2 国外調査 2.5.4

2.5 参考資料(ヒアリング詳細)

2.5.4 ESGについての学識経験者

ESGにおける障害者施策の現状

○ 障害者のインクルージョンを含めたESGに関する議論においては、アジェンダ設定が重要であり、課題について声を上げる利益団体や組織が存在することが重要である。障害者のインクルージョンはまだ発展中の分野であり、米国における議論では、主に人種・性別の多様性や所得格差に焦点を当てている。

○ 現在多くの企業では、障害者のインクルージョンが議論から除外されることが多い。理由は、現在のコーポレートガバナンスの枠組みでは障害者のインテグレーションに対する義務が明確に規定されていないからである。当社のようなアセットマネージャーは、企業に対して、特にサプライチェーンにおいて、障害者を含めるよう呼びかけている。ただし、それはほとんどの場合、障害のある従業員に対する対応に焦点を当てている。

○ 障害には身体的、精神的なものなど様々な形態があるため、障害を明確に規定しきることは困難である。障害者の受け入れが、他の問題のように優先的なアジェンダを獲得するためには、障害を世界のレベルで規定していく必要があるということが議論されている。今後の進展に関しては、既に多くのNGOが合理的配慮を含む「ダイバーシティ&インクルージョン」や「人権尊重」といったテーマの重要性を政策立案者に主張している。日本において重要なのは、政策として、ダイバーシティの操作的定義、分類規則(タキソノミー)を定めることだろう。明確な枠組の提示が、インクルージョンの改善に繋がる。その際は、障害者のプライバシーを侵害することなく、いかにして障害者を受け入れることができるかが問われる。また、自己開示できる環境が重要である。

○ 障害者配慮は雇用面に限らず、その他の面でも議論されている。雇用の観点からは、当社は機関投資家の代理人として企業をモニターし、その企業に投資することによる長期的なリスクを最小限に抑えようとしている。当社は、障害者を排除することを財務上のリスクと認識していて、企業がこの問題に取り組むように促している。

○ 障害者施策を推進するために鍵となる点は、事業者が安心して自己開示ができる環境を作ることである。当社にとって、差別を受けた障害者の数に関する統計を企業に開示してもらうことは、とても困難である。また、企業がサプライヤーにこのような形の情報開示を求めることにも限界がある。アメリカでは自己開示が権利として守られているため、障害者に対する差別状況を数値として把握することが困難である。総じて、障害が明確に定義されていないことから、障害を持つすべての顧客のニーズに応えることが困難になっていると言える。

○ 障害者が消費者として企業と接する場面の例として、小売店が店内で介助犬や通訳者を提供していることが挙げられる。金融サービス機関が先端技術を通して顧客のニーズに対応している例も見られる。また、オンラインプラットフォームの様な教育目的のテクノロジーの進歩により、多くの障害者がかつてできなかったことができるようになった。しかし、この様な合理的配慮の取り組みは十分ではない。なぜなら、一般的に認知度の低い障害が未だに多く存在するからである。企業はそうした顧客に直面して初めて知る困難状況に対してどう対応するかを考えなければならない。企業がより積極的に障害者のインクルージョンに取り組めるようになるためには、障害の定義というフレームワークがカギとなる。また、顧客が自分の障害に対して情報を開示することに同意したとしても、企業は倫理的な問題に直面するため、すべての顧客からデータを収集することは不可能という課題もある。

○ S(社会)及びG(ガバナンス)領域において、「不当な差別的取扱いの禁止」に係る要素が含まれていることについては、2つの観点から考えることができる。

  • 1つは人材の側面であり、ステークホルダーの側面でもある。企業が利益以外の目標も掲げ、すべてのステークホルダーについて考慮しているかを確認する必要がある。
  • 2つ目の側面はガバナンスである。投資家が取締役会に責任を負わせる唯一の方法は、取締役会がどの様な監視を行っているかを理解することである。多くの企業は外部にリスク機能や取締役会内の委員会を設置し、従業員レベルと顧客レベルの両方でダイバーシティとインクルージョンを監督しており、この課題に真剣に取り組んでいる。また、「Say on pay13」を採用している企業は役員の給与の一部をESGにおける業績に連動させている。

○ ダイバーシティ・インクルージョンの対象について、特に米国では、障害者が念頭に置かれることも稀にあるものの、基本的にはジェンダーや人種が中心となっている。

○ もうひとつの考え方として、企業内にダイバーシティ、エクイティ、インクルージョンを取り扱う組織があるかどうかを確認することである。誰がその組織に参加して、誰が援助者なのかを調査する必要がある。もしその組織が名目上だけの存在で、経営陣からの援助がない場合、その会社はダイバーシティ、エクイティ、インクルージョンに真剣に取り組んでいない証拠であり、CEOやCFO、COOは関心がないことを意味する。逆に、その組織が四半期ごとに取締役会に報告を行い、評価指標を開示しているのであれば、その企業はDEIに真剣に取り組んでいるという証拠である。

ESGにおける障害者施策について

○ ESGにおいて企業の障害者に対する取組を評価しようとした際に考えられる手法は、企業が情報を報告して開示しているかどうかを確認する方法を一つ作り、それによってモニタリングを可能にすることである。エクイティ・アセスメントを実施している企業もあり、匿名のアンケートを通じて社員に自己開示してもらい、会社でのインテグレーションに対する気持ちを尋ねている。しかし、この方法は現実を反映していない可能性がある。米国では訴訟文化が強いため、顧客側がこのような評価を行うことはさらに困難である。データが自分に不利に使われるのではないかと思い、自分の精神的・肉体的な状態を探り続けられることをハラスメントとして捉えることもある。

○ 障害を明確に定義することも重要である。目の不自由な人や耳の不自由な人を定義して測定する枠組みは存在するが、他の多くの障害は除外されている。障害は政府機関によって定義される必要がある。企業が取り組むべきことを明確にすることで企業は容易に要件に従えるようになる。企業が何をすべきかについて測定可能な指標があるため、規制当局は従わない企業を罰則することができるようになる。

○ 概念規定に使われる言葉は、公共の場で障害者をスティグマ化させないような言葉でなければならない。例えば、ウェル・ビーイング(Well-being)は、精神的・感情的な障害のある側面を分類する方法として受け入れられている。「感情的知性」という言葉も最近使われていて、障害者が他の従業員と一緒に働ける能力を計る。そのため、行動に関する質問を用いてフレームワークを作成し、誰もが職場で一緒に働けるようなチームを構築することが求められている。このような指標を用いて適切な人材を採用し、より良い職場環境を作ることで、排除されがちな人たちの大きな助けとなっている。

○ ESG評価基準に障害者施策の観点を導入する場合、いくつかの項目が考えられる。人的資本というテーマは現在多くの注目を浴びている。アメリカの金融サービス企業MSCIは社会的な指標にはあまり強くないが、WDI(Workforce Development Indicator)という団体が存在し、ESGの分野でより良い評価を行っている。障害に関しては、健康と安全のテーマがよく挙げられる。これらは “ウェル・ビーイング”といった大きなテーマに含まれている。

○ 人的資本については、まだ改善の余地がある。従業員のエンゲージメントは障害者を確実に取り込むための一つの方法である。しかし、明確な定義がないため、これらの問題を具体化することが難しい。

○ 当社では、経営陣や取締役会など、会社のリーダーとのエンゲージメントを行っている。取締役会が責任上の理由で開示できないことがあるとすると、期限内にそれを解決しなければ顧客に売却してもらうという最後通告をする。日本の内閣府はエンゲージメント(またはスチュワードシップ)を行う機関投資家のアセットマネージャーに更なる権限を与え、企業と相談しながら問題点を特定し、資金を管理する責任を負わせることが大事である。エンゲージメントは開示を回避するための方法である。

○ また、行政において、従業員や顧客の観点から多様性の問題に最も興味を持ちそうな業界を特定し、これらの業界の企業にダイバーシティとインクルージョンの問題を解決するよう奨励し、ランク付けし、公表する方法も考えられる。

○ 企業がプログラムを通してどの課題に取り組むべきかを決定する際には、事業に対する課題の重要性が左右する。企業の業務にとって重要な課題でなければならない。

○ 雇用以外の分野で障害者の受け入れを強化するためは企業の社会的責任活動を奨励し、地域社会に貢献することが重要である。日本では、企業にとって重要な分野でインセンティブプログラムに取り組んでいる企業には、特別なポイントが与えられ、ランク付けされるという評価システムを作ることができる。

○ ESG課題に取り組んでいる企業は収益性が高いことが既に論じられている。障害者を理解する人材が社内にいなければ、障害者の顧客に売り込むことは難しい。対応できない場合は、大きな金銭的なロスとなるだろう。

○ 特にBtoCの分野において、障害者への対応を収益性に繋げるための方法は幾つかある。まずはディスカウンテッド・キャッシュ・フロー(DCF)法の考え方である。障害者は何百万人もいるので、企業を評価する際に特定の市場の全体像を捉えることができないと、企業の将来価値に影響を与えてしまう。

○ 企業を成長させる方法は、地理的なものであれ、顧客であれ、より多くの市場を見つけることである。そして、会社を成長させるための人材を見つける方法は、雇用可能な人材の潜在的な市場プールを拡大することである。結果的に、会社の将来的な価値が高まる。外部のグループから採用された新しい従業員は、現在の市場と未開拓の市場をつなぐ橋渡し役となり、最終的に会社の収入増加に繋がる。

○ 人材の多様性は企業価値と人々の認識に大きな影響を与える。投資家は多様な人材を雇う企業を好む傾向がある。マイノリティグループに属する人材の流出は企業価値の低下に繋がる。そのため、企業はマイノリティの教育支援や社内の重要ポストへの登用などに積極的に取り組むようになる。

○ 米国ではダイバーシティはとても重要なテーマであり、気候変動の課題よりも注目を浴びているかもしれない。理由は、アメリカは人種差別など様々な問題を抱えているからである。現在ダイバーシティ&インクルージョンランキングが発表されていて、認知度に大きく影響するため、企業は上位を争っている。

○ ESGに障害者施策の観点を導入・主流化するために取り組むべきことは、障害を明確に定義し、顧客や従業員に健康状態の自己開示を促し、障害がスティグマ化しない適切な用語を使用し、様々な種類の障害について人々を教育し、障害者の受け入れを改善することだろう。

○ 合理的配慮の提供や不当な差別的取扱いの禁止等、障害者に対する取組は、リスクと機会、どちらとしても位置付けることができる。取り組まない場合は顧客や人材の喪失、市場機会の喪失、企業の評判の悪化に繋がる可能があるため、リスクとして位置付けることができるだろう。また、障害者に対して企業認知度を向上させることのできる機会として捉えることもできるだろう。

隣接・近隣分野

○ ESG分野での課題は、障害をスティグマ化せずに定義づけし、定量化を行うことだろう。障害という言葉自体がスティグマを生み出してしまうことから、より適した言葉を見つけるべきである。例えば“ウェル・ビーイング”という言葉を使って障害について議論をすると、人々にとって話しやすくなる。

○ 携帯電話やアプリなどのテクノロジーは障害者にとって大きな助けとなっている。例えばテレドクターは、患者が自己評価を行った後にAIによるアルゴリズムに基づいて、問題を特定し、対処法を推奨する。アイデンティティを開示せずに情報を共有できるよう、多くのカスタマイズがされている。

○ 多様な障害を見つけ出すことは障害者を社会に受け入れることと異なる。インクルージョンには、障害者と接している人たちに感情的な知性があることが重要だ。様々な機能障害を見つけ出す技術は進歩しているが、障害者の受け入れ自体はまだ遅れている。その理由は、障害者とともに仕事ができない人たちがいるからである。そのような人たちをどう教育し、サポートするかが課題となる。周知啓発や研修等を通じて意識を高めることが、障害者のインクルージョンに繋がるのはこうした理由もある。

アクションに向けて

○ 障害者施策を推進するために具体的な取組みが期待できるのは、まず(1)ESG要素に配慮した投資に係る枠組み(スチュワードシップ・コード等)である。スチュワードシップにはエンゲージメントが含まれる。次に期待できるのは(3)ESG要素を中心とする非財務情報の開示の枠組みである。エンゲージメントを行った後は、何らかのディスクロージャーを作り、開示可能なものを定める。しかし、知らないことは測れないので、何が可能かを知る前に投資基準を設定することは無駄である。ある程度の情報開示の枠組みがあれば、企業は障害者への対応を報告し始めることができ、規制当局は企業による報告を促すことができる。次に重要な分野は(2)ESG投資基準としての評価枠組みである。企業が開示できる内容を把握した後に、ある種の基準で企業を評価する事が出来るからである。最後に、4)ESG投資に関する機関投資家の方針を通して企業がどのような基準を用いているのかが分かった時点で、企業が報告すべきことについて発表することができる。


13 企業経営者に対する報酬支払いに関して株主が意見を言うことを認め、経営者報酬に関する議案を株主総会に諮り株主の投票の対象とする制度のこと

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