第1章 高齢化の状況(第3節 トピックス1)

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第3節 <特集>高齢者の住宅と生活環境に関する意識(トピックス1)

トピックス1 認知症不安ゼロのまちづくり~愛知県大府市の取組~

愛知県大府市は、昭和45年の市制施行以来、「健康都市」を都市目標に掲げ、昭和62年には、個人の健康のみならず、地域社会全体で健康なまちとなることを目指す「健康づくり都市宣言」を行い、保健・医療・福祉に関する総合的な施策の推進に取り組んできたが、平成29年12月には認知症に対する不安を解消し、「だれもが安心して暮らすことのできる」まちの実現を目指して、全国で初めての認知症に関する条例を制定した。「認知症に対する不安のないまち おおぶ」の実現に向けた「認知症を予防できるまち」「認知症になっても安心して暮らせるまち」づくりのための様々な取組を紹介する。

1 大府市の概要

市の北部が名古屋市と隣接している大府市の人口は92,345人(※)で、現在も人口が微増している。高齢化率は21.33%(※)であり、全国平均28%よりも約7%低い。30代、40代の比較的若い世代が増加している一方で、高齢化率も年々高まっており、特に後期高齢者の増加率が高くなっている。そのうち、65歳以上の認知症の方は65歳以上人口19,700人(※)に対して推計で3,152人(※)であり、今後も増加が見込まれている。((※)は平成31年3月1日時点)

市内には、全国に6ヶ所ある国立高度専門医療研究センターのひとつであり、全国で唯一の老年学や認知症に関する総合的な研究機関である国立研究開発法人国立長寿医療研究センター(以降、国立長寿医療研究センターと略す)や、全国に3ヶ所ある、認知症介護研究・研修センターのひとつである、認知症介護研究・研修大府センターが立地している。

2 大府市の認知症施策

(1)大府市の認知症施策の推移

大府市では、平成19年度から認知症サポーターの養成講座を始め、平成21年度には愛知県認知症地域資源活用モデル事業を受けて、キャラバン・メイトの養成、行方不明者捜索模擬訓練、見守りネットワークの構築、メールマガジンの配信等を開始した。また、平成23年度から認知症地域支援推進員を配置し、認知症の方や家族等への相談支援の充実を図っている。

また、国立長寿医療研究センターとは、平成23年度に実施した「脳とからだの健康チェック2011」を始めとし、平成27年度から3年間「認知症不安ゼロ作戦」を共同事業として実施しており、事業の成果を、認知症予防、認知機能検査等の取組として地域に展開している。

なお、平成19年には、市内に住む認知症の方が鉄道事故で亡くなり、認知症の方を介護する家族の監督義務の在り方をめぐって最高裁判所まで争われることとなり、裁判の過程を通じて社会的にも大きな注目を集めた。平成28年3月の判決では家族に賠償責任はないとされたが、認知症の方のひとり歩きによる行方不明、事故や、賠償責任が生じた場合の救済等の課題について市として考える契機となった。

(2)大府市認知症に対する不安のないまちづくり推進条例の制定

大府市は、「認知症に対する不安のないまち」のモデルを目指すとともに、市民や関係機関と一体となり、認知症予防や認知症にやさしい地域づくりの取組をより一層加速させるため、先に述べた鉄道事故からちょうど10年が経過した平成29年12月に、全国で初めてとなる認知症施策の基本条例「大府市認知症に対する不安のないまちづくり推進条例」を制定した(平成30年4月施行)。

同条例は、認知症になることの不安と、認知症になった後の不安の両者に対応した認知症施策の総合条例として、施策を推進する上での指針となる基本理念に加え、市民や地域組織、事業者や関係機関といった幅広い主体の役割や、市の責務と具体的な施策等を規定している。

大府市認知症に対する不安のないまちづくり推進条例 概念図
(3)条例施行に伴う新たな認知症施策の展開

同条例が施行された平成30年度から、認知症予防の取組として、オーラルフレイルに着目した歯科・口腔機能健診を開始したほか、認知症になっても安心して暮らせるまちづくりのための見守りネットワークの充実に向けて、行方不明になるおそれのある認知症の方の情報を事前に登録する「認知症高齢者等事前情報登録制度」と、もしもの事故に備えた「認知症高齢者等個人賠償責任保険事業」(事前登録をした方が対象。)を開始した。

あわせて、認知症の方の気持ちや行動に対する正しい理解の啓発のため、「徘徊」という用語の使用を避け、その時々の状態に最もふさわしい表現を用いる方針を打ち出し、広がりを見せている。

認知症の方の行方不明や事故を未然に防ぎ、行方不明になった場合には、早期発見・保護できるような地域づくりのために、認知症の方やその家族の理解者となる「認知症サポーター」を増やすことも重要である。条例施行前の時点で、既に国が定めた「認知症サポーター」数の目標値を達成していたが、さらに数を増やすため、条例施行後3年間で認知症サポーターを倍増させる「認知症サポーター養成2万人チャレンジ」を重点事業としてキャンペーンを展開し、学校、職域、地域等の様々な場面で認知症サポーター養成講座を実施している。

また、大府市では毎年、市民向け啓発事業として「認知症フォーラム」を開催しており、平成30年12月21日には、条例制定1周年を記念して、「認知症フォーラムinおおぶ 認知症とともに生きるまち~『認知症不安ゼロのまち おおぶ』の実現を目指して~」をテーマに「認知症不安ゼロのまちづくり」について発信を行った。

(4)見守り・支援体制

大府市では、従来から認知症の方やその家族を支援する様々な取組を進めている。

認知症の方を介護する家族の介護負担軽減や、行方不明になった際の早期発見・保護のために、見守りネットワークの事前登録制度に登録した認知症の方を地域で見守る体制を構築し、本人、家族が安心して生活できる、顔の見える地域づくりを進めている。

さらに、認知症の方やその家族をはじめ、認知症の人に関わる専門職や、地域住民のだれもが気軽に集い、参加することができる居場所として「おおぶ・あったか認知症カフェ」を設置している。

また、認知症の方を介護している家族を対象とした講座である認知症家族支援プログラム講座も年6回開催している。

3 大府市認知症不安ゼロ作戦

大府市では、国立長寿医療研究センターと連携した「認知症不安ゼロ作戦」を実施し、認知機能低下の早期発見や進行防止、認知症にならないために認知症予防を推進し、また、認知症になっても安心して暮らせるまちを実現するためのプログラムを作成した。このプログラムは「脳とからだの健康チェック」、「プラチナ長寿健診」及び「コグニノート」という事業を柱とした多くのスキームから成り立っている。主な事業について説明する。

大府市における認知症不安ゼロを目指す取組内容
(1)脳とからだの健康チェック

「脳とからだの健康チェック」とは、老年期における重大な問題である認知症及び要介護認定に影響を与える因子を抽出するため、市内65歳以上の方を対象に、認知機能・体力測定・アンケート調査・血液検査の4つの検査を行うものである。平成23年に初めて実施し、参加者は5,011人であった。その後、平成27年度から平成28年度にかけて同様の検査を実施し、参加者は5,534人であった。2回の実施において、脳とからだの健康チェックのデータだけでなく経時的な変化に対する縦断的解析も行っている。

平成23年度に実施した検査結果とその後の認知症への移行率を比較すると、認知機能が良好であった方に比べ、軽度認知機能障害(mild cognitive impairment: MCI)に相当する方は約2倍、さらに低下していると判定された方は約5倍、4年の間に認知症を発症するリスクが高いことが分かった。一方で、平成23年度に認知機能が低下していると判定された方であっても、そのうち46%の人が4年後の評価において認知機能が正常に回復しているという結果が出た。認知機能の状態を把握し、早期の予防活動として積極的な健康行動を促すことが重要であることが分かった。

(2)プラチナ長寿健診

「脳とからだの健康チェック」等これまでの事業や研究で得られた知見から、認知機能低下やフレイル等の検査を短時間でできる仕組みを開発した。内容は、問診を始め、タブレット端末を使用した認知機能検査や、歩行速度や握力等の運動機能についての評価とし、平成28年度から「認知症予防健診」(平成29年度からは「プラチナ長寿健診」に改名)として実施している。プラチナ長寿健診は、健康診査を受診した75歳以上の方を対象に実施しており、スタッフとして国立長寿医療研究センター研究員及び事前研修を受けた認知症予防スタッフが従事している。さらに、平成30年度から5年間の予定で、愛知県が策定した「あいちオレンジタウン構想」のアクションプランの一環として、プラチナ長寿健診の対象を65歳から74歳の方に拡大し実施している。

タブレットを利用した認知機能検査の様子

受診結果をもとに、認知機能低下が疑われる方に対しては、保健師が訪問活動を行い、より詳しいアセスメントを行い、認知機能改善のための継続的な支援や、介護サービスに繋げる等個人の状態にあわせた適時適切な対応を行っている。

(3)コグニノート(活動記録手帳)

平成28年度から、高齢者のセルフケアを促すため、国立長寿医療研究センターが開発した活動記録手帳「コグニノート」を導入した。身体活動・知的活動・社会活動を維持・向上させることは、健康寿命の延伸と認知症予防に有効であるということを実証するため、コグニノートでは、本人が日記のように日々の活動(身体、知的、社会参加)を記録し、2週間ごとに市役所・公民館等に設置された専用の読み取り機で読み取りを行い、国立長寿医療研究センターに送信する。結果及び評価は、後日、本人にフィードバックされる。さらに、継続的に記録をした優秀者には年1回表彰を行っている。コグニノートは、プラチナ長寿健診を受診した方の中から希望者のみに配布している。開始年度の希望者は747名であったが、平成29年度には希望者の数が前年の2倍以上となる1,553名に増加しており、市民ひとりひとりの自己管理の意識が高まってきている。コグニノートの記録は、国立長寿医療研究センターで解析され、今後どのような活動がフレイル予防にどの程度寄与できるのかということについて検証し、エビデンスに基づいた啓発活動につなげていく予定である。

コグニノートとコグニノートデータ送信の様子

4 まとめ

長期にわたる国立長寿医療研究センターとの認知症予防に関する共同事業から、地域住民に認知症予防に対する意識が浸透し始めている。加えて、各種健診や予防事業に無関心な方に対しても、専門職が介入するスキームを構築することで、認知症になることに対する不安を軽減できるよう各種事業を推進している。

さらに、認知症になった方、その家族の様々な不安に対しては、本人ミーティング、家族交流会等の実施に加え、市民啓発等による認知症に理解のあるまちづくりを推進することで、少しでも不安が軽減できるよう取り組んでいる。

大府市では今後も、認知症を予防し、認知症になっても住み慣れた地域で、ひとりひとりが自分らしく生活を続けていくために、恵まれた社会資源とともに培ったノウハウをいかした事業を継続しつつ、これまでの取組から見えてきた課題を踏まえた認知症施策を展開していくこととしている。

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