1 国外調査 1.12.2
1.12 デンマークにおける合理的配慮・環境整備と障害者権利委員会審査状況
1.12.2 デンマークの包括的な最初の報告の国連審査状況
(1)審査プロセスの現状
1)障害者権利条約の批准
デンマークは、2009年8月24日に障害者権利条約を批准した。その後、2014年9月23日に選択議定書を批准した。
2)障害者権利条約に基づく報告
デンマーク政府の包括的な最初の報告の作成にあたっては、社会省が調整を行った。報告の執筆に先立ち、条約実施の監視の役割を担うデンマーク人権機構(DIHR)と複数の障害者団体を含む関係者間の話し合いの場が持たれた。この会合の後に包括的な最初のレポートが完成し、2011年8月24日に包括的な最初の報告を障害者権利委員会に提出した。
障害者権利委員会では、2014年4月に開催された第1回事前作業部会で検討された事前質問事項が2014年5月11日に提示され、これに対する政府回答は、2014年6月30日に提出された。この内容を踏まえて、2014年9月に開催された第12会期においてデンマークの包括的な最初の報告の検討が行われ、2014年10月29日に障害者権利委員会による最終見解が提示された。その後、2019年3月に行われた第21会期において、第2・第3連結定期報告に先立つ事前質問事項(LOIPR)の検討が行われた。
3)市民社会及び人権局からの情報
第21会期のLOIPR検討に向けて、2019年2月、市民社会及びデンマーク人権機構よりパラレルレポート(LOIPRの提案)が提出されている。前者はデンマーク障害者団体連合会(デンマーク障害者団体連合会の34の障害者団体の連合体)が市民社会の連携で作成したもので、デンマーク障害者団体連合会の会員団体と一部その他関連団体からの意見提供に基づく報告書となっている。後者のデンマーク人権機構は、国内人権機関であり、2011年からは条約実施のための独立した仕組みとなっている。
(2)主な論点
第1~4条 一般的義務
第1-4条に関して、包括的な最初の報告では以下が述べられた。
- デンマークにおける障害の概念は、国連の障害者の機会均等化に関する標準規則(the United Nations Standard Rules on equal opportunities and treatment of people with disabilities28)に従い、障害者の参加を妨げる障害物に注目している。
- 障害者権利条約の批准によって、社会的な配慮による障壁の解消が進んだ。
- 障害分野における新たな行動計画の作成を準備している。
これに対し、障害者権利委員会の最終見解ではa ) 2013年の国家障害行動計画の内容が曖昧すぎる問題に対し、条約が規定するすべての権利と主要部分を同計画に確実に含め、政府の障害福祉政策の進捗状況評価のために具体的な目的・測定可能な目標・適切な予算・指標を確立すること b) 自治領であるフェロー諸島とグリーンランドでの行動計画が不在である問題に対し、両地域で障害行動計画を採択し、特にグリーンランドでは障害者団体の効果的な参加をグリーンランド政府が支援すること、c)デンマーク、グリーンランド、フェロー諸島の法律に条約を確実に組み込み、効力を持たせること、 d) 裁判所と行政機関での条約適用に関する情報不足の問題に対し、条約が裁判所と行政機関で直接適用されるよう国が措置を講じ、デンマーク王国全土の中央・地方行政で条約の積極的な活用・実施のための研修プログラムを実施することが勧告された。
LOIPR検討に向けたパラレルレポートでは、a) 国家障害行動計画の見直しを求めた勧告が実施されないまま行動計画の期間が終了し、後継の行動計画も策定されていないこと、 c)条約がデンマーク国内法に組み入れられておらず、国・地方政府に、条約及びそれを実施する政府の義務に関する知識が不足していることが報告された。また、障害者に影響を及ぼす法政策の策定と実施に、障害者団体の体系的・積極的な関与が見られないことが報告された。
第5条 平等及び無差別
第5条に関しては、包括的な最初の報告で以下が述べられた。
- デンマークの法令の基本的原則は、法の下でのすべての人の平等を規定しており、障害者もこれに含まれる。また、法令の中で障害者に対する様々な優遇措置がある。
- 平等待遇委員会を設置し、労働市場での差別の苦情申立て等に対応している。
これに対し、最終見解ではa) 包括的な差別禁止法がなく、障害者の権利が侵害された場合の法的救済策も不足している問題に対し、障害に基づく差別からの保護を労働市場の範囲を超えて規定し、新たに総合的・横断的な法令を策定して合理的配慮の否定を差別の一形態として明示すること、そして合理的配慮の例外のない提供、効果的な法定救済策、権利保持者による条約の理解深化の促進を確保すること b) 複合的横断的差別の事例に関して細分化されたデータが不足しており、横断的差別への対応措置が不適切である問題に対して、複合的横断的差別の事例について収集と発信を行い、防止のための効果的な具体的措置を実施することが勧告された。
LOIPR検討に向けたパラレルレポートでは、 a) 2018年6月に施行された「障害を背景とした差別の禁止に関する法律」に合理的配慮の提供義務や既存のアクセシビリティ基準遵守義務が含まれておらず、有効な法的保護が依然として不足していること、b) 65歳以上になると障害者のためのパーソナルアシスタントや給付金制度が利用できなくなり、高齢の障害者が不利益を被っていること、 c) 障害者は健常者と同等の保険に加入できない問題が報告された。
第6条 障害のある女子
第6条については、包括的な最初の報告では以下の点が述べられた。
- 男女平等のための取組では障害のある女性への差別も防止する。
これに対し、最終見解ではジェンダー平等に関する法の中で障害のある女性について特別に取り上げていない点、教育制度での具体的な取組が実施されていない点、採用や雇用継続への具体的な措置がない点といった問題が挙げられ、法政策と各部門のサービスまたその実施・評価に障害のある女子の観点を含め、障害のある女性の適切な教育と雇用の機会拡大のための措置を講じることが勧告されている。
LOIPR検討に向けたパラレルレポートでは、デンマーク機構、デンマーク障害者団体連合会ともに第6条に関する言及はなされなかった。
第9条 施設及びサービス等の利用の容易さ
第9条に関しては、包括的な最初の報告では次のことが述べられた。
- 建築法と建築規則が、新築改築を含む建築物へのアクセシビリティを規定しており、建築規則は2008年にアクセシビリティ要件の厳格化を伴う改正が行われた。
- 住宅、教育、法的手続、輸送・交通、通信におけるアクセシビリティ等の現状と課題について。
これに対し、最終見解では障害者のアクセス保障のための包括的な措置が欠如しており、建築規則の体系的な遵守の欠如と輸送機関へのアクセスの不十分さ、公的ウェブサイトでアクセス可能な形態での体系的な情報公開が不足している問題に対し、すべての障害者の施設・情報・サービスへのアクセスを保障するための包括的な計画を策定することが勧告された。
LOIPR検討に向けたパラレルレポートでは、 ウェブアクセシビリティの基準を満たす基礎自治体のウェブサイトの割合が6割に満たない点、建物のアクセシビリティの改善に対し、積極的な取組がなされていない点、委員会が勧告した施設・情報・サービスへのアクセスを保障する包括的な計画の策定が実施されていない点が報告された。
第12条 法律の前にひとしく認められる権利
第12条に関して、包括的な最初の報告では以下のことが述べられた。
- 法的無能力と後見制度に関する法律によって、裁判所による法的能力の剥奪が認められていること。
- 後見人は場合によって、金銭的事柄や、個人的な事柄も扱うことがあること。
これに対し、最終見解では法的無能力と後見制度に関する法律が代理意思決定を認めている問題について、法的無能力と後見制度に関する法律を見直し、支援付き意思決定を法律に導入するための改正を行い、条約12条に全面的に従うことが勧告された。
LOIPR検討に向けたパラレルレポートでは、支援付き意思決定が導入されておらず、法的無能力に関する規定と後見制度にも変更がないことが報告された。
第13条 司法手続の利用の機会
第13条について、包括的な最初の報告では以下の点が述べられた。
- 司法運用法 (the Administration of Justice Act)が筆記や通訳の利用等を含む、司法への障害者の平等なアクセスを規定している。
- 犯罪の審問に関して被告人/証人に介助者を提供することを保障するための規則が障害者にも適用されるが、被告人/証人に特別な配慮が必要な旨を警察、検察、法廷に申告する必要がある。
- 警察官養成教育では障害などすべての人への平等な対応を、また刑務所職員への教育研修では個々の性質や障害による入所者の課題への理解・対応能力を重視している。
最終見解及びLOIPR検討に向けたパラレルレポートでは、第13条についての言及はなされなかった。
第19条 自立した生活及び地域社会への包容
第19条に関して、包括的な最初の報告では以下の点が述べられた。
- 社会福祉の法令が、補助器具や移送、ホームヘルプ等のサービスを、個人の特別ニーズに合わせて基礎自治体が提供することを規定している。
- 社会サービス法による施設型住居又は高齢者・障害者向け公営住宅の申請対象者は、そこでの選択や移動の権利がある。
- パーソナルアシスタント雇用のための資金援助について、複数の法令によって規定されている。
これに対し最終見解では、施設型住居の建設が増加しており、また障害者にとっての住居の選択肢が少ない問題に対し、障害者向け施設型住居建設への国家保障貸付を廃止すること、障害者が住む場所と相手を自由に選び、必要な支援を受けながら自立生活を送れるように社会的サービスの関連法令を改正すること、 既存の障害者用の施設型住居を閉鎖する措置、及び地域社会から孤立させないために障害者の強制移住を防止する措置を講じることが勧告されている。
一方、LOIPR検討に向けたパラレルレポートでは、障害者向けの大規模な施設型住居について政策転換はみられず、施設型住居への入所が依然として多いこと、24時間の状態観察が必須な重度の障害者が自宅を自分の住居として選択できることを保障する法的根拠がないことが報告された。
第21条 表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会
第21条については、包括的な最初の報告では以下の点が述べられた。
- 行政とのかかわりにおける障害者(聴覚・視覚・言語)への通訳補助を保障する義務が行政機関にはあるとされている。
- 手話通訳の共有制度があり、年間7時間私用などで手話通訳が利用できる。
- 国立IT電気通信機構は、アクセシビリティに対する意識向上を目的とした取組パッケージを提供した。
これに対し最終見解では、a) 一部の先天的聴覚障害のある児童がデンマーク手話の学習と意思疎通から疎外されている問題及び、近年のデンマーク語評議会法改正が、デンマーク手話の研究研修による促進を含んでいないことに対する懸念を示し、デンマーク手話を情報伝達方法のひとつとして促進し、手話辞書開発等の研究を促進し、労働等のあらゆる分野での手話の使用を促進すること、そしてフェロー諸島政府がフェロー手話を公用語と認めること b) 点字での教育が体系的に提供されておらず不十分である問題に対し、教育現場を含む、点字の促進のための点字評議会を設立すること。c) 知的・精神障害者に対し、代替的、補助的形式の情報の提供を保障していない問題に対し、知的・精神障害者が利用可能な代替的、補助的形式の情報コミュニケーションに対する関係者の意識を向上させ、普及を徹底すること、そして特に意思決定の場面においてこうした情報コミュニケーションが効果的に導入されているか監視する手順を導入することが勧告された。
LOIPR検討に向けたパラレルレポートでは、a) 児童へのデンマーク手話での教育が積極的に提供されていない点、手話通訳のニーズと利用可能な資源を査定できる調整機関がないため、手話通訳が適切に提供されず、聴覚障害者の社会参加が阻害されている点 b) 勧告に反して、点字に関する知識創出と職場環境改善の措置を講じておらず、点字評議会も設立されていない点、そして情報アクセシビリティについて対策不足で、社会全般での障害者の情報アクセスが不足している点が報告された。
第24条 教育
第24条については、包括的な最初の報告では以下の点が述べられた。
- 2009年に実施した調査からは、特別な支援が、障害のある児童の学力や行動様式におけるハンディキャップを埋め合わせるには不十分であることが明らかになっている。
- 基礎自治体が、障害のある若者向け教育・職業カウンセリングを提供している。
- その他、障害者にあらゆるレベルでの教育への参加を促す様々な取組の紹介。
これに対し、最終見解では、 a) 障害のある生徒・学生について、初等・中等・高等教育とも教育面で受けられる支援の程度、また障害の有無による学業達成率の差が不明確である問題に対し、障害のあるすべての児童が、適切な支援や対応(特に教職員への研修)により普通教育に包容されることを保障するよう法改正し、障害の有無による学業達成率の差を明示すること、 b) 適切な教育支援不足に関する苦情申立てが、週あたりの特別教育時間が9時間未満の場合は独立機関に申し立てできない問題に対し、適切な教育支援を受けていない場合、障害のあるすべての児童が独立機関に苦情を申し立てできるよう法改正することが勧告された。
LOIPR検討に向けたパラレルレポートでは、a) 障害のある児童が普通学校に通えるようにするための法改正を勧告されたにもかかわらず、現在も多数の生徒が一部科目で除外されたり必要な支援を受けられない状態が続いていること、障害のある生徒の教育レベルが以前と比べて低下したこと b) 障害のある児童が一般の普通教育に包容されている場合、教育的支援が不十分であっても親は中立的機関に苦情申立てを行うことができないこと、そしてこの権利制限の改善のための法改正も実施されていないことが報告された。
第29条 政治的及び公的活動への参加
第29条については、包括的な最初の報告では以下の点が述べられた。
- 議会選挙法により、障害等により投票に支援が必要な場合は支援が提供されることになっている。以前は選挙当日の視覚障害者への支援のみだったが、障害者権利条約批准に向けて、当日・事前投票の支援に関する法令を施行(2009年)し、あらゆる障害者が必要な支援を受けられることとなった。
- 2007年、基礎自治体に対し、多様な障害者団体により構成される、地方議会への諮問機関である障害者評議会の設置が義務化された。
これに対し最終見解では、法規定により、後見制度下にある人は選挙での投票・立候補が認められておらず、また適切な投票支援を自由に選択できない問題、そして選挙関連資料、投票所、投票用紙について障害者の利用可能性が不十分である問題に対し、後見制度にかかわらず、すべての障害者が選挙・被選挙権を享受できるように関連法令を改正し、投票にかかわるアクセスと支援を改善することが勧告された。
LOIPR検討に向けたパラレルレポートでは、法的能力の限定的喪失という新たな選択肢を導入する法改正が審議されたものの、後見制度下で選挙権が剥奪される人は残る見込みであり問題が未解決であること、国会テレビ中継に字幕がなく、聴覚障害者にとって利用可能ではないこと、そして投票所や公開討論等へのアクセスが依然として改善されておらず、また障害によっては立候補によって助成金を打ち切られるなど、障害者が議員となるための体制が整備されていない問題が報告された。
第31条 統計及び資料の収集
第31条について、包括的な最初の報告では以下の点が述べられた。
- 各担当省は担当分野での資料収集の責任を負うが、障害関連での共通基準や永続的基準はない。
- デンマーク国立社会研究所(SHILD)が障害に関する調査を実施している。
- 障害関連の統計資料の完全な一覧はないが、障害問題に関する公務員の省庁間委員会の管轄で作業を進行中である。
- 社会福祉分野の統計改善のためのプロジェクトが開始されており、市民登録番号と現場でのケースワークでのデータの電子転送に基づく報告システムを導入するための提案を含む協定策定を目指している。
これに対し、最終見解では障害者に関する細分化された統計資料が低レベルである問題が指摘され、ジェンダー・年齢・障害・地域に細分化された統計資料の収集・分析・普及を体系化し、医療に基づくアプローチから人権に基づくアプローチへの転換の必要性を意識した指標を開発することが勧告された。
LOIPR検討に向けたパラレルレポートでは、障害者に関する統計資料は現在も不足し、またそれに対応する総合的な戦略がなく、細分化されたデータについての2014年の勧告に反していること、障害者の生活状況に関する主要なデータソースであるSHILDが、財政法の関係で2019年1月に廃止されることが報告された。
第33条 国内における実施及び監視
第33条に関して、包括的な最初の報告では以下の点が述べられた。
- 社会福祉省が、条約実施に関する国内の取りまとめ役として任命されており、障害問題に関する公務員の省庁間委員会が、省庁間の活動促進の運営・調整を委任されている。
- 条約第33条第2項について、遵守の枠組みは動議(Motion)B15で規定しており、促進・保護・監視の任務はデンマーク人権機構(国家人権機関としての認定機関)が負う。
- 条約第33条第3項の監視手続への関与は、デンマーク障害者評議会が担う。
- 議会オンブズマンは、既存の均等待遇監視業務を通じて、障害分野での監視・保護に貢献している(1993年国会決議B43での要請)。
これに対し最終見解では、デンマークの障害に関する省庁間委員会が障害者団体の意見を求める頻度が低く、フェロー諸島とグリーンランドでは障害者団体との調整が欠如している問題、そしてフェロー諸島では調整の仕組みも独立した監視の仕組みも欠如している問題に対し、条約実施の監視に障害者団体代表が完全かつ定期的に参加できるようにすること、フェロー諸島での調整の仕組みや独立した監視の仕組みについて確立又は指定するための措置を講じること、フェロー諸島政府はパリ原則に従って人権の促進・保護・監視のための機関を設立することが勧告された。
LOIPR検討に向けたパラレルレポートでは、フェロー諸島に依然として独立した監視の仕組みがないことが指摘された。
28 規則の本文は次のURLで参照可能: https://www.ohchr.org/EN/ProfessionalInterest/Pages/PersonsWithDisabilities.aspx