2 国内調査

2.b. 事業者の合理的配慮に関する障害者差別解消法の施行状況及び地方公共団体の取組

(1)条例で事業者の合理的配慮を義務付けている地方公共団体の概要

 前節冒頭において、条例を制定している中核市以上の地方公共団体の全体像について説明したところである。このうち、事業者の合理的配慮は、都道府県11か所、政令市2か所、中核市2か所で義務化されている。事業者の合理的配慮を義務付けている自治体一覧を図表2-2に示す。

図表2-2 事業者の合理的配慮を義務付けている地方公共団体(中核市以上)
自治体名 条例名 施行日
千葉県 障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県づくり条例 2007年7月1日
埼玉県さいたま市 誰もが共に暮らすための障害者の権利の擁護等に関する条例 2011年4月1日
岩手県 障がいのある人もない人も共に学び共に生きる岩手県づくり条例 2011年7月1日
熊本県 障害のある人もない人も共に生きる熊本づくり条例 2012年4月1日
東京都八王子市 障害のある人もない人も共に安心して暮らせる八王子づくり条例 2012年4月1日
長崎県 障害のある人もない人も共に生きる平和な長崎県づくり条例 2014年4月1日
沖縄県 沖縄県障害のある人もない人も共に暮らしやすい社会づくり条例 2014年4月1日
鹿児島県 障害のある人もない人も共に生きる鹿児島づくり条例 2014年10月1日
茨城県 障害のある人もない人も共に歩み幸せに暮らすための茨城県づくり条例 2015年4月1日
奈良県 奈良県障害のある人もない人も共に暮らしやすい社会づくり条例 2015年10月1日
富山県 障害のある人の人権を尊重し県民皆が共にいきいきと輝く富山県づくり条例 2016年4月1日
新潟県新潟市 新潟市障がいのある人もない人も共に生きるまちづくり条例 2016年4月1日
大分県 障がいのある人もない人も心豊かに暮らせる大分県づくり条例 2016年4月1日
兵庫県明石市 明石市障害者に対する配慮を促進し誰もが安心して暮らせる共生のまちづくり条例 2016年4月1日
愛媛県 愛媛県障がいを理由とする差別の解消の推進に関する条例 2016年4月1日

 図表2-2からは、2016年4月の障害者差別解消法施行以前に条例を制定した地方公共団体では、事業者の合理的配慮を義務付けていることが多いが、2016年4月の障害者差別解消法施行以後は、事業者の合理的配慮を努力義務とする地方公共団体が増えていることが見て取れる。

(2)制度の運用実態・工夫

 以上のような状況を踏まえ、条例で事業者の合理的配慮を義務付けている千葉県、明石市、条例で事業者の合理的配慮を努力義務としている松江市、条例検討中である群馬県、名古屋市の担当者の話を伺った。

千葉県(条例で義務化)

 まず、事業者の合理的配慮が条例で既に義務付けられている千葉県において、法定義務が大きな問題になることは「ない」という指摘がされた。相談する人は、事業者の合理的配慮が義務化されているからではなく、困っているから相談しており、その中で問題をどう解決できるかを考えているというのが、その理由であった。

  • 毎月、広域専門指導員と会合し、相談に関する記録も見ているが、論点として法定義務があがることはない。当事者側が「合理的配慮は義務だから」ということはあるが、数としては少ない。「差別を受けた」という言い方の方がずっと多い。
  • 千葉県の条例は理解を求めることを基本理念としている。この基本理念を中心に取り組んでいるので、合否判定するようなかかわりはしない。「合理的配慮は義務だから」という出方をすると事業者側が身構えてしまう。事業者側にできない事情がある場合はそれを聞いて、正当な理由がある場合は、義務でも当事者にその事情を説明してという形でやっている。

(2018年3月7日ヒアリング議事録より)

明石市(条例で義務化)

 明石市においては、合理的配慮の義務化は重要な武器になっているという声が聞かれた。相談は受け付ける入口の時点では不当な差別的取扱いに関するものが多いが、調整の結果、出口が合理的配慮となっているものが多い。そのような形で相談に応じる中で、事業者の合理的配慮が努力義務ということは、合理的配慮の提供に向けた建設的対話に事業者が応じること自体が努力義務と整理せざるを得ない。すると、事業者から「そんなことに時間をとれない」といわれた際、それ以上対話に応じることを強く求める法的根拠がなく、相談員による対話の働きかけ自体が困難になるだろう。努力義務では、過重な負担に関する調査協力義務を付けられないからというのが、その理由である。

松江市(条例で努力義務)

 松江市においても、事業者も努力義務ではなく、義務にすべきという声が寄せられているとのことである。担当者からは、「合理的配慮は過度な負担がかからないものが合理的配慮なので、民間事業者でも対応してもらいたい。」との声が聞かれた。

群馬県(条例検討中)

 群馬県の担当者からも、「調整をしている立場からすれば、法的義務になっているとやりやすい部分がある」という声が聞かれた。その一方で、「中小規模の業者を考えると難しさがある。法的義務にするならばもっと細かい高度なガイドラインが必要なのではないか。」という懸念も示された。

名古屋市(条例検討中)

 一方、名古屋市の担当者からは、事業者の合理的配慮を義務付けることについて、慎重に検討している様子がうかがわれた。

  • 事業者の合理的配慮については、義務と努力義務とどう違うのかという話をしている。過重な負担の解釈は変わらない中で、結局意識の問題に帰結するのではないか。
  • 義務化するならば、(環境整備との差も含めて)合理的配慮の範囲を明確にする必要が出てくると考える。そうなると、努力義務のまま合理的配慮の範囲をはっきりさせない方が幅広に対応できるのか、はっきり線引きして義務化する方が進むのか、今の時点では分からない。
  • また、条例のあるところが個別に義務化したりしなかったりした場合、人の移動や事業活動は一自治体にとどまらないので行政区域をまたいだ時にどうなるのかが見えない。
  • 事業活動がしにくくなるのではないかと心配する声もあり、法の動向を見守りたい。

(2018年2月27日ヒアリング議事録より)

(3)論点の整理

 以上に報告したヒアリングの内容からは、事業者の合理的配慮については、それが「合理的」であることが担保されるならば、できれば義務化される方が差別に関する事案の解決においては望ましいと感じている様子がうかがわれた。
 なお、47都道府県のうち、4分の1に近い11の自治体で既に事業者の合理的配慮は義務化されている。しかしながら、全国的に見ても、本調査におけるヒアリングにおいても、義務化による大きな混乱や課題は報告されていない。
 また、障害者差別解消法の施行に合わせて、条例で事業者の合理的配慮を義務付けする地方公共団体が減少したことをかんがみるに、地方公共団体は、混乱を避けるために法に足並みをそろえている可能性も想定される。
 さらに、障害者差別解消法第12条において、事業者の合理的配慮についても主務大臣による報告の徴収並びに助言、指導及び勧告といった罰則規定が設けられている
 このように考えると、法で事業者の合理的配慮を義務付けすること自体に課題があるのではなく、合理的配慮やそのための事前的改善措置、過重な負担の考え方を更に整理し、指針やガイドラインとしてまとめること、及び、それら指針やガイドラインを、差別に関する事案の解決に最前線で取り組む担当者や、事業者、市民にきちんと届けることに、課題が残されているのではないだろうか。

 なお、ある地方公共団体の担当者からは、「仮に障害者差別解消法で合理的配慮を義務と規定する場合には…」という前置きで、次のような懸念が寄せられている。
 条例で努力義務と定めている自治体において、合理的配慮の義務付けは「義務」と「努力義務」のいずれとなるのかという問題が発生する。
 自然に考えると、障害者差別解消法が「義務」を国内の事業者に求める趣旨からすれば、自治体ごとに「努力義務」とする解釈が有効となることは法の趣旨に沿わないと考えられる。このため、「努力義務」としている自治体は、条例改正が必要になる。
 地方自治体における条例改正には、議会対応など一定の時間が必要となる。条例改正に対応するために必要な議会対応に係る配慮として、事前の情報提供や施行までの期間をお願いしたい。同時に、基本方針などで合理的配慮を努力義務としている自治体へ改正の必要に関する考え方を明示していただきたい。

明石市 合理的配慮の提供支援に係る公的助成制度

 平成28年4月に障害者配慮条例に基づき、明石市では「合理的配慮の提供支援に係る公的助成制度」が創設されている。民間事業者や自治会などが障害のある人への配慮を提供するための環境整備に係る費用を助成するだけでなく、制度利用を通じて事業者などの障害理解の促進を目指す制度として実施するものである。商工会議所や各業種団体に直接制度の案内をするなど、積極的な制度の運用が行われている。

(1)制度を利用できる団体(助成対象区分)
民間事業者、自治会など地域の団体 など

(2)助成の対象になるもの(対象経費区分)
1 コミュニケーションツール作成費(上限額:5万円)
点字メニューやコミュニケーションボードの作成費、チラシの音訳経費など
2 物品購入費(上限額:10 万円)
筆談ボード、折りたたみ式スロープなどの購入費
3 工事施工費(上限額20 万円)
簡易スロープの設置や手すり取り付けなどの工事施工費

(3)申請件数及び助成金額
平成28年度で150件の申請があり、280万9,119円を助成した。一番多かったのが筆談ボード購入の助成で、112件の申請があった。

 明石市担当者の話
 制度を作ったらどんどん利用があったのではなく、市からアピールしたからこそ利用が伸びた。働きかけをしなければ、半分以下の利用件数であり、事業者が福祉に関する施策について知るチャンネルがないということを痛感した。
 助成内容は環境整備に関するものだが、環境整備は合理的配慮を提供していく前段階として必要なもの。事業者にとって合理的配慮という言葉のイメージも少ないので、敢えて「合理的配慮の提供支援に係る公的助成制度」という名称にした。
 多くの事業者は、福祉の話は自分には関係ないと切り離している。事業者に果たしてほしい役割を、本気度を示して伝える取組として、プラスのカードになっていると感じる。

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