1 国際調査

1.6 ロシアにおける障害者権利委員会審査状況

1.6.1 障害者差別禁止法と国内実施体制

 ロシアは、2008年に障害者権利条約に署名し、2012年10月25日に批准した。さらに2014年9月に包括的な最初の報告を国連障害者権利委員会に提出している。ここでは、包括的な最初の報告の記述などを基に、ロシアにおける関連法制と、障害者政策、障害者権利条約の国内実施体制の概要をまとめる。

(1)ロシアにおける障害者関連法制

ロシア連邦憲法

 ロシア連邦憲法第19条は、性別、人種、民族性、言語、出自、財産、公的地位、住む場所、宗教、前科の有無、所属する市民団体、その他いずれの状況においても、市民の人権・市民権の平等と自由を保障している。その対象は障害者を含むすべての市民である。憲法第19条(2)では、社会的身分、人種、民族性、言語、宗教を理由とした公民権の制限はどのような形でも禁止されている。また、憲法第21条(1)について定めており、何人もそれを侵害することを正当化できない。

2012年5月3日ロシア連邦法No.36-FZと関連法

 障害者権利条約への署名後、ロシアでは条約に準ずるための2012年5月3日連邦法No.36-FZが成立し、これを受けて2012年10月25日に障害者権利条約を批准している。
 障害者権利条約は、条項が総合的であることから、国内法と一致しない要素も含まれていた。2012年5月3日ロシア連邦法N.36-FZは、こうした不一致に対処するための法律である。
 例えば、1995年に採択された障害者社会保障法は、障害の労働・医学モデルから、これを発展させた概念である医学・社会モデルに移行した。結果、障害者の割合は3.2%から9.2%まで増加した。その他、2011-2013年の間に12の法案が、障害者権利条約を批准し実施するための取組の一部として、条約の様々な条項に効力を与えるために可決された。また、2011-2013年の間に、条約の定める項目を考慮に入れた、教育や社会に係るサービスに関する新しい連邦基本法が採用された。

2014年12月1日ロシア連邦法No.4519、障害者権利条約の批准に関する障害者の社会保障に関する規則の改正法

 障害者権利条約の批准に関する障害者の社会保障に関する規則の改正法(以後、障害者権利条約実施法)は、2014年ロシア連邦政府議会において可決された。これは、25の法令を改正するもので、これにより権利条約に準拠した基準が系統的な方法で確立された。
 まず、この法律により、障害を理由とした差別の定義と差別に関する法的基準が確立された。
 また、「合理的配慮」という用語はそれまでのロシアの法律において明示的に使用されていなかったが、2014年障害者権利条約実施法において、合理的配慮の構成要件や「過度の負担」と認められるために必要な要件を定義する仕組みの基準が構築された。
 さらに、アクセシビリティを保障する基準と条件を「合理的配慮」の概念に従って確立し、合理的配慮を確立するための施設の所有者やサービスを提供する事業者及び個人に対する支援、施設及びサービスのアクセシビリティに関する要件の暫時的な履行の可能性を定めている。
 また、障害者権利条約実施法案は、設備やサービスのアクセシビリティ水準を徐々に向上させるための取組(ロードマップ)を、国の権限で実施することを定めている。

1995年11月24日ロシア連邦法No.181、障害者社会保障法(2017年3月7日版)

 障害者社会保障法の第1条第1段落で、「障害者」の概念を定義している。ここで障害者は、「疾患や外傷、欠陥によって健康を害された状況、恒常的に身体機能が欠損した状況にあり、日常生活に制限があり社会保障を必要としている者」とされている。
 障害者社会保障法第32条では、障害者の権利及び自由を侵害する市民や行政職員は行政法(管理責任者規則)及び刑法(刑法典)の双方において責任を問われる、と定めている。

その他の法的枠組み

 障害を理由とする差別の禁止に係る法的枠組みに関し、障害者の権利の平等、生活の基本的分野における差別に関する条項は、教育(2012年12月29日教育法No273-FZ、連邦法第5条(2))、労働(労働基準第3条)、社会福祉事業(1995年8月2日連邦法No.122-FZ、高齢者・障害者社会福祉事業第4条)、保健医療(公衆衛生介護法の法則第5条(3))に含まれている。

(2) 障害者政策の概要

障害者権利条約実施のための権限と責任の付与

 障害者権利条約第4条が定める内容を実施するため、ロシアでは障害者権利条約実施法が採択された。この法では、連邦レベル、地方レベル、市のレベルが一体になって障害者に関する政策の遂行を促進するため、政府や関連する連邦省が定めた定款細則に関し、管理手順(政府決定、指令、管理・技術規則、国家規格、健康基準・規則、建築基準、ハンドブックなど)を定める権限を、当局やロシア連邦を構成する組織の立法及び行政官庁に付与した。
 2014年には、障害者に対して差別的な条項のある法令を修正、あるいは廃止するための法的根拠を確立するため、障害者権利条約実施法案は、障害者の権利及び自由の遵守状況に関する個別の条件及び基準を定義し、以後、これに応じることに失敗した場合は差別と認定されるとした。

関連するプログラムの整備

 条約が定める一般責務に応じるための措置として、障害者就労支援取組の有効性を改善し、職業訓練がアクセス可能であることを保証するための一連の施策と、2011-2015年国家アクセシブル環境プログラム(2012年10月15日政府指令No.1921-r)を承認した。公的機関に障害者の権利を保障し促進する責務を付与するための国家戦略やプログラムは、次のとおりである。

  • ロシア連邦輸送戦略(2030年まで)
  • ロシア連邦体育及びスポーツの開発戦略(2020年まで)
  • ロシア連邦青年政策戦略
  • ロシア連邦製薬・医療産業の開発ための連邦特別計画(2020年まで、延長可能性あり)
  • 2011-2020年社会情報化計画
監視体制の構築

 ロシア連邦は、国家に対する監督及び監視を義務として行なう一連の機関を設置した。労働、社会保障、雇用については連邦労働・雇用サービス局、取引については消費者保護及び福祉に関する連邦監視サービス局、建築については連邦構築監視サービス局、産業の安全、エネルギー、環境については環境、技術、核の監視に関する連邦サービス局、交通については輸送に関する連邦監視サービス局、医療については保健に関する連邦監視サービス局、教育については教育科学に関する連邦監視サービス局が、障害者を含む市民の権利侵害を検知し防ぐ責務を負っている。
また、地方レベルでは、地方社会保障機関が次の任務を担当している。

  • 障害者の情報と社会設備資本へのバリアフリーアクセスを提供するための取組の調整
  • 公共交通機関、コミュニケーション及び情報へのアクセス保障
  • 建築中や改修中の社会資本設備についての規準の遵守状況の監視
国家アクセシブル環境プログラム

 条約に効力を与えるために2011-2012年にとられた施策は、国家アクセシブル環境プログラムの採用と実施につながった。2014年に政府は、2016-2020年をカバーするプログラムへ拡張する形で施策を展開することを決定した。アクセシブル環境プログラムは、国、連邦特定目標、地方プログラムと連携し、障害者権利条約を実施するための施策を長期国家計画(それぞれ5年間)の軸として組み立てている。各計画には、施策の実施に加え、ロシア連邦と関係機関の法が相互に連携するように修正するという、当初の取組を継続する点も盛り込まれている。
 アクセシブル環境プログラムの下、障害者の仕事を生み出し職場のアクセシビリティを保証することにより障害者の労働市場への包容を促進するため、6億2845万ルーブルの財政的援助が障害者団体に割り当てられた。また、優先的な設備や障害者の生命に関する重要分野のサービスへのアクセシビリティを向上するために研究や開発業務が行なわれている。

その他

 障害者権利条約実施法では、障害者と関わる専門家や職員への研修に関して、全機関を対象とした、ロシア連邦法や関連法が定めるアクセシビリティ基準に沿った指針を作成した。同様の条項は、他の法令にも既に組み入れられている(障害者社会保障法、第14条、教育法第79条、社会福祉事業法施行規則第8条)。
 また、障害者団体が障害者の権利の遵守状況の監視に積極的に参加し、障害者団体の活動への支援を増やすため、多くの連邦法に修正が加えられた。
 障害者の利益に影響する政策課題について障害者団体の正式代表者を参加させることは、公的機関における義務となっている。国は障害者の権利の保護における市民団体の役割を増加させるため、市民社会組織に財政・その他の支援、免税をしている。

(3) 国内の実施体制

1)中央連絡先

 ロシアの包括的な最初の報告では、連邦レベルの中央連絡先が明示されていない。ただし、包括的な最初の報告の記述からは、調整のための仕組みとして報告されている労働社会保障省または同省に設置された障害者問題専門の部署が実質的には中央連絡先に相当すると考えられる。

2)調整のための仕組み

 ロシア政府では、障害者に関する社会政策の異なる要素を考案し履行するための権限が、厚生省、文部科学省、文化省、スポーツ省、地域開発省、住居及び建設省、内務省及び法務省に与えられている。そして、労働社会保障省が、障害者や障害者の社会保障に関する問題について政府内の調整機関の役割を果たすとしている。
 2010年に、障害者問題専門の部署が労働社会保障省内に設立された。この部署が、障害者権利条約実施法案や規則の草案、障害のある児童を含む障害者のための補綴・矯正的介護及びリハビリテーションの促進、リハビリテーション装置の提供、医学的・社会的評価の実施、障害者のための高等職業教育機関の構成に関する省への報告、緊急時の障害者の社会保障、障害者のリハビリテーション及び包容のための国家サービスの提供、障害者団体への支援に関する国の政策や法を所管している。
 加えて、2012年8月21日大統領令第1201号に基づき、障害者に関する大統領委員会が設立されている。障害者に関する大統領委員会は、大統領の下に組織される審議機関である。ロシア連邦内の政府組織、地方自治体、公的機関、障害者の問題に関する科学的組織、その他組織の相互連携を保証するために結成されている3。また、障害問題審議会(政府委員会)が、ロシア連邦構成機関長官への報告書と障害者の社会保障に関するアドバイザー組織(調整機関)の役割を果たす。障害問題審議会は、障害者の社会保障関連法を改善するための提案を支援するために、連邦院(ロシア連邦政府議会上院)議長の下、専門家によるアドバイザー組織として設立されたものである。

3)独立した仕組み(監視)

 ロシアでは、1997年2月26日連邦法条例No.1-FKZに沿って、ロシア連邦人権委員会事務局が設立された。ここが、障害者の権利を促進・保護し、障害者権利条約の実施状況を監視するための主要な独立した機関とされている。
 また、2005年4月4日連邦条例No.32-FZに準ずる形で設立されたロシア連邦市民評議会も、障害者とその他の権利を保護し、権利の遵守状況を評価するための重要な独立した機関である。同評議室は国家機関や地方自治体の活動のオープンな監視や監督の過程に市民団体(特に障害者の全国組織)が参加するよう取り組んでおり、障害者の権利を含む人権を維持するための政策実現を支援している。
また、ロシア連邦に対して提出された苦情を精査する際、欧州人権裁判所の国別代表者が、障害者を含む市民の権利及び基本的自由が守られることを保障する。

4)市民社会

 前述したように、ロシアでは多くの連邦法が改正され、障害者団体の活動への支援や障害者団体が障害者の権利の遵守状況に参加することが規定された。障害者の利益に影響する政策課題について障害者団体の代表者を参加させることが、公的機関の義務となっている。
 ロシア国内の主要な障害者団体として、1987年に設立された全ロシア障害者協会、1925年設立の全ロシア盲人協会、1926年設立の全ロシアろうあ協会がある。このうち、全ロシアろうあ協会は、国連障害者権利委員会にパラレルレポートを提出している。また、複数の障害者団体がGroup of organizations of Russian Federation(ロシア連邦の組織グループ)を結成してパラレルレポートを提出している。

5)関係主体の全体像

ロシアの包括的な最初の報告などの情報を基に整理した、ロシアにおける障害者権利条約の国内実施体制の全体像を図表6-1にまとめる。

図表6-1 ロシアにおける関係主体の全体像 (図表6-1のテキスト版


3 Комиссия при Президенте Российской Федерации по делам инвалидов
https://konsulmir.com/komissiya-pri-prezidente-rossijskoj-federacii-po-delam-invalidov/

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