IV.障害者を捉える設問に関する調査 IV-5

5.調査結果の検証(まとめ)

 ここでは、「障害のある者」の定義がないWHODAS2.0を除く、ワシントングループの設問と欧州統計局の設問について、本調査研究で検証してきた視点からのまとめを記載する。なお、まとめについては主に以下の視点に基づいて記載している。

  • 代替性
    公的障害者制度を利用している者をどの程度捕捉できるか
  • 補完性
    公的障害者制度を利用していない者であるが、支援等が必要な者をどの程度新たに捕捉することができるか
  • 有意性
    「障害のある者」と「障害のない者」で日常生活の支障や就労状況等の結果に差異が生じるか、また、分析に基づく有益な情報の提供可能性があるか
  • 回答のしやすさ
    回答における負担、質問文のわかりやすさ、選択肢の選びやすさ等を考慮した上で回答が容易にできるか

1)ワシントングループの設問

(1)代替性(捕捉性)

 インターネット調査では、全体の11.6%がワシントングループの設問における「障害のある者」として捕捉された。
 紙面調査は障害当事者を対象に調査を実施しており、全回答者209名中のワシントングループの設問の有効回答数201名のうち59.2%が「障害のある者」として捕捉された。なお、インターネット調査では公的障害者制度の利用者のうち35.3%が「障害のある者」として捕捉された。代替性が十分に高くない理由としては、ワシントングループの設問において尋ねている日常生活における6つの機能以外の障害については障害のある者が捕捉されていない可能性や、既存の公的障害者制度による支援を通じて「苦労」をあまり感じない状態になっている者も一定数いること、障害が継続することにより慣れてしまっていて苦労や支障を強く認識しなくなっている者もいること等も理由と考えられる。
 個別の公的障害者制度の利用者の捕捉性について見ると、インターネット調査では、身体障害者手帳所持者のうち43.4%、療育手帳の所持者のうち51.5%、精神障害者保健福祉手帳の所持者のうち30.8%、難病法に基づく医療費助成の利用者のうち35.4%がそれぞれ捕捉されたが、いずれもそれほど高い捕捉率にはなっていない。
 同様に、紙面調査では身体障害者手帳所持者のうち83.9%が捕捉されてかなり高いものの、療育手帳の所持者のうち39.8%、精神障害者保健福祉手帳の所持者のうち22.2%、難病法に基づく医療費助成の利用者のうち50.0%がそれぞれ捕捉されており、いずれもそれほど高い捕捉率にはなっていない。精神障害等を明確に意識する設問文が短い設問セットに含まれていないことが理由と考えられる。
 捕捉率からは、公的障害者制度の定義や基準に替わる「代替性」があるとまでは言えない。

(2)補完性

 補完性については、設問で「障害のある者」とされながらも公的障害者制度の非利用者に着目することで、新たに光が当てられる者がどの程度いるか、という観点である。したがって、主に公的障害者制度の利用者に尋ねている紙面調査についてはここでは触れない。
 インターネット調査では、ワシントングループの設問における「障害のある者」かつ公的障害者制度の非利用者は全体の9.5%であり、ワシントングループの設問を補完的に用いることで全体の9.5%の者に、生活や就労等で不利益な立場に置かれている可能性がある者としての新たな光を当てることが可能になる。
 本調査研究では、例えば、「日常生活における手助けや見守りの必要性」について、ワシントングループの設問における「障害のある者」かつ公的障害者制度の非利用者のうち5.0%が「手助けや見守りを必要としている」ことがわかった。
 一方で、就労に際しては、「障害のある者」かつ公的障害者制度の非利用者で特徴的な傾向はあまり見られない。強いて挙げると、例えば、「仕事を探しているか」という求職の状況については、ワシントングループの設問における「障害のある者」かつ公的障害者制度の非利用者のうち41.5%が「仕事を探している」と回答し、「障害のない者」かつ公的障害者制度の非利用者における24.6%よりは高く、「障害のある者」の方が、求職ニーズが相対的に高い可能性がある。

(3)有意性

 本調査研究で尋ねている、日常生活の支障や就労に係る状況について分析した。
 日常生活の支障については、例えば、「日常生活における手助けや見守りの必要性」について「手助けや見守りを必要としている」者は、インターネット調査ではワシントングループの設問における「障害のある者」のうち16.0%が、「障害のない者」のうち1.7%が、それぞれ手助けや見守りを必要としている者に該当し、「障害のある者」の方が、「手助けや見守りを必要としている者の割合」が多いことが明らかになった。
 紙面調査ではワシントングループの設問における「障害のある者」のうち75.4%が「手助けや見守りを必要」としている半面、「障害のない者」のうち「手助けや見守りを必要」とするのは23.5%であり、「障害のある者」の方が、「手助けや見守りを必要としている者の割合」がかなり多いことが明らかになった。日常生活の支障などについては、ワシントングループの設問で尋ねることで、支援が必要な層を明らかにすることができる意味で、ワシントングループの設問の有意性が認められる。
 一方で、就労状況に際しては、インターネット調査では「障害のある者」と「障害のない者」で大きな差異が見られるものはあまり見られない。紙面調査では、例えば「前月中の仕事の状況」について「(仕事あり)主に仕事をしている」者の割合は、ワシントングループの設問で「障害のある者」が67.2%、「障害のない者」のうち87.8%であり、「障害のある者」の方が少ないことは把握できるが、生活における「手助けや見守りの必要性」ほどの大きな差異はみられない。ワシントングループの設問は就労状況面においては、支援対象や不利益な状況を顕著に捕捉できない可能性がある。
 ただし、ワシントングループの設問では障害種別ごとに分解が可能であり、程度を4段階で把握できることから、「障害のある者」と「障害のない者」で差異がある場合に、どのような障害種別で差異があるのかを分析することが可能であって、有益な情報の提供可能性があるという意味の「有意性」が認められる。

(4)回答のしやすさ

 インターネット調査では、「総合して最も回答しやすい」、とする者の割合は全体の38.9%で欧州統計局における全体の45.8%よりは相対的に少ないが、一定数の者にとっては最も回答しやすいとしている。一方で、紙面調査では、総合的な評価で最も回答しやすい、とする者の割合はワシントングループの設問が全体の40.5%で欧州統計局における全体の34.1%よりも高く評価されている。
 回答のしやすさの要素(短時間で回答、設問文のわかりやすさ、選択肢の選びやすさ)については、インターネット調査ではいずれも欧州統計局よりもやや評価する者の割合が低いが、紙面調査ではすべての要素でワシントングループの設問が最も高く評価されている。
 回答のしやすさについては、欧州統計局よりは相対的にやや評価が低いものの、大きく劣るわけではなく、今回の6設問程度であれば既存の基幹統計調査等に導入しても大きな問題はないと考えられる。
 自由回答では、「『苦労』が介助者・支援器具の存在を前提とするのかわかりにくい」、「自分が困っていることが設問項目にない」、等の声があり、グループインタビューでも「眼鏡の使用が前提になっているがコンタクトレンズは同じなのか」という表現に関する疑問や、「『苦労します』という選択肢への回答が主観的な回答になりがちである」との指摘があった。

(5)まとめ

 今回用いた6つの設問で既存の基幹統計調査等に導入した場合、短い設問セットだけでは一部の公的障害者制度の利用者(精神障害等)の捕捉が十分ではないという課題があるものの、新たに「障害のある者」として捕捉された者もいることから、各省庁の所管や政策目的に応じては補完的な把握に用いることは有益であると考えられる。
 また、ワシントングループの設問では視覚・聴覚等の障害種別に対応する形で機能制限について尋ねており、その苦労の程度を4段階で捉えているため、障害種別や程度について分解可能な形で把握・分析を実施できる等の利点がある。
 ただし、今回の実査の結果からは就労状況面ではそれほど大きな差異がみられなかったことから、就労状況における現状や問題点を捉えたい場合には有意性をよく検討することが求められる。
 設問そのものは回答がしやすいと考えられるため、導入する基幹統計調査等における用語の使い方や表現に合わせて用いることができれば大きな問題はないと考えられる。

2)欧州統計局の設問

(1)代替性(捕捉性)

 インターネット調査では、全体の17.3%が欧州統計局の設問における「障害のある者」として捕捉された。
 紙面調査は障害当事者を対象に調査を実施しており、全回答者209名中の欧州統計局の設問の有効回答数203名のうち43.3%が「障害のある者」として捕捉された。なお、インターネット調査では公的障害者制度の利用者のうち65.9%が「障害のある者」として捕捉された。代替性が十分に高くない理由としては、健康問題に起因する支障の発生と継続という要件で「障害のある者」として捕捉されたことから、健康問題を感じていない公的障害者制度の利用者については、捕捉されにくい可能性がある。
 個別の公的障害者制度の利用者の捕捉性について見ると、インターネット調査では、身体障害者手帳所持者のうち69.7%、療育手帳の所持者のうち65.7%、精神障害者保健福祉手帳の所持者のうち67.8%、難病法に基づく医療費助成の利用者のうち73.4%がそれぞれ捕捉され、いずれも代替可能なレベルでの高い捕捉率にはなっていない。
 同様に、紙面調査では身体障害者手帳所持者のうち54.2%、療育手帳の所持者のうち28.9%、精神障害者保健福祉手帳の所持者のうち55.6%、難病法に基づく医療費助成の利用者のうち77.3%がそれぞれ捕捉され、いずれも代替可能なレベルでの高い捕捉率にはなっていない。健康問題を定義に含んでいることで難病は相対的には捉えやすくなっているものの、それ以外の公的障害者制度利用者については健康問題がなければ捕捉されにくいと考えられる。
 捕捉率からは、公的障害者制度の定義や基準に替わる「代替性」があるとまでは言えない。

(2)補完性

 補完性については、設問で「障害のある者」とされながらも公的障害者制度の非利用者に着目することで、新たに光が当てられる者がどの程度いるか、という観点である。したがって、主に公的障害者制度の利用者にしか尋ねていない紙面調査についてはここでは触れない。
 インターネット調査では、欧州統計局の設問における「障害のある者」かつ公的障害者制度の非利用者は全体の13.1%であり、欧州統計局の設問を補完的に用いることで13.1%の者に、生活や就労等で不利益な立場に置かれている可能性がある者としての新たな光を当てることが可能になる。
 本調査研究では、例えば、「日常生活における手助けや見守りの必要性」について、欧州統計局の設問における「障害のある者」かつ公的障害者制度の非利用者のうち5.0%が「手助けや見守りを必要としている」ことがわかった。
 一方で、就労に際しては、「障害のある者」かつ公的障害者制度の非利用者では若干の差異が見られる。例えば、インターネット調査において「前月中の仕事の状況」については、「(仕事あり)主に仕事をしている」者の割合が「障害のある者」かつ公的障害者制度の非利用者のうち41.4%であるのに対して、「障害のない者」で公的障害者制度の非利用者のうちでは50.8%と、10ポイント程度少なくなっている。「障害のある者」のほうが仕事において不利な立場にある者の割合が多い可能性があり、補完性の観点から、欧州統計局の設問を用いると、特に支援が必要な層(不利な状況にある者)を浮かび上がらせることができる可能性がある。

(3)有意性

 本調査研究で尋ねている、日常生活の支障や就労に係る状況について分析した。
 日常生活の支障については、例えば、「日常生活における手助けや見守りの必要性」について「手助けや見守りを必要としている」者は、インターネット調査では欧州統計局における「障害のある者」のうち15.4%、「障害のない者」のうちでは0.8%であり、「障害のある者」の方が、「手助けや見守りを必要としている者の割合」が多いことが明らかになった。
 紙面調査では欧州統計局の設問における「障害のある者」のうち77.3%、「障害のない者」のうち32.7%が「手助けや見守りを必要としている」ことがわかり、「障害のある者」の方が、「手助けや見守りを必要としている者の割合」がかなり多いことが明らかになった。日常生活における活動の制限については、欧州統計局の設問で尋ねることで、支援が必要な層を明らかにすることができるという観点から、欧州統計局の設問を活用できる可能性が高いと考えられる。
 一方で、就労に際しては、インターネット調査では「障害のある者」と「障害のない者」でそれほど大きな差異は見られないものの、ワシントングループの設問と比較すると相対的に大きな差異が見られる。例えば「前月中の仕事の状況」について「(仕事あり)主に仕事をしている」者の割合は「障害のある者」のうち38.4%、「障害のない者」のうち50.6%と「障害のある者」の方が少ないことが把握できる。また、「就職希望の有無」についても「障害のある者」のうち34.5%、「障害のない者」のうち25.7%といずれも「障害のある者」の方が不利な立場にある可能性がある。
 紙面調査でも同様に、例えば「前月中の仕事の状況」について「(仕事あり)主に仕事をしている」者の割合は「障害のある者」のうち61.6%、「障害のない者」のうち87.6%となっており、「障害のある者」の方が少ないことが把握できる。
 欧州統計局の設問の「障害のある者」は、日常生活の活動の制限及び就労のいずれにおいても、支援対象や不利な状況を新たに映し出すことができる可能性がある。
 ただし、健康問題により活動制限が継続して発生している者について概括的に把握する設問構造のため、障害種別に分解することはできない点に留意が必要である。

(4)回答のしやすさ

 インターネット調査では、「総合して最も回答しやすい」、とする者の割合は全体の45.8%でワシントングループの設問における全体の38.9%より相対的に多く、半数近い者が最も回答しやすいとしている。一方で、紙面調査では、総合的な評価で最も回答しやすい、とする者の割合は全体の34.1%でワシントングループの設問を最も評価する者の割合である40.5%にはやや劣るものの、一定程度評価されている。
 回答のしやすさの要素(短時間で回答、質問文のわかりやすさ、選択肢の選びやすさ)については、インターネット調査ではいずれも評価する者の割合が他の2つの設問よりも多く、紙面調査ではすべての要素でワシントングループの設問よりも評価する者の割合がやや少ない。
 回答のしやすさについては、高く評価されており、ワシントングループの設問と比較して大きく劣るわけではなく、今の設問程度であれば既存の基幹統計調査等に導入しても回答がしにくい、ということはないと考えられる。
 自由回答では、「障害があれば健康状態は良くないのか等、健康状態と障害の関係の捉え方で回答が変わる」、「支障の有無は介助者や支援器具の存在を前提として回答してよいのか迷う」、という声が聞かれた。グループインタビューでも「二択の選択で障害が詳細に捉えられるのだろうか」ということや、「ふつうの健康状態」の捉え方が難しいことについて指摘があった。

(5)まとめ

 今回用いた設問を既存の基幹統計調査等に導入した場合、一部の公的障害者制度の利用者(障害が健康問題に起因していることを認識していない公的障害者制度の利用者等)の捕捉が十分ではないという課題があるものの、新たに「障害のある者」として捕捉された者もいることから、各省庁の所管や政策目的に応じては補完的な把握のためには有益と考えられる。
 欧州統計局の設問は健康問題の有無と日常の一般的な活動における支障の有無・その継続の観点から概括的に捕捉するため、障害種別にかかわらず具体的な健康問題により活動制限が継続して発生している者を捉える場合には、欧州統計局の設問が適しており、今回の実査の結果からは就労に係る状況・希望についての特徴の把握のためにも有力と考えられる。ただし、欧州統計局の設問においては障害種別の分解ができない等の限界について留意する必要がある。
 また、設問そのものは回答がしやすいと考えられるため、導入する基幹統計調査等における用語の使い方や表現に合わせて用いることができれば大きな問題はないと考えられる。

3)WHODAS2.0

 WHODAS2.0には、「障害のある者」とする定義がないため、集計結果の妥当性の評価は行わない。
 回答のしやすさについては、インターネット調査では、「総合して最も回答しやすい」とする者が15.3%と、ワシントングループの設問(38.9%)、欧州統計局の設問(45.8%)と比較すると、最も割合が少なかった。紙面調査では、「総合して最も回答しやすい」とする者が25.4%とインターネット調査よりは多いものの、紙面調査におけるワシントングループの設問(40.5%)、欧州統計局の設問(34.1%)と比較すると、やはり少なかった。要素別(短時間の回答、質問文の分かりやすさ、選択肢の選びやすさ等)でみても、インターネット調査・紙面調査ともに、他の2つの設問と比較して、いずれの要素も評価する者の割合は少なかった。以上から回答のしやすさは相対的には高くないことが分かった。
 一方で、グループインタビューにおいては、「量的に多い」という声もあったものの、「表形式なので答えにくくはない」、「個々の設問は具体的で答えやすい」と評価する声もあった。また、紙面調査の自由回答でも「“1km歩く”は極めて具体的でわかりやすい」という意見もあり、具体的で回答しやすい点については評価する者もいた。

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