3-5 合理的配慮提供における合意形成プロセス

 平等法が定める合理的調整義務は、サービス提供に関しては「予測型合理的調整」が中心であり、障害者個人からの要求に基づく「対応型合理的調整」は補助的な位置づけとなっている。しかし、公的サービスの提供に当たっては、訴訟回避の観点からも、多くの地方自治体が何らかの形で対応型合理的調整を提供したり、苦情処理プロセスを整備していると考えられる。ただし、そのプロセスは法定のものではないため、団体によって異なっている。ここでは、現地調査によって苦情処理プロセスの情報が得られたロンドンのハックニー特別区のプロセスを中心に紹介する。

1)ハックニー特別区の苦情処理プロセス

 本調査において現地ヒアリング調査の対象となったロンドンのハックニー特別区では、市民が公的サービスの対応に納得できない時の公的制度である公的苦情申立て手続において、苦情処理手続要綱(cooperate compliant procedure)が定められている。
 苦情処理のプロセスは複数の措置で構成されている。まず、各サービスの担当窓口が、その場で苦情内容に対し取り得る対応を検討し、解決を試みる。そこで提示あるいは実施された対応に申立人が納得しない場合は、第2段階として苦情処理担当部署による調査が行われ、正式に苦情として受け付けられる。この時、まず第1措置として、現場で行った対応についての説明が文書で申立人に通知される。その内容に本人が納得しない場合は、第2措置としてマネージャーによるヒアリングが実施され、苦情処理担当部署を中心に組織内で対応策が検討される。この措置でも調整が上手くいかない場合は、地方政府オンブズマンによる調整に移行する120。こうした苦情処理プロセスの大枠は、ダービー市をはじめどの地方自治体でも同様である。

 苦情処理プロセスにおいては、障害者による合理的配慮の要求に対して、サービス提供部署での解決が図れない場合は苦情処理担当部署が対応する。苦情処理プロセスでは、平等・多様性担当部署は苦情を受けたサービス提供部署や苦情処理担当部署とは直接の接点を持たないため、苦情処理担当部署と平等・多様性担当部署との連携、情報共有が適切になされることが重要になる。
 ハックニー特別区の場合、実際にはこれらの部署間の連携は十分ではないため、組織内の連絡組織を「平等苦情対応グループ」という新しい組織に改編する計画である121。この新しい組織は、苦情処理担当部署、平等・多様性担当部署だけでなく、各種サービスの提供部署のスタッフもメンバーに加え、平等の取組について各部署に直接影響を与えられる組織とする計画である。
ダービー市の場合は、障害に関する苦情があれば、苦情処理担当部署から平等担当官に照会されるようになっている。ただし、それは情報の共有ということであり、平等担当官が連携して苦情処理に当たるということはない122

図表3-12 ハックニー特別区における苦情処理プロセス(図表3-12のテキスト版

ハックニー特別区における苦情処理プロセスの図

2)アドバイス・サービスの利用

 このように、公的サービスに関しては苦情受付・処理の手順を定めている自治体が多いものの、苦情を申し立てる窓口が分かりにくい、あるいは苦情を受け付ける職員が合理的配慮や苦情処理プロセスについてよく知らないといったケースもあり、必ずしも苦情申立てがスムーズに受け付けられるわけではない。そのような時に苦情申立てを行う障害者の支援を行うのが、各地域で活動するアドバイス・サービス組織である。
 アドバイス・サービス組織は、電話又は面談で障害者からの相談を受け付け、どのような行動が効果的か助言を行う。地方自治体のどこに苦情を申し立てれば良いか、どのような内容を伝えれば良いかなどのノウハウを相談者に伝えることに加え、苦情申立てのための書類のひな型を相談者に提供するなどして、相談者の苦情申立ての行動を支援する。

3)民間サービスの場合

 地方自治体が提供する公的サービスについては、地方自治体などには上記のような公的苦情処理プロセスが存在するが、飲食店などの民間サービスにはこのような公的苦情を受け付ける機関は存在しない。民間サービスで障害者が合理的配慮を受けられなかった場合は、平等人権委員会が提供する平等苦情処理手続(ヘルプライン)を利用したり、市民アドバイス局に相談して当該サービス提供者に直接苦情を申し立てたり、新聞に投書したり、地域選出の議員に手紙を書いて訴えたりなどの方法をとることになる123。なお、平等人権委員会は、個人の苦情申立てを直接支援する権限を持っているが、実際に支援するのは非常に重要なケースに限られるため、実質的な支援は期待できない。この点については本調査の各訪問先でも、今後の法改正の課題として認識しているところが多かった。

4)合意形成に失敗した場合

 ここまで述べたような苦情処理プロセスによっても、利用者とサービス提供者が合理的配慮について合意に至らなかった場合は、平等人権委員会のヘルプラインを利用する。ただし、2012年までは平等人権委員会のヘルプラインと連携した障害調停サービスがあったが、現在このサービスは廃止されているため、ヘルプラインを利用しても実質的な支援を得られることはほとんどない。そのような場合は平等法では裁判による解決を想定している。施行規則第7.41節には、次のような記述がある。
 「サービス提供者が、第11章や第12章で表記されたような状況で、合理的調整を行う義務を遵守しない場合、彼らは違法な差別行為を犯すことになる。障害者は、これに基づき訴えを起こすことができる。」

5)障害調停サービス

 前項で述べたように、2012年3月までは、平等人権委員会のヘルプラインと連携した障害調停サービスが提供されていた。この調停サービスは、現在は廃止されているが、我が国の合理的配慮提供に際しての合意形成プロセスを検討する上で参考になると思われるので、その概要を示す。
 障害調停サービスは、平等人権委員会に統合される前の旧障害者権利委員会(以下、「障害者権利委員会」と記述する。)が提供していた公的調停サービスで、2001年3月に開始された。運営主体は障害者権利委員会から委託を受けたMediation UKというNPOであり、障害者権利委員会が平等人権委員会に改組された後は平等人権委員会からの委託契約により運営を行っていた。
 障害調停サービスは、障害者権利委員会から附託されたケースだけを取り扱うサービスで、障害者が直接利用することはできない。障害者はまず障害者権利委員会のヘルプラインを利用して障害者権利委員会に相談を行い、調停が必要と障害者権利委員会が判断したケースが障害調停サービスの対象となった。

 障害調停サービスの手順は次のとおりである。
①障害者権利委員会から障害調停サービスに事案が送られる。
②苦情申立者(障害者)と対応者(サービス提供者)の双方が、調停の会合を持つことに同意する。
③障害者権利委員会が、会合の事前準備を行い、双方の準備事項を案内する。
④障害者権利委員会の立会により調停のための会合を行う。会合は原則として1回のみだが、両者が同意した場合は1回に限り延長できる。

 障害調停サービスは裁判外紛争解決手続(Alternative Dispute Resolution、ADR)の1つであり、法的な強制力は持たない。調停に参加する障害者とサービス提供者のみが、何が不正行為で、どのようにそれを正すことができるかを決定できる。障害調停サービスによっても合意が得られない場合、障害者側が希望すれば訴訟を起こすことができ、障害者権利委員会は障害者個人向けの訴訟ガイドラインも用意していた。
障害調停サービスは、2001年から2012年まで12年間提供され、同サービスのウェブサイト情報によれば最初の3年間に330ケースを取り扱い、そのうち79%が解決した。また、参加したサービス提供者の内訳は、ホテル・レストランが最も多く55件、教育・訓練が49件、小売業が41件などであった。一方、参加した障害者の内訳は、身体障害者53%、視覚障害者26%、聴覚障害者10%、精神障害者5%、知的障害者4%などであった。また、障害調停サービスにおいて障害者が求めた対応は、方針の変更76%、賠償60%、処遇への謝罪50%、問題の事態が生じた理由の説明28%、再発防止策24%などであった124

 このように、合理的配慮の提供に一定の成果を上げた障害調停サービスだが、平等人権委員会からの委託契約の満期終了により、2012年3月31日に廃止された。なお、現在でも同サービスのウェブサイトは公開されており、同サービスに関する様々な情報が掲載されている。

図表3-13 障害調停サービスのウェブサイト
障害調停サービスウェブサイト トップページの画面

(http://www.dcs-gb.net/index.php)


120 同区ウェブページによる。
121 2015年2月15日インタビューによる。
122 2015年2月16日インタビューによる。
123 2016年2月16日ダービー市インタビューによる。
124 Disability Conciliation Serviceサイト

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