5.ドイツにおける障害者権利条約の実施と国内モニタリング
5-2 障害者権利条約実施の関係主体
(1)関係主体の全体像
障害者権利条約第33条1項に関しては、連邦労働社会省(Bundesministerium fur Arbeit und Soziales)が中央連絡先に指定されている。ドイツは連邦制をとっており、各州にも、それぞれの副中央連絡先が設けられている。
一方、調整のための仕組みには、障害者に関する連邦政府弁務官(Die Beauftragte der Bundesregierung fur die Belange behinderter Menschen)が指定されている。障害者に関する連邦政府弁務官の下には、「包容諮問評議会(Inklusionsbeirat)」が設置され、更に包容諮問評議会は、様々な問題領域で報告を行う4つの専門家委員会の支援を受ける44。諮問評議会と各専門家委員会は緊密に協力し、様々な分野での条約の実施を支援する。
障害者権利条約33条2項の独立した仕組みについては、連邦内閣は、ドイツ人権機関(Deutsches Institut fur Menschenrechte)に、33条2項の監視の任務を委託している。ドイツ人権機関は、そのための専門部署として障害者権利条約国内監視機関(Monitoring-Stelle zur UN-Behindertenrechitskonvention、以下「国内監視機関」と表記する。)を設置している。
市民社会については、中核障害者団体としてドイツ障害会議(German Disability Council)とBRK連盟(BRK-Allianz)が挙げられる。前者は、後述の国内行動計画の策定において重要な提言を行い、後者は、パラレル・レポートを作成するために結成された団体である。
図表5-3に関係主体の全体像を整理する。
(2)中央連絡先(連邦労働社会省)
ドイツでは、連邦労働社会省(Bundesministerium fur Arbeit und Soziales)が中央連絡先に指定されている。
連邦労働社会省は、雇用・労働政策、年金・社会保障政策、社会政策等の幅広い政策領域を所管する連邦政府の官庁であり、担当する政策の中には障害者政策も含まれる。
連邦労働社会省のウェブサイトでは、自らの任務として、「労働社会」、「社会政策と経済」、「年金」、「社会的包容」、「労働市場」の5つのテーマを挙げている。このうち、「社会的包容」については、次のように説明している。
「障害者及び援助を必要とする人のための我々の政策は、幅広い社会的コンセンサスによって支えられている。我々は、参加機会及び実現機会を周知し、障壁及び冷遇を崩壊させ、社会的除外を軽減させた。多くの社会的包容のための過程を我々は一貫して続けている45。」
連邦労働社会省の組織図を参考資料5-6に示す。この組織図によれば、障害者政策を所管するのは第5局(Abteilung V)である。その中のユニットVa5(Referat Va5)が中央連絡先であり、障害者権利条約の実施、国内行動計画等を担当している。
図表5-3 ドイツにおける障害者権利条約実施の関係主体(図表5-3のテキスト版)
(3)調整のための仕組み(障害者に関する連邦政府弁務官)
障害者に関する連邦政府弁務官が調整のための仕組みに指定されている。2014年3月現在の障害者に関する連邦政府弁務官は、ヴァレナ・ベンテラ(Varena Bentele)氏である。ベンテラ氏自身が障害者であり、パラリンピックの金メダリストとしてドイツ国内での知名度が高い人物である46
障害者に関する連邦政府弁務官は、所管業務について、各省庁を調整する権限を持っている。また、対外的な調整を行うことも障害者に関する連邦政府弁務官の役割である。
障害者に関する連邦政府弁務官の下には、「包容諮問評議会(Inklusionsbeirat)」が設置されている。包容諮問評議会の議長は、障害者に関する連邦政府弁務官が担当する。評議会は障害者を中心とするメンバーで構成され、中央連絡先の代表、州の障害者委員会会議の代表が参加する。また、オブザーバーとして、独立した仕組みの代表も参加する47。
2014年3月に実施した現地調査によれば、包容諮問評議会メンバー13名のうち、2014年3月時点では10名が障害者団体等の代表者となっている48。
包容諮問評議会は、様々な問題領域について報告を行う4つの専門家委員会49の支援を受ける。これらの専門家委員会は、産業界、労働組合、教会、慈善団体等の団体の代表者で構成されている50。各専門家委員会の担当分野を図表5-4に示す。
第1委員会 | 健康、介護、予防及びリハビリテーション |
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第2委員会 | 自由権及び保護権、助成、パートナーシップ、家族、生命倫理 |
第3委員会 | 労働及び教育 |
第4委員会 | 移動、建築、住居、余暇、社会参加、情報及びコミュニケーション |
各専門家委員会は20名の委員で構成される51。包容諮問評議会と各専門家委員会は緊密に協力し、様々な分野での条約の実施を支援する。
このように、調整のための仕組みである障害者に関する連邦政府弁務官が外部関係者・専門家の参加の場として大きな役割と機能を担っていることが、ドイツの障害者権利条約実施体制の特徴といえる。
(4)独立した仕組み(ドイツ人権機関)
ドイツ人権機関が、障害者権利条約第33条2項の独立した仕組みに指定されている。
ドイツでは、1997年から国内人権機関の設立が検討されたが、主要政党間の意見はなかなか一致しなかった。2000年12月の連立協定で「連邦政府はドイツ国内の人権のための独立した機関を設立することを促進する」ということが決められ、連邦議会の全会一致の決議52に基づいて、2001年にドイツ人権機関が設立された。組織形態としては登録非営利法人であり、現在、約40名の職員が勤務している。
連邦議会はドイツ人権機関設立の決議に当たり、その根拠をパリ原則に求めた53。このためドイツ人権機関には、今のところ設置根拠となる国内法が存在しない。ドイツ人権機関は現在、設置法の実現を政府に働きかけている54。
ドイツ人権機関は、差別等、人権にかかわる問題について、独自に情報を収集し、その結果を政府に伝え、政策的な助言を行うことができる。また、裁判所に対し、法廷助言者(amicus curiae)として意見書を提出することができる。しかし、差別等に関する苦情申立てを受け付ける機能や、救済する権限は持っていない。ドイツ人権機関とは別に、EU指令2000/78に基づいて設置された差別禁止機関(連邦反差別局)があり、この機関は個人からの苦情申立てを受け付けることができる55。
ドイツ人権機関は、独立した仕組みの役割を果たす専門部署として、国内監視機関を設けている。現地調査のインタビューによると、国内監視機関の専従職員は6名で、ヴァレンティン・アイヘラ(Valentin Aichele)氏がディレクター(部局長)を務めている。ほかにプロジェクトベースの非常勤職員が3名いる。障害者の職員はいないが、障害者を雇用する可能性を探っている56。ドイツ人権機関のウェブサイトによれば、国内監視機関には、部局長、部局長秘書及び4名の学術共同研究員が所属し、そのほかに、実習生及び司法修習生が監視に関与している57。
なお、包括的な最初の報告では、 障害者権利条約第33条2項の独立した仕組みに関して、以下のように記述されている。
「連邦政府は、ドイツ人権機関(ベルリンに本部がある)に監視及び実施の役割の実施の仕事を委託した。この機関は、パリ原則に従って活動する。政治及び民間団体の指示からの自由、並びにメンバーの多元的な構成によって、必要な独立性が保障される58」。
現地調査のインタビューからは、ドイツ人権機関が政府からの独立性を重視し、厳格に独立性を維持することに努めている様子がうかがえる。独立した仕組みとしての活動もこの原則を踏まえて行われており、そのため、国内行動計画の策定や包括的な最初の報告の策定等、政府による障害者権利条約の実施や国内モニタリングへの関与は限定的なものになっている。
(5)市民社会(障害者団体等)
1) ドイツ障害会議
ドイツの中核障害者団体として、ドイツ障害会議(Deutscher Behindertenrat)が組織されている。ドイツ障害会議は、1999年に活動を開始した障害者団体の連合体で、現在、約120団体で構成されている。
ドイツ障害会議は、障害者団体が横につながったネットワークで、事務局は構成団体が持ち回りで担当している。関係者のインタビューによると、このような形態をとっている理由の1つは、障害者団体の主張が多様であり、それらを単純に一本化することは望ましくないと考えているためである。しかし、その一方で、ドイツ障害会議は、障害者の意見をまとめて連邦政府、連邦議会に届ける役割を担っている59。
ドイツ障害会議は、障害者権利条約の実施にかかわっており、包容諮問評議会の構成員を4名送っている。また、ドイツ人権機関とも非公式な会合を持っている。
2) BRK連盟
ドイツ障害会議とは別に、パラレル・レポートの作成を目的として、2011年にBRK連盟が結成された。このアライアンスは78団体で構成され、ドイツ障害会議も構成団体の1つになっている。
BRK連盟は、連邦政府等からの公的な資金援助を受けておらず、構成団体の支出金と、民間宝くじ(AKtion mansch)の収益金によって、約5,000ユーロの活動資金を賄っている60。
(6)障害者権利条約の関係主体の国内行動計画における役割
前述のとおり、国内行動計画は障害者権利条約の批准を背景として策定された。そのため、国内行動計画の枠組みは障害者権利条約と密接にかかわっており、国内行動計画の中では、障害者権利条約が定める関係主体が国内行動計画の実施において果たすべき役割が、以下のように具体的に示されている。
1) 中央連絡先としての連邦労働社会省の役割61
国内行動計画に挙げられた個別の施策・措置の実施は、それぞれに権限がある連邦の省が第1の責任を負う。一方、連邦労働社会省は、国家の中央連絡先として、情報提供、国内行動計画の評価及び更新、障害者報告の新構想及び国内行動計画に関する会議の事務局のような、部局横断的な措置の実施について責任を負う。
更に、国家及び市民社会の関係者の団結及び州、地方自治体、市民社会に対する国内行動計画の周知広報も、中心的任務に属する。
国内行動計画及びその他の障害者権利条約の実施のための措置の進捗については、連邦労働社会省がとりまとめて、ウェブサイト(www.einfach-teilhaben.de)で報告する。
2) 調整のための仕組みとしての障害者に関する連邦政府弁務官の役割62
障害者に関する連邦政府弁務官は、国家の調整ための仕組みとして、基本的に次の3つの任務を担当する。
- NGO、特に障害者及び国内行動計画の多様な行動分野における重要関係者を国内行動計画の実施プロセスに参加させること。
- 市民社会と国家レベルの接点となること。
- 広報活動、意識形成、機関や組織内部の関係者・州や地方自治体等地方レベルでの関係者といった多様なレベルへの情報伝達を行うこと。
3) 独立した仕組みとしてのドイツ人権機関国内監視機関の役割63
独立した仕組みである国内監視機関は、連邦政府の中央連絡先である連邦労働社会省と定期的な会合を持ち、国内行動計画の進捗等について意見交換を行う。更に、国内監視機関は、調整のため仕組みが設置する包容諮問評議会の会議に、オブザーバーとしての地位で協力する。必要であれば、専門家委員会においても協働することができる。
ただし、これらの関係主体の中で、ドイツ人権機関は政府をはじめとする他組織からの独立性を重視しており、外部との関係は限定的なものである。例えば、連邦労働社会省が設置している、国内行動計画に関する包容委員会(Inclusion Committee on National Action Plan)にはドイツ人権機関は参加していない64。障害者に関する連邦政府弁務官が設置している包容諮問評議会(Inclusion Advisory Board)も、オブザーバーとしての参加にとどめている。これらの対応は、独立性を重視するドイツ人権機関の考え方を反映したものである。
44 Initial report, paragraph285
45 連邦労働社会省ウェブサイト
http://www.bmas.de/DE/Ministerium/Willkommen-im-BMAS/aufgaben-des-ministeriums.html
46 障害者に関する連邦弁務官ウェブサイト
https://www.behindertenbeauftragter.de/DE/Home/home_node.html
47 initial report、paragraph285、286.
48 現地調査報告 Katharina M. Kramer氏インタビュー
49 障害者に関する連邦政府弁務官ウェブサイトの最新情報によると、専門家委員会は次の3つに再編された。専門家委員会1:バリアフリー、同2:コミュニケーションとメディア、同3:自由権及び保護の権利
50 initial report、paragraph287
51 現地調査報告 Katharina M. Kramer氏インタビュー
52 BT-Drucks(連邦議会報告書). 14/4801, S. 1ff.
53 ドイツ人権機関ウェブサイト
54 現地調査報告 Leander Palleit氏インタビュー
55 現地調査報告 Leander Palleit氏インタビュー
56 現地調査報告 Leander Palleit氏インタビュー
57 ドイツ人権機関ウェブサイト
http://www.institut-fuer-menschenrechte.de/monitoring-stelle/ueber-uns/mitarbeitende.html
58 initial report、paragraph290
59 現地調査報告 Ragnar Hoenig氏、Claudia Tietz氏インタビュー
60 現地調査報告 Ragnar Hoenig氏、Claudia Tietz氏インタビュー
61 NAP、5.2.1(参考資料5-4)
62 NAP、5.2.2(参考資料5-4)
63 NAP、5.2.2(参考資料5-4)
64 現地調査報告 Leander Palleit氏インタビュー