1 国外調査 1.5.1
1.5 ギリシャにおける合理的配慮・環境整備と国連障害者権利委員会審査状況
ギリシャは、2012年5月に障害者権利条約及び選択議定書を批准し、2015年6月に政府報告を国連障害者権利委員会に提出した。その後、2019年5月に国連障害者権利委員会より事前質問事項が示され、2019 年7月に事前質問事項に基づく政府回答を提出した。この政府回答は2019年秋に行われた第22会期の間に各国の委員によって審査され、同10月に委員会による総括所見が提示された。
1.5.1 障害者差別解消法と国内実施体制
ここでは、ギリシャ政府が提出した政府報告と、事前質問事項へのギリシャ政府回答の記述を基に、関連法制と障害者政策、障害者権利条約の国内実施体制の概要をまとめる。
(1)障害者関連法制
国内法4443/20166
EU指令2000/43と2000/78を国内法制化する目的で立法された差別解消法制で、それまでの「人種的・民族的出身、宗教その他の信条、障害、年齢、性的指向にかかわらず平等な待遇の原則の実施」7に関する国内法3304/2015を置き換えるものとなっている。主に雇用分野の規則が中心となっており、差別禁止事由として障害及び慢性疾患が含まれている。公共及び民間のすべての個人に適用されるとしている。
国内法4488/20178
障害者の権利に関する多くの規定を含む法律であり、すべての公共政策における障害の主流化、公共政策や行政サービスにおけるユニバーサルデザイン、合理的配慮、物理的アクセシビリティ、建物及びデジタル環境へのアクセシビリティ、公的書類や情報へのアクセス、意識向上、障害者の権利に関する教育と研修、マスメディアと視聴覚活動における差別禁止、法律の草案作成過程での障害者への配慮、影響評価、統計情報の収集に関しての規定がなされているとされている。対象はすべての自然人及び法人としている。第60条では障害者権利条約の前文並びに第1条と一致した障害の概念が定義されている、としている。
障害の定義
事前質問事項に対する政府回答の第1項によれば、国内法4488/2017の第60条において、「障害者」とは長期的な身体的、精神的、知的又は感覚的な機能障害がある者であって、様々な障壁、特に制度、環境、態度による障壁との相互作用によって、社会における他者との平等に基づく完全かつ効果的な社会参加を阻害しうるものを有する人々であると定義付けられている。
その他
人種差別反対法である国内法4285/2014では、障害に関連して定義された個人あるいはグループに対する、差別等に繋がる公的な扇動を処罰対象としている9。 国内法3226/2004では収入の低い障害者の法的扶助による裁判所へのアクセスについて規定されている10。 国内法3699/2008では、障害あるいは特別な教育的ニーズのある生徒のカリキュラムのアクセシビリティに関して、インクルーシブ教育やパラレルサポートサービス(parallel support services)をはじめとする教育上の配慮についての規定がなされている11。
(2)障害者政策の枠組み
開発枠組みのための連携契約2014-2020
欧州構造投資基金(ESIF)を財源とした、ギリシャの成長のために国内に必要な開発戦略等をテーマ別目標によって定めた戦略計画であり12、欧州委員会によって正式な承認を受けている。この計画では障害者の権利の尊重と保護の原則が明文化されており、ギリシャ政府は障害をはじめとする複数の差別事由に基づく差別との戦いをはじめとした社会的包摂政策に対して優先的に投資を行うとしている13。また、この計画の下で展開される取組やプロジェクトの支援の一環として、「開発枠組みのための連携契約2014-2020における障害と無差別の主流化に関するワーキンググループ」が立ち上げられた。これは各種欧州基金の利用に関する一般的な規定を定めているEU規則1303/2013の第7条で課されている要件にもなっている14。
障害者のための国家行動計画15
国内法4488/2017の第70条に従い、司法・透明性・人権省の人権事務総局が障害者のための国家行動計画の草案を執筆する役目を与えられている。この行動計画の優先事項としては、次のことが挙げられている:機会の平等、障害者の自律支援、アクセシビリティの向上のための網羅的な介入、差別の除去、生活の質の向上のための基金の増額、拠点やサービスの立ち上げ、専門家のスキル向上。
(3)国内の実施体制
1)中央連絡先
政府報告では大統領令第Y426/28.02.2014号により、労働・社会保障・社会連帯省の国際関係局が中央連絡先に定められたとされていたが16、政府回答では司法・透明性・人権省人権事務総局に変更されている17。また、省庁、州、地方自治体レベルでも中央連絡先が定められており、政府の中央連絡先と相互運用され、公共政策の実施における条約遵守の監視の役割も負っている18。
2)調整のための仕組み
調整のための仕組みはギリシャ国務省内に設置され、2018年8月から運用されている19。担当業務としては障害者の権利にかかわる問題の監視、障害者政策の起草や実施に当たっての関係省庁との調整、中央連絡先との連携、民間部門における条約実施を確保するための関係省庁の行動の監視、その他条約と選択議定書にかかわる業務が挙げられており、大卒レベルの3人(大学院卒2人を含む)の担当者によって構成されている20。
3)独立した仕組み
独立した仕組みとしてはオンブズマンが挙げられている。オンブズマンの役割としては、法律や公共政策が条約に一致しているか意見を述べること、障害者の権利侵害に関する苦情申立てへの処理、障害に関する意識向上、特定の部門における条約の実施に関する研究、現在の政策と条約の実施状況に関する年次報告書の提出が挙げられている。
4)市民社会
ギリシャ政府は政府報告の執筆に当たって、全国障害者連合(National Confederation of Disabled People;NCDP)が労働省に提出した提案書の内容を考慮し、将来調整の仕組みとして機能することを想定した関係機関のネットワークを政府内で構築したとしている21。
5)関係主体の全体像
ギリシャの政府報告、政府回答等の情報を基に、ギリシャにおける障害者権利条約の国内実施体制の全体像を図1.5-1にまとめる。
図1.5-1 ギリシャにおける関係主体の全体像 (図1.5-1のテキスト版)
6 政府回答第2項
7 政府報告第8項
8 政府回答第1項
9 政府回答第8項
10 政府回答第12項
11 政府回答第16項
12 ギリシャ開発・投資省ウェブサイト https://www.espa.gr/en/Pages/staticPartnershipAgreement.aspx
13 政府報告第21項、第22項、第26項、第27項、第28項
14 政府報告第35項
15 政府回答第9項
16 政府報告第2項
17 政府回答第159項
18 政府回答第160項
19 政府回答第156項、第162項
20 政府回答第157項、第158項
21 政府報告第316項、第317項