I.本事業の目的 I-1

 本調査研究は、主に障害者政策と統計整備の観点から障害者統計の充実をはかるために実施された。以下、それぞれの観点ごとに詳述する。

1.障害者統計の充実の必要性

1)障害者政策の観点からの必要性

(1)障害者の権利に関する条約に基づく要請

 我が国は平成26年に障害者の権利に関する条約(以下、障害者権利条約)を批准した。同条約は障害者の権利及び尊厳を保護し、取組を促進するための包括的かつ総合的な国際条約であり、障害者の尊厳、個人の自立、社会参加、非差別等を一般原則とし、法の下の平等、表現の自由、教育、雇用等の様々な分野における障害者の権利保護・取組促進について規定している。
 また、同条約では、第31条第1項において「締約国は、この条約を実効的なものとするための政策を立案し、及び実施することを可能とするための適当な情報(統計資料及び研究資料を含む。)を収集することを約束する」と定めており、各締約国に統計資料等の収集を求めている。
 この点、各締約国が同条約の履行のために取った措置等について取りまとめ、国連に対して定期的に行う報告(政府報告)の第一回(平成28年6月)において、「(略)課題としては、データ・統計の充実が挙げられ、特に性・年齢・障害種別等のカテゴリーによって分類された、条約上の各権利の実現に関するデータにつき、より障害当事者・関係者の方のニーズを踏まえた収集が求められていると考えられるので、次回報告提出までの間に改善に努めたい。(略)」と記載されたところである。
 令和2年にも「事前質問事項に対する情報の提供」及び「障害者の権利に関する委員会による審査」が予定されているが、上記課題についての改善が見られない場合、国連障害者権利委員会による対面審査を経て、勧告を含め、我が国への厳しい見解が採択されるおそれもあることから、障害者権利条約の締約国の責務として、障害者統計の充実が求められている。

(2)国内における検討と要請

 国内でも、障害者の統計を巡り、様々な意見が出され、検討が行われてきた。
 平成30年5月24日には、障害者の安定雇用・安心就労の促進をめざす議員連盟(略称、インクルーシブ雇用議連)から「2019年度予算概算要求に向けた提言~障害者施策の基礎となる統計調査の整備の充実~」と題した提言書が出され、障害者統計の充実について強い期待が示された。同提言書では、我が国においては障害者施策の展開に必要な「障害者と他の者」の比較可能な統計データや「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals, 以下SDGs)」のターゲットのうち障害者を対象とした指標に係る統計データ等が十分に整備されていないこと等の課題があることを指摘し、以下のような提言を行っている。

図表 1 インクルーシブ雇用議連の提言内容(要旨)

 障害者権利条約で求められる「障害者と障害のない者との比較」を可能とするとともに、SDGsのターゲットのうち障害者を対象とした指標にかかる統計データとしても活用できるようにするため、以下の具体的取組を要請する。

 総務省、内閣府、厚生労働省等による協議の場を構築し、有識者の意見を聴きながら、障害者基本計画に「確かな根拠に基づく政策立案」とあることを踏まえて、障害者基本法並びに障害者権利条約の理念に則った障害指標の在り方について検討を行うとともに、協議の場において、以下の取組についての検討並びに統計制度全般を所管する総務省及び各種統計を実施する省庁における対応のフォローアップを行うこと。

  1. 上記の障害指標の在り方を踏まえた国内プレ調査を実施、条約批准国の統計調査状況を把握するための研究を実施
  2. 上記を踏まえ、どういった調査(既存、新規を含む)で、障害者の実態を把握することが効果的であるか検討し、障害者の雇用と就労についての総合的な実態を把握できる統計調査を実施
  3. 上記検討の際、国民生活基礎調査等への基幹統計調査への質問項目の追加等を軸に検討することと、その際に国連統計委員会やワシントン・グループの考え方に沿って進めること

 なお、インクルーシブ雇用議連から上記の提言が出た背景としては、例えば、平成27年9月の第26回障害者政策委員会における、障害者に関する政府の監視・評価に使える水準の統計が、国・地方公共団体ともに不足しており、日本の人口全体を対象とした調査の実施や男女別統計の作成を徹底すべきである等の議論がある。
 また、平成30年3月30日に閣議決定された「第4次障害者基本計画(2018年から2022年度)」では、「『確かな根拠に基づく政策立案』の実現に向け、(中略)必要なデータ収集及び統計の充実を図るとともに、障害者施策のPDCAサイクルを構築し、着実に実行する。また、当該サイクル等を通じて施策の不断の見直しを行っていく。」と記載されており、障害者に係るデータ収集・統計の充実の重要性が確認されている。

 上記のように、国内外において、障害者政策の確実かつ効果的な遂行の実現に向け、障害者統計の充実を図ることが期待されている。

2)統計整備の観点からの必要性

(1)国連統計委員会における議論

 国連統計委員会は2018年3月の第49回会合1において、各国に対し、持続可能な開発のための2030アジェンダのモニタリング及び障害の状態によるデータの分解の必要性の観点から、データ収集及び手段の精査を行うことを要請した。
 また、世界銀行と世界保健機関(World Health Organization, 以下WHO)のモデル障害調査や各国の関連データの収集、並びにSDGsで求められるデータの分解におけるワシントングループの設問の使用が留意点として示された。
 そのほか、障害の状況に応じたデータの分解に係るガイダンスを示すべきだという議論もなされている。
 上記を含む採択内容は、以下の(a)~(g)の通りである。

図表 2 国連統計委員会第49回会合における障害統計に係る採択内容

 49/116 障害統計
 国連統計委員会は、

  1. 障害統計に関する国連事務総長とワシントングループの共同レポートを歓迎。そして、障害統計についての仕事と国際的レベル・地域的レベルでの成果に謝意を表明。
  2. 国連の機関とワシントングループで計画された活動の提案について留意。
  3. 世界銀行とWHOのモデル障害調査や各国の全国的なデータ収集においてワシントングループの設問セットが用いられること、そしてSDGsの分解のために用いられることに留意。
  4. 方法論の見直しや障害の状態によりデータを分解するガイダンスの提供を含む「障害統計の開発のための国連ガイドライン及び原則」の改訂のための専門家グループの設立、及び専門家グループの業務を拡大することを支持。
  5. 障害統計のデータ利用可能性が年を追って拡大する一方、各国内外間で障害の推計に未だ大きな差があることに留意し、国連統計部に対して、関連するステークホルダーと協力し、その差の原因を理解する観点から国の事例の情報を取りまとめ、分析するよう留意。
  6. 各国に対して、持続可能な開発のための2030アジェンダのモニタリング及び障害の状態によるデータの分解の必要性の文脈において、それぞれの国のデータニーズに応じて適切な測定ツールを選択し、また、既存の関連データ収集及び手段においてその基礎となっている概念、目的及び優位性を精査するよう依頼。
  7. 障害統計について国際及び地域、地方の関連するステークホルダーに対して、各国の短期間・長期間の統計の発展に対するニーズを考慮に入れた能力構築のための協力及び調整されたアプローチを保証するために、国連統計部のリーダーシップの下、共同で作業するよう依頼。

 また、2015年9月の国連サミットで採択されたSDGsについて、その進捗を測るためのグローバル指標の枠組みが国連統計委員会で検討・議論され、2017年7月の国連総会で承認された。指標は全244種類(重複を除くと232種類)であり、我が国においても指標が取りまとめられている。
 例えば、「社会保障制度によって保護されている人口の割合(性別、子供、失業者、年配者、障害者、妊婦、新生児、労務災害被害者、貧困層、脆弱層別)」、「女性及び男性労働者の平均時給(職業、年齢、障害者別)」、「失業率(性別、年齢、障害者別)」、「中位所得の半分未満で生活する人口の割合(年齢、性別、障害者別)」等、障害者に関する詳細なデータ取得が指標となっている場合もある。

(2)国内における検討と要請

 国内においても、統計整備の観点から、障害者統計の充実の必要性や取組の方向性に係る公的な計画や取りまとめが出されている。
 具体的には、平成30年3月6日に閣議決定された「公的統計の整備に関する基本的な計画」(第III 期)においては、「第1 施策展開に当たっての基本的な視点及び方針」において、「3 国際比較可能性や統計相互の整合性の確保・向上」が掲げられている。当該箇所においては、「グローバル化の進展は、資本や労働力などの経済活動にとどまらず、情報や文化などの社会の様々な面に影響を及ぼしており、施策上のニーズに応じて、その実態を的確に捉えることに加え、国際基準への寄与などを通じ、統計に関する国際比較可能性を向上させることが重要となっている」としており、一つの方策として、国連が掲げるSDGsのグローバル指標の対応拡大に取り組むことを記載している。また、同計画では、特に障害者統計についても、「障害者の権利に関する条約(平成26年条約第1号)第31条は、締約国に統計資料等の収集を求めており、同条約の第1回日本政府報告では、データ・統計の充実を課題として掲げ、改善に努める旨を記載している。これらの施策上のニーズ等を踏まえ、障害者統計の充実を図る」と明記されている。
 また、この計画を受け、「経済財政運営と改革の基本方針2018~少子高齢化の克服による持続的な成長経路の実現~」(平成30年6月15日閣議決定)において、「障害者と障害がない者との比較を可能とするため、障害者統計について、『公的統計の整備に関する基本的な計画』に従い、充実を図る」旨が明確に盛り込まれた。
 さらに、統計委員会から平成30年7月20日に提出された、「平成31年度における統計行政の重要課題の推進のための統計リソースの重点的な配分に関する建議」においては、「2.公的統計の整備について」と題する節において、「公的統計の整備については、(略)公的統計の品質の向上と体系的な整備等を図るため、統計リソースを確保することとし、特に以下のような取組について、重点的に配分する必要がある」とし、その具体的な取組の一つとして「障害者統計に係る試験調査の実施」を掲げている。
 このように、統計整備の観点からも、具体的に障害者統計の充実に向けた取組みを進めることが期待されており、これらの動きを受けて、本調査研究を実施した。


1 “Statistical Commission -Report on the forty-ninth session (6-9 March 2018)”, UN Economic and Social Council

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