1 国際調査

1.12 各国の審査状況のまとめと考察

1.12.1 各国の審査状況のまとめ

 以上、フィリピン、ポーランド、ロシア、スロベニア、ネパール、イギリスにおける障害者権利員会における審査状況、ドイツ、スウェーデンにおける障害者権利による最終見解後の合理的配慮・環境整備の取組状況を見てきた。
ここでは、まず、フィリピン、ポーランド、ロシア、スロベニア、ネパール、イギリスに関して市民社会などから提出されたパラレルレポートの内容を軸に、審査状況を整理する。その上で、パラレルレポートが事前質問事項や最終見解などに与える影響について考察する。

フィリピン(第20会期障害者権利委員会審査対象国)

2018年3月時点のパラレルレポートの件数は3件と少ないが、総合性の高いものが提出されている。ただし、総合的な報告を提出している障害に関する国民評議会の独立した仕組みとしての指定について、他のパラレルレポートで指摘が寄せられている点には留意が必要である。
しかし、他の総合性の高いパラレルレポートの内容から、障害に関する国民評議会による指摘事項の客観性も読み取ることができ、事前質問事項には、パラレルレポートで指摘されている事柄が、概ね取り入れられていた。

ポーランド(第20会期障害者権利委員会審査対象国)

 2018年3月時点のパラレルレポートの件数は7件だった。単独の組織によるものが多かったが、障害者団体の連合体と、国別人権機関からの報告は、総合的なものであった。
事前質問事項には、パラレルレポートで指摘されている事柄が、概ね取り上げられている。なお、パラレルレポートの指摘事項の単なる確認ではなく、政府に求める回答の枠組みを包括的かつ体系的なものに昇華した形で質問がされていることが特徴である。

ロシア(第19会期障害者権利委員会審査対象国)

 パラレルポートの件数は12件と多かった。中でも、事前質問事項の前に提出された複数の障害者団体よる合同報告と国際人権機関による報告が総合的なものであり、事前質問条項に強く影響した。
しかし、事前質問事項に対するロシア政府の回答が、直接的でない条項があり、そういった条項についての最終見解は、施策そのものの見直しや再構築を迫る内容となっている。一方、事前質問事項に対するロシア政府の回答が、質問に直接答える内容である場合、最終見解の内容は、建設的対話を経て、それまでのやり取りからさらに発展した内容となっている。
また、最終見解では、条約のすべての条項に対し同程度の量で見解が示されている。つまり、パラレルレポートで多く指摘が寄せられた条項も、そうでない条項も関わりなく、最終見解にはおおよそ均等な分量の見解が述べられている。あるいは、パラレルレポートにおける指摘が寄せられていない条項についても、最終見解では勧告が出されているということである。

スロベニア(第19会期障害者権利委員会審査対象国)

 パラレルレポートの件数は6件と少ないが、22団体が所属するスロベニア障害者評議会によるパラレルレポートが、事前質問事項とそれに対する政府回答の後に2回、異なるものを提出している。事前質問事項においても、最終見解においても、これらパラレルレポートで指摘されている事柄を受けた内容の質問や勧告が多く出されている。このことから、政府と障害者権利委員会委員との建設的対話において生じる疑問に対し、適切な情報を提供する市民社会報告になっていたと思われる。
 ただし、このような傾向とは別に、スロベニアに対する最終見解は、ほとんどの条項に対し小項目に分け、非常に網羅的に記述され、他国より分量が多い。このような傾向は、担当する国別報告者が、一般的意見や持続可能な開発目標を強く意識して作業をした結果であると想定される。

ネパール(第19会期障害者権利委員会審査対象国)

 パラレルレポートの件数は5件と少ないが、総合的な観点のものも複数存在した。
 しかし、事前質問事項においても、最終見解においても、パラレルレポートで指摘されている事柄とは異なる論点の質問が出されている条項がある。例えば、第12条について、パラレルレポートでは、障害を理由に銀行口座の開設や保険契約、相続を制限されるといった内容が指摘されたが、事前質問事項も最終見解も、支援付き意思決定についてのものだった。これらは、一般的意見などにおいて、重要な論点とされている内容であることを考えると、パラレルレポートでは指摘されていない内容についても、一般的意見に沿って障害者権利委員会が質問していると考えられる。
 このため、事前質問事項とそれに対する政府回答の後に提出しているパラレルレポートの中には、権利委員会からなされた事前質問事項に寄せた指摘をするものもあった。
全体的に見れば、パラレルレポートでの指摘内容が重視されるが、一般的意見が公表されている条項については、一般的意見の内容が強く意識される傾向があると推測される。

イギリス(第18会期障害者権利委員会審査対象国)

 パラレルレポートの数は、39件と非常に多数のものが提出された。分かりやすい版で提出されるものや、認知症者によるもの、エスニックマイノリティである障害者によるものなど、他国と比して多様性もあり、市民社会の成熟度が伝わる内容だった。
 事前質問事項においても最終見解においても、パラレルレポートで指摘された課題・問題が審査過程全般で重視され、幅広く反映された。政権交代後の福祉政策の課題など、具体的な内容の指摘を多く含むものとなり、イギリス政府にとって厳しい内容になっている。

1.12.2 各国の最終見解後の合理的配慮・環境整備状況のまとめ

 続いて、ドイツ、スウェーデンにおける障害者権利による最終見解後の合理的配慮・環境整備の取組状況をまとめる

ドイツ(第13会期障害者権利委員会審査対象国)

 ドイツは障害者権利条約を重視し、第1次審査以前から「障害者権利条約のための国内行動計画(NAP)」という名称の、障害者に関する長期計画を立てていた。しかし、2015年3月に障害者権利委員会から最終見解が提示されたことを受け、2016年6月「障害者権利条約のための国内行動計画2.0(NAP 2.0)」を成立させた。この計画からは、最終見解を受けて、34件に及ぶ法改正や、障害者政策を主流化するための省庁間の分担の見直し、調停機関の設立など、法制度の根本的な部分で大規模な改革が進められていることが伺われる。
 しかし、必ずしも最終見解が示した内容に、即時対応できるわけではない。障害者政策を主流化するための省庁間の分担の見直しもあり、最終見解における指摘に対応できていない項目については、担当省庁での検討が進められていることが、「障害者権利条約のための国内行動計画2.0(NAP 2.0)」では報告されている。

スウェーデン(第11会期障害者権利委員会審査対象国)

 スウェーデンにおいても、2011年に「障害者政策実施における戦略2011-2016」が社会省で策定されていた。これは2016年までの長期計画だったが、2014年に障害者権利委員会から最終見解が提示されたことを受け、2017年に「政府法案2016/17:188 障害者政策の国としての目標及び方向性」を成立させている。
 「政府法案2016/17:188 障害者政策の国としての目標及び方向性」では、最終見解での指摘に対し多方面にわたる取組を進めている。また、ドイツ同様、スウェーデンにおいても、最終見解における指摘に対応できていない項目については、政府や審議会など様々な立場の考え方や、継続している議論の様子が報告されている。

1.12.3 国際調査全体を通しての考察

 ここでは、国際調査全体を通してのパラレルレポートの傾向と、事前質問事項と最終見解の傾向、そして、パラレルレポートが事前質問事項や最終見解などに与える影響について考察する。

パラレルレポートの傾向

 パラレルレポートの件数は、先進国で多い傾向がみられた。また、パラレルレポートの件数が多い国では、同じ内容の報告が複数の団体から提出されていることもある。しかし、本調査において、報告が多ければ多いほど説得力があるという印象は得られなかった。
 また、今回調査対象としたいずれの国も、単独の団体による特徴的なパラレルレポートと、複数の団体による総合的なパラレルレポートが提出されており、どちらか一方という国はなかった。ただし、総合的な報告は事前質問事項や最終見解に反映される傾向が強く、委員にとって信頼性が高いものとなっている可能性は強く感じられた。また、事前質問事項後に提出されるパラレルレポートが、政府回答を踏まえて異論がある場合など、時機にあったものである場合、最終見解に反映されることが多い。この傾向は、パラレルレポートの数の多少とは関係なく、パラレルレポートが総合的で、時機を得たものであることの方が重要だということを示している。

事前質問事項や最終見解の傾向

 全体を通してみると、事前質問事項はパラレルレポートに基づいたものが多く、最終見解は総合的・網羅的になる傾向がある。しかし、国別報告者の特徴もあり、一貫した傾向ではない。
また、最終見解が指摘する条項の分散傾向は年を追うごとに強まっている。このことにより、例えば、ロシア、ネパールでは、パラレルポートで指摘がなかった条項についても見解が示されている。これが、どのような機能や意図に基づくものなのかは、本調査では明らかにならなかった。
 なお、パラレルレポートで指摘がなかった条項に関し示される見解は、一般的意見や持続可能な開発目標を意識したものが多くみられ、ある意味、定型的である。障害者権利委員会委員が、パラレルレポートの内容から市民社会が未成熟と判断した場合、補足する意味で定型的な質問を追加している可能性があると考えられる。

パラレルレポートが事前質問事項や最終見解などに与える影響

 以上にまとめたパラレルレポートの傾向、事前質問事項や最終見解の傾向から、委員会が、市民社会などからのパラレルレポートを、審査のための重要な情報源として重視していることは明らかである。とりわけ、複数の障害者団体が連合して提出した報告、内容が総合的な報告の論点は事前質問事項や最終見解に反映される傾向が強いといえる。
 また、事前質問事項は、パラレルレポートの指摘を踏まえて構成される傾向が強い。このため、事前質問事項の構成は必ずしも網羅的でない傾向が見られる。
 一方で、最終見解の内容は、事前質問事項よりも総合的・網羅的になり、各条項をまんべんなく取り上げる傾向がある。パラレルレポートで指摘がなかった条項について見解が述べられる場合は、一般的意見や持続可能な開発目標を踏まえて作成されると考えられる。なお、一般的意見の整備が進んだこともあり、この傾向は次第に強まっている。近年の審査を対象とした本調査では、パラレルレポートの指摘とは異なる論点として指摘が追加される事例がみられた。ただし、そうした項目の見解の多くは、一般的意見や持続可能な開発目標を意識したものであり、定型的なものになる。
 また、上記の傾向とは別に、事前質問事項以降に提出されるパラレルレポートが、政府回答に対して有効な反論や論点提示ができている場合は、最終見解への影響力が強まる傾向があることも、見て取れた。(例えば、スロベニア障害者評議会によるもの。)
 以上から、事前質問事項と最終見解の内容は、各国の市民社会の成熟度、報告の力量に強く影響されていることが結論できる。パラレルレポートの内容が、総合的で多くの条項を対象としているほど、事前質問事項や最終見解の内容は、対象国の状況を踏まえた具体的なものになる。
 また、多くの場合、パラレルレポートの内容が幅広く充実しているほど、最終見解は対象国政府にとって厳しいものになる傾向がある。ただし、各国政府が適切な回答や対話を行った場合には、最終見解の内容はそれらを踏まえた、より建設的なものになる。このことは最終見解だけでなく、障害者権利委員会における建設的対話に、パラレルレポートの質が影響していることの証左でもある。
 本調査において、最も厳しい最終見解が示されたイギリス政府の政府報告は、通常版、分かりやすい版、手話版が出ているだけでなく、例えば、第12条に関して意思決定能力法を施行していたり、留保を解除していたり、他国と比べて、障害者施策が進んでいる印象だった。しかし、パラレルレポートの数も多く、指摘も厳しい。選択議定書に基づく通報や調査も経験することになった。
 このような傾向は、多様性を受け入れる社会というものが、あるべきものでありながらも、進展すればするほど、新たな課題を抱える性質を持つことを痛感させられる内容だった。市民社会の主張が充実すればするほど、障害者権利委員会における審査は難しくなる。このことは、逆の側面から見るならば、障害者権利委員会における審査が厳しければ厳しいほど、その国の障害者施策が進んでいることを意味すると考えてもいいだろう。逆に、障害者権利委員会における審査が、混乱を呼ばなかった国、パラレルレポートの件数が少ない国は、主張ができていない市民社会や障害者団体が、多く潜在している国であることを示している。

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