第1章 高齢化の状況(第3節 トピックス2)
第3節 <特集>高齢者の住宅と生活環境に関する意識(トピックス2)
トピックス2 住民主体のまちづくり~三重県名張市の取組~
三重県名張市の高齢化率は、平成30年10月時点で30.6%であり、全国の高齢化率28.1%に比べて2.5%高い。人口の減少と高齢化が進み、急激な高齢社会への対応が大きな行政課題となっている。
名張市では、おおむね小学校区を単位とした市内全15地域で「地域づくり組織」を設立するとともに、使途自由で補助率や事業の限定がない交付金で各地域のまちづくり活動を支援するゆめづくり地域予算制度を創設し、「住民が自ら考え、自ら行う」住民主体のまちづくりを進めてきた。高齢化や人口減少社会が進行していく中で、地域社会のつながりを再構築し、互いに助け合い共に生きる地域共生社会の実現を目指している。その取組について紹介する。
1 名張市の概要
名張市は、昭和29年の市制施行時において人口が3万人程度であったが、昭和38年以降に大規模な住宅地開発が進み、主に関西圏で働く人のベッドタウンとして、昭和50年代から人口が増加してきた。昭和56年には人口増加率が全国1位になる等発展を続けてきたが、平成12年に人口が8万5千人台となったのをピークに、以降は現在まで減少が続いている。
平成の大合併への対応では、平成15年2月に合併の是非を問う住民投票を実施し、伊賀6市町村との合併に反対する住民の声が多数を占めたことから単独市政の道を選択することになった。この結果、限られた人員と予算でさまざまな行政課題に取り組むことになった名張市は、地域住民等との協働に力を入れることにした。もともと、名張市内では平成7年頃からいくつかの地域で自発的なまちづくり活動が始まり、地域住民による任意の「まちづくり協議会」が結成され、地域の将来的なプランであるまちづくり計画が作成される等の動きがみられた。しかし、当時は、行政としてこれらのプランを実行するためのシステムや地域への財政的な支援システムはなかった。こうした状況を踏まえ、平成15年3月に「名張市ゆめづくり地域交付金の公布に関する条例」を制定することになった。
条例の制定を受けて、市内全14地域(現在は15地域)に「地域づくり委員会(現在の地域づくり組織)」が結成され、そこに従来の地域向け補助金を廃止して、「ゆめづくり地域交付金」を交付した。この交付金は、住民の合意に基づく事業であれば、ハード、ソフトは問わず、使途が自由であるため、各地域づくり組織におけるさまざまな活動の原資として活用が可能であり、地域住民が主体となって地域の課題に柔軟に対応できる制度となっている。
2 地域づくり組織
平成15年からゆめづくり地域交付金制度を進める中で、同年5月から9月にかけて全地域で地域づくり組織が次々に設立されたが、従来の自発的なまちづくり活動という下地があったことから、比較的短期間に組織化が可能であった。また、同年11月には、各地域づくり組織の代表者が相互に意見交換、情報交換を行う場として「地域づくり協議会(現在の地域づくり代表者会議)」が結成された。現在もおよそ2か月に1回会議を開催するほか、市議会議員との懇談会や視察研修等の活動を行っている。
平成21年には各地域づくり組織で、地域の特性を生かした個性ある将来のまちづくり計画である地域ビジョン策定のため、策定委員会が組織された。住民アンケートの実施や意見のとりまとめ、地域課題の整理等を行い、平成24年3月に全15地域で地域ビジョンが策定された。各地域づくり組織では、地域ビジョンを実現するため、防犯・防災、福祉、環境のほか、地域の特性に応じたさまざまな事業を展開している。過疎化による人口減少が進む地域もあれば、若い世代が増加している地域もあり、地域ごとで人口・年齢層がさまざまで、事業内容も異なる。いずれの地域においても全世代を対象とした活動を行っているが、高齢化が進む地域では、高齢者の生きがいづくりや健康増進、住民同士の交流を図るための事業等に力を入れている。一方、若い世代が多い地域では、子育て支援や子どもの健全育成に重点を置いた事業に力を入れている。
なお、地域ビジョンは名張市総合計画の地域別計画に位置づけ、各種計画の策定や施策に反映させるよう努めている。
3 まちの保健室
平成17年度に策定した第一次地域福祉計画に基づき、地域づくり組織と一体的に地域福祉を推進するために、まちの保健室を市内15か所の市民センター等に設置し、社会福祉士や看護師、介護福祉士等の資格を有している市の嘱託員を1か所当たり2~3名配置している。
あらゆる世代を対象に、保健予防や各種社会福祉に関する相談窓口となっており、市民が日常の困りごとを気軽に相談できる場所として利用している。また、必要に応じて、福祉サービスの申請代行や専門機関への紹介を行うほか、民生委員・児童委員や近隣住民と協力して、支援が必要な人のネットワークづくりを進め、身近な地域における支え合いの活動を促進している。さらにがん検診や健診・予防接種の呼びかけ等健康づくりに関する啓発を行うとともに、地域づくり組織と連携して健康教室や介護予防教室を実施している。
また、まちの保健室職員をチャイルドパートナーに位置づけており、妊娠から出産、育児まで継続的に相談支援を行ったり、地域の子育て広場に参加する等妊娠期や育児に不安を抱える人をサポートしている。
4 地域づくり組織による活動事例
(1)名張地区まちづくり協議会の地域支えあい事業「隠(なばり)おたがいさん」
名張地域は、平成30年10月1日現在で、人口6,177人、世帯数3,149世帯、高齢化率35.4%の地域で、古くから市の中心市街地として、また、生活文化拠点として栄え、その役割を担ってきた。しかし、近年は商業の空洞化や人口の減少、少子高齢化等により活気や賑わいが薄れる傾向にあった。このような中、名張地区まちづくり協議会では歴史施設や文化財、自然風景等の地域資源の活用や、人と人がお互いに支え合う「名張の原風景と人情が息づく魅力あるまち」を目標に活動している。
地域支え合い事業として実施している「隠(なばり)おたがいさん」は、支援を求めている人(利用会員)と支援できる人(支援会員)が、共に対等な関係で相互に助け合うことで、名張地域に助け合いの輪を広げ、住み慣れた地域で安心して暮らせるまちづくりに寄与することを目的とした有償ボランティア団体で、平成24年4月に活動を開始した。会員は年会費500円を支払うほか、利用する度に基本的に1時間当たり500円の利用料金を支払う。
支援内容は、開設準備を進めていた平成23年5月に地域住民を対象としたアンケート調査を実施して決定した。庭の草引きや庭木の剪定等の庭の管理、掃除や洗濯、調理等の家事手伝い、安否確認や話し相手、子どもの一時預かり等多様な支援を行っている。また、利用会員からの外出支援を求める意見が多数寄せられたことから、平成29年5月に軽自動車を購入し、通院や買物等に付き添う外出支援も開始した。支援会員は研修会や関係機関等との交流会を定期的に実施し、関係機関及び会員相互の連携と知識や技術の向上を図っている。
「隠(なばり)おたがいさん」の活動は、日常生活が困難な利用会員が、住み慣れた地域で安心して暮らせるまちを創るだけでなく、支援会員にとっても社会貢献が実感でき、高齢者の生きがいづくりや介護予防にもつながる「お互いさん(様)」の関係となっている。
名張地区まちづくり協議会では、この「隠(なばり)おたがいさん」をはじめ、毎週1回、約80名にお弁当を配達するとともに安否確認を行う給食サービスボランティア「ぷちとまと」、地域内7か所で高齢者サロンを開催する「よってだ~こ」を実施する等、「名張の原風景と人情が息づく魅力あるまち」の実現に向けて、地域における人と人のつながりと絆を深め、地域力を高めている。
(2)青蓮寺・百合が丘地域づくり協議会の学習支援事業「ほめほめ隊」
青蓮寺・百合が丘地域は、平成30年10月1日現在で、人口7,403人、世帯数2,948世帯、高齢化率26.6%の地域で、先に述べた名張地域と比較すると、人口は1,226人多く、高齢化率は8.8%低い。青蓮寺・百合が丘地域づくり協議会では、豊かな自然を大切にし、医療、教育、産業、福祉の向上を図りながら人々の温かい人情と心の触れ合いで相互に助け合い、生きる喜び、生きがいを感じるまちづくりを目指している。その中でも、高齢者を中心としたボランティアによる子どもの健全育成に力を入れている。
地域と学校が連携・協働して子どもたちの成長を支える取組に、百合が丘小学校の学習支援「ほめほめ隊」の活動がある。これは、小学校から要望のあった授業に対して、地域の熱心なボランティアである学習支援者が教室に入り、教員のアシスタントとして授業の円滑化と学習の効率アップを図る目的で学習支援を行うという画期的なものである。また、体験学習支援活動では、地域の人たちの指導を受けた子どもたちが野菜づくりや米づくり等の体験学習を通じて、農産物育成の苦労や楽しみを体感し、収穫の喜びを味わう機会となっている。学習支援者は、平成31年3月時点で45人が登録されており、年齢層は主に60代後半が中心であり、1日平均4.7時間の支援を行っているが、年度当初には支援時間数は多く、学級運営が順調となってきた頃には減少する傾向にある。なお、年度末にはこれらのボランティアを招いて「ありがとう集会」を行っており、ボランティアにとっても励みになっている。
さらに地域ぐるみの取組として、小学生の登下校時刻である午前8時頃と午後3時頃に散歩の時間を合わせたり、あるいは外の用事を行いながら子どもたちの見守り(8・3運動)を行っている。
5 まとめ
名張市では、「公共は、行政のみが独占的に担うという考え方を改め、基礎的コミュニティや地域づくり組織、行政等が協働で担うことによって、従来の行政のやり方だけでは対応できない領域や内容のサービスを提供できる」といった考え方が広がりつつあり、「住民が自ら考え、自ら行う」まちづくりが進んできている。
このような行政によるしくみづくり、地域による健康づくりやまちの保健室による健康・福祉面でのサポート等の取組が連動し、健康寿命の延伸や生活習慣病による死亡率改善の一助につながっている。また、さまざまな地域づくり活動や介護予防事業(地域支援事業)等を活発に行った結果、要介護度別認定率、介護保険在宅サービス受給率が全国平均と比較して低い数値を示している。今後もこれらの成果を持続させるため継続して取組を進めていくこととしている。
現在、15地域で行われている事業は、住民の意思を反映したそれぞれの地域の特色を生かしたものとなっているが、高齢化や人口減少社会がますます進行していく状況においては、地域の枠を越えた事業の展開も必要となってくる。今後、名張市においては、子どもや高齢者、障害者等を含めたすべての市民が生き生きとした暮らしと生きがいを共につくり高め合える地域共生社会の進化を目指すこととしている。