1 国外調査 1.13
1.13 障害者権利委員会審査状況のまとめと考察
障害者権利委員会による各国の審査状況をみると、それぞれの条項における論点に国ごとの特色が現れていると同時に、共通点も見えてくる。ここではそれぞれの共通論点と個別論点をまとめながら、障害者権利委員会による審査プロセスにおける論点の傾向を整理する。
(1) 第1サイクル審査の事前質問事項における共通した論点
第1サイクル審査の事前質問事項では、各国共通して以下の論点が重視されていた。
第1-4条 目的と一般的義務
- 国内法及び政策を条約と一致させるための措置
- 法や政策に条約を組み込む過程での障害者団体の関与
第5条 平等及び無差別
- 障害に基づく差別(合理的配慮の否定を含む)を禁止するために講じられている措置
- 複合的横断的差別の防止
第6条 障害のある女子
- 障害のある女性及び女児の権利を促進し、ジェンダー平等、雇用、医療と社会福祉に関する法律や政策において主流化するための措置
第9条 施設及びサービス等の利用の容易さ
- 罰則を伴うアクセシビリティ規則の整備
第12条 法律の前にひとしく認められる権利
- 代理意思決定の廃止と支援付き意思決定の導入
- 法的能力を制限する法制度の撤廃
第13条 司法手続の利用の機会
- 心理社会的あるいは知的障害者を含む、障害者の司法制度へのアクセス
- 無料の法的扶助の提供
- 障害者の権利に関する、裁判官及び警察を含む法執行機関の職員への研修
第19条 自立した生活及び地域社会への包容
- 障害者の脱施設化のために講じられている措置
- 脱施設化のための予算や財源について
第21条 表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会
- 手話、点字、わかりやすい版などの代替形式の整備
- 手話の公用語としての認定
第24条 教育
- 障害のある児童にインクルーシブ教育を保障するために講じている措置
- 保護者等の意識向上のための施策
- 障害のある児童や生徒、学生の教育に関する各種統計データ
- インクルーシブ教育に関する教員への研修
第29条 政治的及び公的活動への参加
- 障害者にとっての利用可能な投票手続の保障
第31条 統計及び資料の収集
- ワシントングループの質問セットの導入
- 統計、データ収集にあたっての障害者団体との協議
第33条 国内における実施及び監視
- パリ原則に準拠した独立した人権機関の設立
- 障害者団体の監視活動への参加
障害者権利委員会は、2019年3月時点で7つの一般的意見を採択しているが、一般的意見の対象となっている条項(第4条、第33条、第5条、第6条、第9条、第12条、第19条、第24条)に関してはすべて、これらに対応する一般的意見に準じた条約の実施がなされているか、あるいは準じるための取組を行っているかが論点となっていることがわかる。
第13条について一般的意見はまだ出されていないが、司法制度へのアクセスの保障は持続可能な開発目標の目標16.3で規定されている。また、トルコへの事前質問事項の第31条では、持続可能な開発目標の目標17と関連して、障害平等指標の策定と利用についての質問がなされている。一般的意見と関連する条項についても、ニジェールへの事前質問事項の第6条では目標5が、ノルウェーに関しては第5条で目標10.2及び10.3について言及されている。以上から、障害者権利委員会が持続可能な開発目標への取組も論点に挙げ、審査の対象としていることがうかがえる。
(2) 各国の個別論点とパラレルレポートとの関係
なお、各国の事前質問事項では、以上とは別にそれぞれの国の内情に応じた質問もなされている。その中には、パラレルレポートでの指摘を受けてとり上げたと考えられる論点が少なからずある。例えばノルウェーに対する事前質問事項の第5条では平等・差別オンブッド及び差別禁止裁定委員会の権限強化の施策が問われているが、パラレルレポートでは差別禁止裁定委員会の権限の弱さを指摘されている。ニジェールに向けた事前質問事項第1-4条では、ハンセン病患者を学校から除籍できる法律の改正を求めているが、この法律もパラレルレポートで指摘されているものである。トルコの第29条で、パラレルレポートで指摘された視覚障害者の秘密投票を可能にする仕組みの導入に関しては、事前質問事項では政府がその仕組みを実際に使用するつもりがあるのかという踏み込んだ質問がなされている。その一方で、各条項において障害者権利委員会が重視している論点に関してパラレルレポートで指摘がなされている部分も数多くみられる。例えば第31条に関し、複数の国のパラレルレポートでワシントングループの質問セットの導入に関する指摘が上がっている。第12条に関しては、後見制度や代理意思決定が残っている問題について、各国のパラレルレポートで次々と指摘されている。第13条や第19条でもパラレルレポートでの指摘と委員会が重視する論点の一致が多くの国でみられた。以上から、多くの市民社会団体が、障害者権利条約がその国で実施されているかという観点に加え、これまで障害者権利委員会が重視してきた論点が何であるかを考慮に入れながら報告を行っていると考えることができる。
(3) 第2サイクル審査における論点の傾向
本調査の対象国で第2サイクルの審査プロセスが実施されているのはベルギー、デンマーク、スペインの3か国である。ベルギーとデンマークは、第21会期で第2・第3連結定期報告に先立つ事前質問事項(LOIPR)の検討が行われるため、2019年3月現在ではLOIPRの検討に向けた各団体のパラレルレポートが手に入る最新の資料となる。スペインに関しては、第2・第3連結定期報告に先立つ事前質問事項に対する政府報告の審査が行われることになっており、既にLOIPR及び政府報告を参照することが可能である。
LOIPRについては本調査ではスペインのみの参照となったが、全体的な傾向としては第1サイクル審査の事前質問事項の内容と大きく異なっており、主に第1サイクル審査の最終見解における勧告の実施状況を問う内容となっている。中には第1サイクル審査と同様、一般的意見に沿った条約実施を問う質問もあるが、最終見解でさらに具体的な、個別の制度などに関して勧告がなされた場合はこの限りではない。例えば第5条では、最終見解の特定のパラグラフの勧告を指し、その勧告の実施状況について質問がなされている。
一方、LOIPRに向け各国の市民社会等から提出されたパラレルレポートの内容としては、ベルギー、デンマーク、スペインの3か国ともに、最終見解の勧告の実施状況に焦点が当てられており、勧告の未実施があればそれを明確に訴える内容となっている。スペインのLOIPRではこうしたパラレルレポートでの指摘と一致する部分が多く見られ、障害者権利委員会がパラレルレポートを提出する団体に対し、勧告実施の監視役としての役割を期待していることがうかがえる。第21会期の審査を経て、ベルギーとデンマークでもLOIPRが作成されることになるが、この両国に関しても、最終見解における勧告内容の実施状況が論点の中心となることが予想される。