1 国外調査 1.9.1
1.9 ラオスにおける合理的配慮・環境整備と国連障害者権利委員会審査状況
ラオス人民民主共和国(Lao People's Democratic Republic)(以下ラオス)は、障害者権利条約を2009年9月に批准した。選択議定書については、2019年時点で批准していない。ラオス政府は2016年5月に政府報告を国連障害者権利委員会に提出した。これに対し、国連障害者権利委員会からの事前質問事項が2019年10月に示され、2020年2月1日にはこれに対する政府回答を提出する予定となっている。2020年3月の第23会期に、各国の委員によって審査が行われる予定であったが、この会期は欠席者多数により延期となっている。
1.9.1 障害者差別解消法と国内実施体制
ここでは、ラオス政府が提出した政府報告と事前質問事項の記述を基に、関連法制と障害者政策、障害者権利条約の国内実施体制の概要をまとめる。。
(1)障害者関連法制
ラオス人民民主共和国憲法174
ラオスの憲法は1991年に制定された。憲法は、障害について直接言及していないが、政府報告は、憲法第35条に基づき、障害者は健常者と平等の権利を有するとしている。憲法第35条は次のように規定する。
「すべてのラオス市民は、ジェンダー、社会的地位、教育、信条、民族出自にかかわらず、法の前に平等である」
障害者の権利に関する法律175
障害者の権利に関する法律(Law on the Rights of Persons with Disabilities、2019)は、政府報告の提出時には制定されていなかったが、2019年に制定され、事前質問事項で言及されている法律である。同法の詳細については、事前質問事項への政府回答の公表が待たれる。
障害者に関する首相令176
政府報告によると、障害者に関する首相令(Decree on Persons with Disabilities、2014)第9条は、ジェンダー、年齢、人種、民族、言語、信条、宗教、障害の原因、及び経済的・文化的・社会的地位に関係なく、障害者は障害のない者と法の前に完全に平等であると規定している。第10条は、投票権、被選挙権、国家の重要課題について協議・同意する権利等の政治上の公平な権利を障害者は有するとしている。第13条は、障害のある女性は、その他の社会構成員と同じように、法規則に従って自己実現し、政治・経済・社会文化・家庭、及びその他の場で活躍する機会を得る権利と価値を有すると規定している。
障害の定義177
政府報告は、「障害」の定義については言及していないが、障害者に関する首相令第2条における「障害者」の定義を引用している。すなわち、障害者とは、「障害の理由にかかわらず、身体的、心理的、精神的、知的な機能障害もしくは視覚、聴覚、発話に及ぶ器官やその一部の機能が失われており、日常生活や社会活動への完全参加の障壁となっている者」とされる。
その他
政府報告によると、ラオス政府は障害者に関連する法制度の改正等を行ってきた。例えば、労働法、教育法、税法、衛生・疫病予防・健康増進法、建築法(Law on Construction)、障害者に関する首相令、インクルーシブ教育にかかわる国家戦略及び行動計画等に対し、国際条約上の義務を果たすための基準として機能するように改正を行ってきた178。
合理的配慮及びアクセシビリティに関する定義と基準
政府報告によると、建築法第28条は、「建物、道路、その他の公共の場の建物等の建設作業は、障害者が参加できる設備を備えていなければならない」と規定する。障害者に関する首相令第31条は、公共の場は、スロープや手すり、エレベーター、トイレ等の設備を備えていなければならないとする179。また、同首相令第32条は、公共輸送機関について以下のように定める180。
「特別に設計された席や運賃や実際の状況に基づく可能なサービスの料金の免除や割引等により、障害者の移動のニーズは配慮されなければならない。」
国家障害者委員会は、アジア太平洋障害者センター(Asia-Pacific Development Centre on Disability;APCD)と提携して、Naxaythong郡及び首都において、バリアフリー環境を建築するプロジェクトを実施している181。
情報アクセシビリティに関しては、障害者に関する首相令第30条で、障害者は印刷物、電子メディア、最新技術によって情報にアクセスできるものとすると規定している182。
司法へのアクセスについては、ラオス政府はラオス障害者協会とともに、裁判所や関連機関を対象に、司法にアクセスする障害者の権利に関する研修やセミナーを開催している183。
(2)障害者政策の枠組み
事前質問事項によると、ラオスではこれまで、障害者包容健康リハビリテーション国家戦略2015及び行動計画(the National Disability Inclusive Health and Rehabilitation Strategy 2015 and Action Plan)が実施されてきた184。政府報告によると、ラオス政府はこれまで民間団体と協力しながら、障害の予防措置や評価、医学的処置やリハビリテーション、障害者を対象とした職業訓練センターの設置、アクセシビリティ等のプロジェクトを行っている185。しかしながら、2008年から2010年にかけて放送されたラジオ番組「障害者の友」が資金不足により中断を余儀なくされるなど、財政上の理由で十分な措置が講じられない状況にあることが記されている186。
(3)国内の実施体制
政府報告では、パリ原則に規定されている国内人権機関(National Human Rights Institution;NHRI)は設置されておらず、ラオスの現状に適合した機関を設置する検討段階にあると説明されている187。障害者権利条約が定める中央連絡先、調整のための仕組み、独立した仕組みについて、具体的な言及はなされていない。しかし、政府報告や事前質問事項にある情報を総合すると、次のような実施体制になっていると考えられる。
1)中央連絡先
ラオス政府の中央連絡先については明確な記述がない。しかし、後述の国家障害者高齢者委員会の事務局を担う労働社会福祉省188が中央連絡先に相当するとみられる。
2)調整のための仕組み
政府報告によると、障害者に関する政策やサービスは、労働社会福祉省、保健省、教育スポーツ省等複数の省庁によってなされているが、国家障害者高齢者委員会(National Committee for Persons with Disabilities and the Elderly;NCPDE)が関連政府機関・民間機関の調整を行っている189。国家障害者高齢者委員会は、2013年9月6日の国家障害者高齢者委員会の組織及び実施に関する首相令(Decree 232/PM)によって設置された。同首相令によると、国家障害者高齢者委員会は、各政府機関・民間機関との調整を担うとされている。
この前身は国家障害者委員会(国家障害者委員会の組織及び実施に関する首相令(Decree 061/PM)による)である。政府報告によると、ラオス政府は障害者権利条約批准後に国家障害者委員会(National Committee for Persons with Disabilities;NCPD)を設置し、同委員会が国際基準に適合するよう関連法の改正への働きかけ、ワークショップやセミナーの開催や国際障害者の日の企画等、障害者権利条約を中心とした障害者に関連する条約への理解を促進するために、情報を普及させる責任を担っていたとされる。
政府報告によると、ラオスには障害者に関する「中央政府の組織体制」と「地方行政の組織体制」が設置されている190。「中央政府の組織体制」は国家障害者高齢者委員会と同義であると考えられるが、明確には示されていない。全部で19人の委員で構成されており、その内訳は以下のとおりである。
- 副首相(委員長)
- 労働社会福祉大臣(副委員長兼委員長代理)
- 保健省の副大臣(副委員長)
- 教育スポーツ省の副大臣(副委員長)
- ラオス赤十字社の長(副委員長)
- 労働社会福祉省 年金・傷病・身体障害局の局長(委員・事務局長)
- その他の関連省庁(国防省、公安省、計画投資省、法務省、外務省、公共事業運輸省、情報文化観光省、内務省、財務省)の長(委員)
- その他の関連団体(退役軍人協会、ラオス女性同盟、ラオス人民革命青年同盟、ラオス労働組合連盟)の長(委員)
地方行政の組織体制は、県と郡のレベルに分かれている。まず、県のレベルについては、県障害者委員会(Provincial Committees for People with Disabilities;PCPDs)が設置されている。県障害者委員会の長、副長、通常委員は、県知事もしくは特別市の場合は市長によって、土地柄や中央政府の組織体制との整合性に基づいて指名される。郡のレベルの組織体制である郡障害者委員会(District Committees for People with Disabilities;DCPDs)の長、副長、通常委員は、土地柄や県の組織体制との整合性に基づいて、郡長によって指名される。
政府報告によると、障害者高齢者委員会(Committees for People with Disabilities and the Elderly;CPDEs)の事務局は、それぞれの委員会の業務の支援や、関連省庁に常駐する障害者のための調整者の指名等において、主導的な役割を担うとされる。ここで示されている障害者高齢者委員会が「国家障害者高齢者委員会」ないし「中央政府の組織体制」と同義なのか、同報告からは明らかでない。
3)独立した仕組み
政府報告では、障害者権利条約実施を監視する独立した仕組みについての記述はない。国家障害者高齢者委員会の組織及び実施に関する首相令(Decree 232/PM)によると、前述の国家障害者高齢者委員会は、障害者保護に関する政策や戦略等の策定とこれらにかかわる研究、各政府機関・民間機関の監視、検査、支援、助言を担うとされている191。しかし、前述のとおり、国家障害者高齢者委員会は政府機関を中心とした合議体であり、政府から独立した組織ではない。
4)市民社会
政府報告には、障害者を代表する団体が、政府の円卓会議(round table meeting;RTM)に呼ばれ、2000年に国連総会で採択された「ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals;MDGs)」192の達成状況の監視や評価についての議論に参加していること193、政府が様々な市民団体と協力しながらプロジェクトを実施していることが記されている。同報告で言及されている国内の団体は以下のとおりである。
- ラオス障害者協会(Lao Disabled People's Association;LDPA):ラオスにおける数少ない公認障害者団体であり、障害者のための活動を実施し、ラオス国内における市民組織の調整をする機関である。政府報告によると、ラオス障害者協会は、国家障害者委員会と密接に連携しながら様々なプロジェクトを進行している194。
- ラオス女性障害者開発センター(Lao Disabled Women's Development Centre; LDWDC):女性を中心とした障害者に職業訓練の機会を提供している195。
- ラオス盲人協会(Lao Association of the Blind;LAB):ラオスにおける盲人の連帯強化プロジェクトを実施している196。
- 自閉症協会(Association for Autism):障害のある児童を支援している197。
- 知的障害ユニット(Intellectual Disabilities Unit):障害のある児童の支援をしている。
- 精神障害児開発サービスセンター(Center for Development and Services for Children with Mental Disabilities): Sensouk村において障害のある児童の支援をするセンターである。
なお、今回の審査プロセスの中で、ラオス国内の団体から提出されたパラレルレポートはなく、海外の非政府組織(ハンセン病に関する団体)から提出されているのみである。
5)関係主体の全体像
オスの政府報告、事前質問事項への回答等の情報を基に、ラオスにおける障害者権利条約の国内実施体制の全体像を図1.9-1にまとめる。
図1.9-1 ラオスにおける関係主体の全体像(図1.9-1のテキスト版)
174 政府報告第68項
175 事前質問事項第1項
176 政府報告第47項、第50項
177 政府報告第41項
178 政府報告第43項
179 政府報告第60項
180 政府報告第61項
181 政府報告第64項
182 政府報告第61項
183 政府報告第69項
184 事前質問事項第27項
185 政府報告第17項、第19項、第79項、第96項、第104項
186 政府報告第87項
187 政府報告第37項
188 政府報告は、労働社会福祉省の年金・傷病・身体障害局(Department of Pensions, Invalids, and Handicaps)の局長を事務局長とするが(政府報告第122項)、この年金・傷病・身体障害局は、事前質問事項において言及されておらず、この担当部署の英語による説明はウェブサイトでもみられない。政府報告が提出された2016年以降に担当部署名の変更等があった可能性がある。
189 政府報告第121項
190 政府報告第122項
191 政府報告第121項
192 現在MDGsを引き継いでいる「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals; SDGs)」の達成状況についても障害者団体が監視や評価に参加しているのかは不明である。
193 政府報告第110項
194 政府報告第58項
195 政府報告第52項
196 政府報告第120項
197 政府報告第57項