4.イギリスにおける障害者権利条約の実施と国内モニタリング
4-2 障害者権利条約実施の関係主体
(1)関係主体の全体像
関係主体の全体像について、図表4-2及び図表4-3に示す。図表4-2はイギリスにおいて2010年の総選挙前に構築された体制である。一方、図表4-3は2010年の総選挙後に見直された体制である。
障害者権利条約の批准、実施、報告に関しては、労働年金省の下に設置された障害者問題担当室が中心的な役割を果たしている。障害者問題担当室が中心的な役割を果たすことで、障害者権利条約の早期批准が可能となった8。
総選挙を前後とした体制の変化は、特に市民社会とイギリス政府をつなぐ仕組みにおいて顕著であり、障害者問題担当室等の関係機関の予算が削減されたほか、市民社会に対する政府からの補助が大幅に削減されたとみられる9。この影響で、政権交代前に中核障害者団体として活動していたイギリス障害者評議会(UKDPC)は現在、活動を停止している。また、障害者問題担当室が設置した平等2025やNetwork of Networksも現在は存在していない。一方、市民社会の参加の場として、図表4-3にあるFulfilling Potential Advisory Forumが新たに設置された。Fulfilling Potential Advisory Forumは発足したばかりの機関であり、2014年春に最初のミーティングを持つ予定である10
図表4-2 2010年の総選挙前に構築された体制(図表4-2のテキスト版)
図表4-3 2010年の総選挙後に見直された体制(図表4-3のテキスト版)
(2)中央連絡先兼調整のための仕組み(障害者問題担当室)
障害者問題担当室は障害問題全般を扱う組織として2005年に設立された。障害者問題担当室の構成員は、計20名であり、その全員が公務員である。障害者問題担当室のスタッフの採用に当たっては、性別比や障害の有無は特に考慮されていない。障害者権利条約を担当する国際チーム(international team)が障害者問題担当室の中に存在し、計3名のメンバーからなる。
障害者問題担当室の予算は労働年金省の予算による。障害者問題担当室の活動のための年間予算は約300万ポンドだが、2014年度は50万ポンドに削減される予定である11。
障害者問題担当室は障害者権利条約批准以前から、障害者政策分野で重要な役割を果たしていた。また、障害者権利条約の批准プロセスにおいても重要な役割を果たした。これらの諸点に照らして、障害者権利条約の批准に当たり、第33条1項の効果的な実施の確保のために、障害者問題担当室が中央連絡先に指定された。また、障害者問題担当室は障害者権利条約第33条における調整作業の要求に対して中心的な働きをする組織であり、中央連絡先と調整のための仕組みを兼ねている。包括的な最初の報告の作成の際には、障害者問題担当室は各省庁との間で調整の役割を果たした。
なお、連合王国であるイギリスは、4つの地方(イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド)の独立性を考慮しており、各々の独立した政府には中心となる副中央連絡先(sub-focal points)が存在する。障害者問題担当室はこれらの副中央連絡先と協力して、条約上必要な事項に関する業務を行う。その中には、包括的な最初の報告の作成や、各政策分野において条約が定める諸権利の普及に責任を有する政府・地方政府の各部署への周知啓発、それらの政策担当部署の取組事項の審議等が含まれる。障害者問題担当室と副中央連絡先はまた、独立した仕組みや、市民社会(障害者及び障害者団体等)とも協働し、条約の周知、理解の共有、施策を実施する上での課題の特定を行ってきた12。
障害者問題担当室関係者への聞き取りによると、障害者問題担当室は障害者権利条約第33条の文言を精密かつ厳密に解釈することはしていない。すなわちイギリスでは、中央連絡先や調整機能(coordination)のような文言を厳密に解釈するのではなく、プラグマティックでホリスティックな立場をとっている。イギリスにとって重要なのは障害者権利条約の効果的な国内実施であり、そのために障害者問題担当室が実質的な力を持つことが重要であると考えられている。
ただし、キャメロン政権下での緊縮財政政策のため、障害者問題担当室の規模は現在縮小している。また、図表4-3に示したように、平等2025やNetwork of Networksといった障害者問題担当室が設置した仕組みは現在は機能しておらず、別の仕組みがこれに置き換わっている。現地調査のインタビューでは、障害者問題担当室は熱心に業務に取り組んでいるが、イギリス政府内での発言力が十分ではないとの指摘もあった13
(3)独立した仕組み(平等人権委員会ほか)
イギリスでは、国内の4つの独立委員会が、障害者権利条約第33条2項に要求されている独立した仕組みに指定されている。4つの委員会とは、平等人権委員会(EHRC)、北アイルランド人権委員会(NIHRC)、北アイルランド平等委員会、スコットランド人権委員会(SHRC)である。
包括的な最初の報告によればこれらの委員会は、条約の要求するところ全般においてイギリスのために取り組み、また、イングランド、ウェールズ、北アイルランド、そしてスコットランド各々に対して、国内法上の権限において取り組む。各委員会は障害者及び障害者団体向けに条約の周知に取り組み、これらの活動に対し政府も財政支援を行った14。
イギリスの人権委員会である、平等人権委員会、北アイルランド人権委員会、スコットランド人権委員会については、イギリス政府が国連に提出した共通基幹文書(common core document)に詳細な記述がある。
北アイルランド人権委員会は1999年に北アイルランド法(Northern Ireland Act 1998)によって定められた独立した機関として設立された。北アイルランド人権委員会は北アイルランドにおいて人権の重要性を喚起するための役割を担っている。そして、既に施行されている法律や実施されている政策についてレビューを行い、北アイルランドの人権保護においてどのような対策が必要か政府に助言を行う。また、北アイルランド人権委員会は独自調査を実施し、裁判手続を行う個人を支援し、裁判手続そのものを進めることができる。
平等人権委員会は2007年10月に設立された機関である。平等人権委員会の権限はイングランド、ウェールズ、そしてスコットランドにまで及ぶ。平等人権委員会はイギリスにおける既存の3つの平等委員会(人種における平等、性別における平等、障害者の平等)を兼ね、差別禁止法(discrimination law)における新しい要素である年齢、性的指向、宗教あるいは信条に対して責任を負う。平等人権委員会は平等法制の制定に関して権限を有しており、人権法の遵守を促進する任務を有している。
スコットランド人権委員会は2006年にScottish Commission for Human Rights Actによって定められ、2008年に設立された。スコットランド人権委員会はスコットランド法、政策やスコットランド政府の施策に対してレビューし変更を勧めることができるが、スコットランド議会の付託事項から外れるため、平等法案には適用されない。また情報を取得し、拘置所へ立ち入るための法的権限を有しており、人権問題での法的手続に介入することができる15。
このように、各地方の独立委員会は、その権限において差異があり、各地域において平等人権委員会がどの程度主導的立場を示すことができるかどうかについても、差異が生じると思われる。
(4)市民社会(障害者団体等)
イギリスでは、障害者権利条約の批准過程及び包括的な最初の報告の作成において、市民社会(障害者及び障害者団体等)が重要な役割を果たした。
条約の批准に向けた過程において、イギリスの主要な障害者団体等はThe UNConvention Campaign Coalitionというネットワークを通じて大きな影響力を及ぼした。このネットワークは、障害者権利条約の批准後に解散した。また、障害者権利条約の批准時に中核障害者団体として機能していたのはイギリス障害者評議会であった。イギリス障害者評議会はまた、包括的な最初の報告の作成過程でも重要な役割を果たした。イギリス政府は、条約の周知のために、イングランドでのイギリス障害者評議会の活動を支援するため資金を提供した。また、条約の理解を促進するための障害者団体の活動についても資金を提供した。
障害者問題担当室は、市民社会の参加の場として、幾つかの仕組みを構築した。Network of Networksは12の障害者団体を仮想ネットワークでつなぐプロジェクトで、政府と障害者の間のコミュニケーションを発展させるために創設した。また、障害者に影響のある問題について担当大臣や職員に戦略的・機密的な助言を行う障害者のグループである平等2025を設置した。平等2025は政府の政策策定の最初期段階又は既存の政策における問題の精査に参加した16。
しかし、今回実施した現地調査の結果、特に市民社会に関して、包括的な最初の報告に記載された体制から現状が大きく様変わりしている状況が判明した。
現在、イギリスには中核障害者団体に当たる組織は存在しない。かつてはイギリス障害者評議会や、イギリス障害者評議会が立ち上げたプロジェクトであるDisability Rights Watchが存在したが、キャメロン政権下での予算削減により障害者団体に対する資金援助が大幅にカットされ、中核障害者団体としてのイギリス障害者評議会は現在、機能を停止している。また、かつて障害者団体の参加の場として障害者問題担当室が組織した平等2025やNetwork ofNetworksも廃止されたため、現地調査実施時点では、障害者団体はイギリス政府による国内モニタリングへの参加の場を失っている。
新たに組織され、2014年春に活動を開始する予定のFulfilling Potential Advisory Forumが、今後は障害者権利条約実施のための推進力になることを期待されており17、障害者団体も参加する予定である。また、中核障害者団体の位置付けではないものの、国内の約200の障害者団体からなるDisability Action Allianceというネットワークがあり、障害者問題担当室がこのネットワークの事務局支援を行っている18。また、大手6団体(Disability Rights UK、RINB、Scoup、Lenard Cheshire Disability、Mencap、Action for Hearing Ross、Mind)が結成したDisability Charities Consortiumというコンソーシアムがある19。
(5)その他
イギリスにおける人権保護と促進に関する進捗状況の監視を補助するために、イギリス議会は合同人権委員会(Joint Committee on Human Rights)という特別委員会を設けている。合同人権委員会は下院と上院から選任された12人の委員で構成され、各所に人権問題に関する照会を行い、その結果を議会に報告・提言する。また、合同人権委員会は人権問題の観点からすべての政府法案を精査し、欧州裁判所やイギリスの裁判所が認定した人権問題について政府が適切に対処しているかを調査する。この作業の一環として、障害者権利条約上の権利と齟齬があるとの裁判所の判断を受けて、法令を改正する是正命令を政府がどのように出したかを調査する20。
8 現地調査報告Stephen Thrower氏インタビュー
9 現地調査報告各インタビュー
10 現地調査報告各インタビュー
11 現地調査報告Stephen Thrower氏インタビュー
12 Initial Report, paragraph 349.(参考資料4-1)
13 現地調査報告Tara Flood氏インタビュー
14 Initial report, paragraph 350.(参考資料4-1)
15 Common core document, paragraph 187 - 190.(参考資料4-2)
16 Initial report, paragraph 353.(参考資料4-1)
17 現地調査報告Tara Flood氏インタビュー
18 現地調査報告Stephen Thrower氏インタビュー
19 現地調査報告Philip Connolly氏インタビュー
20 Common Core Document, paragraph 186.(参考資料4-2)