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第3章 調査結果の分析・解説 -4

(本章の内容は、すべて執筆者の見解であり、内閣府の見解を示すものではありません。)

高齢者の健康に関する調査
「高齢者の就業状況とその関連要因について」

福島県立医科大学 理事兼副学長、
医学部公衆衛生学講座 教授 安村誠司

1. はじめに

日本では総人口は減少傾向に入っており、15歳以上人口も、2016(平成28)年以降は減少傾向にある。15歳以上人口のうち、2021(令和3)年の労働力人口は約6,860万人であり、労働力人口のうち65歳以上の高齢者は約929万人(13.5%)と報告されている1)。労働力人口に占める65歳以上の割合は、1990年代(2007年、8.2%)から上昇している。また、現在仕事をしている高齢者の約4割が「働けるうちはいつまでも」働きたいと回答しており、高い就業意欲を持っている高齢者が一定数存在している2)。なお、60歳以上になると、男女ともに非正規職員・従業員としての雇用が急増している1)

また、令和4年就労条件総合調査3)によると、定年制を定めている企業の割合は全体の94.4%であり、一律定年制を定めている企業(96.9%)のうち、定年年齢が65歳以上の企業は24.5%であり、平成17年以降の調査年において過去最高となったと報告されている。また、一律定年制を定めている企業のうち、勤務延長制度又は再雇用制度、若しくは両方の制度がある企業割合は94.2%と報告されており、定年後も仕事を継続することができる環境がかなり整備されつつあると言える。

高齢になっても元気であるから仕事が継続できるのか、仕事を継続することによって、心身の健康が維持されるのか、という点では両方の側面があると考えられる。そこで、本稿では、高齢者の就業の実態と健康の関連状況について検討することとした。

2.「収入のある仕事」への就業状況

2,414人のうち「収入のある仕事をしている(以下、仕事あり)」は693人(28.7%)であり、「収入のある仕事はしていないが、仕事を探している」は38人(1.6%)、「収入のある仕事はしていない」は1,521人(63.0%)で、これを合わせた「仕事をしていない」人(以下、仕事なし)は1,559人(64.6%)であった。

1)関連要因について(単変量解析)

(1)性別、年齢階級別

「仕事あり」は「仕事なし」と比べ、性・年齢階級別では、男性の方が女性より有意に多く(P<0.01)、74歳以下が75歳以上より有意に多かった(P<0.01)であった(表1)。

表1 性別、年齢階級別の「収入のある仕事」への就業状況
表1 性別、年齢階級別の「収入のある仕事」への就業状況の図

(2)「仕事の有無」に関連するその他の関連要因

婚姻状況、同居者人数、子供の有無(同居・別居)、最終学歴、健康状態、手段的自立(IADL)、日常生活全般の満足度、健康づくりで心がけていることの有無、将来、介護が必要な状態(要介護2程度)になった時の具体的な不安が「収入がなくなること」、生きがいの有無について、仕事の有無との関連を分析した。

χ2検定、Cochran-Armitage検定で、同居人数、最終学歴、健康状態、手段的自立(IADL)、日常生活満足度、健康について心がけているか、将来の要介護2における具体的な不安が「収入なし」、生きがいが、仕事の有無と統計学的に有意に関連していた(表2)。

表2 仕事の有無に関連する要因
表2 仕事の有無に関連する要因の図

2)「仕事の有無」の関連要因に関する多変量解析

従属変数を、「収入のある仕事」の有無とし、上記、単変量解析において統計学的に有意になった要因と、性、年齢階級を独立変数とする多重ロジスティック回帰分析を行った。

統計学的に有意であった要因は、性別(男性であること)、年齢階級(若いほど)、同居者人数(多いほど)、最終学歴(高いほど)、健康状態(良いほど)、手段的自立(得点が高いほど)、将来の要介護2における具体的不安が「収入なし」(そうである)、生きがい(十分に、多少感じている)が、統計学的に有意な関連を認めた。

なお、日常生活満足度(満足・やや満足)は、統計学的に有意ではないものの有意な傾向を認めた。

表3 「仕事の有無」に関連する多重ロジスティック回帰分析結果
表3 「仕事の有無」に関連する多重ロジスティック回帰分析結果の図

仕事の有無は、あり=1、なし=0。性別は、男性=1、女性=0。年齢階級は、85歳以上=1、75~84歳=2、65~74歳=3。最終学齢は、小学校・中学校=1、高等学校=2、短期大学・高専・専門学校=3、大学・大学院=4。健康状態は、あまり良くない・良くない=1、普通=2、良い・まあ良い=3。日常生活満足度は、やや不満・不満である=1、満足・まあ満足している=2。健康について心がけているかは、心がけていない=0、心がけている=1。将来の要介護2における具体的不安が「収入なし」は、当てはまらない=0、当てはまる=1。生きがいは、あまり・全く感じていない=0、十分に・多少感じている=1。

3.考察

1)5年前の調査結果との比較について

2021(令和3)年の労働力調査1)によれば、65歳以上の労働力人口比率は男性で34.9%、女性で18.4%であった。高齢者になっても収入のある仕事を継続している高齢者が多いことがわかる。

5年前の本調査4、5)では、「仕事あり」の割合は、男性で33.4%、女性で20.4%であり、男女合計で、65歳以上で仕事をしている人の割合は、26.4%であった。今回は、男性で35.7%、女性で22.4%であり、全体で28.7%であったことから、5年間で2.3ポイント、約10%の増加が認められた。働く高齢者が引き続き増加していることが明らかになった。

2)「収入のある仕事あり」という就業していることの関連要因について

高齢者の就業の理由は経済的なことが最も大きく、就労意欲が関連していることが知られている。55歳~74歳の男性を対象とした調査によれば、高齢者の就労意欲は年齢とともに低下するが、就労意欲に関連しているのは、「生涯学び続けたい」など自己啓発的な生活意識、向学心であることが明らかになっている6)。本分析では、就業の有無に関連すると考えられる要因での検討を試みたが、あくまで使用できる変数は本調査に採用された変数であり、上述のように、自己啓発的な生活意識、向学心などの意識、意欲に関する項目は含まれていない点で一定の限界はある。しかし、執筆者が医学中央雑誌、PubMed等で調べた結果では、国内だけではなく、また、世界的にみても、就業の有無の関連要因を分析した研究成果は、報告を見つけることはできなかった。その点で、本調査データを用いた本分析は大変貴重なものであると言える。

本研究の結果、有意になった要因は、大きく、①身体的要因:健康状態(良いほど)、手段的自立(得点が高いほど)、②心理的要因:将来の要介護2における具体的不安が「収入なし」(そうである)、生きがい(十分に、多少感じている)、③社会的要因:同居者人数(多いほど)、最終学歴(高いほど)、に分類することができる。

①身体的要因:健康状態(良いほど)、手段的自立(得点が高いほど)

基本的に、言うまでもなく、一定程度の健康状態が維持できており、身体的に自立していることが、就業を可能にすることは、容易に想像できる。心身ともにある程度の健康であることが就業を可能にしているということは、今後も、より健康な高齢者が増加するであろうことから、就業可能高齢者が増加することが推測される。

②心理的要因:将来の要介護2における具体的不安が「収入なし」(そうである)、生きがい(十分に、多少感じている)

将来の要介護2における具体的不安が「収入なし」(そうである)については、実際の預貯金がどの程度あるかとは無関係に、回答者自身の「具体的不安」に「収入なし」があるという点で、心理的な不安により、就業をしよう、または、就業しなければならないと考える点で、「負の」心理的条件と判断できる。一方、生きがいは「感じている」が「感じていない」に比べて1.853倍、「仕事をしている」割合が多く、「生きがい」があるから、仕事に励めると考えられ、「正の」心理的条件と言える。ただし、逆に、収入のある仕事をしていること、または、仕事自体をしていることが、生きがいとなっている場合、つまり、因果の逆転の可能性もあると考えられる。

③社会的要因:同居者人数(多いほど)、最終学歴(高いほど)

同居者人数も多いことが就業の要因になっており、同居人数が多いことで、収入を得なければならないから就業する、と解釈できる。一方で、一定程度の収入があるため、より多くの人数で同居できているとも考えられる。また、最終学歴が高いことが有意に関連した点については、高齢になるほど管理的業務に移行する場合が多いことや、知識集約的業務は、より高齢になってからも就業が可能になりうると考えられ、これらは、社会的要因と言える。

3)本研究の限界と長所

本分析は、横断研究であり、因果関係を確定することはできない点が、本研究の限界である。今回、多変量解析において説明変数に採用した変数である、例えば、同居者人数が有意に関連していたが、同居人数が多いことは、就業し、一定の収入があることで、同居を可能にしている可能性もあり、因果の逆転の可能性がある。

先行研究には、収入を伴う就業は、その後の日常生活動作(ADL)の維持に有効であるとの縦断研究の結果もあり、収入を伴う仕事をしていることが高齢者の健康維持に貢献しているとの報告7)もある。本分析でも、就業していることで、健康状態や手段的自立(IADL)が保たれているという国際機能分類ICF(International Classification of Functioning)の考え方に当てはまるとの解釈もできる。生きがいも、就業しているから、生きがいを持てるという因果関係は逆の方が理解しやすいかもしれない。同じように、日常生活満足度(満足・やや満足)も、就業しているから、日常生活満足度が高い傾向になったとも解釈できる。

このように、因果の逆転の可能性のある変数もあるが、今まで、日本の代表性のある一般高齢者を対象に、「収入のある仕事」をしているか、していないか、という視点での分析はなく、本報告は極めて貴重なものであると考える。

4.まとめ

本調査結果から、「収入のある仕事」をしている高齢者(就業)が男女ともに増加していることが明らかになった。また、「収入のある仕事」をしている高齢者の関連要因として、身体的、心理的、社会的要因を明らかにすることができた。

調査結果から、健康状態の維持を基盤として、心理的、社会的要因が関連して、高齢者が「収入のある仕事」をしている状況が示唆された。

今後の課題として、因果関係を明確にするためにも、調査方法として縦断調査デザインを検討することが極めて重要であると考える。真に、「収入のある仕事」をしていることに関連する要因を明らかにすることと、その仕事をしていることによる身体的、心理的、社会的な影響・効果を評価することは、今後の高齢者の「働き方」を考えるうえで極めて重要であると考える。

高齢者がその人に合った形で働ける環境を整備することは、高齢者の健康維持、生きがい、満足度にもつながる可能性を示しているばかりでなく、社会貢献としての大きな意義もある。

今後、さらに人口の高齢化が進行する可能性があり、身体的には就業可能な高齢者数は増加する可能性は高い。本調査結果に基づき、高い就業意欲を持っている高齢者が就業を希望した際には、その希望に添えるような適切な支援が、適時、実施されるような支援の仕組み、施策が望まれる。

【参考文献】

  1. 総務省統計.令和3年度 労働力調査年報.2021
  2. 内閣府.令和4年版高齢社会白書(全体版).P24, 2022
  3. 厚生労働省.令和4年就労条件総合調査の概要.P11-14, 2022
  4. 内閣府政策統括官.高齢者の健康に関する調査.2018.3
  5. 安村誠司.高齢者の健康に関する調査 高齢者(中高年者)の就業状況とその特徴.内閣府政策統括官.高齢者の健康に関する調査.P133-138, 2018.3
  6. 松本 恵.高齢者の就労意欲に関わる要因 ―生活意識との関係性についての考察―.Work Review. Vol.1,162-173, 2006
  7. Fujiwara Y, Shinkai S, Kobayashi E, et al. Engagement in paid work as a protective predictor of basic activities of daily living disability in Japanese urban and rural community-dwelling elderly residents: An 8-year prospective study. Geriatr Gerontol Int. 2016 Jan;16(1):126-34. doi: 10.1111/ggi.12441. Epub 2015 Jan 22.