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第3章 調査結果の分析・解説 -1

(本章の内容は、すべて執筆者の見解であり、内閣府の見解を示すものではありません。)

高齢者の生きがいとその規定要因

中央大学大学院戦略経営研究科教授 佐藤博樹

1. 分析内容

本稿では、高齢者の生きがいの現状を紹介したのち、生きがいを規定する要因を探索的に分析する。

分析の対象とする「生きがい」に関しては、学術的な共通理解のある概念ではない。だが、日常的にはしばしば使われる用語であることから、人々の間に一定の共通理解があると言えよう。例えば、『広辞苑(第7版』(岩波書店)は、生きがいに関して「生きるはりあい。生きていてよかったと思えるようなこと」と定義し、『世界大百科事典 第2版』(平凡社)は「人生の意味や価値など、人の生を鼓舞し、その人の生を根拠づけるものを広く指す。〈生きていく上でのはりあい〉といった消極的な生きがいから、〈人生いかに生くべきか〉といった根源的な問いへの〈解〉としてのより積極的な生きがいに至るまで、広がりがある」と説明している。つまり、人が「生きがい」を感じることができる状態とは、単に生存が維持されているだけでなく、多少なりも生活において充足感や達成感を得ることができている状態と言えよう。また、人が「何」に生きがいを感じることができるかは個人によって異なるものであるが、同時に時代や社会によって共通する傾向も確認できる。例えば、日本の戦後を振り返ると、人々の「生きがい」の対象は、物質的な豊かさから精神的な豊かさへと推移してきたと言えよう。

分析に利用する調査は、「生きがい」に関して「あなたは、現在どの程度生きがい(喜びや楽しみ)」を感じていますか」と尋ね、「十分感じている」「多少感じている」「あまり感じていない」「全く感じていない」の4段階の選択肢から一つを選ぶように依頼している。この回答結果を分析対象者の高齢者の「生きがい」として分析する。

2. 「生きがい」の現状

調査対象者の生きがいの現状は、「十分感じている」が30.9%、「多少感じている」が47.5%、「あまり感じていない」が18.6%、「全く感じていない」が3.1%となった(「不明・無回答」を除く)。

表1が、生きがいを男女別に分けて集計した結果である。有意確率(5%水準を基準とする)を見ると、性別と生きがいの間には統計的に有意な関係にあるとは言えないことがわかる。

表1 男女別にみた生きがい

表1 男女別にみた生きがいの図 表1 男女別にみた生きがいの図

表2は、年齢階層別にみた生きがいの現状である。年齢階層と生きがいの間には、統計的に有意な関係があり、年齢が高くなると生きがいが減少する傾向を確認できる。

表2 年齢階層別にみた生きがい

表2 年齢階層別にみた生きがいの図 表2 年齢階層別にみた生きがいの図

さらに、男女年齢階層別に生きがいの状況をみたものが表3である。これによると男女別に分けると、男性では年齢階層と生きがいの関係は統計的に有意とは言えず、他方で、女性では年齢階層と生きがいの関係は統計的に有意で、女性では年齢階層が高くなると生きがいが低下することが確認できる。つまり、女性のみに生きがいに対する加齢の減少効果があると言える。

表3 男女年齢階層別にみた生きがい

表3 男女年齢階層別にみた生きがいの図 表3 男女年齢階層別にみた生きがいの図

さらに、健康状態の主観的評価と生きがいの関係が表4である。同表によると、両者の関係は統計的に有意で、健康状態に関する主観的な評価が悪くなると、生きがいが低下することが確認できる。

表4 健康状態と生きがい

表4 健康状態と生きがいの図 表4 健康状態と生きがいの図

このほかデータは示さないが、親しい友人・仲間の人数と生きがいの関係は統計的に有意で、親しい友人・仲間が少なくなると生きがいが低下する関係がある。また、家族や友人などとの会話の頻度は、生きがいと統計的に有意な関係にあり、家族・友人との会話の頻度が少なくなると生きがいが低下する。

就業の有無や社会参加活動の有無も生きがいと統計的に有意な関係にあり、就業していないことや社会参加活動に参加していないことは、生きがいを低下させる影響がある。最後に、世帯収入と生きがいとの関係も統計的に有意で、世帯収入が低下すると生きがいが低下する関係が確認できる。

3. 生きがいの規定要因に関する多項ロジット分析

これまでにクロス集計から生きがいと関係のある要因を検討してきた。ここでは、それぞれの要因がどのように生きがいを規定するかを多項ロジット分析で検討することにしたい。

表5 目的変数と説明変数

表5 目的変数と説明変数の図

表6 生きがいの規定要因に関する多項ロジット分析(基準:<生きがいを感じていない>)

表6 生きがいの規定要因に関する多項ロジット分析の図

モデル適合情報の図
疑似R2乗の図
処理したケースの要約の図

<生きがいを感じていない>と「生きがいを十分感じている」を比較すると、「生きがいを十分感じている」に貢献するのは、世帯収入が増えること、健康状態が良いこと、親しい友人・仲間の人数が増えること、家族や友人との月の会話頻度が増えること、社会参加していることである。この点は、<生きがを感じていない>と「生きがいを多少感じている」を比較した場合にも同じように該当する。

他方で、同じく<生きがいを感じていない>と「生きがいを十分感じている」を比較すると、性別や未既婚、さらには同居者の有無、年齢階層、就業の有無が、「生きがいを十分感じている」ことに貢献する関係は統計的に有意ではない。つまり、結婚していることや子供がいること、他の変数を統制すると、年齢階層が低いこと、さらには就業していることが、<生きがいを感じていない>と比較して、「生きがいを十分感じている」ことに貢献するわけではない。この点は、<生きがを感じていない>と「生きがいを多少感じている」を比較した場合にもあてはまる。

つまり、高齢者は、未婚者であったり同居者がいなくても、あるいは年齢を重ねても、世帯収入は重要にはなるが、それ以上に健康状態を維持できたり、親しい友人・仲間を持っていたり、家族や友人と会話する機会があること、さらには、社会活動に参加していることが、「生きがい」の向上に貢献するのである。