1 国外調査 1.6.1
1.6 インドにおける合理的配慮・環境整備と国連障害者権利委員会審査状況
インドは、障害者権利条約を2007年10月に批准した。その後、2015年10月に政府報告を国連障害者権利委員会に提出した。その後、2019年5月に事前質問事項が示され、同じ月内に事前質問事項に基づく政府回答を提出している。この政府回答は2019年秋に行われた第22会期の間に各国の委員によって審査され、同9月29日に委員会による総括所見が提示された。
1.6.1 障害者差別解消法と国内実施体制
ここでは、インド政府が提出した政府報告と、事前質問事項へのインド政府回答の記述を基に、関連法制と障害者政策、障害者権利条約の国内実施体制の概要をまとめる。
(1)障害者関連法制
障害者権利法(Rights of Persons with Disabilities Act、2016年)
1995年に制定された「障害者(機会平等、権利保護、完全参加)法 (Persons with disabilities (equal opportunities, protection of rights and full participation) act) 」を置き換えるもので、障害者権利条約の原則に基づいて制定された法とされている。障害者の権利や資格、平等を保障するための州政府や地方自治体の義務、障害に基づく差別の禁止等が定められている27。
メンタルヘルスケア法(Mental Healthcare Act、2017年)
1987年に制定された精神保健法(Mental health act)に代わる法律で、精神障害の定義が拡大され、利用可能な料金での質の高い公的精神保健サービスへのアクセス保障が規定された28。
障害の定義
2016年の障害者権利法では、障害を単なる医学的特性としてではなく、障害者の活動を阻害しその権利を行使することを阻む、社会的な障壁の結果としてみている29。また、2017年メンタルヘルスケア法では、精神的疾患を「判断、行動、現実を認識する能力、日常生活上の要件を満たす能力等を著しく欠損させる思考、気持ち、知覚、指向、記憶の実質的な不調や、アルコール及び薬物の乱用と関連付けられる精神状態」と定義付けている30。
その他
障害者に関する法律は、障害者権利法、メンタルヘルスケア法以外に、障害者の親が死亡した後の待遇等に焦点を当てた、「自閉症・脳性麻痺・精神遅滞・重複障害のある者の福祉のための信託法(the National Trust for the Welfare of Persons with Autism, Cerebral Palsy, Mental Retardation, and Multiple Disabilities Act、1999年)」、障害分野の専門職訓練等について規定する「インド・リハビリテーション委員会法(the Rehabilitation Council of India Act、1992年)」を挙げることができる。しかしながら、これらの法律は条約の批准よりもかなり前に制定されたものであるため、障害者権利条約に基づく改正の必要性が指摘されている31。
(2)障害者政策の枠組み
インドの障害者の枠組みとしては、5年ごとに目標が更新される「5か年計画」を挙げることができる。政府報告及び政府回答では、2017年までの計画が紹介されるにとどまり、現在進行中の計画に関する言及はない。また、5か年計画以外にも複数の分野で様々な取組が行われている。ここではその中から中心的なものを提示する。
第12次5か年計画(The twelfth five year plan、2012-2017年)32
社会経済的な発展を確実に果たすため、インドは5か年単位で目標を定めた戦略を立てている。第12次では、国際条約や国内外のプログラムの実施を通じての障害者の発達、能力、自律性の強化や、障害者への法的権利の移転等によるエンパワメント、障害者の権利の保護と促進を主眼に置いている。また、この計画では、政府による戦略の立案や意思決定時に障害者団体や彼らの代表を関与させること、すべての政府プログラムによる戦略や活動に障害者を包容すること等を実現するための戦略策定の必要性が強調されている。
障害者のための国家政策2006 (The national policy for persons with disabilities in 2006) 33
障害者権利条約採択前に策定された政策。1995年障害者法で認識されている戦略実施のあらましをなすものとされている。この政策は、予防、早期診断及び介入、リハビリテーション、人材開発、教育、雇用、バリアフリー環境、社会保護、優先的な介入分野としての研究、娯楽文化、スポーツ等の概要を示すものであった。
購入/器具の調整/設備のための障害者支援計画 (Scheme of Assistance to Disabled Persons for Purchase / Fitting of Aids/ Appliances;ADIP)34
非政府組織や国家機関、障害者リハビリテーション施設やその他地方の団体等に対し、身体障害者のリハビリテーションのための支援機器等の購入や調整のための給付金を支給している。
障害者の能力開発のための国家行動計画 (National Action Plan for Skill Development of Persons with disabilities)35
2015年に開始された行動計画で、2022年までに250万人の障害者に職業スキルを身につけさせることを目標にしている。
障害者法実施計画(Scheme for Implementation of Persons with Disabilities Act ;SIPDA)36
州政府、中央政府組織、地方自治体や大学等への補助金給付計画で、施設のバリアフリー化や情報アクセシビリティの整備、聴覚障害者の早期発見と診断、障害者の職業訓練等を対象としている。
アクセシブルインドキャンペーン(Accessible India Campaign)37
建築環境、輸送システム、情報コミュニケーション分野におけるアクセシビリティの促進のために立ち上げられたキャンペーン。
(3)国内の実施体制
1)中央連絡先
インドの中央連絡先は、社会正義・エンパワメント省(The Ministry of Social Justice and Empowerment;MoSJE)内に設置された、障害者エンパワメント庁(Department for Empowerment of Persons with Disabilities)が担っている。この部署は2012年に設置され、障害者全般にかかわる政策、計画、プログラムの調整等を担当している。
2)調整のための仕組み
インドの調整のための仕組みとして、社会正義・エンパワメント省内に中央調整委員会(The Central Coordination Committee)が設置されている。委員のうち5人は非政府組織や障害者に関連する団体の代表者で、障害者である。各委員は中央政府より指名され、それぞれの委員が違った障害を代表しなければならない。政府は必ず1人は女性の委員を指名しなければならない。その他の構成員は各省庁の大臣や、国立施設の管理者、州及び連邦直轄地の担当者となっている38。
この委員会の役割は、国内の中央連絡先として振る舞い、障害者の直面する問題の解決のための包括的な政策の継続的評価を促すこととされている。具体的には、障害者にかかわる各省庁や非政府組織の活動の審査と調整、障害者の直面する問題に取り組むための国家政策の策定、政策やプログラム、立法に際しての中央政府への勧告、障害者政策の影響調査等を行っている39。
中央調整委員会の決定は、中央執行委員会を経て実施される。州単位での実施のために、州調整及び執行委員会も設置された40。
3)独立した仕組み
2016年に障害者権利法が施行されると、インド政府は障害に関する中央諮問会議(the Central Advisory Board on Disability)を設置した。社会正義・エンパワメント省大臣が議長となり、障害者あるいは障害者団体を代表する10人の委員が指名されている41。この委員会は障害者に関する国家レベルの最高政策勧告機関となっており、障害者の完全な参加を確保するためのプログラムや政策の監視や評価の権限も与えられている42。
障害者主任委員(the Chief Commissioner for Persons with Disabilities;CCPD)は、障害者権利法での規定の実施を監視する役割を担っている。また、障害者権利条約やその他手段の研究も行っており、より効果的な実施のための勧告を行う権限が与えられている43。州レベルでは、障害者州委員(State Commissioners for Persons with Disabilities)が障害者権利法の実施を監視している44。これらの委員は異なる障害の専門家からなる諮問委員会による支援を受けている45。
4)市民社会
事前質問事項に対する政府回答によれば、障害者の完全な参加を達成するための法律、政策、プログラム等の監視及び評価を行う役割を負っているのは、障害者団体からの代表者を擁する中央諮問会議である46。しかしながら、具体的にどのような団体がこれに参加しているかは言及されていない。
5)関係主体の全体像
インドの政府報告、事前質問事項への政府回答等の情報を基に、インドにおける障害者権利条約の国内実施体制の全体像を図1.6-1にまとめる。
図1.6-1 インドにおける関係主体の全体像 (図1.6-1のテキスト版)
27 政府回答第4項、第5項
28 NHRIによるパラレルレポート(for LOI), pp.2-3.
29 NHRIによるパラレルレポート(for LOI), p.1.
30 NHRIによるパラレルレポート(for LOI), pp.2-3.
31 NHRIによるパラレルレポート(for LOI), pp.4-5.
32 政府報告第38項
33 政府報告第37項
34 政府回答付録p.1.
35 政府回答付録p.2.
36 政府回答付録p.1.
37 政府回答付録p.1.
38 政府報告第303項
39 政府報告第304項
40 政府報告第305項
41 政府回答第10項
42 政府回答第11項
43 政府回答第173項
44 政府回答第174項
45 政府回答第176項
46 政府回答第177項