1 国際調査
1.6 ロシアにおける障害者権利委員会審査状況
1.6.2 ロシアの包括的な最初の報告の国連審査状況
(1)審査プロセスの現状
1)障害者権利条約の批准
ロシアは2008年に障害者権利条約に署名し、2012年10月25日に批准した。批准に際しては、条約に準ずるための2012年5月3日連邦法No.36-FZが成立しており、この連邦法No.36-FZに基づき、例えば1995年成立の障害者社会保障法が、障害の労働・医学モデルから、医学・社会モデルに移行するなど、12の国内法が修正されている。
2)包括的な最初の報告
ロシア政府は、2014年9月に国連に包括的な最初の報告を提出しており、当時の障害者権利条約の実施状況が報告されている。この報告は、政府が中心的な役割を果たし準備されたものであり、ロシア連邦当局や構成団体がそれぞれに役割を果たして準備されたと報告されている。
障害者権利委員会では、2017年9月に開催された第8回事前作業部会で検討された事前質問事項が2017年9月29日に提示された。これに対する政府回答は、2017年11月13日に公開され、この内容を踏まえ、2018年3月に開催された第19会期においてロシアの包括的な最初の報告の検討が行われた。
3)市民社会からの情報
ロシアの審査に際して提出された市民社会からの情報は、独立した仕組みからの報告、パラレルレポートを含め、12件提出されている。障害者権利条約に基づく報告について、市民社会からの報告書提出状況を図表6-2に示す。
これらのうち、事前質問事項を検討するため2017年9月に開催された第8回事前作業部会より前に提出された報告は、3件である。
1つ目は、Global Initiative to End Corporal Punishmentによるものであり、児童への体罰に反対する組織による単独報告である。条項を特定せず、ロシアにおける児童の現状と、体罰を法的に禁止する対象とすべきという主張を述べている。
2つ目は、Group of organizations of Russian Federationによるものであり、複数の障害者団体よる合同報告である。第1~9、12、13、19、23~27、33条について、総合的な報告がなされている。
3つ目は、Human Rights Watch Submissionという報告であり、国際的な人権擁護団体による単独報告である。事前に実施した、アンケート調査やヒアリング調査を踏まえた報告がなされており、第7、9、24、25、27条を中心に、児童、教育、医療、労働に関する問題に触れている。
レポート提出団体名 | 公表日 |
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Global Initiative to End Corporal Punishment | 31-Jul-2017 |
Group of organizations of Russian Federation | 17-Aug-2017 |
Human Rights Watch Submission | 26-Jul-2017 |
ADC Memorial | 31-Jan-2018 |
All-Russian Society of the Deaf (ARSD) | 18-Jan-2018 |
Disability Studies Foundation(DSF) | 29-Jan-2018 |
Foundation Support of Deaf Blind Connection | 2-Feb-2018 |
International Social Service (ISS) | 16-Nov-2017 |
Protection of Social Rights IRPO | 29-Jan-2018 |
Russian Union of Patients (RUP), executive summary | |
The Public Mechanism | 30-Jan-2018 |
Submission of the High Commissioner for Human Rights in the Russian Federation (the Russian Ombudswoman) |
一方、ロシアの包括的な最初の報告の検討が行われた第19会期(2018年2月)の直前に提出された報告は、9件ある。
ADC Memorialによるものは、人権擁護団体と思われる組織による単独報告である。第24条に焦点を当て、高等教育入学に際し医学的スクリーニングが実施され、場合によっては入学を拒否される事例があると指摘している。
All-Russian Society of the Deaf (ARSD)は、聴覚障害者団体による単独報告である。第9、13、21、24、27、28条について、聴覚障害者の立場からみた課題を指摘している。
Disability Studies Foundation(DSF)は、研究組織による単独報告である。条項は明記されていないが、障害者の定義、アクセシビリティ、教育に関する環境整備について指摘している。
Foundation Support of Deaf Blind Connectionは、盲ろう者の組織による単独報告である。第7、9、19~21、24、26、27、30、31条に関し、支援の不足を指摘している。
International Social Service (ISS)は、支援組織による単独報告であり、第7条に関し、児童養護施設の劣悪待遇や、親や里親への支援不足を指摘している。
Protection of Social Rights IRPOは、労働災害により障害を負った者の組織による単独報告である。第27条について労働災害を受けた者の所得補償が不十分である点を指摘しているだけでなく、第1~4、12、24条についても、労働災害被災者としての立場だけにとどまらない、総合的な視点での報告がなされている。
Russian Union of Patients (RUP)は、患者組織による単独報告であり、3件の報告が提出されている。第20条と26条という、これまであまり焦点とはならなかった条項について、それぞれ、公共調達の仕組みとアクセシビリティ施策が符合していない、すべての地域にリハビリテーションとそれに関する知識の拠点となるセンターが必要といった課題を指摘している。
The Public Mechanismは、薬物政策を監視する組織による単独報告である。第1~4、8、13、15、17、25条について、偏見や無理解、劣悪待遇が指摘されている。
Submission of the High Commissioner for Human Rights in the Russian Federation (the Russian Ombudswoman)は、人権擁護団体による単独報告である。第1~4、6、9、15、19、24、25条について、総合的な立場から課題を指摘している。
(2)主な論点
ここでは、ロシア政府、市民社会からの報告、障害者権利委員会がまとめた事前質問事項、並びに、事前質問事項に対するロシア政府の回答について、主要条項に関する論点のポイントを示す。
第1~4条 一般的義務
第1~4条一般的義務に関しては、ロシアの法における障害者の定義が、権利条約の定める人権モデルに沿ったものではない点が、複数の組織のパラレルレポートにおいて指摘された。これを受けて、事前質問事項においては、「ロシア語における障害者に関する用語に関して情報を提供してください」という質問に加え、「監視機関の影響力や権限について説明してください」という質問が示された。
ロシア政府の回答は、「障害者」の概念を障害者権利条約で定められた定義と調和させるための検討は継続中であること、1995年に成立した障害者社会保障法を改正した際、監視体制を確立したことが報告された。
これらの回答に対し、第19会期委員会における建設的対話を経て示された最終見解の内容は、選択議定書を批准すること、人権モデルに一致する形に公定訳を修正すること、条約の効果的な実施を保証する措置をとること、障害者団体との協議を保証することに関するものであった。
第5条 平等及び無差別
他国に関する審査では第5条に関し議論が集中する傾向があるが、ロシアについては第5条に関する指摘をするパラレルレポートの数は少なかった。本調査で確認できたものは、Group of Organizationによる、合理的配慮の定義が不十分なものである点を指摘するもののみである。
しかし、事前質問事項においては、「差別を受けた障害者が利用可能な法的救済について情報を提供してください」という質問が出された。この質問は、過去に示された最終見解や、ロシアの審査と並行して検討されていた平等及び無差別に関する一般的意見第6号を参照し、障害者権利委員会が補足的にしたものと考えられる。
これに対するロシア政府の回答は、連邦基本法第32条によって、障害者の権利を侵害した市民や公務員は法律違反の罪に問われることを説明するにとどまり、検挙した違反件数などの報告が付されていた。第19会期委員会における建設的対話を経て示された最終見解で障害者権利委員会は、合理的配慮の否定を差別と定義し、禁止するよう勧告した。
第6条 障害のある女子
第6条に関しても、パラレルレポートにおける指摘は少ない。そうした中で、障害のある女性に特化した施策がないという指摘、障害のある女性と高齢者の生活水準が維持できていないという指摘(ただし、その記載箇所は第28条である)がなされている。
事前質問事項では、「差別や暴力、虐待、搾取から障害のある女性や女児を保護するためにとられた法的枠組みと措置について、情報を提供してください」という問いが出され、これに対するロシア政府の回答は、2017年3月8日政府指令第410号によって「女性のための行動国家戦略2017-2022」が承認されたというものであった。
これらのやりとりと第19会期委員会における建設的対話を経て示された最終見解では、障害のある女子に関する一般的意見第3号に沿う形で、障害のある女性に関する法的枠組みを構築すること、という勧告がなされた。
第9条 施設及びサービス等の利用の容易さ
第9条については、6つのパラレルレポートにおいて指摘がなされた。アクセシビリティ施策が対象とする範囲が部分的であり、支援に欠ける状態が続いている点、アクセシビリティ施策を実現するための仕組みが欠けており、効果が期待されない点などが指摘された。
これらの指摘を受け、事前質問事項では、「アクセシビリティ基準を遵守できなかった場合の行政処分について、情報を提供してください。また、進捗について情報を提供してください」「知的精神社会的障害のある人のアクセシビリティを保障するためにとられた措置について、知らせてください」という質問がなされた。
これに対するロシア政府の回答は、設備やサービスにおいて、障害者のアクセシビリティに関する義務的要件を備えていない場合は、1 要件の遵守を促す通知を発行、2 特定の業務を行うための業務免許の保留といった対応がとられるというものだった。また、施策の達成状況に関する数量的報告がなされていた。
第19会期委員会における建設的対話を経て示された最終見解で障害者権利委員会は、アクセシビリティに関する一般的意見第2号に沿うように2011-2020年国家アクセシブル環境プログラムを完全実施し、すべての種別の障害者のアクセシビリティを保障するよう勧告した。また、国全体で聴覚障害者が緊急ホットライン112にアクセスできるようにすることを勧告した。
第12条 法律の前にひとしく認められる権利
第12条についてもパラレルレポートではあまり言及がなされていないが、法的能力を行使するための施策が不十分であること、とりわけ精神病院、施設での対応に問題があることが指摘されていた。事前質問事項では、「民法の改正が、どのような方法で、第12条に関する権利、意思、選好の尊重を保障するのか説明してください」「民事訴訟法の改正が、どのように障害者の法的能力や法廷審問に参加する能力を保護するか説明してください」といった質問がなされた。
この事前質問事項に対するロシア政府の回答は、以下の2点を説明するものだった。
1 民法第30条(2)において、知的障害(mental disorder)のために自らの行動の重要性を理解することができない、あるいは支援なしには行動をコントロールすることができない市民は、方針を決定する能力(dispositive capacity)を刑法に定められた手続によって裁判所により制限しうることが定められており、後見人はそのような者のために配置されていること。
2 2012年12月30日連邦法第302号によって基準が定められたが、これは、方針を決定する能力(dispositive capacity)の程度に合わせて本人の意思と選好を尊重し、知的障害者が法的能力を行使する機会を提供するための措置であり、また、そのような措置に対し、独立機関や裁判所による調査によって定期的に審査を実施するための措置であること。
この回答と、第19会期委員会における建設的対話を経て示された最終見解では、障害者の法的能力を認識し、法の前の平等に関する一般的意見第1号に調和させる形で支援付き意思決定の概念を導入し、民法と民事訴訟法を改正することが勧告された。なお、一般的意見第1号では、代理人による意思決定制度を支援付き意思決定に置き換えることが求められている。
第19条 自立した生活及び地域社会への包容
第19条は、3つのパラレルレポートにおいて重点的に課題が指摘された項目である。その指摘はいずれも、地域生活における支援の不足や、脱施設化施策の不足を指摘するものだった。これらの指摘を受けて提示された事前質問事項では、「障害者が地域社会に包容されることを支援する方法について、情報を提供してください」「障害者の脱施設化に向けた計画を予定しているかどうかを示してください」という質問がなされた。
事前質問事項に対するロシア政府の回答は、「第7条に関する質問に対する回答で述べた」というものだった。ちなみに、第7条「障害のある児童」については、第19条と同様パラレルレポートで多くの指摘がなされた。第7条に関する事前質問事項に対するロシア政府の回答内容は、施設で暮らす児童の数値の報告と、その数が里親家庭の増加や養子縁組手法の開発により減少しているとするものである。
第19会期委員会における建設的対話を経て示された最終見解の内容は、アクセシビリティに関する一般的意見第5号に沿った形で、すべての障害者のための支援サービスを策定し、サービス利用について、障害者と家族に対し情報を提供することを勧告する、というものだった。
第21条 表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会
第21条に関するパラレルレポートでの指摘は、第9条における情報保障に関する指摘とほぼ同じ内容のものだった。具体的には、手話通訳者の派遣時間が増えたが、それは十分な支援量ではないことを指摘するものである。
事前質問事項では、「情報へのアクセスに関して、法案による進捗を知らせてください」という質問が出された。これに対するロシア政府の回答では、
1 ロシア手話規則が2018年1月1日に改正され、通訳サービスの提供時間が増加したこと。
2 2011-2020年アクセシブル環境プログラムを実施した結果、過去5年で、施設の1万8,000か所以上がニーズに適合し、字幕付きの放送が増加したこと。1,790冊の本や教材が点字や拡大文字版で出版されたこと。
といった、個別具体的な状況の報告がなされた。
第19会期委員会における建設的対話を経て示された最終見解で障害者権利委員会は、情報コミュニケーションへのアクセスを保証するための公的機関に対する義務や基準を確立するよう要求するとともに、マラケシュ条約の進捗状況について情報を提供するよう勧告した。
第24条 教育
第24条は、言及したパラレルレポートの数が最も多い条項であり、7つのパラレルレポートで指摘がなされた。パラレルレポートで指摘された内容は、教育環境のアクセシビリティが不足していること、環境整備と合理的配慮の提供が不足していること、情報保障がなされていないこと、教育に関する法定事項を実現する仕組みが不足していること、高等教育に医学的スクリーニングや入学拒否があること、などである。
事前質問事項では、「インクルーシブ教育への移行、地方での教育環境のアクセシビリティ向上をどのように推進しているのか、法の有効な実施方法に重点を置き、説明してください」という質問がなされた。これに対するロシア政府の回答は、インクルーシブ教育制度を確立するため、特別なニーズや障害のある学生を教育するための国家基準が引き上げられ、2017年9月1日に施行されたというもので、その他個別具体的な取組事例の報告が続いた。
第19会期委員会における建設的対話を経て示された最終見解で障害者権利委員会はロシア政府に対し、障害者が質の高い教育にアクセスすることを可能にするための指標及び長期ロードマップを採択することを求めた。また、持続可能な開発目標の目標4.5及び4.aインクルーシブ教育への権利を実現するにあたり、障害者権利条約、及び、教育に関する一般的意見第4号を参照するよう勧告した。
(3)各報告内容の対応関係
1)パラレルレポートと事前質問事項、最終見解との関係性
事前質問事項の内容や最終見解で障害者権利委員会が出したコメントを概観すると、以下の傾向がうかがえる。
2017年9月に開催された第8回事前作業部会で作成された事前質問事項は、障害者権利条約全体を均等に取り扱っているわけではない。質問がなされた条項は、この時までに提出された2本のパラレルレポートの影響を強く受けており、パラレルレポートで指摘がなされた条項を中心に事前質問事項が組み立てられた様子がうかがわれる。
一方、第19会期委員会で示された最終見解では、条約のすべての条項に対し同程度の量で見解が示されている。このため、例えば、パラレルレポートで多く指摘が寄せられた条項も、そうでない条項も関わりなく、最終見解にはおおよそ均等な分量の見解が述べられている。また、パラレルレポートにおける指摘が寄せられていない条項についても、最終見解では勧告が出されている。
2)個別条項の論点の推移と最終見解との関係性
図表6-3に、主要条項に関する、パラレルレポートと事前質問事項、事前質問事項への政府回答、最終見解の主な論点一覧を示した。
先に指摘したように、事前質問事項は、パラレルレポートで指摘された事柄を反映したと思われる項目が目立つ。また、最終見解の内容は、事前質問事項に対するロシア政府の回答の在り方と関係している。質問にきちんと向き合う回答がなされなかった条項(例えば、第6条、第12条、第19条)では、最終見解の指摘事項は施策そのものの見直しや再構築を迫る内容となっている。一方、事前質問事項に対するロシア政府の回答が、質問に直接答える内容である場合、最終見解の内容は、建設的対話を経て、それまでのやり取りからさらに発展した内容となっている。
パラレルポートでの指摘 | 事前質問事項 | 事前質問事項への回答 | 最終見解 | |
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第1~4条一般的義務 |
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第5条 平等及び 無差別 |
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第6条 障害のある女子 |
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第9条 施設及びサービス等の利用の容易さ |
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第12条 法の前にひとしく認められる権利 |
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第19条 自立した生活及び地域社会への包容 |
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第21条 表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会 |
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第24条 教育 |
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(4)最終見解におけるその他のポイント
ここでは、最終見解におけるその他のポイントとして、パラレルレポートにおいて多くの指摘が寄せられていた、第7条、第25条、第27条、第33条について紹介する。
第7条障害のある児童については、障害のある児童への支援不足や入所施設における劣悪な待遇などの指摘が、多く寄せられていた。これを受け、障害のある男児女児の脱施設化のための戦略を、時間枠と資源を備えた形で採択するよう推奨する勧告が示された。
第25条健康については、医療機関のアクセシビリティ不足が複数のパラレルレポートで指摘されており、最終見解において、障害者が質の高い保健医療とリハビリテーションサービスにアクセスすることを保障するために措置をとるよう勧告が出されていた。
第27条労働及び雇用に関しても、精神障害者が雇用率の算定対象として認められていないことや、障害者の過酷な労働環境などがパラレルレポートで指摘されており、こういった指摘を受け、合理的配慮の否定を法に位置付けるように勧告し、職場で合理的配慮を提供する際の支援を標準化するよう勧告する最終見解が示されていた。
第33条国内における実施及び監視についてパラレルレポートで指摘されていた事柄は、ロシアは、(手続としては)適切に障害者団体のカウンセリングを受けているが、専門的なNGOはその手続に関与していないという指摘であった。これを受け、地方レベルでの実施に特に重点を置き、条約と調和した実施へと改善するための中央連絡先を指定すること、監視過程に代表的な障害者団体が十分かつ効果的に参加することを保証することを勧告する見解が示された。