5.ドイツにおける障害者権利条約の実施と国内モニタリング
5-1 障害者権利条約の実施と障害者政策に関する概況
(1)障害者権利条約の批准、実施、報告に関する概況
ドイツは、2007年3月に障害者権利条約に署名し、2009年2月24日に条約を批准した。
障害者権利委員会への包括的な最初の報告は、2011年9月に提出された。この報告に対し、障害者権利委員会では、2014年4月に事前質問事項が採択されることになっている。
(2)障害者政策の枠組み(法律、基本計画、障害者の定義等)
1) ドイツの障害者法制の概要
i)社会法典第9編
ドイツの障害者法制の中核となっているのが社会法典第9編である。これは、重度障害者法とリハビリテーション調整法を統合し、2001年に法典化したものである。
社会法典第9編は、障害者が社会生活に同等に参加するための、社会法的な請求権について定めたものである。具体的には、障害者に対する様々な給付のほか、重度障害者に対する雇用主の各種義務、事業所等における重度障害者代表、組合協定等について定めている35
社会法典第9編の中で、障害者の定義や、障害者に対する差別禁止が定められているが、差別禁止については、次に述べる一般平等取扱法の成立により、個別には一般平等取扱法の規定が適用されることとなった36
ii)一般平等取扱法
人種と出自による差異のない平等取扱い原則の適用に関するEC指令2000/78を受けて整備された差別禁止法で、2006年7月7日連邦参議院を通過し同年8月18日に施行された。
同法の目的については、第1条で「この法律の目的は、人種、民族に特有な出自、性、宗教、又は、世界観、障害、年齢、性的なアイデンティティを理由とする不利益取扱いは、回避され、又は、除去されなければならない」と述べている37。
同法の適用範囲については、第2条で、就業・雇用の機会、就業・労働条件、職業相談・職業教育、職業団体への加入・活動参加、社会保障・社会的保護、社会的恩典、教育、住居等を挙げている38。
iii)障害者平等法
障害者平等法は、2002年4月30日に公布され、同年5月1日から2003年1月1日にかけて施行された。前述の社会法典第9編が、障害者の雇用や就業を中心に差別の禁止を定めているのに対し、障害者平等法は生活領域全般において障害者に同等の参加を保障することを目的としており、バリアフリーな生活領域の創出が同法の中核概念となっている。
障害者平等法の第2章以下は、連邦選挙法、欧州選挙令、連邦医師法、飲食店法、連邦長距離道路法等、58の法令の改正法になっている。これらの法令改正により、連邦行政の全公的領域において、基本法に定める障害者に対する不利益な取扱いの禁止が実現することになった39。
このほか、障害者政策に関連する主要な法律として、以下を挙げることができる。
- ドイツ基本法(第3条3項):性別、血統、人種、言語、出身、信仰、政治的見解等による差別の禁止を定めている。1994年の改正によって、「何人も、その障害によって不利益な待遇を受けることは許されない」との文言が追加された。
- 社会法典第1編(第33 条c):「社会的権利の請求の際に、人種、民族的出身又は障害によって不利益な待遇を受けることを禁止する。」と定めている。
2) 連邦政府国内行動計画(Der Nationaler Aktionsplan der Bundesregierung:NAP)
ドイツでは、障害者権利条約の批准に当たり、障害者団体及び連邦参議院から連邦内閣に対して、同条約の国内法化のための総合戦略として連邦政府国内行動計画(以下、「国内行動計画」と表記する。)を策定することが要求されていた。
その後、この要求が連立政権で採り上げられ、数次の準備的議論と、市民も参加可能な会議を開催した上で、国内行動計画の草案が作成された。この草案を踏まえ、障害者団体や州政府等との協議を経て、国内行動計画が、2011年6月15日に、連邦内閣によって決定された。これらのプロセスにおいては、連邦労働社会省が、中央連絡先として、責任を引き受けた40。
国内行動計画では、障害者政策にかかわる統計の方針、施策分野、実施主体、計画の更新及び評価、個別の措置及び計画が記載されている。障害者施策に関しては、図表5-1に示す12の施策分野について基本方針が説明され、これを具体化するものとして、個別の措置及び計画のリストが記載されている。
参考資料5-2及び5-5に、国内行動計画の目次構成、分野別の措置リストを示す。
図表5-1 国内行動計画における12の施策分野
- 労働と雇用
- 教育
- 予防、リハビリテーション、健康及び看護
- 子供、青少年、家族及びパートナーシップ
- 女性
- 高齢者
- 建築と住居
- 移動
- 文化と自由
- 社会的及び政治的な参加
- 人権
- 国際的な協力
なお、図表5-2に示すように、各州においても行動計画の策定が進んでいる。2013年9月時点では、11州が行動計画を策定済みであり、4州が準備中となっている。行動計画が予定されていないのは、ザクセン州のみである41。
施行済 | 連邦,バイエルン,ベルリン,ブランデンブルク,ハンブルク,ヘッセン,メックレンブルク-フォルポンメルン,ノルトライン-ヴェストファレン,ラインラント-プファルツ,ザールラント,ザクセン-アンハルト,チューリンゲン |
---|---|
準備中 | バーデン-ヴュルテンベルク,ブレーメン,ニーダーザクセン,シュレスヴィヒ-ホルシュタイン |
計画なし | ザクセン |
出典:ドイツ人権機関ウェブサイトの情報より作成
3) 障害者の定義
ドイツにおける公的な障害者の定義は、社会法典第9編第2条にある。それによれば、次のような場合を障害者と規定している。
「ある人の身体的機能、知的能力又は精神的健康が、かなりの蓋然性で6 か月より長く、その年齢に典型的な状態とは異なる場合で、そのため、社会生活への参加が侵害されている場合」。
また、「少なくとも障害の程度が50 に達し、その者がその住居、慣習上の滞在(Aufenthalt)、又は73 条の意味におけるそのポストでの雇用を、適法にこの法律の効力範囲に有する場合」には、重度障害者とされる。更に、「障害程度が30以上50 未満の障害者で、2 項のその他の要件を満たしている者であり、その障害者が、障害の結果、同等に置かれず、第73 条の意味における適切なポストを得られず、又は維持できない場合」は、重度障害者と同等の者とされる42。
この定義の特徴は、障害者をその機能障害のみで定義するのではなく、「社会生活への参加が侵害されている」といった、活動面での問題によって定義している点である。こうした考え方は、ドイツの障害者施策全体の基礎となっており、連邦政府が発行した「2013年障害者の生活状況に関する連邦政府参加報告」(以下、「連邦政府障害者報告」と表記する。)の前書きでも、次のように述べられている。
「連邦政府は、この参加報告の中で、機能障害と活動障害とを区別している。身体機能あるいは身体構造の特殊性に基づいて制限が存在する場合、例えば、見ること、聞くことあるいは歩くことにある場合、これは機能障害と呼ばれる。この機能障害と関連して、不利な環境要因によって参加及び活動が永続的に制限される場合に初めて、活動障害が生じたとされる。
この報告の中で、機能障害のある人あるいは活動障害のある人が論じられる場合、機能障害は常に、人の多様性の一部であるという観点でのみ、論じられる。差異があることは全く普通のことである。これに対し、活動障害は、不利な取扱いによって生じる。この報告は、そうした背景を踏まえて、機能障害のみを詳細に論じることは意識的に避けている。むしろ、機能障害があり、その環境によって活動障害を被っている人の生活状況が調査されている43。」
35 山本真生子,p.74
36 高橋賢司,p.2
37 同上
38 齋藤純子,p.97
39 山本真生子,p.76
40 NAP, S. 109ff.
41 ドイツ人権機関ウェブサイト
https://www.institut-fuer-menschenrechte.de/startseite/
42 高橋賢司、p.2
43 2013年連邦政府障害者報告(参考資料5-7)