1 国外調査 1.8.1
1.8 サウジアラビアにおける合理的配慮・環境整備と障害者権利委員会審査状況
サウジアラビアは、障害者権利条約と選択議定書を2008年6月に批准した。その後、2015年7月に包括的な最初の報告を障害者権利委員会に提出した。さらに2018年10月の事前質問事項、2019年1月の事前質問事項への政府回答を受けて、2019年3月の第21回会期で包括的な最初の報告の審査が行われているところである。
1.8.1 障害者差別禁止法と国内実施体制
ここでは、サウジアラビア政府が提出した包括的な最初の報告と、事前質問事項へのサウジアラビア政府回答(2019年1月)の記述を基に、関連法制と障害者政策、障害者権利条約の国内実施体制の概要をまとめる。
(1)障害者関連法制
イスラム法と統治基本法
シャーリア法(イスラム法)と1992年制定の統治基本法が、すべての法律の基盤である。統治基本法は、サウジアラビアの憲法はコーランとスンナ(予言者マホメッドの言行録)であり、立法機関はシャーリア法に従い法律を制定すると定める。また、統治基本法第26条は人権の保護を、第27条は病気や障害等の場合の権利保障を規定している。
2000年障害者福祉法
包括的な最初の報告によると、障害者福祉法は第2条で、障害者の保護、介助、ハビリテーションのサービスを得る権利を国が保障しなければならないこと、またあらゆる分野の専門機関を通じたサービスの供給に貢献するよう、団体や個人に働きかけなければならないことを規定している。また同法が障害の定義も定めている。
障害の定義
障害者福祉法では、「障害」を次のように定義している。
「ある人が、失明、知的・身体・運動性の障害、学習障害、発話又は言語の障害、行動又は情緒の障害、自閉症のうち1つ以上を有する状況。」
また、同法では、「障害者」を次のように定義している。
「健常者と同様の日常生活のニーズを満たすための能力を低減させるような、身体的、感覚的、知的、コミュニケーション、学習、又は精神的な面での能力において全体又は一部の機能障害を長期間有している者。」
包括的な最初の報告では、この定義について、障害とは医療介護を要する状態とみなしているものの、障害者の定義では障害の医療モデルと社会モデルの両方を含んでいると主張している。
合理的配慮及びアクセシビリティに関する定義と基準
包括的な最初の報告によると、障害者が利用可能な都市環境の創出とそこへのアクセスの向上に関する諸法令で、「合理的配慮」はそうした環境を創出し,情報へのアクセスを保障し,また適切な輸送手段を提供するために求められる技術的な変更であると定義されている。1981年11月19日に副首相により発令された通知(第7/E/A.H. 1402号)により、すべての政府機関はそのようなサービスの提供について検証する責任を有する。この通知は、障害者が過度な負担なく設備を利用できるようにエレベーターや自動ドア等、提供されなければならない技術的設備の一覧に加えて、スロープ、通路、障害者専用駐車スペースの設置を含めたすべての公共また民間施設での技術基準を規定している。
一方、情報アクセシビリティに関しては、それを定義し基準を定める根拠となる法令は示されていない。
その他
障害に基づく差別禁止について、個別の法律はない。ただし事前質問事項へのサウジアラビア政府回答では、王国で施行されているすべての法律は、平等及び無差別に基づいており、そこに障害に基づく差別も含まれること、あらゆる種類の差別により損害を被る者は救済を訴える権利を有すること、さらに合理的配慮の否定は違反者への妥当な処罰を伴いうる法規違反とされることが記述されている。
障害者の法的権利については、統治基本法と刑事訴訟法により、障害者や関係団体の訴訟の権利が規定される。
その他の法律での障害者の取扱いについて、例えば2018年の嫌がらせ防止法は、嫌がらせ(ハラスメント)の予防、加害者の処罰と被害者の保護を規定するが、特定の集団や状況で行われた犯罪の厳罰化の原則を認めており、障害者に対する場合もこれに該当する。また2018年の労働法とその附属書の施行規則では、障害者の労働環境の改善等が規定された。
(2)障害者政策の枠組み
障害者権利委員会による審査が行われた2019年3月現在、サウジアラビアには障害者福祉に焦点をあてた計画はない。しかし、以下のとおり、国レベルの総合計画等に障害者に関する政策を含める形で、実施体制等を整備しつつある段階とみられる。
サウジビジョン2030
「サウジビジョン2030」(Saudi Vision 2030,2016年4月)の中で、障害者の自立と社会への統合、そのために適切な雇用や教育の機会へのアクセス等の保障も規定されている。「サウジビジョン2030」の目標達成に向けて策定された計画の1つ、「国家変容プログラム」(the National Transformation Programme)は、障害者の権利の促進・保護のための計画を多数含む。また同様に、「生活の質向上プログラム」(the Quality of Life Programme)はインフラ・住宅・医療等の改善を掲げており、障害者のアクセス改善に大きくかかわるものである。
障害者福祉局
前述の「国家変容プログラム」の一環で2018年2月、障害者福祉局(the Authority for the Welfare of Persons with Disabilities)が設置された。同局は、障害者権利条約を含む人権関連の法規則と条約の実施を保障するために、幅広い役割と責任を担う。障害者への介護やサービスの提供とアクセスの保障、関係機関や民間組織との連携、関係機関による役割の明示とそれらによる実施状況の監視などを担う。
国家人権戦略
2015年、人権を保護また促進するためのあらゆる原則や理念を含む、国家人権戦略を策定することが承認された(国王令第13084号2015年1月18日)。事前質問事項へのサウジアラビア政府回答(2019年1月)によると、その戦略案を政府と非政府組織による委員会が作成中であり、法的枠組み・制度面での能力・市民社会・企業部門・人権文化・地域/国際協力という6つのテーマで、あらゆる人権を包括する目標や計画が今後策定される。
(3)国内の実施体制
1)中央連絡先
サウジアラビアの中央連絡先については明確な記述がない。しかし、労働社会開発省の管轄下にある、前述の障害者福祉局が中央連絡先に相当するとみられる。
2)調整のための仕組み
2014年の閣議決定で、障害者権利条約と障害者福祉法の実施を監視するために障害者サービス調整委員会(Committee for the Coordination of Services for Persons with Disabilities)が設置された。この前身は「調整委員会」(1980年の障害者ハビリテーション計画基本規則による)である。障害者サービス調整委員会は、障害者の権利尊重のために各政府機関の調整を担うもので次の9種類の代表で構成される。教育省・地方自治省・内務省・保健医療省・労働省・公務員担当省・社会福祉省・総合若者福祉庁の各々から各1人、その他には、障害児協会、民間部門、慈善組織・施設、障害者、から各代表1人である。委員長は社会福祉省15 高官が務める。
3)独立した仕組み
2005年9月設置の独立した人権委員会(the Human Rights Commission)が、条約の実施状況の監視、人権関連の法令・法案への具申、人権に関する苦情受付と対応などを担っている。事前質問事項への政府回答(2019年)によると、同委員会は法人格を有し、2016年に委員会定款の大幅改正で独立性を強化しており、現在では国王へも直接報告を行う。様々な集団や部門から選出された委員で構成された理事会が統治機構であり、国家予算その他による独立した予算を有する。
この人権委員会内に2012年、障害者権利条約の実施を促進し監視するための独立した仕組みとして、障害者の権利に関する特別部署が設置された。この部署は、障害者自身や障害者運動の活動者も職員に含む。任務は、障害者の権利にかかわる状況や権利侵害等を監視し、障害関連法令とその実施のための仕組みを検討して改正案等を提示し、障害者への助言や法的技術的支援を行う、また障害者を代表し、障害者の権利について社会の意識向上を行い、政府執行機関と連携を行うなどである。
さらに、市民社会組織である「全国人権協会」が、障害者や家族からの苦情受付により、障害者権利条約実施の監視を補完する役割を担う。
4)市民社会
包括的な最初の報告には、同報告が多数の市民社会組織代表を含む委員会により策定されたことが記されている。そのコアドキュメントで挙げられた人権関連団体のうち、明確に障害者への言及があるのは以下である。
- 全国人権協会 (National Society for Human Rights,2004年設立):障害者の権利侵害の監視、違反への諸機関の対応の追跡調査等を行う。
- キングサルマン障害研究センター(King Salman Centre for Disability Research):障害関連の研究、研究支援、情報収集、各種プログラム等を行う。
- 障害児協会(Disabled Children’s Association):研修や医療的介護、福祉・教育を提供し、社会の意識向上を図る。計1,300人/日 以上に対応する9つのセンターも運営する。
- サウジ自閉症協会(Saudi Autistic Society,2003年設立):自閉症者と家族また専門職への情報提供や研修等の様々な支援を提供し、職業ハビリテーション事業の運営等を行う。
- サウジ聴覚障害協会(Saudi Association for Hearing Impairment,2000年設立):聴覚障害者のコミュニケーション環境の構築のために、社会の意識向上、研修センター設立援助、関連サービスのデータベース構築等を行う。
- エブサル慈善財団(Ebsar Charitable Foundation,2003年設立):弱視の人と関連専門職への情報提供や研修、補助具の提供、光学機器の収集製造、研究センター設置等を行う。
なお、今回の審査プロセスの中で、サウジアラビア国内の団体から提出されたパラレルレポートはなく、後述するように、海外の2つの非政府組織から提出されているのみである。
市民社会団体への公的支援
障害者の福祉にかかわる組織団体は、市民組織団体法(the Civil Associations and Organizations Act, 2015年)に基づき政府補助金を受け取るほか、プログラム運営・発展のための組織団体支援基金(the Association Support Fund)の支援対象に含まれる。
5)関係主体の全体像
サウジアラビアの包括的な最初の報告、事前質問事項への回答などの情報を基に、サウジアラビアにおける障害者権利条約の国内実施体制の全体像を図1.8-1にまとめる。
図1.8-1 サウジアラビアにおける関係主体の全体像 (図1.8-1のテキスト版)
15 本項目は包括的な最初の報告(2015年)の記述にしたがい、障害者福祉を含む社会福祉の管轄省名を「社会福祉省」としている。2004年に労働社会福祉省が労働省と社会福祉省に分離されていたが、2015年には再統合により労働社会開発省となっている。