6.韓国における障害者権利条約の実施と国内モニタリング
6-1 障害者権利条約の実施と障害者政策に関する概況
(1)障害者権利条約の批准、実施、報告に関する概況
1) 障害者権利条約の批准の経過
韓国では、障害者権利条約が発効した直後の2008年6月に条約批准政府案が韓国国会に提出され、同年12月に国会を通過、12月11日に批准書を国連に提出した。条約の国内での発効は2009年1月10日90であった。なお、韓国は、生命保険加入に関して国内法(商法第732条)と抵触するため第25条(e)を留保している。また、選択議定書は批准していない。
2) 法的な位置付け
韓国では、国際条約は憲法第60条に基づき、国会の同意を経て国際機関に批准書を寄託することで加入国としての資格を獲得する。法的効力は国内法と同等であるが、法的強制力又は拘束力は伴わない。条約の法的効力を確保するには、選択議定書を採択する方法もある。
大韓民国憲法第60条(抜粋)
- 国会は総合援助又は安全保障に関する条約、重要な国際組織に関する条約、友好通商航条約、講和条約、国家あるいは国民に重大な財政的負担をさせる条約又は立法事項に関する条約の締結、批准に対する同意権を持つ。
3) 報告に関する概況
韓国は、2011年6月27日に、包括的な最初の報告を障害者権利委員会に提出した。これに対し、障害者権利委員会からは、2014年5月12日付けで、事前質問事項が発表された91。これに先立ち4月に行われた事前作業部会(Pre-Sessional Working Group)に合わせる形で、同年3月には国家人権委員会と韓国のNGOのネットワーク組織である「国連障害者権利条約NGO報告連帯」(以下、NGO報告連帯)からそれぞれ報告が提出されている92。ちなみに事前質問事項に大きな影響を及ぼした、このNGOの報告はNGO報告連帯の正式の報告ではなく、事前作業部会に合わせて、連帯内部の意見を集約してまとめたものである。
事前質問事項の内容は、「A.目的と一般的義務」(第1条~第4条)、「B.個別の権利」(第5条~第29条)「C.個別の義務」(第31条~第33条)の3つの部分における計34項目にわたる。これに対して、韓国政府は2014年6月現在、回答を作成中である。
また、韓国政府に対する審査(建設的対話)は2014年9月から始まる障害者権利委員会第12会期(9月15日~10月3日)で予定されている。
(2)障害者政策の枠組み(法律、基本計画、障害者の定義等)
1) 法律
韓国で障害者政策と関連ある主要な法律として、以下のものがある。
法律名 | 制定年 | 概要(何を定めた法律か) |
---|---|---|
障害者福祉法 | 1990年制定 | 1981年の国際障害者年を機に成立した「心身障害者福祉法」が1990年に現行法に改正。障害認定(登録)制度に関する規定や、各種福祉サービス等に関する規定、障害者政策推進に関する規定など、障害者施策推進のための総合的な法律。 |
障害者差別禁止及び権利救済等に関する法律 | 2007年制定。2012.10.22一部改正 | 日常生活、社会生活分野における障害を理由とする直接差別や間接差別、正当な便宜(合理的配慮)不提供、広告による差別におけるを禁止し、被害者救済について規定する。同法の救済機関は国家人権委員会。 |
障害者雇用促進及び職業リハビリテーション法(旧「障害者雇用促進等に関する法律」) | 1999年制定 | 1988年のパラリンピックを機に、同年12月、割当雇用制度を盛り込んだ「障害者雇用促進等に関する法律」制定。1999年に現行法に改正。障害者雇用開発院の設置や運営、法定雇用率等を定める。 |
障害者等に対する特殊教育法 | 2007年制定 | 1977年に制定された「特殊教育振興法」が2007年に同法に変わる形で制定され、2009年からは全面施行。特殊教育対象者の選定、就学先決定の仕組み、特殊教育支援サービスの内容等を規定。 |
障害者・高齢者・妊婦等の便宜増進の保障に関する法 | 1997年制定 | 公共の建物、公衆の利用施設、共同住宅、通信施設、公園等におけるバリアフリーを推進する法律。保健福祉部所管。 |
交通弱者の移動便宜増進法 | 2005年制定 | 鉄道や船舶、航空等、交通分野のバリアフリーを推進する法律。国土交通部所管 |
出典:国務総理室傘下の法制処93が運営する国家法令情報センター(http://www.law.go.kr/)、
包括的な最初の報告 序文パラグラフ 3ほかの情報から作成
2) 基本計画
韓国では、以前は政府各部庁別に障害者福祉施策を進めていたが、関連する施策全体をまとめた「障害者政策総合計画」が1998年から5年ごとに策定・実施されている94。各次計画95の対象年次は以下のとおりで、現在は第4次総合計画の対象期間である。
-第1次総合計画(第1次障害者福祉発展5か年計画) 1998~2002年
-第2次総合計画(第2次障害者福祉発展5か年計画) 2003~2007年
-第3次総合計画(第3次障害者政策発展5か年計画) 2008~2012年
-第4次総合計画(第4次障害者政策総合計画) 2013~2017年
また、この総合計画とは別に、公共施設等のバリアフリー化等を進める「便宜増進国家総合5か年計画」が策定されている96。2010年に第3次便宜増進国家総合5か年計画を策定し、公共施設、住居環境、作業環境、文化施設、近隣生活施設での便宜施設(障害者向けに配慮した施設)の拡充を推進している。
-第1次便宜増進国家総合5か年計画 2000~2004年
-第2次便宜増進国家総合5か年計画 2005~2009年
-第3次便宜増進国家総合5か年計画 2010~2014年
3) 障害者の定義
韓国では障害者福祉法第2条において障害者の定義を行っている。「障害者」とは『身体的・精神的障害で長年日常生活や社会生活において相当な制約を受ける者』と定義している。また、障害を「身体的障害」と「精神的障害」によって規定している。ここでの身体的障害とは、主要外部身体機能の障害、内部基幹の障害などをいい、精神的障害とは、発達障害又は精神疾患で発生する障害をいう。
また、障害者福祉法では、適用対象者について「大統領令で定められた障害者の種類及び基準に該当する者」としている。具体的な障害の種類は図表6-2のとおり、15種類に区分されている。また、障害の程度を表す等級については1級から6級までに区分されている。障害の種類と障害等級との関係、各種類、等級の障害者数について参考資料6-3に示す。
図表6-2 障害者の種類(15種類)
- 肢体障害者
- 脳病変障害者
- 視覚障害者
- 聴覚障害者
- 言語障害者
- 知的障害者
- 自閉性障害者
- 精神障害者
- 腎臓障害者
- 心臓障害者
- 呼吸器障害者
- 肝臓障害者
- 顔面障害者
- 腸瘻・尿瘻障害者
- 癲癇障害者
出典:障害者福祉法施行令第2条別表(2012年7月27日施行基準)
(3)韓国国内における障害者政策の動向97
韓国では、国連が1981年を国際障害者年と定めて以降、障害者に対する関心が高まり、本格的に障害者政策に取り組むようになった。その政策の流れは、おおむね次のようにまとめられる。
i) 1980年代 本格的に障害者福祉に関する研究及び政策の策定・推進を開始した。
1981年 心身障害者福祉法
1986年 国立リハビリテーション院開院
1987年 障害者登録試行事業を始め、1988年全国に拡大
1988年 第8回 ソウルパラリンピック開催
ii) 1990年代 低所得障害者に対する生活費支援等の基礎的福祉サービスの拡充及び障害者に対する医療、職業、教育、リハビリテーションの基礎を整備し、障害者の人権と人間らしい生き方を保証する原則と基準を示した。
1989年 心身障害者福祉法を障害者福祉法に全面改正
1990年 低所得重度障害者の生計補助手当金支給及び医療費支援、
障害者雇用促進等に関する法律制定
1992年 低所得障害者世帯の子女(中学生)教育費支援及び自立資金
貸与在宅障害者巡回リハビリテーションサービス設置・運用
1994年 特殊教育振興法全面改正
1997年 障害者・高齢者・妊婦などの便宜増進の保障に関する法律制定
1998年 「障害者人権憲章」制定・公布
iii) 2000年代 総合計画が整備され、障害者政策が拡大・発展した。
障害者便宜施設(バリアフリー施設)の拡大、障害者手当の支給、障害者差別禁止及び権利救済等に関する法律の制定、介護者派遣(活動補助支援)事業の実施等、障害者の日常生活全般に政策の範囲を拡大・発展した。
障害者関連国家総合計画の策定(前出)障害者の定義の拡大
- それまで、肢体、視覚、聴覚、言語、知的障害に限定されていた障害の種別を前述の15類型に拡大
- 一次(2000年):脳病変、自閉、精神、腎臓、心臓など5種を追加
- 二次(2003年):顔面変更、腸瘻、肝、癲癇、呼吸器障害など5種を追加
障害者差別禁止及び権利救済等に関する法律の制定(2007.4.10)及び施行(2008.4.11)
- 情報通信・意思疎通等における正当な便宜提供を義務付ける改正(2010.5.11)
-サービス提供放送事業者(インターネットマルチメディア事業者含む)の段階適用の範囲設定、基幹通信事業者に対して通信中継(リレー)サービス提供の義務付け等 - 司法・行政手続及びサービス提供における差別禁止に関する改正(2012.10.22)
-刑事司法手続において助力を受けること、その具体的な助力の内容の通知等
障害者差別禁止及び権利救済等に関する法律の制定(2007.4.10)及び施行(2008.4.11)
- 障害者長期療養試行事業の実施(2009.7~2010.1)
- 障害者活動支援(介護者派遣)に関する法律の制定(2011.1.4)
- 障害者活動支援制度の施行(2011.10.5)
(4)障害者政策総合計画の概要
障害者政策総合計画は、障害者福祉法第10条の2を法的根拠として、それまで韓国政府の各部署別に計画・実施されていた障害者福祉施策を統合し、1998年に初めて策定された。以後、5年ごとに改訂され、現在は第4次障害者政策総合計画の実施期間となっている。総合計画の策定担当部署は保健福祉部障害者政策局である。
障害者政策総合計画がカバーする対象分野は、計画の改訂の都度拡張されており、計画にかかわる部庁の数も次第に増えている(図表6-3)。最新の第4次障害者政策総合計画では、71の推進課題を挙げ、各課題について担当部庁及び担当課を定めている。参考資料6-9に各次障害者総合計画の目次を、また、参考資料6-10に第4次総合計画の推進課題及び担当部庁の一覧を示す。
第1次5か年計画('98~'02) 3機関 |
第2次5か年計画('03~'07) 6機関 |
第3次5か年計画('08~'12) 8機関 |
第4次5か年計画('13~'17) 12機関 |
---|---|---|---|
保健福祉部 教育部 労働部 |
国務調整室 保健福祉部 教育人的資源部 (旧、教育部) 労働部 情報通信部 建設交通部 |
行政安全部 (旧、行政部) 文化スポーツ観光部 教育科学技術部 保健福祉部 労働部 国土海洋部 (旧、建設交通部) 国家報勲処 放送通信委員会 |
行政安全部 知識経済部 文化スポーツ観光部 教育科学技術部 保健福祉部 女性家族部 法務部 雇用労働部 国土海洋部 国家報勲処 放送通信委員会 中小企業庁 |
出典:各次の計画資料より作成(その時点の行政機関名での記載)
(5)障害者政策総合計画と障害者権利条約との関係
障害者政策総合計画は、韓国の障害者権利条約批准以前から策定されていたものだが、前述のように、計画がカバーする範囲は改訂ごとに拡大されてきた。最新の第4次障害者政策総合計画は、障害者権利条約が対象とする広範な領域をカバーするものとなっている。韓国は、障害者権利条約との整合性も考慮しつつ98、総合計画の対象領域を拡大してきたと考えられる。
障害者権利条約への対応については、第4次障害者政策総合計画では、「障害者政策に関する国際協力の強化」の項で、次のように述べている。
「(韓国は)2008年の障害者権利条約の批准時に留保した事項があり、選択議定書に未加入である。条約が定める権利を実質的に保証するため、留保事項の撤回と権利救済手続を規定した選択議定書への加入が必要である。」
また、障害者権利条約批准後の措置として、以下を挙げている。
- 2014年に予想される第1次国家報告(包括的な最初の報告)審査に向け、関係部庁の協議、関連資料作成、障害者権利委員会との事前面談(2013年)
- 2015年提出予定の第2次国家報告作成・研究業務(2014年)
- 条約批准時に未加入であった選択議定書への加入の検討
このように、障害者権利条約への対応に関する事項が、総合計画の中の一推進課題として位置付けられる構造になっている。
90 包括的な最初の報告 序文paragraph 1(参考資料6-1)
91 韓国政府に出された事前質問事項
http://tbinternet.ohchr.org/_layouts/treatybodyexternal/Download.aspx?symbolno=CRPD%2fC%2fKOR%2fQ%2f1&Lang=en
92 国家人権委員会の報告
http://tbinternet.ohchr.org/_layouts/treatybodyexternal/Download.aspx?symbolno=INT%2fCRPD%2fIFN%2fKOR%2f16817&Lang=en
NGO報告連帯報告
http://tbinternet.ohchr.org/_layouts/treatybodyexternal/Download.aspx?symbolno=INT%2fCRPD%2fNGO%2fKOR%2f16659&Lang=en
93 法制処は日本では内閣法制局に相当する機関。
94 包括的な最初の報告 序文paragraph 4(参考資料6-1)
95 各次計画の名称は計画書のタイトル(参考文献参照)。障害者白書でも、第1次及び第2次は「障害者福祉発展5か年計画」、第3次は「障害者政策発展5か年計画」と明記されている。
96 包括的な最初の報告 序文paragraph 4(参考資料6-1)
97 保健福祉部ウェブサイト、2012障害者白書 ひとめで見る主な障害者政策(P14~15)などから整理し作成
98 包括的な最初の報告 序文paragraph 2(参考資料6-1)