5.イランにおける障害者差別禁止法と国連審査の状況
5-1 イランの障害者差別禁止法と国内実施体制

(1) イランの障害者関連法制

 現在、イランにおいて、障害者政策の基礎となる法律は、障害者保護に関する包括法である。2004年に、イラン・イスラム共和国議会が障害者保護に関する包括法を採択し、施行されている106。この法律では、国(政府)が障害者の権利を保障し、アクセシビリティの確保やリハビリテーションなど、障害者の権利を保護するために必要な措置を実施することが定められている107
 また、イラン・イスラム共和国憲法においても、障害者に対する社会保障などの権利について言及されている108。イスラム革命以降、障害者の状況、その権利保護は、特に重要となり、憲法第3条、第21条、第29条の規定を実現するために国家福祉機関(State Welfare Organization ;SWO)を創設したとされている109
 イランでは、イランの障害者の大多数は、イラクとイランとの8年間の戦争に関連しているとの認識がある110。そのため、2007年に、「退役軍人に対するサービス提供に関する包括法」が、イスラム諮問評議会によって批准され、2011年に発効している。この法律により、傷痍軍人(WDPs)、捕虜、その家族に対する包括的なサービスの提供が可能となっている。

(2) 障害者政策の枠組み

 イランでは、5年間の中期計画をまとめた経済社会文化計画が策定されており、イラン・イスラム共和国第4次及び第5次開発計画には、障害者の権利を扱うため、幾つかの規定が含まれている。2005年から2009年までの計画が第4次経済社会文化開発計画であり、2011年から2015年までが第5次経済社会文化開発計画となっている。
 なお、「イラン統計年鑑(Iran Statistical Yearbook)2013-2014」では、現在の障害者数は、101万7,659人となっている111

(3) 国内の実施体制

 イランでは、障害者権利条約第33条に従い、福祉社会保障省(国家福祉機関)(the Ministry of Welfare and Social Security)、犠牲者・退役軍人財団(the Foundation of Martyrs and Veterans Affairs ;FMVA)を中央連絡先として指定している112。また、事前質問事項の回答では、「全国を通じて、福祉機関、犠牲者・退役軍人財団が条約の実施を関する責任を負う。この手続を監督するために、これら2つの組織の間で、政府行政機関の代表が参加する合同事務局が規定された。」と述べている113。ここでは、これらの機関に加えて、イランにおける条約実施に関係する主体について、以下に幾つか示す。

1)中央連絡先

1 国家福祉機関(the State Welfare Organization;SWO)

 国家福祉機関は、人間の尊厳を守ると同時に、非保険サービスを提供するために、16の組織、機関、団体が合併されて形成された。国家福祉機関の主要な目的は、リハビリテーション、障害者保護、障害及び社会的な損害の防止に関するサービスを改善すること、障害者の基本的なニーズの確保を支援することである114
 また、国家福祉機関は、公共の予算を利用し、障害者及び困窮者の援助を拡大する、最も重要な政府の保護機関の1つである、とされる。この機関は、イスラム革命後に、幾つかの慈善団体及び保護団体と合併し、事業を開始しており、厚生省の機構に関する法律(the Law on the structure of the Ministry of Welfare and Social Security)に基づき、社会保障機関及び医療サービス保険を合わせた、保健・医療・教育省から分離され、組合・労働・社会福祉省(the Ministry of Cooperative, Labor and Social Welfare)の所属になった、とされている115

2 犠牲者・退役軍人財団(the Foundation of Martyrs and Veterans Affairs;FMVA)

 前述のとおり、イランにおける障害者の大多数が、イラクとの戦争に関係しているため、その犠牲者、傷痍軍人、捕虜(Isargaran)、その家族に対して、尊厳と敬意を表すため、犠牲者・退役軍人財団(FMVA)が設立されている。
 1980年3月12日に、イスラム革命の指導者故エマーム・ホメイニの命令に従って、傷痍軍人(WDPs)、捕虜、その家族に名誉を与え、称賛するために、イスラム革命の犠牲者財団が設立された。そして、2004年に、その名称を犠牲者・退役軍人財団に変更している116

2)調整のための仕組み

 現時点で、イランにおける調整のための仕組みについて、明確な情報がない。事前質問事項において、「省庁間の調整を担当する中央連絡先の指定に関する情報」を求められており、その回答として、「障害者のための調整諮問委員会」を設置した旨が説明されている。
 この委員会は、2015年9月6日に政府が承認した内閣府令第77303号(Act No. 77303 of the Cabinet of Ministers)により、行政機関の措置を調整し、公共、民間部門の障害者の権利について追跡調査するために、設置された117。この諮問委員会は、行政組織の代表、非政府の障害者団体の代表、司法及び議会の代表で構成されている118。さらに、障害者保護に関する包括法の改正のための法案では、前法の適切な実施を監視するために、同名で、同様の諮問委員会が、規定されている119
 この諮問委員会との関連は不明であるが、以下で挙げる「少数グループ」が、イスラム諮問評議会内に設置されており、障害者政策の策定を担っていると考えられる。

・イスラム諮問評議会(the Islamic Consultative Assembly)内の少数グループ及び障害者の権利に関する立法府調査センター(Legislature Research Center and Parliamentary Fraction on the Rights of Persons with Disabilities)

 立法府(議会)であるイスラム諮問評議会内に、障害者の権利保護、障害を予防するための少数グループが形成されている。この少数グループは、障害者保護に関する包括法の実施、障害者を支援する新たな仕組みの構築について提言する120。このグループは、イランの最初の報告の作成に携わっている。
 また、少数グループは、議会の約100人で構成されている。この少数グループは、障害者保護に関する包括法の改正、障害者関連法の採択、保護プログラム、障害者に特別予算を割り当てるための政府の年次予算作成の相談など、立法分野において障害者の権利を支援するものである121

3)その他の組織

1 エマーム・ホメイニ救済委員会(Imam Khomeini Relief Committee)

 イスラム革命の勝利後、第2革命団体として、1979年3月5日に、イスラム革命指導者故エマーム・ホメイニの命令に従って、設立された。エマーム・ホメイニ救済委員会は、イランのイスラム革命の崇高な目的を実現し、困窮者、貧困者の保護、救済を広げ、彼らを自立させることを目的としている122

2 イラン・イスラム共和国の赤新月社(the Red Crescent Society)

イラン・イスラム共和国の赤新月社(IRCS)は、1922年に、「イラン赤獅子太陽社」の名称で設立され、1980年に、国家協会が、イラン・イスラム共和国の赤新月社に名称及びエンブレムを変更している123

4)関係主体の全体像

イランにおける条約実施の関係主体について、全体像を図表に示す。この図表は、イランの包括的な最初の報告で、障害者保護に関する監視の仕組みとして示されているものである。

図表5-1 イランの国内実施体制(図表5-1のテキスト版

(出所:CRPD/C/IRN/1に基づき作成)


106 CRPD/C/IRN/1 paragraph9.
107 細谷幸子、2011年、「イラン・イスラーム共和国「総合的な障害者権利支援法」」、イスラーム世界研究 第4 巻1-2 号、435-440ページを参照した。
108 イランの憲法については、以下を参照した。「西修、1980、<資料>イラン・イスラム共和国憲法、政治学論集12号、81-111ページ。」
109 CRPD/C/IRN/1 paragraph7.
110 CRPD/C/IRN/1 paragraph8.
111 Presidency, Management and Planning Organization, Statistical Centre of Iran,『Iran Statistical Yearbook 1392 [March 2013-March 2014]』 15. WELFARE AND SOCIAL SECURITY.(https://www.amar.org.ir/Portals/1/yearbook/1392/15.pdf)
112 CRPD/C/IRN/1 paragraph182.
113 CRPD/C/IRN/Q/1/Add.1 paragraph169.
114 CRPD/C/IRN/1 paragraph7.
115 CRPD/C/IRN/1 Explanations of the names2.
116 CRPD/C/IRN/1 Explanations of the names1.
117 CRPD/C/IRN/Q/1/Add.1 paragraph166.
118 CRPD/C/IRN/Q/1/Add.1 paragraph167.
119 CRPD/C/IRN/Q/1/Add.1 paragraph168.
120 CRPD/C/IRN/1 paragraph12.
121 CRPD/C/IRN/1 paragraph183.
122 CRPD/C/IRN/1 Explanations of the names3.
123 CRPD/C/IRN/1 Explanations of the names5.

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