ニーズのある子どもを発見すること、特別な教育的ニーズのある子どものニーズについてアセスメントを行うこと、教育的・医学的・心理学的・その他要因を考慮すること、「判定書(Statement)」を作成すること、ニーズに応えるための対応を明確にすることを義務付けた。) |
1997年緑書(Excellence for all children)発行 | 1996年教育法における特別な教育的ニーズのある子どもを含む、全ての子どもに対する教育の質の向上のための具体的方策を提示 |
2001年特別な教育的ニーズ・障害法(Special Educational Needs and Disability Act2001:SENDA) |
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2004年児童法(Child Act 2004) | 児童の保護のための組織的体制を整えるために整備された |
2010年平等法 | 障害を理由とする差別の撤廃 |
独立行政法人国立特殊教育総合研究所「イギリスにおける特別な教育的ニーズを有する子どもの指導に関する調査」の
一部を抜粋、筆者が加筆を行った。
http://www.nise.go.jp/kenshuka/josa/kankobutsu/pub_f/F.../index.html
イギリスにおける「特別な教育的ニーズ」の概念
ウォーノック報告書以来、イギリスでは、教育において「障害」という概念ではなく、「特別な教育的ニーズ」と認識されてきているが、特別な教育的ニーズは、診断された「障害」ではなく、障害のある子どもと、障害がなくとも学習の困難さがある子どもも含め、さらに幅広い観点から子どもの教育的援助について言及する教育学的な概念として用いられている8。定義としては以下のようになる。
特別な教育的ニーズの定義として、子どもが同年齢の子どもと比較し、学習において有意に困難さがある場合に、その子どもは特別な教育的ニーズを有するとし、特別な教育的措置が必要になるとする。
この「特別な教育的ニーズ」という用語は、1981年教育法に、公式的に教育学的な概念としてもたらされ、特に、学習における困難さと特別な教育的措置として説明されたが、法的規定概念としては、1996年教育法で記述されているものが現在でも使用されている9。その法的規定概念は:
1. 子どもが「学習における困難」があるとし、「特別な教育的措置」を必要とする場合、その子どもは、法律が定める「特別な教育的ニーズ」を有するものとする。
2. 「学習における困難」とは、
(1) 子どもが、同年齢の子どもと比較して、学習に際して大きな困難を有する場合
(2) 子どもが、同年齢の子どもに一般的に提供されている学校内にある教育施設の設備を、障害により充分に利用できない困難さを有する場合
(3) 義務教育年齢に達しない場合で、上記の状態に該当する、あるいは、特別な教育的措置がなければ、上記の状態になる可能性がある場合10
3. 「特別な教育的措置」とは、
(1) 2歳以上は、同年齢の子どもに提供される教育に、さらに追加された教育、あるいは、その教育とは異なる教育的措置
(2) 2歳未満は、全ての教育的措置
イギリスの特別な教育的ニーズに関することで興味深いことは、障害のある子どもたちや学習における困難さだけでなく、ギフテッドやタレンテッド(Gifted and Talented)と呼ばれる天才児・英才児も含まれることである。一人一人の特性や発達段階に合わせた適切な教育を目指す中で、「特別な教育的ニーズ」の概念を幅広いものとして位置づけようとしていることが理解できる。
イギリスでは、ウォーノック報告書以後、学校現場において、「インクルーシブ教育」を実践していこうという方針で取り組まれてきているが、近年は特に、障害のある子どもの一般学校への就学を推し進めようとする動きが加速している。前労働党政権の下、特別教育学校は規模が縮小され、廃校になったケースも多くみられた。ここ数年の中で特別教育学校に在籍する生徒数は僅かではあるが、減少しており、教育省が、毎年1月に発表する前年の「特別な教育的ニーズのある子ども」に関する最新の統計調査(2010年調査)11では、特別教育学校に在籍する子どもは、公立私立合わせて96,760人であり、子ども総数の1.1%であった12。この流れの中で将来の特別教育学校の存続をめぐり、特別教育学校の必要性を支持する人々と、廃校論を唱える人々との間で、終わりのない議論が現在も続いている。特に、「1996年教育法」での、可能な限りすべての子どもたちを一般学校で教育するとした第316条は、一般学校で特別な教育的ニーズを有する子どもを教育する義務として、以下のように定めている。
(1) 316条は学校で教育されるべき特別な教育的ニーズを有する児童・生徒に適用される。
(2) 第324条における判定書が作成されていない児童・生徒は、一般学校で教育されなければならない。
(3) 第324条における判定書が作成されている児童・生徒は、
(a) 保護者の意向、又は、
(b) 他の子どもへの効果的な教育の提供
と矛盾しない限り、一般学校で教育されなければならない。
これは、インクルーシブ教育に対する確固とした法的公約を与えるものであり、特別な教育的ニーズを有する子どもは基本的に一般学校での教育が保証されるべきであり、可能な限り他の子どもたちと一緒に学校の諸活動に参加すべきであるとの考えを明確にしている。しかし、前労働党政権の、特別な教育的ニーズに関する方針は、特別教育学校の重要性についても、また、繰り返し提唱していた13。現在まで、可能な限りできるだけ多くの子どもたちが、一般学校で教育が受けられるように、ある程度の条件整備が学校において進められてきている一方で、障害、または、特別な教育的ニーズを有する多くの子どもが、一般学校内に設置されたユニット(UNIT/UNITS)、あるいは、セン・ユニット(SEN UNITS)とよばれる特別学級で、教育を受けている現実がある。このユニットでは、一般学級の児童・生徒との交流もあり、多くの一般学校では、学習困難の度合いや発達に応じて一般学級へ参加するとなっているが、ユニットの児童・生徒は、全ての授業をユニットでのみ受けるケースも多くみられる。このように、「インクルージョン」を掲げる中、障害のある子ども、あるいは、特別な教育的ニーズを有する子どもの全てが、一見、一般学校内において、一緒に教育されていると見受けられるが、実際は、このようなトリックが存在し、新たな「隔離・差別」である、とイギリス国内でも、ユニットに関しては様々な議論がある。
さらに、一般学校の中での特別な教育的ニーズに対応する支援サービスが質量ともにいまだ不十分であるために、一旦通常学校に入学した後、質の高い必要なサービスを得るために、特別教育学校に入り直すというケースも生じている。特に、一般学校が教科教育を基盤としたナショナル・カリキュラムに則ることが義務づけられており、今日、教科へのアクセスが容易ではない現状では、重度・重複障害や感覚重複障害のある子どもたちのかなりの割合が、特別教育学校に在籍せざるをえない現実がある。特別教育学校と一般学校が、可能な限り交流を進めようとする取組も存在するが、それはイギリス政府が求めている「インクルージョン」とは程遠いものである。
しかし、イギリスでは、現在も特別教育学校に関しては、様々な障害に関する高い専門性から信頼は高く、特別教育に関してその貢献を否定することはできない。特に、多くの私立の特別教育学校では、独自のカリキュラムを開発し、障害の種別ごとに支援を行う民間団体との強い連携もあり、質の高い支援教育を実践しており、今後、特別教育に関わるスタッフの専門性を維持、発展させていく上で、特別教育学校の必要性は、当分重視されていくと推測される。すでにいくつかの地域では、特別教育学校が地域における特別教育の専門支援に関するセンター的役割を担っており、情緒障害や感覚障害の特別教育学校の中には一般学校への外部支援サービスを始めているところもある14。
また、近年、「エデュケーション・ヴィレッジ(Education Village)」と呼ばれる新しい取組も始まっている。これは、一般学校、特別教育学校、ユニットが同じ敷地内に作られ、児童・生徒が状況に応じて各施設を柔軟に活用しながら教育を受けるものである。社会の中で暮らしている子どもは、異なることが当たり前であるという前提にたち、一人一人の子どもの違いを認めながら、全てを包み込む地域・学校・学級が望ましいという考えに基づき実践されている。このエデュケーション・ヴィレッジの先駆者的な取組として知られているダーリントン・エデュケーション・ヴィレッジ15は、2004年の児童法の実現目標として挙げられた5つの柱である (1) 健康であること(Be Healthy) (2) 安全に暮らせること(Stay Safe) (3) 生きる力を身に付け、楽しむこと(Enjoy and Achieve) (4) 社会の一員として生きていけること(Make Positive Contribution) (5) 経済的に困らない生活ができること(Achieve Economic Well-being)を実践するための教育村として存在している。地域で孤立したエデュケーション・ヴィレッジではなく、学校のあるコミュニティとの連携を深め、他地域の公立学校とともに連携し、地方教育局、社会福祉センター、保健局と協力し、特別な教育的ニーズ、特別支援教育と一般教育を包括的に考え、行政、学校現場、地域等でのそれぞれの立場を生かしながら運営されている。このようにイギリスの障害のある、あるいは、特別な教育的ニーズを有する子どもたちのために、「インクルージョン」の拡大として、様々な取組がなされていることも、イギリスの「インクルージョン」がどのように変化してきているかを理解するためにも重要であろう。このエデュケーション・ヴィレッジの取組に近いもので、コ・ロケーション(Co-location)という複数の学校が、例えば、特別教育学校と一般学校が、同じ敷地内を使用するという形なども、ここ数年一般化しつつある16。その他、特別な教育的ニーズを有する子どものために、病院内学校で教育が行われるケースや、家庭で教育を行うホーム・スクーリング/エデュケーションで教育されているケースもある17。
就学手続きについては、9月から新年度が始まるイギリスでは、義務教育は5歳の誕生日が過ぎた日の次の学期から就学することになっている。しかし、それ以前に、4歳から、レセプションクラスと呼ばれる就学準備期間クラスがある。イギリスでは、日本の小学校1年生にあたるイヤー1(Year 1)の子どもたちは5、6歳である。
就学手続きは、就学準備期間クラスが始まる9月あるいは10月に、保護者たちは希望する学校の情報を集め、1月末までに、地方教育局でなく直接、第1希望の学校宛てに希望する学校を第1候補と第2候補別に記載した書類を提出する。その情報を元にして、学校の定員や、選択基準(居住する地域のキャッチメント・エリア(校区)、あるいは、兄弟姉妹が学校に在籍しているか、宗教的な問題など)を考慮しながら、学校側が、その子どもを受け入れることが可能かどうかを決定する。第1候補の学校が受け入れを決定したかどうかは、4月末までに保護者に通知される。候補が認められなかった場合には、新たな希望の学校へ対応しつつ、保護者と候補学校間での調整が行われる。地方教育局は、その補佐的な役割で、対応が難しいケースのみ介入する。そして、最終的な決定通知は、準備学年に在籍する前の5月か6月に地方教育局から郵送される18。
特別な教育的ニーズを有する子どもの就学に関しても、基本的には同様の仕組みがとられる。通常は入学の10カ月前に希望を出し、手続きが始まるが、特別な教育的ニーズを有する子どもの就学先決定の権限は地方教育局にあり、2001年特別な教育的ニーズと障害法の施行後は、保護者は通常の就学手続きを行うのと同様に地方教育局にもアプリケーションを提出し、調整ができた場合には入学手続きが行われる。その際には、本人又は保護者の希望は、できるだけその意向が尊重されるように、特別な教育的ニーズへの対応を準備する責任のある者は、「保護者の意向がどのようなものであれ、基本的には、その措置は一般学校において準備されるべきであるということを理解する義務がある。」という点に焦点が当てられる。特に、2001年に改訂された新たな施行規則では、「学校が子どもの特別な教育的ニーズに対応できないことを理由として、その子どもの受け入れを拒否できない。」と明確に述べられている。また、判定書がある場合で、学校の変更を希望する場合、1年前にその意向を、学校と地方教育局に伝える必要がある。
基本的にイギリスでは、特別な教育的ニーズを有する子どもの就学を決定する際に、特別な教育的ニーズの認識、評価、その対応など従うべき施行規則があるだけで、明確な「障害」に関する基準項目はなく、初等・中等学校で教育を提供する義務が地方教育局及び学校にある。これは、1981年教育法以降、地方教育局に、基本的に通常学校で特別な教育的ニーズを有する子どもの教育を行うように正式に義務付けており19、「特別な教育的ニーズを有する子どもは、特別なケースを除いて、一般学校で教育を受ける」の項目では、 (1) 以下に述べる条件が満たされて、保護者の意向と対立がないならば、特別な教育的ニーズを有する子どもは、特別教育学校でなく、通常の学校で教育を受ける。 (2) 以下の条件とは、 a) 学習における困難さを解消する教育的手だてが提供される。 b) 一緒に学ぶ他の子どもに効率的な教育が提供される。 c) リソースの有効活用が行われるとされている20。
しかし、子どもの障害が明確な場合や、特別な教育的ニーズが複雑な場合は、法定評価を経て、特別な教育的ニーズに関する「判定書(Statement)」が、地方教育局の責任において作成される。この判定書は、児童・生徒のあらゆる教育的ニーズに関して必要な支援を記述した法的な文書として、作成の際には、本人、保護者、教育関係者(学校長あるいは学校関係者)、医学、心理学、社会福祉などの部門の専門家の見解と支援措置などについての詳しい情報が記載され、保護者の権利を拡大するものとして導入された。この判定書作成に関しては、地方教育局から一人当たり約£4,000(約540,000円:1ポンド135円で換算)が投じられる。なお、法定評価の段階にある子どもや、判定書はないが特別な教育的ニーズを有することが明確な子どもの場合は、特別な教育的ニーズがない子どもと同様の手続きをとることが求められている。
判定書に関する議論は、特別な教育的ニーズに関する問題に影を投げかける保護者と学校あるいは地方教育局、あるいは、学校と地方教育局、地方教育局と教育関係機関などで消えない不信感が根底にあることは否定できない。保護者は、判定書を得るために、地方教育局(時には学校)と闘うべきだと考え、学校、または、地方教育局(財政上及びそれ以外の場合)が、適切にサポートしていないと感じる傾向があり、特に、保護者は、地方教育局が非常に官僚的で、子どものことを最初に考えるのではなく、目先のことばかりで、財政や時間の無駄を省くためと、法廷闘争に持ち込まれることをできるだけ避けようとする傾向にあると感じている。そのため、2001年に成立した、2001年特別な教育的ニーズと障害法21のセクション2の「保護者へのアドバイスと情報提供」の中で、保護者の支援と権利保障のために、保護者へ情報提供の法的根拠が示されている。そこでは、地方教育局は、保護者に対して、アドバイスと情報を提供する義務があり、地方教育局以外に、他の関係機関に、サービスの提供を委託することもできるとしている。具体的な内容に関しては、
また、2001年特別な教育的ニーズと障害法には、「争議の解決」に関しても明記されており、保護者が裁判に訴える前に、早い段階で、非公式に問題解決を推し進めることを目的とし、意見の不一致についての解消の手だてを提供する義務を地方教育局に課している。この場合、公平で、独立した調整を執り行う世話役任命が不可欠であり、世話役は経験と知識と資格を有し、意見の不一致の解決についての技量と経験があり、カウンセリングと交渉のスキルを持ち合わせ、コミュニケーションを成立させる能力があり、特別な教育的ニーズに関する法律とその枠組みや実施上のガイドライン、その他の教育の課題について精通していることとされている。世話役は、信頼性と中立性を確保し、子どもにとって最善の結論を導き出し、調整を図るために重要な役割を担う。このように、「保護者へのアドバイスと情報提供」と「争議の解決」セクションは、保護者の権利と支援を保障し、同時に争議を早期に解決する支えとなっている23。
特に、問題が生じやすい、特別な教育的ニーズを有する子どもの就学に関しては、保護者の希望と地方教育局の調整は何度も試みられるが、最終的に不調に終わった場合には、就学手続きや決定内容への不服申し立て等について、「特別な教育的ニーズ・障害裁定委員会」の設置(Special Educational needs and Disability Tribunal:SENDIST)24と呼ばれる専門の第三者判定機関が設置されており、保護者が、地方教育局の決定に不服の場合は、地方教育局が決定を行った後、2か月以内に、特別な教育的ニーズ・障害裁定委員会に、調停機関に申し立てを行わなければならない。特別な教育的ニーズ・障害裁定委員会は、1993年教育法成立時に設立され、2001年特別な教育的ニーズと障害法においてさらに責務と権限が強化された。教育現場のいかなる差別も考慮するこの委員会は、政府、地方教育局とは一切関係せず、中立な立場で、地方教育局の決定に異議不服を申し立てる保護者に機会として確保される教育現場の訴訟の内容に基づく不服申し立てを審査し、インクルーシブ教育をめぐる保護者の権利を保障する役割を果たしている25。
先述のように、特別な教育的ニーズに関する親の不服申し立てに関しては、1981年教育法制定の際に、不服申し立てを行う制度が導入され、保護者の意見表明の機会を大きく拡大し、その後、1993年教育法の成立時に、抜本的な改正がなされ、「特別な教育的ニーズ・障害裁定委員会」が設置され、1990年代の特別な教育的ニーズのある子どもの保護者の権利保障を促進してきたが26、近年、特に、2010年平等法が制定されてからは、保護者の権利の強化拡充がなお、一層行われてきている。しかし、法令上の特別な教育的ニーズに関する親の権利保障の整備が行われているにもかかわらず、保護者が特別な教育的ニーズ・障害裁定委員会に不服申し立てを行った後も、法定訴訟の事例が後を絶たない。本報告書内では、裁判事例の検討を詳細にしないが、イギリスの特別な教育的ニーズに関係する裁判事例については、「教育法監視(Education Law Monitor)」という月刊誌が発行されており27、各裁判の詳しい内容を追跡することは可能である。ちなみに、2009年から2011年2月までの期間に、「教育法監視」に掲載されている訴訟内容については、就学決定の不服申し立ての件数が最も多く、次に、特別な教育的ニーズを有する児童・生徒に関しての特別な教育的対応や支援に対して異議を唱えるケースと、障害に関わる差別に関する事例が多く見られる。その他、判定書の内容不服、特別な教育的対応についての施設整備や交通手段の不備、教職員の編成,カリキュラムに関する内容、必要な情報の非開示に対する不服申し入れ、教員や支援スタッフの雇用に関する事例、財政措置に関する事例等多岐にわたる。今後、保護者の権利保障の構造の理解を深めるために法定訴訟の判例を検討することも必要であると考える。
2001年特別な教育的ニーズ障害法には、 1. 特別な教育的ニーズを有する子どもで、判定書を有しないものは、一般学校で教育を受けること、 2. 判定書を有する子どもは、保護者の意志、又は、他の子どもに対する効率的な教育の提供に反しない限り通常の学校で教育を受けること、と定められているが、特別教育学校を希望する保護者も多く、教育省が、毎年1月に発表する前年の「特別な教育的ニーズを有する子ども」に関する最新の統計調査(2010年調査)28では、特別教育学校に在籍する子どもは、公立私立あわせて96,760人であり、子ども総数の1.1%であった。実際、2001年特別な教育的ニーズ障害法成立以降は、一般学校での就学を推進する一方で、子どものニーズに合わせて特別学校を一定数残す、あるいは、増やす方向にある29。特別な教育的ニーズを有する子どもの中で「判定書」保持者は、保育園、初等学校、中等学校の児童・生徒の総数は220,890人、全体におけるおよそ2.7%であった。学校種別にみると、保育園260人(全体の0.7%)、初等学校57,280人(全体の1.4%)、中等学校では、公立学校種別として、国庫負担校で63,640人(全体の2%)、地方教育局運営校で59,390(全体の1.9%)、特別教育学校で、84,190(全体の97.6%)となる。特別教育学校の児童・生徒のほとんどは判定書を保持していると理解できる。詳しくは、イギリスにおける特別な教育的ニーズのある子どもの教育の現状として、表2に示す。
一方、2010年の全ての学校において、特別な教育的ニーズがある児童・生徒で、判定書を保持しない児童・生徒の総数は、1,470,900人で、全体の18.2%に当たる。学校別にみると、保育園は、4,100人(全体の10.9%)、初等学校759,140人(全体の18.5%)、中等学校では、公立学校種別として、国庫負担校で639,200人(全体の19.7%)、地方教育局運営校で587,390人(全体の19.2%)、特別教育学校で、1,730人(全体の2%)、特別学級(UNIT)に所属する児童・生徒では、8,130人(全体の61.4%)、私立学校で58,570人(全体の10.2%)、私立の特別教育学校で、30名(全体の0.6%)である。一般学校で、判定書を保持する児童・学生は非常に少ないことが理解できるが、判定書のない児童・生徒で教育的ニーズがある児童・生徒が比較的多くUNITに所属することが理解できる。(詳細は別添翻訳資料集の資料1参照)また、教育省の統計では、年齢別、性別、人種別、民族別と詳しくデータが分かれており30、無償給食の有資格者の割合など、特別な教育的ニーズのある子どもたちの家庭の状況を示したものであり、特別な教育的ニーズのある児童・生徒の把握状況は徹底されていると推測される。さらに、就学前の保育園に通う子どもで、判定書を持つ子どもが比較的多いことから、比較的早期から特別な教育的ニーズのある子どもたちのニーズや状況も把握されていると考えられる。特に、統計から理解できることは、一般学校で全ての子どもを教育するという「インクルージョン」を目標に掲げるイギリスであるが、特別教育学校に在籍する子ども、公立私立あわせて子ども総数の1.1%という数字は、イギリスでは、他のヨーロッパ諸国よりも、特別教育学校に就学する児童生徒が多いことが指摘できる。
教育的ニーズの児童・生徒の障害のタイプを学校種別に表3に示すが、初等学校段階では、中度の学習困難と行動・情緒・社会性の困難が多く、中等学校段階では、行動・情緒・社会性の困難が非常に多いのが特徴であるが、判定書を保持している生徒が少ないことから(15.3%)、単に、問題的行動のある生徒が、特別な教育的ニーズのある子どもとして種別されている可能性も予想される(表4、5、6参照)。一般学校においては、中度の学習困難、特化した学習困難、行動・情緒・社会性の困難、スピーチ・言語・コミュニケーションのある子どもが比較的多く、特別教育学校では、中度の学習困難、重度の学習困難、重度・重複の学習困難、行動・情緒・社会性の困難、自閉症のある児童・生徒が比較的多いことがわかる。特別教育学校では、重度の学習困難が多くなっており、重度の身体的な障害がある子どもたちが所属していることが推測される。
すべての学校 | |
---|---|
判定書のある子ども | 220,890 |
子どもたち総数 | 8,064,300 |
割合 (%) | 2.7 |
公立学校 | |
保育所 | |
判定書のある子ども数 | 260 |
子どもの総数 | 37,510 |
割合 (%) (2) | 0.7 |
措置率 (%) (3) | 0.1 |
初等学校 | |
判定書のある児童 | 57,280 |
児童の総数 | 4,093,710 |
発生率 (%) | 1.4 |
措置率 (%) (3) | 25.9 |
国庫負担中等学校(4) (5) | |
判定書のある生徒 | 63,640 |
生徒の総数 | 3,252,140 |
発生率 (%) | 2.0 |
措置率 (%) | 28.8 |
地方教育局運営公立中等学校 | |
判定書のある生徒 | 59,390 |
生徒の総数 | 3,055,420 |
発生率 (%) | 1.9 |
措置率 (%) (3) | 26.9 |
公立特別教育学校 (6) | |
判定書のある児童・生徒 | 84,190 |
児童生徒の総数 | 86,260 |
発生率 (%) | 97.6 |
措置率 (%) | 38.1 |
特別学級(UNIT)に所属する生徒 (7) | |
判定書のある生徒 | 1,700 |
児童の総数 | 13,240 |
発生率 (%) | 12.8 |
措置率 (%) (3) | 0.8 |
その他 | |
私立学校 (8) | |
判定書のある児童・生徒 | 9,470 |
児童・生徒の総数 | 576,940 |
発生率 (%) | 1.6 |
措置率 (%) | 4.3 |
私立学校等の特別教育学校 | |
判定書のある児童・生徒 | 4,370 |
児童・生徒の総数 | 4,500 |
発生率 (%) (2) | 97.0 |
措置率 (%) (3) | 2.0 |
出典:イギリス教育省データに基づき筆者が作成 http://www.education.gov.uk/rsgateway/DB/STA/t000965/index.shtml
(1) 二重に登録された児童生徒を除く
(2) 生徒の発生率−判定書を持つ児童・生徒の総数を、児童・生徒の総数の割合として示す
(3) 生徒の措置率−判定書を持つ児童・生徒の総数を、学校全体において、判定書をもつ児童・生徒の総数の割合として示す。
(4) 一般的な中等部を示すものとする。
(5) シティ・テクノロジーやアカデミィも含まれるものとする。
(6) 院内学校も含まれるものとする。
(7) その他専門学校などの学校機関も含まれるものとする。
(8) 国庫負担の公立の保育所なども含まれるとする。
総計は、四捨五入されている場合があるため正確な総数とは多少誤差があるものとする。
公立初等学校(1) | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
スクール・アクション・プラス | 判定書 | Total | ||||
総数 | % (6) | 総数 | % (6) | 総数 | % (6) | |
特化した学習困難 | 30,990 | 11.4 | 2,490 | 4.3 | 33,480 | 10.2 |
中度の学習困難 | 75,330 | 27.6 | 6,750 | 11.8 | 82,070 | 24.9 |
重度の学習困難 | 2,240 | 0.8 | 2,620 | 4.6 | 4,860 | 1.5 |
重度・重複の学習困難 | 390 | 0.1 | 1,050 | 1.8 | 1,440 | 0.4 |
行動・情緒・社会性の困難 | 53,690 | 19.7 | 7,320 | 12.8 | 61,010 | 18.5 |
会話・言語・コミュニケーション | 73,570 | 27.0 | 13,930 | 24.3 | 87,500 | 26.5 |
聴覚障害 | 4,490 | 1.6 | 2,740 | 4.8 | 7,230 | 2.2 |
視覚障害 | 2,840 | 1.0 | 1,280 | 2.2 | 4,110 | 1.2 |
重複感覚障害 | 310 | 0.1 | 200 | 0.3 | 500 | 0.2 |
肢体不自由 | 7,680 | 2.8 | 5,310 | 9.3 | 12,990 | 3.9 |
自閉症 | 9,560 | 3.5 | 11,770 | 20.5 | 21,330 | 6.5 |
その他の障害・困難 | 11,370 | 4.2 | 1,830 | 3.2 | 13,200 | 4.0 |
Total | 272,440 | 100.0 | 57,280 | 100.0 | 329,720 | 100.0 |
出典:イギリス教育省データに基づき筆者が作成 http://www.education.gov.uk/rsgateway/DB/STA/t000965/index.shtml
(1) 一般的な中等学校を含むものとする。
(2) シティ・テクノロジーやアカデミィも含まれるものとする。
(3) 公立・私立の特別教育学校を含む。一般的な病院内学校は含まないものとする。
(4) 二重に登録された児童生徒を除く
(5) スクール・アクション・プラスで判定書をもつ児童・生徒で、彼らの最も優先されるものとその次に優先されるものだけデータとして記載されている。
(6) 判定書を持つあるいはスクール・アクション・プラスであるとする全ての児童の割合と総数を示す。
総計は、四捨五入されている場合があるため正確な総数とは多少誤差があるものとする。
公立中等学校 (1) | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
スクール・アクション・プラス | 判定書 | Total | ||||
総数 | % (5) | 総数 | % (5) | 総数 | % (5) | |
特化した学習困難 | 36,740 | 17.2 | 8,400 | 13.2 | 45,130 | 16.3 |
中度の学習困難 | 55,060 | 25.8 | 12,780 | 20.1 | 67,840 | 24.5 |
重度の学習困難 | 910 | 0.4 | 1,680 | 2.6 | 2,590 | 0.9 |
重度・重複の学習困難 | 70 | 0.0 | 210 | 0.3 | 280 | 0.1 |
行動・情緒・社会性の困難 | 74,250 | 34.8 | 9,720 | 15.3 | 83,970 | 30.3 |
会話・言語・コミュニケーション | 12,140 | 5.7 | 9,440 | 14.8 | 21,580 | 7.8 |
聴覚障害 | 4,590 | 2.2 | 2,140 | 3.4 | 6,730 | 2.4 |
視覚障害 | 2,070 | 1.0 | 1,580 | 2.5 | 3,650 | 1.3 |
重複感覚障害 | 100 | 0.0 | 120 | 0.2 | 210 | 0.1 |
肢体不自由 | 4,400 | 2.1 | 4,990 | 7.8 | 9,390 | 3.4 |
自閉症 | 7,140 | 3.3 | 11,030 | 17.3 | 18,170 | 6.6 |
その他の障害・困難 | 15,700 | 7.4 | 1,550 | 2.4 | 17,250 | 6.2 |
Total | 213,150 | 100.00 | 63,640 | 100.0 | 276,780 | 100.0 |
出典:イギリス教育省データに基づき筆者が作成 http://www.education.gov.uk/rsgateway/DB/STA/t000965/index.shtml
(1) 一般的な中等学校を含むものとする。
(2) シティ・テクノロジーやアカデミィも含まれるものとする。
(3) 二重に登録された児童生徒を除く。
(4) スクール・アクション・プラスで判定書をもつ児童・生徒で、彼らの最も優先されるものとその次に優先されるものだけデータとして記載されている。
(5) 判定書を持つあるいはスクール・アクション・プラスであるとするすべての児童の割合と総数を示す。
総計は、四捨五入されている場合があるため正確な総数とは多少誤差があるものとする。
特別教育学校 (3) | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
スクール・アクション・プラス | 判定書 | Total | ||||
総数 | % (4) | 総数 | % (4) | 総数 | % (4) | |
特化した学習困難 | 40 | 2.3 | 960 | 1.1 | 1,000 | 1.1 |
中度の学習困難 | 80 | 5.0 | 18,590 | 21.0 | 18,670 | 20.7 |
重度の学習困難 | 340 | 22.0 | 20,980 | 23.7 | 21,320 | 23.7 |
重度・重複の学習困難 | 260 | 16.8 | 7,510 | 8.5 | 7,760 | 8.6 |
行動・情緒・社会性の困難 | 300 | 19.7 | 12,720 | 14.4 | 13,020 | 14.5 |
会話・言語・コミュニケーション | 80 | 4.9 | 4,250 | 4.8 | 4,330 | 4.8 |
聴覚障害 | 20 | 1.4 | 1,550 | 1.7 | 1,570 | 1.7 |
視覚障害 | 10 | 0.8 | 800 | 0.9 | 810 | 0.9 |
重複感覚障害 | 10 | 0.3 | 160 | 0.2 | 160 | 0.2 |
肢体不自由 | 130 | 8.7 | 3,970 | 4.5 | 4,100 | 4.6 |
自閉症 | 230 | 14.9 | 16,520 | 18.7 | 16,750 | 18.6 |
その他の障害・困難 | 50 | 3.0 | 520 | 0.6 | 570 | 0.6 |
Total | 1,530 | 100.0 | 88,520 | 100.0 | 90,050 | 100.0 |
出典:イギリス教育省データに基づき筆者が作成 http://www.education.gov.uk/rsgateway/DB/STA/t000965/index.shtml
(1) 公立・私立の特別教育学校を含む。一般的な病院内学校は含まないものとする。
(2) 二重に登録された児童生徒を除く。
(3) スクール・アクション・プラスで判定書をもつ児童・生徒で、彼らの最も優先されるものとその次に優先されるものだけデータとして記載されている。
(4) 判定書を持つあるいはスクール・アクション・プラスであるとする全ての児童の割合と総数を示す。
総計は、四捨五入されている場合があるため正確な総数とは多少誤差があるものとする。
Total | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
スクール・アクション・プラス | 判定書 | Total | ||||
総数 | % (6) | 総数 | % (6) | 総数 | % (6) | |
特化した学習困難 | 67,760 | 13.9 | 11,850 | 5.7 | 79,610 | 11.4 |
中度の学習困難 | 130,460 | 26.8 | 38,120 | 18.2 | 168,580 | 24.2 |
重度の学習困難 | 3,490 | 0.7 | 25,280 | 12.1 | 28,770 | 4.1 |
重度・重複の学習困難 | 710 | 0.1 | 8,770 | 4.2 | 9,480 | 1.4 |
行動・情緒・社会性の困難 | 128,250 | 26.3 | 29,760 | 14.2 | 158,000 | 22.7 |
会話・言語・コミュニケーション | 85,780 | 17.6 | 27,620 | 13.2 | 113,400 | 16.3 |
聴覚障害 | 9,100 | 1.9 | 6,420 | 3.1 | 15,520 | 2.2 |
視覚障害 | 4,920 | 1.0 | 3,660 | 1.7 | 8,580 | 1.2 |
重複感覚障害 | 410 | 0.1 | 470 | 0.2 | 870 | 0.1 |
肢体不自由 | 12,210 | 2.5 | 14,270 | 6.8 | 26,490 | 3.8 |
自閉症 | 16,930 | 3.5 | 39,320 | 18.8 | 56,260 | 8.1 |
その他の障害・困難 | 27,110 | 5.6 | 3,910 | 1.9 | 31,010 | 4.5 |
Total | 487,120 | 100.0 | 209,440 | 100.0 | 696,560 | 100.0 |
出典:イギリス教育省データに基づき筆者が作成 http://www.education.gov.uk/rsgateway/DB/STA/t000965/index.shtml
(1) 一般的な中等学校を含むものとする。
(2) シティ・テクノロジーやアカデミィも含まれるものとする。
(3) 公立・私立の特別教育学校を含む。一般的な病院内学校は含まないものとする。
(4) 二重に登録された児童生徒を除く
(5) スクール・アクション・プラスで判定書をもつ児童・生徒で、彼らの最も優先されるものとその次に優先されるものだけデータとして記載されている。
(6) 判定書を持つあるいはスクール・アクション・プラスであるとするすべての児童の割合と総数を示す。
総計は、四捨五入されている場合があるため正確な総数とは多少誤差があるものとする。
イギリスでは、子どもが「特別な教育的ニーズを有するか否か」については、1994年から導入された施行規則(後に、2001年に改正)により考慮されなければならない。施行規則とは、特別な教育的ニーズを有する子どもを援助するため、学校、地方教育局、保健福祉サービスに対する手続きである。地方教育当局、学校理事会及び特別な教育的ニーズ関するものはこの施行規則を踏まえて施策を講じなければならない。1994年の段階では、施行規則には、5つの段階があり、段階的に行っていくことを提案している。特に、一般学校では、最初の3段階で、その後の2段階は地方教育局を中心に行われた。なお、この施行規則は、2001年に改正されているが、現在の施行規則を理解する上でも、重要であるため、以下に詳しく述べたい。
一般学校で、学級担任や教科担任が、子どもの生活の問題や学習上の困難さに気づいた場合、学校内の担当教員が、特別な支援教育コーディネーター(Special Educational Needs Coordinator:SENCO、以下「SENCO」という。SENCOに関しては次項で詳しく記述する。)と連絡をとり、保護者に連絡し、学校において、保護者を含めて話し合いの場が持たれ、 (1) これまでの子どもの発達の経過、 (2) 現在の家庭や学校での子どもの様子、 (3) 考えられる原因とそれを解決する手だてなどが話し合われる。また、必要に応じて子ども本人から話を聞くこともある。この話し合いで、必要な配慮を行い、検討された手だてが実践され、問題が解決されなければ、次のステージ2に進むことになる。
SENCOが中心となり、学級担任や教科担任とともに、情報を収集するとともに、保護者と話し合いを持ち、その子どもに適切な個別教育計画(IEP)を作成し、特別な教育の提供を準備する。個別教育計画には、 (1) 教育内容、 (2) 目標、 (3) 次の見直し時期などが定められ、必要に応じて子どもの担当医や校医の意見も参考にされる。家庭での協力も求められ、学校と家庭の緊密な連携が必要とされる。次の見直しにおいて、明らかな解決が見られない場合に、次のステージ3に進む。
ステージ1、2を経て、学校が子どもにさらなる教育的措置が必要であると考慮した場合、SENCOが中心となり学校の外部の専門家と協力し(地方教育局、教育心理学者やそれぞれの障害に関する専門家など)にこれまでの経過を示し、必要な外部支援を得ながら、新たな個別教育計画を作成し、実践する。多くの場合は、この段階で子どもの学習における困難さは軽減され、その措置の効果が確認されることが多いが、もし、この段階で期待した成果が得られない場合には、次のステージ4、5と進む。
ここまでの3つのステージが、通常の学校を中心とした取組になり、その後のステージは地方教育局を中心とした取組となる。いわゆる法定評価(Statutory Assessment)の段階となる。法定評価とは、1996年教育法の第323条に基づくもので、特別な教育的ニーズを総合的に評価するための作業と手続きであり、地方教育局と児童サービス局(Children’s Services Authority)が責任を持ち、教員、教育、心理学者、医者、保護者及び養育者等と協力しながら実施する評価で、特別な教育的ニーズと、ニーズに対応する措置を具体的に成文化した書類が作成される。この中には、子どもが必要とする教育的措置、通学手段等の措置、また、学校名などが含まれている。法定評価は、子どもの全てのニーズと支援を詳細にアセスメントするもので、学校、学校心理士、医療など様々な専門家からアドバイスを受ける必要がある。法定評価を実施した後、地方教育局は、判定書を策定するかどうかを検討する。
地方教育局が学校、保護者、その他の専門家と連携しながら、子どもの特別な教育的ニーズに関する法定評価の必要性を検討し、関係する全ての分野から情報を集め、必要な場合は多角的な評価を行い、法定評価を実施する。
地方教育当局は、判定書の必要性を検討し、法定評価の結果と学校に必要な措置を検討し、判定書を作成するか否かが検討される。この判定書には、法定評価から得られた問題点や特別な教育的ニーズの詳細内容、また、それに対応する措置(人的、物的資源の活用、セラピーなど)が示される。この法定評価は、最低1年ごとに見直しが行われる31。
2001年6月には、施行規則が改訂され、特別な教育的ニーズへの対応は、以前の5段階から2段階に簡素化された。この変更には、特別な教育的ニーズを有する子どもの対応について、学校の活動を基盤として行っていく姿勢が示されている。現在では、判定書が作成されていなくとも、特別な教育的ニーズを有すると評価する「スクール・アクション(School action)」とスクール・アクション・プラス(School Action Plus)」とよばれる評価に基づいて対応できるシステムが導入されている32。
上記のステージ1から2の段階を「スクール・アクション(School action)」(就学前は、アーリーイヤーズ・アクション(Early Years Action))、2から3の段階として、地方教育局の協力を得て、学校外部の専門家の支援を受ける段階を「スクール・アクション・プラス(School Action Plus)」(就学前はアーリーイヤーズ・プラス(Early Years action plus))としている。前者では、学校内において、個別教育計画が作成され、後者になると学校外の専門家も関与する。この2段階のプロセスにより、個別教育計画を作成しても、十分な対応が難しい場合に法定評価が行われ、その結果、法的対応が必要な場合、判定書が作成される。
この改定では、早期段階での対応の強化が図られ、初等・中等学校と同様に、保育園などの就学前教育の機関も実施規則に従い、特別な教育的ニーズに関する方針を成文化し、SENCOを配置することを義務付けた。また、子どもの早期教育を実施する、保護者が運営するプレイ・グループ等も、施行規則に従って、特別な教育的ニーズに応じた支援を提供することが求められている。このように、イギリスでは、スクール・アクションとスクール・アクション・プラスに対応するアーリーイヤーズ・アクションとアーリーイヤーズ・アクション・プラスとして、先に述べた基礎段階プロファイルを基盤として、段階的に支援を検討することが求められるようになった33。
さらに、初等教育学校に入学直後の評価を、全ての子どもに実施することを義務付け、特別な教育的ニーズを有する子どもを特定し、支援していく方針が取られている。特に、アーリーイヤーズ・アクションは、学級担任、教科担任、SENCO、保護者が、通常のカリキュラムでは、子どもにはほとんど学習の進捗が認められないと認識した場合、学級担任やSENCOが、子どもが特別な教育的ニーズを有すると判断した時に実施されるもので、学級担任とSENCOが、評価に基づいて、子どもの能力を最大限に伸ばすように援助する活動(Action)を実施する。アーリーイヤーズ・アクションにおいて、最も重要なことは、学習や指導を、いかに柔軟に個別に対応させていくかということである。具体的には対策として、 1. 特別な人を配置する。 2. 小グループや個別教育計画を活用する。 3. 必要とする学習機材、教材を最大限に利用する。 4. コンピューターや大きな机など特別な設備を使用する。 5. 地方教育局のサポートサービスによる臨時の支援などの活動を求めるなどがあげられる。これらの活動成果は、短期目標や手立てなどを記録した個別教育計画を利用し、適切に評価されることが推奨されている。また、アーリーイヤーズ・アクション・プラスでは、子どもの個別教育計画を査定し、アーリーイヤーズ・アクションにおいて進捗が認められない場合に、外部機関の専門家から継続的なアドバイスや直接的な支援を受けることを義務付けている34。
スクール・アクション、スクール・アクション・プラス、または、アーリーイヤーズ・アクションとアーリーイヤーズ・アクション・プラスの段階における個別教育計画に関しては、特別な教育的ニーズを有する子どもたちのために、子どもの教育的進歩に対応できるよう達成目標、 教材・支援方法、達成度の評価、指導方針(Possible Class Strategies)などが作成項目として作成される。個別教育計画は1年に少なくとも2回評価され、早期教育段階の子どもは1年に3度、評価の課程として扱われる。
また、早期教育段階での対応として、2歳未満の子どもの支援においては、医療や福祉の関わりが大きくイギリスの国民医療サービス(National Health Service:NHS)による医療サービスや、訪問保健士(Health Visitor)が定期的に訪問し、就学前の子どもの健康チェックなどが行われる。特に、1996年教育法の施行後は、「保健局や国民医療サービスが、就学前の子どもで、特別な教育的ニーズを有する可能性がある場合には、保護者や地方教育局に通知しなければならない」と規定している。教育省による保護者向けの特別な教育的ニーズに関係する教育パンフレット等には、乳児期の子どもにおいて訪問保健士や家庭医(General Practitioner:GP)から、必要に応じてアドバイスを受けることが奨励されている。このように、イギリスでは比較的早い段階(特に就学前教育の始まる2歳)から特別な教育的ニーズを有する子どもたちを特定し、一貫性のある枠組みで支援を実践しようという方針が取り組まれ、子どもが自らの考えを述べる権利、十分な情報を得た上で、決定を行う権利が強調されていることに加えて、早期教育段階での対応を強化する方向が示されているといえる。
イギリスでは、特別な教育的ニーズを有する子どもたちの学習保障と支援体制の一環として、1994年の施行規則において、全ての公立の一般初等・中等学校で、特別な教育的ニーズに関しての学校/追加学習支援方針(Special Educational Needs /Additional Learning Policy)の作成を義務付けている35。この支援方針では、各学校、特別な教育的ニーズに関する対応や、特別な教育的ニーズを有する児童・生徒の発見や評価並びに、必要な追加の学習支援に関する方針、学校の教職員の研修と学校外の関係機関との連携方針、特別支援に関するプログラム計画、合理的調整など、特別な教育的ニーズを有する児童・生徒に対する支援方法の実施状況などを、年間報告書として作成しなければならない。全ての初等・中等学校において、特別な教育的ニーズを有する児童・生徒に関する学校の具体的な方針の作成が義務付けられたことにより、学校に在籍している教育的ニーズを有する児童・生徒にとって、適切で必要な特別な教育的対応を保障するための手立てが整備されることになった。
学校現場では、特別な教育的ニーズを有する児童・生徒への学習保障のために、教員以外にも様々なスタッフが関わっている。まず、イギリスでは、一般学校の教員は全員、有資格者であるが、基本的に日本のように、特別支援学校の教員が保持しているような特別な資格はなく、教員が必要に応じて、継続的職能開発(Continuous Professional Development:CPD)などの研修などを通じて、高度な知識や専門性を高めることを行う以外に方法はない。しかし、視聴覚と感覚重複障害に関しては、ユニットを編成する場合などは、その障害に関する各専門の教育資格を有した教員を配置することが義務付けられている。特別教育の専門資格は、大学や認定を受けた特別な機関で、ディプロマコース(通常1年から2年)を受講した後、付与される。スタッフの雇用形態に関しては、各学校の特別な教育的ニーズの学校方針と子どもたちの教育的ニーズの内容によって決められる。特別な教育的ニーズを有する子どもが保持する「判定書」に、特別な教育的ニーズのために、必要な支援スタッフの記載があれば、その学校は必要に応じて、カウンセラー、言語療法士、理学療法士、特別な教育的ニーズに関わる専門家(視聴覚障害、自閉症など)及び作業療法士などの支援スタッフの配置を義務付けられるが、それ以外は、各学校及び学校のある地域により状況は異なる36。
さらに、正規の教員以外に、教室内には児童・生徒に教育的支援を行うティーチング・アシスタント(Teaching Assistant:TA)、あるいは、学習援助助手(Learning Support Assistant)が配置されている。これは、当時の労働党の、インクルーシブ・エデュケーションの推進の一環として、教室内には児童・生徒に教育的支援を行うティーチング・アシスタント、あるいは、学習援助助手の配置が推し進められた結果である。しかし、概して、ティーチング・アシスタントや学習援助助手は、学校が直接雇用するか、あるいは、地方教育局からの派遣で、給与が一般教員に比べ安く、学校現場では重宝であるが、教員資格も専門知識もないティーチング・アシスタントや学習援助助手が多いのが現状である。2000年以降、地方教育局が、ティーチング・アシスタント、学習援助助手のための研修システムを整備し始めたが、未だ十分な研修が供給されておらず、今後、どのようなティーチング・アシスタントと学習援助助手を配置するべきかが、イギリスの特別な教育的ニーズにおける学習保障と支援体制を考える上で大きな課題である。
「平等に教育を受ける権利」は、2001年特別な教育的ニーズと障害法と2010年平等法においても明確に示されており、障害のある、あるいは、特別な教育的ニーズを有する児童・生徒・学生は、障害を理由に学校から排除されてはならないし、学校、カレッジ及び大学等の高等教育機関は、障害のある児童・生徒・学生が、公正に教育が受けられることを保証できるよう「合理的調整」を行う必要がある。教育現場における「合理的調整」とは、障害のある児童・生徒・学生のために、不必要で、障壁になることを取り除くことであるが、最も重要なことは、障害と関わる全ての人たちの「障害」に対する「態度」を変えることである37。
まず、平等に教育を受ける権利とは、全ての人に全く同じ教育を提供するということではない。例えば、学校における「合理的調整」とは、障害のない児童・生徒・学生が、簡単に行える「見る」「聞く」「読む」といったことを、障害のある児童・生徒・学生に対して、電子版の配布資料を供給するというような代替えの方法や材料で可能にすることである。また、「合理的調整」とは、安易に学習のレベルを落とすことでもない。さらに、障害のある児童・生徒・学生が直面するだろうと予め「予想できる」ものに関しては、その調整を行う義務があるということである。例えば、ティーチング方法を変える、教材を工夫する、授業の評価を柔軟にするなどである。これらの調整は、時間が余分にかかることもなければ、高価な器具や材料を特別に購入する必要もなく、ほんの少しの準備と、児童・生徒・学生への「思いやり」によって達成できるものである。重要なことは、障害のある児童・生徒・学生が、少しの調整で他の生徒と同等の教育が与えられ、日常的に同じ経験が与えられるということに価値がある。また、「合理的調整」の義務は、学校へ入学してくる可能性のある特定の児童・生徒・学生のための調整ではなく、一般的に、障害のある人たちへ行われる範囲の対応を意味するものでもあり、障害のある学生が在校するかしないかに関わらず、簡単に実践できることを意味し、そのような試みが、教育機関で習慣的になされることが期待されているということである。
1988年教育法によって導入されたナショナル・カリキュラムは、イギリスの地方教育局が管轄する義務教育段階(5歳〜16歳)の初等中等学校に適応され、全国共通に指定された主要教科(国語、数学、理科)と、その他の基礎教科(歴史、地理、技術、芸術、体育、音楽、外国語)で規定されている。ナショナル・カリキュラムには、児童・生徒の教科の到達目標、学習プログラム、そして、教育評価の手順が定められ、各キー・ステージで習得されるべき各教科の知識、技能及び理解力などの到達目標が示されている。ナショナル・カリキュラムは、特別な教育的ニーズのある児童・生徒にも適応されるが、この場合、児童・生徒の特別なニーズに応じて一部を抜粋し、修正できるある程度の柔軟性が許されている。ナショナル・カリキュラムは包括的なものであるが、複雑な特別な教育的ニーズを有する児童・生徒、学習困難のある子どもには、年齢に対応してキー・ステージ(Key stage)をそのまま学習することは難しいため、各ステージにおいてレベル1(Level 1)以下の学習を行っている児童・生徒に対しては、ピースケール(P scale)38と呼ばれる個人内差をもとにしたカリキュラムが用意されている。その他、視覚障害児に関しては、点字指導、歩行訓練、弱視用補助具の活用指導及びコンピューター指導などが、児童・生徒のニーズに応じて提供される。
特別な教育的ニーズの制度の中では、全ての公立初等・中等学校に、学校内の特別な教育的ニーズに関する業務全般に関わる特別な支援教育コーディネーターを配置することを義務付けている39。このSENCOは、1994年の施行規則の中で、学校現場で、特別な教育的ニーズを有する児童・生徒の支援のために、特別な教育的ニーズの早期判断、評価、支援措置など遵守、あるいは、考慮すべき事柄などが規定されている。また、各学校は、法律的な枠組みの中で、特別な教育的ニーズを有する児童・生徒に対して、学校として、どのような支援を提供しているか、特別な教育的ニーズに関する学校方針を示し、「学校/追加学習支援方針」として成文化することが求められているわけであるが、その中で、教育的措置を調整する責任者として配置されているのもSENCOである40。
SENCOは、学校内の校長が指名することとされているが、小規模校の場合は、校長又は教頭が兼務できるようになっており、SENCOの資格を授与される必要条件として、必ず教員資格を有していなければならない。これは、学校において、特別な教育的ニーズに対応した教育を展開していく上で、教員を含む、学校関係者や外部関係者と協力関係を形成し、子どもに対しての教育的ニーズに対応していかなければならず、SENCO は非常に重要な役割を担うためである。特別な教育的ニーズに関連した法定的な義務を果たしているか否かについての、各学校の取組については、学校の評価として、教育水準局(Office of Standards in Education:OFSTED、以下「OFSTED」という。)によって査察される。
施行規則にあげられているSENCOの教務としては、 1. 各学校の特別な教育的ニーズに関する方針の日常的遂行、 2. 学級担任と連携し、同僚教員への協力と助言、 3. 特別な教育的ニーズのある児童・生徒への教育措置の調整、 4. 各学校の特別な教育的ニーズを有する児童・生徒の登録を行うとともに、記録の維持管理と特別な教育的ニーズを有する児童・生徒全員の記録の総括、 5. 特別な教育的ニーズを有する児童・生徒の保護者との連携、 6. 教職員の現職教育、及び、 7. 学校外の教育心理サービスや援助団体、医療関係サービスや社会福祉サービス、有志団体を含む学校外の機関との連携などが挙げられる41。その他、各学校の責任として、特別な教育的ニーズに関わる予算を有効にいかすことが挙げられる。特別な教育的ニーズに関する基本方針に含まれる予算関係の要素として、学校責任を果たすため、特別な教育的ニーズを有する児童・生徒やその集団に対して予算を配分する原則を記述し、特別な教育的ニーズに関する予算を確保する方法を明記しなければならない。
特に、判定書を有する子どもの支援を確保するための予算の配分などを明確にし、学校内外の関係者に公開することが必要である。予算を有効に活用することを考える上で、近隣の学校等の機関との協力も必要となる42。この他にも、子どもの学習支援として、率先して児童・生徒の教育活動を観察し、背景や情報を集めたり、記録したり、その情報を更新し、評価を行ったりしながら、将来的な支援方法について同僚やその他の学校職員と話し合うことなども含まれ43、ナショナル・カリキュラムを含む均衡のとれた広範囲にわたるカリキュラムに特別な教育的ニーズを有する児童・生徒がアクセスできるようにする手続き、特別な教育的ニーズを有する児童・生徒が、学校全体にインクルーシブされる方法、学校方針の達成を踏まえた評価をする基準、学校内における特別な教育的対応についての不服などを検討する手続きなども含まれる。このようにSENCOの業務は多岐にわたり、学校において、障害のある、あるいは、特別な教育的ニーズのある児童・生徒のために重要な役割を果たしている。
また、イギリスのSENCOは,「判定書」制度と切り離すことができない。1980年代半ばより、特別支援コーディネーターと呼ばれる担当者が、一部の公立学校には既に存在しており、児童・生徒の特別な教育的ニーズの調整を執り行っていたが、1994年施行規則の導入により、判定書の発行や管理の担当者として、SENCOの役割と責任が、法的な基盤により明確に提示されたことに伴い、学校内には不可欠の存在となった。これにより、専門家会議での協議内容を、SENCOがどのように取り扱うかにより、児童・生徒の特別な教育的対応に法的な根拠が得られるかどうかも左右されることになった44。
2001年、施行規則改訂の際には、さらに責務が拡大し、[1]特別な教育的ニーズのある子どもの保護者と専門家と連携を図る、[2]適切な個別教育計画の実施を確実にする、[3]同僚教員や他の教職員に対して、特別な教育的ニーズに関する学校方針に関するアドバイスを行う、[4]できるだけ早急に子どもたちのニーズに対応できるようにシステムを構築するといったことが、幼児・初等教育段階に関して付け加えられ、子どもの特別な教育的ニーズに関する業務の管理者としての役割を求められるようになり、それまで、明確にされなかったSENCOの必要資格も、教員資格を有するものと明記された45。
2004年には、特別な教育的ニーズを持つ子どもの学習支援についての政府戦略として、「達成へのバリア解消」(Removing Barriers to Achievement 200446)が発表され、学校の政策を展開していく上でSENCOはその取組のカギを握る担当者として、学校における特別な教育的ニーズに関わる事柄を管理する責任者として取り扱われるようになる。従来、学校長がその権限により、必要に応じて任命していたSENCOは、2009年に、教育省(当時は子ども・学校・家庭省)の規定により、各学校は必ずSENCOを配置する義務とSENCOの資質向上のため、SENCO は必ず国家資格を取得しなければならず、国家資格プログラムの受講資格は、 1) 導入期間(Induction period)を満足のいく成績で完了した資格のある教員、 2) 校長もしくは任命された校長代理(それぞれの職務に加えて、SENCO の業務を担っている場合もある)、 3) 規則の施行以前に6ヶ月以上SENCO の任務に従事している人で、資格のある教員になり、規則の施行から2年以内に導入期間を完了する見込みの高い教員であることを義務付けた47。
SENCOの国家認定資格は、中央政府が学校職能開発局48(The Training and Development Agency for Schools:TDA、以下「TDA」という。)に、その予算と権限を委託し、職能開発局がSENCOの国家資格プログラムと認定した大学・高等教育機関で受講することを義務付けており、期間は1年間で、受講料2,400ポンド(約324,4000円:1ポンド135円で換算)は、TDAが助成金として支給している。来年度2011-2012年9月までは保障されているが、来年度以降は政府方針が明らかでないため未定である。
イギリスには、特別な教育的ニーズを有する児童・生徒のために、政府、官公庁及びその外郭団体のみならず、様々な支援や情報を提供している民間の障害者サポート団体や当事者団体が数多く存在している。これらの団体は、社会に暮らす、全ての人々のために、公平な社会参加を推進し、障害者差別禁止の実効性確保に寄与している団体で、市民団体だけではなく、政府・公共機関も含まれる。特に、イギリスの民間団体は、チャリティーと呼ばれることが多く、チャリティーの組織は、その特徴や性格も様々で、完全に政府と対立する組織から政府の事業を一部請け負う形で存在する機関まである。特に、民間のチャリティー団体では、特別な教育的ニーズに関して、それぞれの専門性を持った団体が、その特性を生かし教育活動や政策提言を行っている。例えば、CSIE(Centre for Studies on Inclusive Education)やバナルドズ(Bernaldo's)は、子どもの権利を守るための様々な事業を展開しているチャリティー団体であり、障害を有する子どもたちへの多様な支援を行っている(詳細は別添翻訳資料集の資料2を参照)。
チャリティー団体の活動は、前労働党政権成立後から、従来、政府から地方教育局へ配分されていた公立学校への予算が、アカデミィなどの一部の公立学校へ直接配分されるようになり、学校側がチャリティーのサービスを「買う」という方式が生まれ、教材やセミナー、学校内での教員研修などチャリティー団体が関わる機会が増え始めた。また、新しい教育政策が施行される際、政府が、チャリティー団体や民間団体への協力を要請し、チャリティー団体や民間団体が政府に提言を行うことにより、これら団体による「提言・協議・実施」を基本とした草の根運動的な流れが生まれ、教育の枠組みや実践枠は一層拡大されてきている 49。
その他、ファミリー・サポート・サービス(Family Support Service)のような特別な教育的ニーズを有する子どもとその保護者をサポートする公的な機関もある(詳細は別添翻訳資料集の資料2を参照)。ファミリー・サポート・サービスは、2000年より地方教育局に設置されることが、法律で義務付けられており、地方教育局に設置されていながら、独立した立場を保ち、特別な教育的ニーズを有する児童・生徒やその保護者のための支援を行っている。特に、保護者が学校や地方教育局、あるいはその他の公的機関と調整を行う場合の支援を行い、児童・生徒の特別な教育的ニーズに関して、地方教育局以外の社会福祉サービスや保健サービスなどや民間機関の様々なサービスに関する情報を与えるなどを行う。特に、特別な教育的ニーズに関する評価に対して、保護者が異議を申し立てた場合、保護者の権利を守るために、情報提供を行い、保護者とともに関係機関へ一緒に赴き交渉を行うなどの具体的な行動をとっている50。
イギリスにおいて、障害のある教員の現状を探ることは非常に難しい。その理由の一つは、仮に、重度の障害があったとしても、教員自らが「障害がある」と申請しない限り、イギリスではその教員に「障害がある」と判断してはならず、基本的に正確な統計を得ることは難しい。2010年11月に、教育省では、新しく「学校労働統計」というものを開始した。データに関しては、フルタイム・パートタイムなど、教員の雇用のタイプ別、性別、人種などが含まれている51。この調査を実施するにあたり、今後、「学校」という機関で勤務する教員に対して、より良い労働環境を整えるという意味でも、教育省は教員の障害に関するデータを積極的に収集したい考えであるが、今回の調査で、教員の障害についての項目を加えたところ、半数以上の教員がアンケート用紙の記入を拒否した。そのため、イギリスでは、現在の時点で、障害のある教員に関するデータを入手することはできない。今後、教育省は、教員の病気休職「発生率」などの補足として、教員の「障害」に関しての調査を実施することを希望している。
教員のデータは可能ではないが、TDAによる教員養成コースに所属する障害のある学生についてのデータが存在する。教員養成コースの学生に関しては、2010年の統計では、2,140人が何がしかの障害があり、これは、全教員養成コースの学生36,770人の、6%である(表7参照)。教員養成コースを希望する障害のある学生のためには、財政援助として、学生本人の希望に応じて、障害学生手当(Disabled Students’ Allowance:DSA)が、該当学生に対してそれぞれの教員養成コースが行われている機関のある地方教育局から、直接本人に支給される。地域によっては、50%の学費の免除がある52。この障害学生手当には、学習支援のために、ソフトウエア、デジタル・レコーダーや、授業のノートを取るなどの筆記支援、手話通訳者や学習支援者の配置、障害による教育実習先への過剰な交通費の負担、学習に必要なコピー代及び点字用紙なども含まれている。
イギリス政府は、障害がある教員を含む様々なバックグランドをもつ教員を学校現場に配置することを目指しており、特に、障害がある教員たちは、どのような状況でも、多くのことが達成可能であるという意識、社会における多様性や、個に対する尊敬・敬意というものを、児童・生徒に与える存在として重要な存在であると考えている53。多様な教員たちがいる学校現場では、より質の高い教育が提供されるという考えのもとで、教育省から権限の移譲を受け、イギリスの教員養成や研修に関する業務を執り行っているTDAは、2005年障害差別禁止法及び2010年平等法に基づき、教員たちに対して、必要なトレーニングやサポートの支援を行い、教員を目指す障害を有する学生たちのためには、コース・ワークにおけるサポート、就職活動の際のアドバイスを行っている。また、TDAは、地方教育局及び各学校に対して障害への理解を促すなどの支援も行っている。その他、教員のための支援として、高等教育機関の研究所と協力し、障害のある教員の雇用上の問題や、学校で教員が、どのような問題に直面するかなどのリサーチも行っている54。
年度 | 2004/05 | 2005/06 | 2006/07 | 2007/08 | 2008/09 | |
---|---|---|---|---|---|---|
障害のある教員養成コースの学生数 | ||||||
初等学校 | 18,620 | 18,700 | 17,920 | 17,300 | 17,350 | |
中等学校 | 21,250 | 21,070 | 20,860 | 19,860 | 19,420 | |
Total | 39,860 | 39,770 | 38,780 | 37,160 | 36,770 | |
障害のある教員養成課程の学生 | ||||||
初等学校 | 860 | 880 | 860 | 970 | 920 | |
中等学校 | 940 | 1,010 | 1,060 | 1,150 | 1,220 | |
Total | 1,800 | 1,890 | 1,920 | 2,120 | 2,140 |
資料:学校職能開発局(The Training and Development Agency for Schools:TDA)
イギリスでは、TDAのみならず様々な民間・チャリティー団体もまた、アドバイスや支援を行っている(詳細は別添翻訳資料集の資料3を参照)55。 教職員組合の支援として、イギリス国内最大の教職員組合である全国教職員組合(National Union of Teachers:NUT)では、障害があると申請している教員たちのために、専門職における雇用均等実現を狙いとし、教員同士の経験を分かち合い、学校現場でどのような困難があるかなどを議論し、話し合い、教職員組合としてのポリシーや政策提案などを、NUTの「障害がある教員」のための学会を通じて行っている。障害があると申請している教員たちには、視覚・聴覚障害、肢体不自由、癲癇、HIV、癌及びパーキンソン病などの身体的疾患による障害と職業上のストレスによる精神疾患、抑うつなど、精神的な障害が含まれる。また、教職員組合では、雇用、昇進、キャリア開発のためのトレーニングを支援し、地方教育局や学校と交渉するために、障害のある教員のために「Tool Bag」とよばれる、障害差別禁止法1995、教育省通達(Circular 3.97)における合理的調整義務(Reasonable Adjustments)の抜粋、教授のための適切性に関する教育省通達(Circular 4/99)、仕事へのアクセス支援制度、就業不能給付金、障害生活者手当、教員慈善基金に関する情報を障害に関しての支援情報パッケージを提供している56。さらに、様々な基金を通じて、障害をもつ教員たちのために、電動車いす、車に取り付ける回転イス、階段横の昇降機などの購入などの支援も行っている。
イギリスでは、公的性質を持つ機能を有する機関は、1995年障害差別禁止法に基づき障害平等義務を負う。この義務は、障害差別禁止法における不法な差別を根絶する必要性などを意識した行動を公的機関に求める義務であり、具体的には規則に定められた義務を履行する方法を記載した障害平等計画(Disability Equality Scheme)の策定と履行を求めたり、1年を超えない期間ごとに報告書を発表したりすることを義務付けるものである。この義務の実効性は、司法審査や平等人権委員会(Equality and Human Rights Commission)のアセスメント・義務の履行を求める通告などによって担保されている。つまり、公立学校に雇用される教員に関しても障害差別禁止法が該当する。特に、障害を理由とする差別に対する保護・救済には、主に前掲した障害差別禁止法及び人権法を裁判所等が適用することで実現されるものと、2010年平等法に基づいて設置された平等人権委員会が、平等法の適用を通じて実施する諸対応により実現されるものがある。
1995年障害差別禁止法では、包括的に差別を禁止する法律ではなく、障害を理由とする差別に特化した法律であり、障害者の割当雇用制度を定める法律を廃止後に成立した法律である。障害差別禁止法は、イギリスにおいて現在にいたるまで、差別禁止に関する基本的な枠組みとなっている。その後、2010年平等法と合わせて、障害を理由とする差別に対する救済を求める法的根拠になっている58。適応範囲は、障害、性別、年齢、人種、宗教・信条、性的志向、性転換、婚姻及び婚姻外パートナーシップ(同棲婚を含む)を理由とする差別を禁止する法律(契約自由の原則を制限)であり、適用範囲は、サービス・公的機関(第3部)、建物(第4部)、雇用(第5部)、教育(第6部)、社団(第7部)が適応対象とされる。2010年平等法における障害者の定義は、
身体的または精神的な機能障害を有するものであり、この機能障害によって通常の日常生活を行う能力に、実質的かつ長期間にわたり悪影響を受けているもの(平等法6条、第1項、第2項)。過去に障害を有していたものも含まれるとする(同4条)。
2010年平等法では、禁止される差別・不利益取り扱いの概念として以下のような7種類の差別定義を定めている。以下は、「イギリスの障害差別禁止法 長谷川氏資料」より部分抜粋、加筆したものである。59
1. 直接差別(Direct discrimination)
障害を理由として、AがBをその他の者を取り扱う又は取り扱うであろう場合よりも不利益に取り扱った場合(平等法13条第1項)。障害者を非障害者より有利に扱うことは許容(片面的差別禁止)。
2. 間接差別(Indirect Discrimination)
AがBに、Bの障害に関して差別的な規定、基準又は慣行(Provision, Criterion or Practice)を適用した場合(平等法19条第1項)。
3. 障害に起因する差別(Discrimination Arising from Disability)
(1) 障害者Bの障害が原因で生じたある事柄を理由にAがBを不利益に取り扱った場合で、
(2) 当該取扱いが適法な目的を達成するための均衡の取れた方法であることをAが証明することができなかった場合(平等法15条第1項)。
4. 調整義務(Duty to Make a Reasonable Adjustments)の不履行を理由とする差別
後述する調整義務を履行しなかった場合に成立
5. ハラスメント(Harassment)
(1) Aが障害に関連して好意的でない行為を行い、 (2) 当該行為が [1] Bの尊厳を侵害、あるいは、 [2] Bに脅迫的な、敵意のある、品位を傷つける屈辱的で不快な状況を生じさせた(平等法26条第1項)。このような状況を生じさせるか否かは、 (a) ハラスメントを被ったことを主張する者の認識、 (b) 当該事案におけるその他の状況、 (c) 当該行為が、そのような状況を有したか否かを考慮に入れて判断される(平等法26条第4項)。
6. 報復的取扱い(Victimisation)
(1) Bが保護される行為を行ったこと、又は、 (b) Bが保護されることが予想できるとAが認識したことを理由にAがBを不利益に扱った場合(平等法27条第1項)。
「保護される行為」: (a) 平等法に基づく訴訟手続を開始したこと、 (b) 平等法に基づく訴訟手続に関連する証拠や情報を提供したこと、 (c) 平等法を適用される、若しくは平等法と関連すると考慮されるその他の行為、 (d) A若しくはその他の者が平等法に違反したことを訴えること(同条第2項)。
7. 違法行為の指示等
保護される特性を理由に、上述した差別行為を行うように、ある者に指示したり、不法な行為を行おうとする他者を支援するように、ある者に指示したりすること。
1. 合理的調整義務が生じる場面(平等法20条)
(1) Aの規定、基準又は慣行が、障害者を、障害者でない者と比較して当該事項に関して実質的に不利な立場に置く場合(3条)
(2) 物理的特徴が、障害者を、障害者でない者と比較して当該事項に関して実質的に不利な立場に置く場合(第4項)
※「物理的特徴」とは、 (a) 建物のデザインまたは構造の特徴、 (b) 建物への通路、出口、入口の特徴、 (c) 建物の家具・調度、設備、素材、備品・その他の家財、 (d) その他の物理的要素や性質を意味する(平等法20条第10項)。
(3) 障害者が、補助的支援(Auxiliary Aid)の提供がなければ、障害者でない者と比較して当該事項に関して実質的に不利な立場に置かれる場合(同法第5項)
※「補助的支援」は、障害者に対して支援や援助を提供することであり、当該障害者の利用に適したキーボードや文書読み上げソフトのような専門的機器の提供が含まれる。
※使用者は、障害者が応募者であることを知っている、または、知っていることを合理的に期待される場合に限り調整義務を負う(平等法附則8第20条第1項)。また、既に雇用している被用者に関しては、当該被用者が障害者であり、実質的に不利な立場に置かれていることを知っている、または、知っていることを合理的に期待される場合に限り、調整義務を負う(同条第2項)。
2. 合理的調整措置の具体例
(a) 施設の調整を行うこと
(b) 障害者の職務の一部を他の従業員に配分すること
(c) 空きポストに障害者を異動すること
(d) 障害者の勤務あるいは教育訓練の時間を変更すること
(e) 障害者を他の職場あるいは教育訓練の場所へ配置すること
(f) リハビリテーションや検査あるいは治療のために勤務や教育訓練を離れることを認めること
(g) 障害者を教育訓練する、障害者やその他の者に助言を与えること、これらを受けられるように調整すること
(h) 施設を整え、調整すること
(i) 指導マニュアル、手引き書を修正すること
(j) 試験や評価の手続きを修正すること
(k) 朗読者または手話通訳者を配置すること
(l) 監督者、その他の補助を配置すること
3. 合理的調整措置を義務づけられる範囲
合理的に考えて実施可能な範囲として、経済的負担、調整措置の効果などを踏まえて総合判断する。
(a) 措置が問題となっている不利な効果を防ぐ程度
(b) 使用者が当該措置を実施可能な程度
(c) 措置の実施が使用者に与える財政その他の負担及び使用者の活動を阻害する程度
(d) 使用者の財産その他の財源の規模
(e) 措置の実施に関して使用者が利用できる財政その他の援助
(f) 使用者の企業活動の性質及び企業の規模
(g) 調整措置が個人の家屋に対して行われる場合、家屋を損壊する程度、その居住者に対して迷惑をかける程度の調整措置の範囲は契約の範囲に限られない。
4. 合理的調整措置を講じる際の財政的支援
仕事へのアクセス支援制度を通じた支援。勤続期間(採用面接時も対象に含む)や支援を受ける事業主の規模に応じて支援額を決定する。
2010年平等法では、雇用者の責任として、イギリスの全ての学校では、教員を含む全ての学校に雇用されている全ての人々、あるいは、今後雇用されるとされる全ての人々のために、職場の環境を整えることが義務付けられている。これは、学校に通学する障害のある、あるいは、特別な教育的ニーズを有する子どもたちへの対応にも該当する。学校は、全ての雇用者のために施設等の環境整備を整えるだけでなく、必要な補助や支援を提供することも求められている。そのため、学校は、障害に起因する不利益を回避するために、学校内の施設が、必要に応じて機能的に作動することを検討する義務がある。
障害のある教員の雇用に関わる「合理的配慮」については、児童・生徒・学生の「合理的配慮」と比較しても、学校と地方教育局は、一層の責務を負う。特に、地方教育局と学校理事会は、雇用者に対して、障害のあるなしに関わらず、雇用者に対して十分「合理的配慮」を行う必要性が求められている60。教員の雇用に関して期待される「合理的配慮」を例として示す。
障害のある教員に関する期待される「合理的配慮」の例をみると、学校における「雇用」は、「インクルージョン」の視点をもった取組がなされているように推測されるが、先に述べた「教育法監視」誌に掲載されている訴訟内容でも、障害のある教員の障害を起因とする「差別」と「雇用」の領域を中心にした訴訟が、非常に多く見受けられる。イギリスにおける、障害を有する教員に関する「平等」や社会における「インクルージョン」が実践されるには、まだまだ課題が多いようである。
障害を理由とする差別に対する保護・救済に関する具体的な内容として、主に前掲した障害差別禁止法及び人権法を裁判所等が適用することで実現されるものと、2010年平等法に基づいて設置された平等人権委員会と障害者問題担当局(Office for Disability Issues:ODI)が担当するものがある。平等人権委員会は、差別・人権侵害に関する情報・アドバイスの提供、障害差別禁止法や1998年人権法(Human Rights Act 1998、以下「1998年人権法」という。61)などの遵守状況を監視し、状況に応じて人権や原則均等に関しての法律の改正など、国にアドバイスを行い、これら立法を具体化し、行為充足を制定する権限を有する行政機関である。平等委員会の保護・救済手続の対象は、障害者差別に限定されておらず、雇用やサービスの提供等や、性差別や人種差別などの他の差別や人権侵害に関連する問題も取り扱い、人権、人種、平等と多様性などに関する事柄について調査を行い、該当機関に対してのアセスメントや義務内容の履行を求める勧告をする。また、障害斡旋サービス(Disability Conciliation Service)を通じて、16歳以上の教育の領域における差別を対象として実施される斡旋、障害差別禁止法における商品サービスの提供裁判所・審判所の審理手続きにおいて行為準則を作成する権限を保有する62。一方、障害者問題担当局は、障害者問題に関して、障害者と非障害者の機会均等・平等性を実現するという政府のビジョンをリードし、政府、民間団体など障害者団体などと幅広い範囲で連携する多角的で多様的な政府機関である。様々な支援やサービスの情報を提供すると同時に、改善政策提案や地方自治体、政府機関のために、障害に関する専門知識を蓄積し、障害差別禁止法及び人権法の実効性を確保することを目的としている63。
障害者施策の一環として、障害問題担当局による省庁をまたいだ包括的な施策の検討・提案も行われている。労働年金省(Department for Work and Pension:DWP)64傘下のジョブセンター・プラス(Jobcentre Plus)65やアクセス(Access to Work:ATW)66は、障害者が仕事に関連して直面する困難に対して、助言を行い、必要に応じて経費を援助している。また、障害者雇用促進アドバイザーが、障害者との面談を通じて当該障害者が有している技能や能力を分析・評価する雇用評価制度(Employment Assessment)67などもある。
障害者差別の禁止は、上記以外の障害関連法サービス(Disability Law Service)68や障害関連情報相談サービス(Disability Information and Advice Line:DIAL)69などの機関との連携によっても促進されている70。雇用関係の訴訟に関しては、行政機関である助言斡旋仲裁局(Advisory Conciliation and Arbitration Service:Acas)71において斡旋や仲裁、労使関係改善のためのアドバイスなどの救済手段が用意されている。その他、裁判所・審判所も、保護救済措置として、差別等の存在を証明することにより平等法に規定されている権利の宣言を用いて、申立人に対する補償金の支払いの勧告といった救済を行うことができる(平等法124条第2項)。
1998年人権法に関しては、欧州人権条約(The European Convention on Human Rights)に対応して、国内法化の義務として制定された法律である。欧州人権条約では、差別の禁止として、人種、年齢、性別、肌の色、言語、宗教、政治的又はその他の志向、国籍又は社会的出自、資産、家系、その他の身分や立場を理由とする差別を禁止し、欧州人権条約に規定された権利と自由の享受は保護されると定めている。差別理由の項目には「障害」が含まれていないが、「その他の身分や立場」に「障害」が含まれると解されているため、イギリス国内の法解釈全般において、1998年人権法は、障害者差別に関して、非常に影響を与える法律であると考えられている。特に、欧州人権条約に規定された「権利の侵害」が、イギリスでは、公的機関及び公的性格を有する機関が、人権法に定める権利と矛盾する行為を行った場合、これを違法とみなし、被害者に裁判所・審判所への提訴の権利、あるいは、提訴手続きにおいて、条約上に定める権利を与えている72。この考え方は、公立学校などの教育機関など、公的機関及び公的性格を有する機関であれば、適用領域を問わず該当する。また、公共交通機関に対しては、障害者を含め全ての人にアクセスが容易であり、かつ、安全で快適な移動性を保障されるように、交通機関の物理的構造やサービスのあり方等を定めるアクセシビリティに関する規則が定められている73。
さらに、教育機関については、その組織の内容に応じて、アクセシビリティ戦略(Accessibility Strategy)やアクセシビリティ計画(Accessibility Plan)の策定が義務づけられている。これらは、教員のみならず、障害をもつ、あるいは、特別な教育的ニーズを有する児童・生徒が、学校のカリキュラムに参加することができる範囲を広げることと、障害者の児童・生徒が教育を利用することを可能にし、学校から提供されるサービスに参加する程度を拡大することを目的とする学校の物理的環境を改善することなどを目的として策定され、戦略を実行するために適切な資源を配分する必要性や戦略の内容、作成されるべき枠組み、準備において意見を求めるべき者について発行された指針なども考慮して具体化されるものとする。
EU各国は、雇用平等に関するEU指令をそれぞれに国内法化する義務がある。「障害」事由を組み込んだ理由は、欧州人権条約が掲げる原則的価値観からである。主たるEU指令は、人種及び民族的出自を問わない均等待遇原則適応に関する指令74、雇用と職業に関する均等待遇のための一般的枠組み設定に関する指令75、雇用、職業訓練、昇進へのアクセス並びに労働条件における原則男女均等待遇実現に関する指令を改正する欧州議会及び欧州理事会の指令76、サービスへのアクセスとその供給における原則男女均等待遇実現に関する指令77などがある。加盟国内において、均等待遇原則(Principle of Equal Treatment)の効果を上げる観点から、宗教、信条、障害、年齢、性的志向による直接的及び間接的な差別を禁止している。同指令は、雇用及び職業的差別に立ち向かう一般的枠組みを定め(第1条)78、差別の概念を、間接及び直接差別、ハラスメントに分けその詳細を定義した。その適用範囲は、全ての雇用分野における職業へのアクセス、職業訓練、昇進、再訓練、解雇や賃金を含む雇用条件や労働条件に及び、障害に関しては特例として、合理的配慮の規定が設けられている(第5条)。
さらに、加盟国には、積極的な差別是正措置の採択が認められ、加盟国が差別を防止し、不利益を保障する特別な措置を維持し、均等待遇の原則において、障害者の職場環境への統合を擁護し促進するための約款を規定することが含まれる(第7条1.2項)。また、原則的に均等待遇の権利が侵害されたとされるものに、司法的・行政的手続きをとる権利を定め(第9条)、その立証責任を原則として被告負担とし(第10条)、均等待遇原則への苦情や法的手段に対する使用者の解雇や不利な扱いについて、個人を保護する措置の導入を規定している(第11条)。さらに、労働現場の監視や労働協約の締結、行動規範を通じた均等待遇を促進する労使対話(第13条)や加盟国によるNGOなどの第3機関との対話促進(第14条)を促している79。これらは、国連障害者人権条約の積極的是正措置と内容的差異はほとんどない。
同指令は、実効性を確保すべく、2003年より、3年の期限を設け、遵守に必要な、また、この指令の実施に関する団体協約の条項を考慮し、共同請求の立場で指令を履行する社会的パートナーに委ねる法、規定、管理運営条項を制定するものとする(第18条)とした。しかし、イギリスは3年間の期限延長を申し出て、2004年10月での障害差別禁止法の改正、2005年よりの施行となった。同法において障害者は「日常生活を送るために必要な能力に対し、重大な影響を長時間にわたり与えるような肉体的または精神的な不具合を持つ者」と定義されていたが、2005年以後、一般的に自他共に障害者として認められるような四肢不具合や、自閉症や躁鬱病などの精神障害者に加え、障害の範囲が、HIV、癌、糖尿病のような疾病を持つ人々にまで、広げられた。
イギリスでは連立政権が誕生し1年になる。財政再建が急速なペースで進む中、2011年3月9日に、特別な教育的ニーズを有する児童・生徒を対象とする施策を示した緑書「支援と大望:特別な教育的ニーズと障害への新たなアプローチ」が発表された。最近のイギリスの教育省の行った調査では、2006年以降、特別な教育的ニーズを有する児童・生徒の数は、毎年160,000人ずつ増え続け、この換算でいくと、現在、約169万人の子ども、あるいは、5人に一人の割合の児童・生徒が、何かしらの学習困難を抱え、教育的支援が必要であるということになる。特に、初等教育段階で、判定書がない特別な教育的ニーズを有する男子児童が全体の23.4%と、調査からみると増加傾向にあるように見える特別な教育的ニーズを有する児童・生徒であるが、「判定書」を保持する児童・生徒の数のみに焦点を当てると、その数が、2006年の236,750人から2010年では、220,890人と減少傾向にある。一方で、判定書を保持しない児童・生徒がかなりの数で増加していることも示している。
また、初等学校の男子児童では、女子児童の2倍から2.5倍の割合で判定書を保持し、中等学校になるとこの割合が3倍近くに上昇するということを調査結果が示している80。早急な具体策が望まれている現在、この緑書は、連立政権のビジョンとして、障害のある、あるいは、特別な教育的ニーズを有する子どもたちと若者たち、そして、その彼らを支える家族や専門家たちのために、彼らが、現在、抱える問題全てに対応するものだとしている。この緑書は、2014年までに実現を目指し、特に重要な取組として、次の6つを柱として提示している。
この緑書に関しては、今後、2011年の3月9日より、各界の有識者、専門家、関連団体、特別な教育的ニーズを有する子どもの保護者、学校関係者、できるだけ多くの人々からの意見を受け付け81、収集された多くの意見をもとに協議を行い、2012年には具体的案として示し、その後、法令の修正、新たな教育法の制定へと展開されていくと見られる。しかし、現在のイギリスにおいて、完全なる「インクルーシブ教育」を実現するのはかなり難しそうである。ここで、特別な教育的ニーズに関する課題を挙げたい。
イギリスは2007年3月に「障害者権利条約」に署名し、2009年5月に批准するまでの間に、「インクルーシブ」を実現するために、インクルーシブ教育への投資や、特殊分離教育からインクルーシブ教育への移行に対する投資を行ってきている。できるだけ多くの児童・生徒を一般学校で学べる環境を整えようとしてきた動きもその一つである。その一方で、保護者の意向、個人的なニーズに応えるという理由で、特別教育学校を増加させようとする動きもあり、二面的なアプローチが取られてきた。これは、「インクルーシブ」の実現へ向けての動きの中で、特別な教育的ニーズを有する子どもは、一般学校で学ぶ方がいいのか、特別教育学校で学んだ方がいいのかという議論を再燃させることになっている。実際、特別教育学校を廃止し、特別な教育的ニーズを有する児童・生徒を一般学校で教育するという意味での完全な「インクルーシブ」には、デンマークやイタリアなどに比べるとまだまだ程遠い。特に、保護者、意欲のある教員、慈善団体などによる学校を公的資金で設立することを可能にするという、連立政権が打ち出す「フリースクール」政策は、緑書の中でも、やはり、保護者やコミュニティによる、新しい特別教育学校をフリースクールとして、積極的に設立することを推進しようとする意向がうかがえる箇所がある。さらに、緑書の中では、不必要に特別教育学校の閉鎖を防ぐための提言がなされ、特別教育学校への取組への経済的支援を含む様々な支援を打ち出しており、今後、特別教育学校が増える可能性も否定できない。
さらに、「インクルーシブ教育」の達成を目的とし、全ての子どもたちのニーズを普通教育制度の中で満たそうとし、ユニット(UNITS)を一層増やすことにつながっているのがイギリスの現在の状況からも理解できる。先述のように、イギリスでは、一般学校の同じ敷地内にユニットが作られはじめ、特別な教育的ニーズを有する児童・生徒は全て、ユニットの中に寄せ集められている状況である。一見、全ての子どもが一般学校に通学しているように見え、また、児童・生徒の個別の状況に応じて、あるいは、個々の学習のニーズに柔軟に対応できるというシステムに見えるが、「インクルーシブ」を銘打った新たな「隔離政策」「特殊分離教育」に繋がっている。このユニットをどのように取り扱うのかは、今後の課題の一つになるであろう。
また、すべての児童・生徒を一般学校で教育するには、まだまだ、学校の環境整備がなされていない。例えば、特別な教育的ニーズを有する児童・生徒のための学習に対応した教育を提供できる体制を持つことが望まれている中、一般学校の教員たちの多くが、特別な教育的ニーズに関わる知識や特別な資格もなく、ティーチング・アシスタントや学習援助助手に関しては、その必要性が認識された後でも、満足な研修もトレーニングも行われていない。さらに、ティーチング・アシスタントや学習援助助手は、学校側の予算の問題等で、助手の配置に時間がかかるなどの課題が多い。いかにして、一人一人の教育的なニーズに対応した教育を実践するかを、現在、特別な教育的ニーズを有しない子どもたちの学習を含めて、考慮されなければならない。
さらに、財政削減のなか、前労働党政権が、保育・福祉・保健・医療のサービスを一元的に提供する拠点とし、特別な教育的ニーズに関わる幼い子どもたちも多く利用していたシュア・スタート・センター(Sure Start Centre)の予算がカットされ、かなりの数のセンターが閉鎖されることが決定している。緑書の中では、地域における様々なサービスを充実させ、新たに「教育、保健、ケアプラン」という評価システムによる支援パッケージを提供するとしているが、どのようにサービスが提供されながら、現在のサービスが改善されていくのだろうか。また、教員や教育心理学者の資質向上のためのトレーニングや、訪問保健師などのサービスも向上させるとしているが、緊縮予算の中、どのように実現するのであろうか。SENCOのトレーニングプログラムも、今年度、2011-2012年のコースの実施とコースのための予算の支給は保障されているが、来年度以降の政府方針がはっきりせず、コースが継続されるのか、現段階では定かではない。知識や経験豊富な専門家を設置すると提言しているが、どのような形で実施していくのだろうか。
「インクルーシブ」の概念においては、特別な教育的ニーズの範囲を広げ、例えば、英語が第一言語でない家庭に育つ子どもたちの学習における困難さや、移民家庭に多くみられる貧困の問題も、特別な教育的ニーズの範疇に含めるどうかなど、障害・人種・貧困・宗教などを含めた社会的排除というより広い概念で捉えて実践しようとする動きもみられ、研究者の中ではかなり議論も進んでいるが、緑書の中では、全く議論されていない。今後、これらの問題にも協議が及ぶことを期待したい。
まさに、ここから1年が、イギリスの特別な教育的ニーズに関する政策の大きな転換期である。教育省では、2011年6月30日まで、提出した緑書に関して、多くの人々の意見を受け付けているが、障害を有する子どもたち、特別な教育的ニーズの有する子どもたち本人、あるいは、特別な教育的ニーズの有する子どもたちの周りの子どもたちの意見を取り入れてみることも必要であろうと考える。現在まで、子どもたちの直接の声は、学校現場の実践や、ましてや政策に反映されることはなかった。しかし、彼らの声に耳を傾けることこそが、まさに「権利の保障」であり、本来の「インクルージョン」なのではないだろうか。子どもたちが考える「インクルージョン」とはいったいどのようなものなのか、どうすれば学校現場や教育的な場面において実現されるのか。子どもたちが必要とする教育的達成度や将来の方向性を探るためには、周りの大人たちはいったい何ができるのか、また、彼らが大人に何を期待するのかについて彼らの声を聞く必要がある。全ての子どもたちが、その議論に積極的に参加する機会が与えられ、自分たちが希望する選択肢を増やすことこそが、今後、最も重要であると考える。
2012年の3月頃には、イギリスでは、特別な教育的ニーズに関しての新しい施策が、新たな教育法とともに示されているはずであるが、今後どのように変化するかは全く見当もつかない。しかし、緑書で何度も繰り返されているように、「障害のある、あるいは、特別な教育的ニーズを有する子どもたちと若者たちが、教育やキャリアで成功し、自立した健やかな生活を送り、さらに、地域社会の一員として積極的に参加できるような、最善の機会と支援を供給される」ようになることを願い、しばらく、イギリスの「特別な教育的ニーズ」の動向に、多大な関心をもって見守りたい。