第1章 高齢化の状況(第2節 コラム1)
第2節 高齢者の姿と取り巻く環境の現状と動向(コラム1)
コラム1 介護離職の防止に向けて~介護と仕事の両立支援に取り組む民間企業~
高齢者人口の増加に伴い、介護保険制度における要支援・要介護認定者数は増加傾向にある。今後は団塊世代が70歳代に突入することから、この傾向は続くと見られ、子や子の配偶者が介護を担うケースが多い我が国においては、その世代にあたる、いわば働き盛りの世代の介護の負担が増すことが予想される。
必要とする介護の内容は個々人で異なり、また介護を必要とする期間も不明で先が見えにくいことから、離職や転職を余儀なくされる場合も少なくない。
介護をしながらでも長く働き続けることができる環境を整備し、介護を理由とする離職を防ぐことは、企業において貴重な人材を守るとともに、介護者が経済困窮に陥るリスクを軽減する上でも、重要な取組である。
政府では『安心につながる社会保障』として「介護離職ゼロ」を掲げて、様々な施策を実施することとしている。このコラムでは、民間企業で取り組まれている、介護と仕事の両立支援について紹介する。
仕事と介護の両立への取組
アステラス製薬株式会社
アステラス製薬株式会社
社員数 5408名(男性4,292名、女性1,116名)
事業内容 医薬品の製造・販売および輸出入
URL http://www.astellas.com/jp/
取組の背景
アステラス製薬では、2007年より女性活躍を中心としたダイバーシティ推進に取り組んでいる。ダイバーシティの実現には、多様な社員一人一人が職務に全力投球できる環境の整備や意識醸成が重要と考え、育児や介護を含むライフイベントと仕事との両立支援にも力を入れている。
安全で安心して働ける環境の整備
従来、人事制度の基本的な考え方の中に「安全で安心して働ける環境の整備」があり、それに基づいた制度を設計していたが、2009~10年にダイバーシティ推進施策の一環として介護支援制度の大幅な見直しに着手した。
具体的には、介護休暇を5日間有給で、介護休業は通算で1年間取得できるようにした。介護(育児)を理由とした短時間勤務は事由解消まで、1時間、2時間、半日、1日の時短の中から選択できるようにした(月の勤務時間の25%以内)。また、看護休暇を子に加えて親や配偶者の場合も対象とし、介護にも利用できるようにした。
しかし制度を改訂したにもかかわらず、介護支援制度の利用者は育児に比べ限られた人数にとどまっていた。全社員を対象に介護に関するアンケートを実施したところ、制度を利用しない理由として、制度の認知や理解の不足があることがわかった。そこで2013年度から、仕事と介護の両立に関する啓発の取組を開始し、介護保険制度や自社制度を解説した冊子を作成して全社員に配布するとともに、両立に関するセミナーを全国の事業所で実施し、セミナーに参加できなかった社員に対してはWeb上でセミナー動画を配信した。さらに社内イントラに介護に関する基本的な情報をまとめたページを用意し、いつでも閲覧できるようにした。また、「要介護状態ではないが余命が限られている終末期医療期の家族と、悔いのない時間を過ごしたい」という社員のニーズに配慮し、対象家族一人につき最長1年間休業できる「寄り添い休業」を導入した。
取組の結果
一連の取組の結果、自社制度の利用者は少しずつ増えている。特に介護休暇制度の利用者の増加が顕著で、以前の利用人数は年間10~20名程度だったが、啓発活動後は約30名以上に増えた(人数はグループ会社を含む)。制度を活用してもらうには、制度を作るだけでは十分ではなく、本人や職場の理解が進むことが必要との認識が共有されるようになった。
今後の課題と取組
現在の課題は「介護中も短時間勤務や休業を利用せず普通に働き続けたい」「キャリアや評価を諦めたくない」というニーズへの対応だ。同様のニーズは育児中の女性にもある。社員への意識啓発は継続して実施しているが、それだけでは解決できない状況もある。
そこで2016年度からは、在宅勤務制度を改訂することにした。これまでは「介護を理由として在宅勤務する場合は週に一回出勤する」などの制限があるが、2016年度からは大幅に緩和している。さらに2015年度より「働き方改革」に取組み、長時間労働をしなくても効率的に成果が出せる意識の醸成や業務プロセス改善を目指して全社的な取組を進めていくこととしている。
介護に関する取組
- ①休暇や休業に関する制度
- 介護休暇(対象家族が1人の場合5日、2人以上の場合10日)
- 介護休業(通算1年間 ※同一の要介護状態が継続している場合でも、複数回取得可能)
- 短時間勤務(複数時間帯から選択可 ※事由解消まで取得可能)
- 看護休暇(子とは別途に、配偶者または親の介護が必要なときに5日)
- 寄り添い休業(家族余命宣告時に1週間以上6か月以内の範囲で2回まで取得可能)
- ②補助制度※社員共済会からの補助
- 介護支援補助(一時的に介護施設・機関又はヘルパーを利用した場合に対する補助)
- ③周知・啓発
- 介護保険制度や自社制度に関する冊子の全社員配布
- 介護と仕事の両立に関するセミナー
- 社内イントラを使った、介護に関する情報提供
介護離職防止に向けた取り組み~「介護」を理由に仕事を諦めない~
東日本旅客鉄道株式会社
東日本旅客鉄道株式会社
社員数 58,550人(2015年4月1日現在)
事業内容 鉄道業
URL http://www.jreast.co.jp/
昭和62年の会社発足当初約8万人超の社員数が、約6万人にまで減少する中、限られた人数で最大のパフォーマンスをあげる生産性向上を図る必要性と、鉄道という公共性の高い社会インフラを担う企業として、どのような役割を果たし、何をめざして進化を遂げていくのか、技術革新、技術継承の中で確認、問い直しをしているところである。
そうした問題意識を背景に、多様な人材が活躍する際、「育児」や「介護」が働き方に制約を与えることもあることから、必要な制度整備と職場風土の醸成を中心に取り組んできた。
取組みについて
国内外の急激な社会変化や多様なお客さまニーズに対応するには、同社グループで働く社員等が有する性別などの属性、経験及び技能を反映した多様な視点や価値観の違いが、強みになると考えている。多様な人材がその能力を最大限発揮できる企業グループをめざし、ダイバーシティ他各種施策に取り組み、人材の育成・活躍を基本的哲学に大いに反映させている。
ワーク・ライフ・プログラム
2009年から「ワーク・ライフ・プログラム(愛称ワラプロ 以下、WLP)」を推進している。「男女共同参画」「ワーク・ライフ・バランス」の両輪を回し、社員の多様性(ダイバーシティ)を活かす組織を目指してきた。
ミドル、シニア層の社員や女性社員、育児や介護などに携わりながら働く社員など、年齢や性別にかかわらず多様な社員が、ワーク・ライフ・バランスを充実させ、その能力を発揮し、いきいきと活躍できる職場づくりが重要であるとの考えのもと、育児と介護を理由とした短時間・短日数勤務制度などの仕事と家庭を両立する「制度」と、制度を利用しやすい「企業風土づくり」の両面から取り組みを行っている。
取組みの背景と思い
社員の年齢構成は、50代が4割を占め、50代以下の世代が6割かつ、40代が極端に少ない2山に分かれた特徴的な年齢構成になっている。この6割の社員の多くは子育て世代である。しかし介護については、すべての社員が「介護世代」と捉え、法令を上回る介護休職期間(365日)を整備している。介護を理由とした短時間・短日数制度利用者は少ないが、介護休職は19人(2015年4月1日現在)となっている。
多くの社員が、不規則勤務(夜間、シフト勤務等)に就き、仕事内容、配属や人事異動についても性別は関係ない。そのためワーク・ライフ・バランス施策は、男女双方が関わるものとして位置付け、性別はもちろん、全ての職場において仕事と育児・介護の両立支援制度利用が可能であることを前提とし、制度設計等においても徹底している。これは、鉄道事業という、業務の特殊性に鑑み、実用的な両立支援制度を取り入れ浸透させることで、同社が考える「誰もが活躍できる」ということにつながると考えている。かつては「家庭のことは仕方ないもの」として「離職やむなし」だったものが、「どうしたら続けられるのか」「どう復職するか」を支援する方針へ切り替え、会社からのメッセージを発信し続けてきたことによる。
また、年次有給休暇の取得促進を含めた総労働時間の短縮やフレックスタイム制の導入等にも積極的に取り組んでいる。
今後に向けて
終わりの見えない介護を理由とした離職は、優秀な社員やマネジメント層を失うことになり、大きな損失である。「働きたい」「働き続けたい」という社員の意欲に応え、すべての現業機関での制度利用を可能としたことは、経営的には非効率であったが、「超えねばならぬ壁」として経営トップが決断し、メッセージを丁寧に発信しており、今後も継続していくこととしている。
また、制度を利用する社員の不在中の職場や同僚の理解、カバー力、職場マネジメントを引き出している。復職や就業継続を可能にする工夫をすることで、男女とも育児や介護などの個人的な事情を抱えても仕事を離れずに済み、あるいは休職しても仕事に戻って活躍できる職場風土の醸成を継続していくこととしている。
介護に関するWLP施策
- ①介護期の働き方の選択肢増
- 短時間勤務(6時間勤務)
- 短日数勤務
(月に4日間の休暇取得可能) - 介護休業制度
対象家族1人につき365日取得可能
- ②社内コミュニケーション支援
- ポータルサイト運営
(双方向の情報発信) - 社員ネットワーク活動(機関別会議)
- ポータルサイト運営
- ③企業風土醸成
- 「両立支援ガイドブック」の全社員配布
- 社内報、フォーラム等でのトップメッセージ発信
- ④労働時間制
- 全企画部門へのフレックスタイム制度