1 国際調査

1.4 フィリピンにおける合理的配慮・環境整備と障害者権利委員会審査状況

1.4.2 フィリピンの包括的な最初の報告の国連審査状況

(1)審査プロセスの現状

1)障害者権利条約の批准

フィリピン政府は、障害者権利条約に、2007年9月25日に署名し、2008年4月15日に批准した。

2)障害者権利条約に基づく報告

障害者権利条約を実現するための民間企業、市民社会、障害者団体による取組を把握するため、政府は、包括的な最初の報告を作成する過程に参加するための取組を行った。様々な利害関係者の調整が、障害者に関する国民評議会(NCDA)によって行われた。障害者に関する国民評議会(NCDA)、外務省、大統領人権委員会(PHRC)は、協議会を運営し、共同して本報告書を作成した。
このようにして作成されたフィリピンの包括的な最初の報告は、2014年11月24日に提出された。これを受け、障害者権利委員会は、2018年3月に開催された第9回事前作業部会で検討された事前質問事項を2018年3月14日に提示した。2018年8月~9月にかけて開催される第20会期締約国会議において、フィリピンの包括的な最初の報告の検討が行われる予定である。

3)市民社会からの情報

2018年3月の時点で、フィリピンの審査に際して提出された市民社会からの情報は、独立した仕組みからの報告、パラレルレポートを含め、3件提出されている。障害者権利条約に基づく報告について、市民社会からの報告書提出状況を図表4-2に示す。

図表4-2 市民社会などからのフィリピンに関するパラレルレポート提出状況
レポート提出団体名 公表日
Global Initiative to End Corporal Punishment
the Philippine Coalition 5-Feb-18
The Commission on Human Rights of the Philippines 24-Jan-18

 1つ目は、Global Initiative to End Corporal Punishmentという、児童への体罰に反対する組織による単独報告である。第7、15~17条について、フィリピンにおいて家庭内での障害のある児童への体罰が禁じられておらず、権利が守られていないという課題を述べている。
 2つ目は、the Philippine Coalitionによるもので、パラレルレポート作成のために組織された障害種別横断的組織であることが報告されている。22の団体が参加している。第22条、26条を除くすべての条項について、総合的な視点から課題を指摘している。
 3つ目は、国別人権機関であるフィリピン人権委員会(The Commission on Human Rights of the Philippines)による単独報告である。なお、当該報告冒頭部において、条約第33条に基づく監視機関であることが記載されている。第1~7、9~11、13~15、24、25、27、28、31、33条に関して、総合的な視点からの指摘がなされている。なお、当該報告において、人権委員会(The Commission on Human Rights)が、パリ原則に則った独立した監視機関であることを主張している。
 一方、フィリピン政府による包括的な最初の報告においては、障害者に関する国民評議会(NCDA)が、監視機関であるとされているが、2018年3月時点では、国民評議会からのパラレルレポートは提出されていない。

(2)主な論点

ここでは、市民社会などからの報告、障害者権利委員会がまとめた事前質問事項について、主要条項に関する論点のポイントを示す。

第1~5条 一般的義務、平等及び無差別

 第1~5条一般的義務、平等及び無差別に関しては、2つのパラレルレポートでかなりの紙幅を割いて指摘が寄せられた。指摘の内容は、次のとおりである。

  • 障害者に関する国民評議会(監視機関)は医学モデルの観点を保持し、1992年に改訂された障害者憲章(マグナカルタ)も時代遅れの障害定義を採用している。
  • 障害者施策に関する取組は表面的で実効性がない。
  • 毎年1%以上の予算を障害者施策に使うこととされているが、実施されていない。
  • 差別禁止に効果的な国内法がなく、改正も予定されていない。
  • 雇用、交通、公的機関においてのみ差別が禁止されている、など。

 このような指摘を受け、事前質問事項では、次に列挙する事柄について情報を求める質問が出された。

  • 障害者協議会が障害政策の策定にどの程度有効であったか。また、条約と調和させるためにどの「国内法」が改正されたか。
  • 障害関連の法律、政策、戦略、行動計画の草案作成に障害者が参加するよう、締約国が採択した措置について。
  • フィリピンの開発計画(2017-2022年)及び“障害者のための正しい現実を作る”「フィリピンの10年間」(2013年-2022年)を実施するために締約国が採択した措置について。
  • 最初の報告の第16項「最優先事項」について、それらがどのように10か年行動計画に組み込まれたのかについて。
  • 国内法における障害の概念を体系的に見直す明確な計画を持っているかどうかについて。
  • 選択議定書を批准する時期について、政府機関の予算割当1%を確保するために、予算管理部門(DBM)及びDSWD(ジョイント・サーキュラー第2003-01号)の指針をどれだけ導入したかについて。
  • 合理的配慮とユニバーサルデザインに関する規定を立法と政策を通じて実施するための措置について。
  • 1992年の障害者憲章(マグナカルタ)(RA 7277)の効力、及び2007年、2016年のその後の改正について。
  • 差別から障害者が保護されているか監視する方法について。
  • 障害者が利用可能な法的救済について。

 以上に加え、いずれのパラレルレポートにおいても指摘されていなかった、ハンセン病に関連する質問も提示された。

  • ハンセン病に関連する障害者に対する取組について。
  • ハンセン病関連の障害者が障害者として法的に認められているかどうか、ハンセン病関連の障害者を差別する法律を撤回するための取組について。
第6条 障害のある女子

 第6条に関しては、(a) 2008-2011年に最高裁で審議された障害関連事件の20%がジェンダーにも関連するものであったこと (b)女性評議会に障害のある女性が参加しておらず、女性評議会が所管する法に障害のある女子への差別を禁止する条項がないこと などが、2つのパラレルレポートで指摘された。
事前質問事項では、(a)障害のある女性に対する雇用における差別の発生率、教育達成レベル、暴力や性的被害に関するデータ (b)障害のある女性を暴力から保護するための法的措置 について尋ねる質問が出された。

第9条 施設及びサービス等の利用の容易さ

 第9条については、2つのパラレルレポートにおいて指摘がなされた。アクセシビリティに関する法や施策はあるが、実現していないこと、とりわけ、ろう者に対する明らかなネグレクトがあり、法的にも実践的にも手話による情報保障が行われていないことが指摘された。
 こういった指摘が寄せられたことを受け、事前質問事項では、(a) R.A.第7277号(第11項)のアクセシビリティ第25章(バリアフリー環境)及び第27章(公共交通施設へのアクセス)の有効性を監視するための現在の手段 (b)インクルーシブ教育場面において、障害者が利用可能な形式で情報を提供するための施策 について尋ねる質問が示された。

第12条 法律の前にひとしく認められる権利

 第12条についてパラレルレポートで指摘を寄せた団体は、the Philippine Coalitionのみであった。指摘の内容としては、改正された精神衛生法において、支援付き意思決定に関する条文は恣意的に解釈できるものであり、代理意思決定の枠組みが残されている点が指摘された。
 これを受け、事前質問事項では、(a) R.A.第9406号の下で認められた法的保護が、障害者の完全な法的能力を認めているかどうか (b)支援付き意思決定スキームを確立するための措置 に関して質問するものが出された。

第19条 自立した生活及び地域社会への包容

 第19条についても、the Philippine Coalitionのみから課題が指摘されていた。内容としては、障害種別やジェンダーに合ったパーソナルアシスタンスを充実させるための計画や予算が不足しているというものであった。事前質問事項では、(a)「障害者の福祉の促進」に脱施設化のためのロードマップが含まれているかどうか (b)その進捗状況 (c)施設に住む人数の情報 (d)国家行動計画の脱施設化のへの効果 について尋ねる質問が出された。

第21条 表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会

 第21条に関しても、the Philippine Coalitionのみから課題が指摘されていた。指摘されている内容は、手話への無理解に関する課題である。
 事前質問事項としては、(a) 障害者の公的文書やウェブへのアクセスを保証するための措置 (b)公用語としてフィリピンの手話を確立するためにとられた措置 について尋ねる質問が出された。

第24条 教育

 第24条については、2つのパラレルポートでの指摘が寄せられている。指摘されている内容は、次のとおりである。

  • 最初の報告からも読み取れるように、政府が取り組んでいるのは特殊教育であり、インクルーシブ教育ではない。
  • 2014年に教育省が公表したデータによると、549万人の障害のある児童のうち11万人が公立学校に所属している。85%の児童が一般校にいる。このような数値が、障害者の教育へのアクセスに関する統計データの不足を端的に示している。
  • 政府組織は統合教育に前向きな姿勢を示し、カリキュラムの改正など行っているが、現場レベルで補助具や通訳者介助者が不足している。

 こういった指摘を受け、事前質問事項では、次のような質問が示された。

  • インクルーシブ教育に関する権利の社会経済的及び文化的利益に関する調査を実施したかどうか。
  • インクルーシブ教育を実施するために採択した措置について。
  • RA第7277号の方針と教育省のゼロ拒否方針を実施するための措置について。
第33条 国内における実施及び監視

 フィリピンのパラレルレポートでは、第33条について、障害者に関する国民評議会(NCDA)と人権委員会の関係、特に独立した仕組みとしての指定について、多くの指摘がなされた。
 the Philippine Coalitionは、「障害者に関する国民評議会は、当該組織が監視機能を果たしていると主張しているが、選択議定書の批准には後ろ向きであり、中央連絡先との連携強化、人権委員会を独立した監視機関として指名することを主張している。人権委員会と評議会との役割分担については異なる見解がある。」と、第33条について記述している。
 フィリピン人権委員会は、「障害者に関する国民評議会は、社会福祉開発省の付属機関であり、独立した機関とはいえない。第33条は国立監視機関をおくことを定めているのではない。政府は、パリ原則に則った人権委員会を一要素とした監視の枠組みを構築する必要がある。」と指摘している。
 これらの指摘を受け、事前質問事項では、(a)独立した国の監視の仕組みを確立するためにとられた措置 (b)独立した仕組みに割り当てられた年間予算 (c)障害者団体が監視活動に関与することを保証するための措置に関しての質問が出された。

(3)各報告内容の対応関係

 図表4-3に、主要条項に関する、パラレルレポートと事前質問事項の主な論点一覧を示した。
 フィリピンに関しては、パラレルレポートも事前質問事項も、ほとんどの条項に対しまんべんなく質問や見解が述べられている。また、パラレルレポートで指摘されている事柄が、概ね事前質問事項に取り入れられて質問が構成されていることが特徴である。フィリピンに関して提出されたパラレルレポートは少数だが、国内実施やその監視の仕組みが十分に整備されていないこともあり、市民社会などからの情報を障害者権利委員会が重視していることがうかがえる。

図表4-3 フィリピンの審査プロセスにおける主要論点
パラレルレポートにおける指摘 事前質問事項
第1~4条 一般的義務
  • 障害に関する国民評議会は医学モデルの観点を保持し、1992年憲章(マグナカルタ)も時代遅れの障害定義を採用している。
  • 障害者の人権を守るための国内法が未整備である。
  • 毎年1%以上の予算を障害者施策に使うこととされているが、実施されていない。
  • 障害者協議会が障害政策の策定にどの程度有効であったか。また、条約と調和させるためにどの「国内法」が改正されたかについて。
  • 障害関連の法律、政策、戦略、行動計画の草案作成に障害者が参加するよう、締約国が採択した措置
  • フィリピンの開発計画(2017-2022年)及び“障害者のための正しい現実を作る”「フィリピンの10年間」(2013年-2022年)を実施するために締約国が採択した措置について。
  • 最初の報告の第16項「最優先事項」は何か、それらがどのように10か年行動計画に組み込まれたのか。
  • 国内法における障害の概念を体系的に見直す明確な計画を持っているかどうか。
  • 選択議定書を批准する時期について。
  • 政府機関の予算割当1%を確保するために、予算管理部門(DBM)及びDSWD(ジョイント・サーキュラー第2003-01号)の指針をどれだけ導入したか。
  • 合理的配慮とユニバーサルデザインに関する規定を立法と政策を通じて実施するための措置について。
第5条 平等及び 無差別
  • 雇用、交通、公的機関においてのみ差別が禁止されている。
  • 差別禁止に効果的な国内法がなく、改正も予定されていない。
  • 1992年の障害者憲章(マグナカルタ)(RA 7277)の効力、及び2007年、2016年のその後の改正について。差別から障害者が保護されているか監視する方法について。
  • 障害者が利用可能な法的救済について。
  • ハンセン病に関連する障害者に対する取組について。
  • ハンセン病関連の障害者が障害者として法的に認められているかどうか、ハンセン病関連の障害者を差別する法律を撤回するための取組について。
第9条 施設及びサービス等の利用の容易さ
  • アクセシビリティに関する法や施策はあるが、実現していない。
    ・ろう者に対する明らかなネグレクトがあり、法的にも実践的にも手話による情報保障が行われていない。
  • R.A.第7277号(第11項)のアクセシビリティ第25章(バリアフリー環境)及び第27章(公共交通施設へのアクセス)」の有効性を監視するための現在の手段について。
    ・特にインクルーシブ教育場面において、障害者に適した利用な形式で情報を提供するための施策について。
第12条 法の前にひとしく認められる権利
  • 精神衛生法改正において当事者の意見を聞かなかった。支援付き意思決定に関する条文は恣意的に解釈できるものであり、代理意思決定の枠組みが残されている。インフォームド・コンセントも例外が残されている。
  • R.A.第9406号の下で認められた法的保護が、障害者の完全な法的能力を認めているかどうかについて、支援付き意思決定スキームを確立するための措置に関して。
第19条 自立した生活及び地域社会への包容
  • 障害種別やジェンダーにあったパーソナルアシスタンスを充実させるための計画や予算が不足している。
  • 「障害者の福祉の促進」に脱施設化のためのロードマップが含まれているかどうか、その進捗状況について。
  • 施設に住む人数の情報、国家行動計画の脱施設化のへの効果について。
第21条 表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会
  • 手話に関する無理解。
  • 障害者の公的文書やウェブへのアクセスを確保するための措置について、公用語としてフィリピンの手話を確立するためにとられた措置について。
第24条 教育
  • 政府が取り組んでいるのは特殊教育であり、インクルーシブ教育ではない。
  • 障害者の教育へのアクセスに関する統計データが不足している。
  • 政府組織は統合教育に前向きな姿勢を示し、カリキュラムの改正など行っているが、現場レベルでの対応が遅れている。
  • インクルーシブ教育に関する権利の社会経済的及び文化的利益に関する調査を実施したかどうか。インクルーシブ教育を実施するために採択した措置について。RA第7277号の方針と教育省のゼロ拒否方針を実施するための措置について。
第33条 国内における実施及び監視
  • 障害者に関する国民評議会は、社会福祉開発省の付属機関であり、独立した機関とはいえない。
  • パリ原則に則った組織である人権委員会を、その一要素とした監視の枠組みを構築する必要がある。
  • 独立した国家監視の仕組みを確立するためにとられた措置について。独立した仕組みに割り当てられた年間予算に関して。障害者団体が監視活動に関与することを保証するための措置に関して。

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