2 国内調査 2.4.2

2.4 調査結果

2.4.2 事業者の合理的配慮提供の義務化について

(1) 義務化の状況、実態

 表2.4-2に、条例で事業者への合理的配慮を義務付けている地方公共団体の一覧を示した。2018年度までにおいて、事業者の合理的配慮は、47都道府県中10都県において義務化されている状況である。
 「平成29年度障害を理由とする差別の解消の推進に関する国外及び国内地域における取組状況の実態調査報告書(以後、平成29年度調査報告書)」30では、「2016年4月の障害者差別解消法施行以前に条例を制定した地方公共団体では、事業者の合理的配慮を義務付けていることが多いが、2016年4月の障害者差別解消法施行以後は、事業者の合理的配慮を努力義務とする地方公共団体が増えている」と指摘している。2018年度に入り義務化に踏み切る地方公共団体が現れたことは、この傾向が変化していく可能性を示している。

表2.4-2 事業者への合理的配慮を義務付けている地方公共団体一覧
千葉県 障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例 2007年7月1日
さいたま市 誰もが共に暮らすための障害者の権利の擁護等に関する条例 2011年4月1日
岩手県 障がいのある人もない人も共に学び共に生きる岩手県づくり条例 2011年7月1日
熊本県 障害のある人もない人も共に生きる熊本づくり条例 2012年4月1日
八王子市 障害のある人もない人も共に安心して暮らせる八王子づくり条例 2012年4月1日
長崎県 障害のある人もない人も共に生きる平和な長崎県づくり条例 2014年4月1日
沖縄県 沖縄県障害のある人もない人も共に暮らしやすい社会づくり条例 2014年4月1日
鹿児島県 障害のある人もない人も共に生きる鹿児島づくり条例 2014年10月1日
奈良県 奈良県障害のある人もない人も共に暮らしやすい社会づくり条例 2015年10月1日
富山県 障害のある人の人権を尊重し県民皆が共にいきいきと輝く富山県づくり条例 2016年4月1日
仙台市 仙台市障害を理由とする差別をなくし障害のある人もない人も共に暮らしやすいまちをつくる条例 2016年4月1日
新潟市 新潟市障がいのある人もない人も共に生きるまちづくり条例 2016年4月1日
明石市 明石市障害者に対する配慮を促進し誰もが安心して暮らせる共生のまちづくり条例 2016年4月1日
宝塚市 宝塚市障害者差別解消に関する条例 2017年1月1日
香川県 香川県障害のある人もない人も共に安心して暮らせる社会づくり条例 2018年4月1日
茨木市 茨木市障害のある人もない人も共に生きるまちづくり条例 2018年4月1日
三田市 三田市障害を理由とする差別をなくしすべての人が共に生きるまち条例 2018年7月1日
東京都 東京都障害者への理解促進及び差別解消の推進に関する条例 2018年10月1日

(2) 自治体担当者からみた実態と課題:東京都

ここでは、2018年10月に事業者の合理的配慮を義務付ける条例を施行した東京都を訪問し、条例制定過程における事業者団体とのやり取りや、運用実態、工夫、見解・取組、具体的効果、今後の課題等に関する聞き取り調査を行った。
 東京都は、「東京都障害者への理解促進及び差別解消の推進に関する条例」制定にあたり、東京都障害者差別解消支援地域協議会の下に「障害者への理解促進及び差別解消のための条例制定に係る検討部会」を設置し、2017年3月から2018年2月まで9回にわたる会議を開催し、その内容について検討している。
 事業者の合理的配慮については当初から論点となっていたが、はじめは「事業者の責務をどう考えるのか」という形での議論であり、義務化の方針が明示されたのは、2017年11月に開催された第8回目の検討部会以後である。それ以前の7月から10月にかけて、37団体に及ぶ事業者ヒアリングが行われた様子が報告されており、それらに関する報告資料からは、合理的配慮の義務化について、賛否両論の意見が提示されていたことが読み取れる。担当者によると、検討部会の議論は「結論ありきで進んだわけではなく、話をまとめていく中で法的に整理すると義務化するという結論になった」とのことである。
 その中で、義務化に踏み切ることになったポイントは、

a)合理的配慮が、基本的には体制を整えて取り組むべき事柄である点
 b)合理的配慮は、あくまでも過重な負担を除いたものである一方、事業者の懸念の多くは過重な負担に関するものだった点

だったという。訪問調査での担当者の説明のポイントを整理すると、次のようになる。

  • 合理的配慮の意味をきちんと捉えるならば、過重な負担のない範囲のものなのだから、義務とした方がロジックは簡潔になる。
  • 「事業者の負担を考慮して」義務ではなく努力義務にするという論点から入ると、過重な負担を伴わないはずの合理的配慮に関する議論に齟齬が生じ、結果として、事業者は合理的配慮にきちんと向き合わなくなってしまう。
  • もしも何らかの理由で事業者による合理的配慮の提供が難しい場合があることが明らかになったならば、そこで改めて合理的配慮の提供に向けた支援について具体的に議論することとし、合理的配慮は基本的にはあって然るべきものだという本来のスタンスに戻した方がよいと判断した。

なお、「東京都障害者への理解促進及び差別解消の推進に関する条例」は、2018年10月1日施行であり、調査実施時は施行後4カ月が経過した時点であった。4月1日から11月30日までの相談状況について尋ねたところ、2017年度73件であったものが、2018年度は180件まで伸びており、中でも前年度2件であった民間事業者からの相談が、19件に増加したとのことであった。
 民間事業者からの相談内容は、条例に関する確認や、障害種別ごとの対応方法、要望に対しどう対応したら良いのかなど、基本的なものが多く、合理的配慮が義務であることが問題になるような相談は寄せられていないとのことであった。相談があった場合、多くは対象となる事業者に条例の趣旨などを説明することで対応の改善が認められているという。また、障害者の側が過重な対応を求めているケースもあり、その場合はその旨を相談者に説明しているとのことだった。

条例を施行した後の実感としては、「相談体制をきちんと作って1件1件個別に説明していく必要がある。もともと関心のない人(事業者)でも話をすれば分かってもらえるので、そのプロセスがおそらく一番大事なこと」という点が述べられた。
 また、条例施行後、条例や障害者差別解消法に関するパンフレットが欲しいとの声が事業者から多く上がった。その理由について、東京都の担当者は、「これが法の定めるもので、この対応は標準的」だと説明できるものが欲しいためだと推察している。事業者は様々な客層を相手にしているため、合理的配慮により障害者を優先したときに、他の利用客から疑問や不満が出ることが予想される。そうした時に公的なパンフレットが有効な説明資料になると考えられる。ただし、本来的には障害者に対して配慮するのが当たり前という意識が一般の人々の間にも醸成されないと、事業者の対応も進まないという課題が指摘された。

(3) 自治体担当者からみた実態と課題:北海道

今回の訪問調査では、合理的配慮の義務化に前向きではない地方公共団体担当者の意見もうかがうことができた。例えば、北海道の担当者からは、「とてもではないが義務化は無理」という反応があった。以下、北海道の訪問調査でうかがった意見についてまとめる。
 合理的配慮の義務化への対応が困難だと担当者が考える背景には、バリアフリーの進捗に関する地域格差がある。北海道の中でも、札幌市近郊は環境整備が進んでいるが、郡部では整備が遅れている上、人口の減少が進んでいる。「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」の基本方針では、利用人数が1日に3000人以上の鉄道駅について整備目標を設定しているが、多くの駅で利用人数の減少が進む中では、施設のバリアフリー化のような投資判断は難しいのが実情である。
 さらに、JR北海道では多くの路線で廃線を検討する経営状況となっており、すべての駅で合理的配慮の提供のために駅員を配置したりすることも難しくなっている。北海道としては、少しでも前に進めるために、地域づくり委員会31から要望書を出すことを検討しているものの、展望は明るくないというコメントであった。

(4) 合理的配慮の義務化に関する小括

以上、合理的配慮の義務化に関し、東京都、北海道、二つの地方公共団体の担当者からみた実態と課題を紹介した。いずれの担当者も、障害者が直面する課題・社会的障壁を解決しようと取り組んでいるものの、合理的配慮の義務化については相反する反応があった。その背景としては、地域の人口動態等の基本的な条件や、環境整備の進捗状況の違いが、合理的配慮提供やその義務化に対する地方公共団体の担当者の姿勢に影響を及ぼしていることがうかがえる。
北海道の担当者からは、特に道内の鉄道における対応の困難さが具体例として示された。参考までに表2.4-3に鉄道駅の都道府県別バリアフリー化施設整備状況を示した。国土交通省「平成29年度末 都道府県別の段差解消への対応状況について」32では、1日の平均的利用者数3,000人以上の施設における、バリアフリー化の状況が掲載されている。表2.4-3では、同表に記載されている数値を基に、全駅数に対するバリアフリー化対応率の状況を掲載した。
北海道の場合、段差が解消されている鉄道駅は全体の21%であり、それ以外の79%の駅については、車いす利用者等が駅を利用するためには何らかの人的対応が必須となる。これに対し、東京都下の鉄道駅で段差が解消されている駅は98%であり、人的対応が必須となる駅は2%にとどまる。このような環境整備の進捗状況の違いが背景となって、合理的配慮の義務化の実現性についても大きな意見の違いが発生していると考えられる。

表2.4-3 鉄軌道駅の都道府県別バリアフリー化施設整備状況
都道府県 駅数 平均利用者数
3千人以上/日の駅数
段差が解消されている駅 移動等円滑化基準第4条に適合している設備により
段差が解消されている駅
北海道 522 100 112 21% 108 21%
青森県 153 4 42 27% 23 15%
岩手県 177 13 58 33% 55 31%
宮城県 175 71 84 48% 83 47%
秋田県 145 4 22 15% 22 15%
山形県 120 5 38 32% 38 32%
福島県 187 16 55 29% 45 24%
茨城県 135 36 57 42% 57 42%
栃木県 116 27 45 39% 37 32%
群馬県 136 21 71 52% 42 31%
埼玉県 235 173 211 90% 181 77%
千葉県 353 217 257 73% 248 70%
東京都 757 711 739 98% 692 91%
神奈川県 380 327 339 89% 335 88%
山梨県 73 12 36 49% 23 32%
新潟県 200 29 53 27% 50 25%
富山県 190 18 86 45% 66 35%
石川県 72 11 20 28% 17 24%
長野県 261 28 117 45% 61 23%
福井県 134 6 61 46% 49 37%
岐阜県 187 25 84 45% 50 27%
静岡県 223 65 127 57% 77 35%
愛知県 495 307 415 84% 353 71%
三重県 229 29 144 63% 53 23%
滋賀県 125 40 84 67% 68 54%
京都府 251 143 172 69% 145 58%
大阪府 513 431 465 91% 417 81%
兵庫県 383 220 279 73% 242 63%
奈良県 130 63 101 78% 61 47%
和歌山県 123 17 48 39% 28 23%
鳥取県 75 4 31 41% 17 23%
島根県 117 2 56 48% 24 21%
岡山県 165 28 81 49% 72 44%
広島県 261 94 189 72% 116 44%
山口県 151 15 44 29% 21 14%
徳島県 76 2 43 57% 16 21%
香川県 102 14 79 77% 38 37%
愛媛県 145 10 76 52% 35 24%
高知県 171 3 96 56% 50 29%
福岡県 357 146 248 69% 178 50%
佐賀県 80 7 33 41% 22 28%
長崎県 136 20 82 60% 30 22%
熊本県 161 19 84 52% 52 32%
大分県 87 9 15 17% 12 14%
宮崎県 76 2 17 22% 12 16%
鹿児島県 124 17 53 43% 22 18%
沖縄県 15 14 15 100% 15 100%

30 平成29年度障害を理由とする差別の解消の推進に関する国外及び国内地域における取組状況の実態調査報告書
 https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/tyosa/h29kokusai/index-w.html

31 北海道障がい者条例に基づき、障害者が受けた差別や虐待などの解決に向けた協議・あっせんを行う組織

32 国土交通省 平成29年度末 都道府県別の段差解消への対応状況について
 http://www.mlit.go.jp/common/001268605.pdf

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