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4.イギリスにおける障害者権利条約の実施と国内モニタリング

4-3 国内モニタリングの状況

(1)包括的な最初の報告の作成プロセス

 イギリスの包括的な最初の報告の作成プロセスにおいては、障害者問題担当室が中心的な役割を果たした。イギリスが提出した共通基幹文書によると、王室属領については法務省が、また海外領については外務省が担当組織となった21

 まず、障害者問題担当室は国連のガイドラインと質問項目をイギリス政府の各省庁に伝え、各省庁から回答を得る作業を行った。また、障害者問題担当室は、北アイルランド、スコットランド、ウェールズの各地方政府と協力し、各地方政府における法律や施策の整備・実施状況を把握した。

 また、イギリス政府は、包括的な最初の報告の作成において、障害者権利条約第33条3項が要求する障害者の参加について積極的に取り組んだ。ここでも、中心的な役割を果たしたのは障害者問題担当室である。障害者問題担当室は、包括的な最初の報告の作成期間中、障害者及び障害者団体と緊密に協力した。このことは、包括的な最初の報告の中に記述されているだけでなく、現地調査における障害者団体へのインタビューでも裏付けられた。

 障害者問題担当室は主要な障害者団体及びイギリス障害者評議会の委員長とともに活動し、2010年から2011年の間に8回の会合を開催した。この会合の中で、条約の要求事項の中でイギリスが特に取り組むべき問題が特定された。この会合ではまた、政府の各政策責任部門と、イギリスの宣言及び留保条項についても議論した。障害者問題担当室はまた、条約上の問題について障害者の視点を取り入れるため、イングランドでNetwork of Networksのプロジェクトを活用した。

図表4-4 包括的な最初の報告作成プロセスの概略と関係主体のかかわり(図表4-4のテキスト版

包括的な最初の報告作成プロセスの概略と関係主体のかかわりを示すフローチャート

 これらの情報や検討結果を踏まえて、障害者問題担当室は包括的な最初の報告の草案を作成し、ウェブサイト等で公開して、パブリック・コメントを受け付けた。草案に対する意見は、独立した仕組みである平等人権委員会や、平等2025、障害者団体から寄せられた。ただし、それらの意見は包括的な最初の報告に直接採り入れられたわけではなく、障害者問題担当室はそれらの意見の論点を整理し、包括的な最初の報告の付録にまとめた。このため、障害者団体は包括的な最初の報告に自分たちの意見が反映されたとは考えていないようである22

(2)政府による障害者政策モニタリングの枠組み

 Fulfilling Potential: Making It Happenは、障害者権利条約の国内実施を強く意識した戦略となっている。Fulfilling Potential: Making It Happenの実施状況のモニタリングの枠組みは、障害者権利条約31条及び33条に対するイギリス政府のコミットメントを満たすものとして設計されている。

 Fulfilling Potential: Making It Happenでは、教育、雇用、収入、健康と福祉、包容的なコミュニティ、選択と自己決定の6分野について戦略目標(high level strategic outcomes)と、それらをモニタリングするための評価指標体系を提示している。具体的な評価指標体系は、Fulfilling Potential: Making It HappenAnnex Aに示されている。指標体系は、前述の6分野ごとに設定された「見出し指標」と、より個別具体的な「補助的指標」の2層構造となっている。補助的指標は、定量的なデータで示すことができるもので、これらのデータを基に、各分野の見出し指標の現状を評価する構成となっている。Annex Aに示された評価指標体系を参考資料4-6に示す。

 イギリス政府は、これらの指標を用いて、進展があった事柄、さらなる取組が求められる事柄やその方向性を特定するとともに、毎年報告書を公開して、戦略目標及び評価指標の達成度を明らかにするとしている。また、これらの枠組みは、障害者権利条約の実施において政府が国連に定期的に提出する報告書を作成するという、イギリス政府のコミットメントの充足に資するとしている23

 なお、障害者問題担当室は障害者権利条約批准以前の2006年に、「自立生活戦略(Independent Living Strategy)」という障害者戦略を策定した24。この戦略は、政府と専門家による横断的なレビューを行うことができる設計となっており、進捗状況のモニタリング指標が用意され25、実際にモニタリングも行われた26。モニタリングの結果については、統計資料として障害者問題担当室のウェブサイト上で公開されている27。また、一連の活動には障害者の参加についても定めがある28Fulfilling Potential: Making It Happenで提示された指標は、自立生活戦略のモニタリング指標と酷似しており、自立生活戦略のモニタリングの枠組みを受け継いだものであることがうかがえる。

(3)政府によるモニタリングと障害者権利委員会への報告との関係

 前項で述べたとおり、イギリス政府は、Fulfilling Potential: Making It Happenの実施状況のモニタリングが障害者権利条約で求められている報告の要件を満たすものと考えており、政府が毎年発行する報告書が、障害者権利委員会への報告の基盤になると予想される。

(4)国内モニタリングにおける各主体の関与

 Fulfilling Potential: Making It Happen行動計画によれば、実際のモニタリング業務はFulfilling Potential戦略グループ(Fulfilling Potential’ Strategy Group)によって進められる。そして、モニタリング業務は、社会正義内閣委員会(Social Justice Cabinet Committee)によって監督・評価される。また、イギリス政府はこの過程に障害者や障害者団体を携わることができるよう新たに調整を行うとしており、Fulfilling Potential Advisery Forumがこれに当たると考えられる。ただし、同組織は2014年から活動を開始するため、その全容は明らかになっていない。現地調査のインタビューによれば、障害者団体もこの組織に参加する予定である。

 国内モニタリングの報告書の発行については労働年金省が担当することが明らかになっており、実際の業務は障害者問題担当室が担当すると予想される。

 一方、独立した仕組み(平等人権委員会を含む4つの独立委員会)が、Fulfilling Potential: Making It Happenの実施状況のモニタリングにどのように関与するのかは明らかになっていない。障害者問題担当室は、独立した仕組みとの間で、障害者権利条約の事項について継続的に情報交換を行っている。これは公式、非公式の両方の形式で行われている29。また、各委員会は、それぞれ権限は異なるものの、人権問題に関する調査、アセスメント、政府への勧告等を独自に行っており、アセスメント結果はファクトシートとして公開されるほか、年次報告も発表されている。この中には障害者の権利に関する事柄も含まれており30、これらを通じて、独自の国内モニタリングを行っているということができる。

 なお、障害者問題担当室の認識では、障害者権利条約第33条2項にいう「条約の実施を促進し、保護し、及び監視するための枠組み」には、中央連絡先(障害者問題担当室)、副中央連絡先、調整のための仕組み(障害者問題担当室)、独立した仕組み(平等人権委員会を含む4つの独立委員会)が含まれる。裁判所や審判所は第33条にいう「枠組み」には含まれない。障害者問題担当室は、この枠組みに含まれるのは障害者権利条約のために新しく指定・設置された機関であり、伝統的な人権機関(裁判所、審判所)は対象とならないと解釈している31

(5)パラレル・レポートの作成状況

 前述したように、イギリスでは2010年の政権交代の後、市民社会の関係主体への政府からの資金援助が削減され、大きな影響が生じた。そのため、中核障害者団体として活動していたイギリス障害者評議会は機能を停止し、障害者権利条約の批准時に予定されていたパラレル・レポート作成のための障害者団体のプロジェクトも、現在は機能していない。

 2013年から、主要な障害者団体はパラレル・レポート作成のために新たなネットワークを結成し、調整を進めている。このネットワークには、固有の名称は付けられていない。ネットワークの参加団体は、現地調査の時点ではDisabled People Against Cuts(DPAC。会員45,000 人)、Equal Lives、British Deaf Association、Inclusion London、ALLFIEの5つである32

 関係者によれば、まずイングランドから1本のパラレル・レポートが提出される予定である。イギリス国内のほかの3つの地域(北アイルランド、スコットランド、ウェールズ)からも、それぞれパラレル・レポートを出すことになると思われる。現地調査時点では、イギリス全体でパラレル・レポートを1つにまとめることはできていない。障害者団体は、地域別の報告では障害者権利委員会に報告書の内容を効果的に伝えることができないと危惧している33


21 Common Core Document,paragraph 233.
22 現地調査報告Tara Flood氏インタビュー
23 Action Plan
24 http://odi.dwp.gov.uk/odi-projects/independent-living-strategy.php別ウィンドウで開きます
25 http://odi.dwp.gov.uk/disability-statistics-and-research/disability-equality-indicators.php別ウィンドウで開きます
26 http://odi.dwp.gov.uk/disability-statistics-and-research/monitoring-progress.php別ウィンドウで開きます
27 http://odi.dwp.gov.uk/disability-statistics-and-research/disability-equality-indicators.php別ウィンドウで開きます
28 http://odi.dwp.gov.uk/involving-disabled-people/index.php別ウィンドウで開きます
29 現地調査報告Stephen Thrower氏インタビュー
30 Assessment of the publication of equality objectives by English public authorities, p.14
31 現地調査報告Stephen Thrower氏インタビュー
32 現地調査報告Tara Flood氏インタビュー
33 現地調査報告Tara Flood氏インタビュー

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