V.障害者統計の国際的な動向の把握 V-1

 ここでは、国連、欧州委員会における障害者統計の検討・議論の動向について整理するとともに、主要先進国における主な統計調査において、障害者を捉えるどのような設問が導入されているかを把握する。

1.国際機関の動向

 まず、国連において障害者統計と関係性の強い国連統計委員会及び国連障害者権利委員会の動向を整理する。
 また、欧州の地域的な国際機関である欧州委員会における動向も整理する。

1)国連統計委員会

 国連統計委員会は2018年3月の第49回会合において、各国に対し、持続可能な開発のための2030アジェンダのモニタリング及び障害の状態によるデータの分解の必要性の観点から、データ収集及び手段の精査を行うことを要請した。
 また、世界銀行とWHOのモデル障害調査、各国の全国的なデータ収集、さらにはSDGsで求められるデータの分解においてワシントングループの設問の活用に留意すべきというとりまとめを行った。
 なお同会合では、「障害統計の開発のためのガイドライン及び原則19」を見直すための専門家グループの創設に加え、障害の状態により障害に係るデータの分解を行うためのガイダンスの提供なども検討のスコープに含めることについてのまとめもなされたほか、障害者統計のデータ利用可能性が年々拡大する一方、各国間で障害者の推計における大きな差があることを考慮して、国連統計委員会が国連統計部に対して、その差の原因を解明する観点から各国の事例の情報を収集及び分析するよう依頼した等の動きもあった。20

2)国連障害者権利委員会

 国連障害者権利委員会は、条約に基づく義務を履行するための措置等に関する包括的な締約国からの報告に対し、審査を行い、勧告を行っている。
 国連障害者権利条約では、第31条第1項において、「締約国は、この条約を実効的なものとするための政策を立案し、及び実施することを可能とするための適当な情報(統計資料及び研究資料を含む。)を収集することを約束する。」と明記されていることに加え、同条約第31条第2項においては、「この条の規定に従って収集された情報は、適宜分類されるものとし、この条約に基づく締約国の義務の履行の評価に役立てるために、並びに障害者がその権利を行使する際に直面する障壁を特定し、及び当該障壁に対処するために利用される。」として収集情報の分類も求めている。
 これらの条文を受け、国連障害者権利委員会は、統計に関連する報告を審査し、必要に応じて勧告を行っている。イギリス、ドイツ、イタリア、カナダの障害者統計に対しての障害者権利条約第31条に基づく勧告内容は、次のようになっている。

図表 182 主要先進国への国連障害者権利委員会の勧告
国名 勧告の内容
イギリス
2017/10/3
CRPD/C/GBR/CO/1
64,65パラグラフ
「委員会は、障害者の状況に関する締約国全体の統一されたデータ収集制度と指標が不足していることを懸念している。委員会は、一般的な人口に関する調査と国勢調査では、細分化されたデータの集計が限られていることを指摘している。」
「委員会は、締約国が、持続可能な開発目標の目標17に沿って、すべての一般人口調査や国勢調査を含めて、収入、性別、年齢、ジェンダー、人種、民族、移民、亡命希望や難民の状態、障害、地理的な場所及び国の状況に関連したその他の特性によって、細分化された質の高い、適切で信頼性の高いデータの利用可能性を高めることを勧告する。また、比較可能な障害者統計の収集のために、ワシントングループが作成した一連の設問集とツールを、締約国が障害者統計で使用することも勧告する。」
ドイツ
2015/5/13
CRPD/C/DEU/CO/1
57,58パラグラフ
「委員会は、障害者に関するデータ収集に用いる指標が人権に基づくアプローチに従わず、それが障壁の除去について反映していないことを懸念している。」
「委員会は、締約国が、条約の実施及び障壁除去に関する情報を提供するため、すべての部門での性別、年齢、障害に分類された体系的なデータを収集し、人権指標を策定するよう、勧告する。」
イタリア
2016/10/6
CRPD/C/ITA/CO/1
77,78パラグラフ
「委員会は、一般的な人口に関する調査と国勢調査における、障害、性別、年齢によって分類されたデータ収集の利用可能性(アベイラビリティ)と品質を懸念している。」
「委員会は、締約国が、条約第31条の持続可能な開発目標の目標17、18を実施するための条約第31条に沿って、すべての統計調査や国勢調査を含めて、収入、性別、年齢、ジェンダー、人種、民族、移民、亡命希望や難民の状態、障害、地理的な場所及び国の状況に関連したその他の特性によって、細分化された質の高い、適切で信頼性の高いデータの利用可能性を高めることを勧告する。」
カナダ
2017/5/8
CRPD/C/CAN/CO/1
53,54パラグラフ
「委員会は締約国が障害者に関する性別、障害の種類、直面した障壁、人種、地理的位置情報で分類され、住居あるいは施設の種類、彼らに対して向けられた差別または暴力の事例を含んだデータおよび統計の収集、編集、更新を体系的に促進する事を勧告する。委員会は締約国がこのプロセスにおいて障害者組織と協議することを勧告する。」

 注記)国名の下に記載してあるのは、勧告に係る文書の日付、文書名、勧告内容が記載されたパラグラフである。
 出所)国連障害者権利委員会による各国のイニシャルレポートへの勧告資料をもとに作成

 このように、国連障害者権利委員会は、障害者統計の整備を重視しており、締約国に対し、障害種別のような細分化されたデータの収集・集計や国際比較が可能な調査手法の導入を求めている。

3)欧州委員会

 欧州委員会は、欧州連合における行政執行機関であり、統計について担当する部局として欧州統計局を有している。欧州統計局は、欧州連合内の国や地域間の比較を可能にする欧州レベルの統計を欧州連合に提供するために、設問セットや統計調査を履行するため個別統計の調査手法のガイドライン等を作成している。

(1)欧州統計局における4つの障害者の定義

 欧州統計局の用語集(11ページ参照)について詳細を確認すると、欧州統計局は、実施している統計調査において捉えようとしている障害者の定義として、以下の4種類を挙げている21

  • 一般的な活動制限の概念を通じて測定される障害のある者:「少なくとも過去6か月間の健康上の問題のために人々が通常行う活動の制限」
  • 長年の健康状態、病気、疾病、または基本的な活動(見る、聞く、集中する、移動するなど)で長年の困難を抱えており、EHISで使用される少なくとも1つの生活領域に参加できない者
  • 障害者とは、少なくとも1つの基本的な活動の難しさ(見る、聞く、歩く、記憶するなど)をもつ者
  • (雇用中の)障害者とは、健康上の問題および/または基本的な活動の困難に起因する労働上の制限がある者

(2)GALIを含むMEHMの動向

1 GALIを含むMEHMの概要

 第IV章で既述のように、(1)の4つの障害者の定義のうち、欧州統計局は、最初の例示的定義においては障害を「活動における制限」の観点からGALI22という設問をもとに把握しようとしている。
 欧州統計局は、このGALIに2つの健康の概念に関する設問を加え、3問からなる健康の設問のセットであるMEHMを作成した。

  • 自身が認識している健康状態
  • 慢性的な健康問題、慢性疾患
  • 活動における制限

 MEHMにおける質問文と選択肢は、次のとおりである。

MEHMの設問(仮訳)>

Q:全般的に、あなたの健康状態はいかがですか?
非常に良い/良い/ふつう/悪い/非常に悪い
Q:長年の病気や健康上の問題はありますか?
はい/いいえ
Q:過去の少なくとも6ヶ月を超える期間において、健康上の理由から、日常生活の活動においてどの程度制限を受けていますか?
厳しく制限されている/制限されているが厳しくはない/まったく制限されていない

2 MEHMの導入例

 MHEMの設問は欧州における統計調査において、用いられている事例がある。MEHMは、欧州連合において各国で共通的に実施されているEU-SILC、EHISHETUS23等の統計調査において導入されている。
 個別の統計調査においてMEHMがどのように導入されているのかについては、EU-SILCの例をもとに概説する。EU-SILCは、委員会規則(Commission Regulation)で規定されており、欧州連合の加盟国において共通的に実施されている統計調査である。その概要は以下のとおりである。

図表 183 EU-SILCの概要
調査参加国 EUの全加盟国、アイスランド、ノルウェイ、スイス他の自主参加国(初回は2003年で、EU加盟6か国とノルウェイでの「紳士協定」で実施)
調査目的 所得、貧困、社会的排除、生活条件に関するタイムリーかつ多国間での比較可能なデータの長期的な収集
調査項目 家計と個人で、主に以下のような項目を調査
家計:所得、社会的排除、労働、住居 など
個人:教育、労働、健康、所得 など

 出所)EU-SILCのウェブサイト(https://ec.europa.eu/eurostat/web/microdata/european-union-statistics-on-income-and-living-conditions)

 EU-SILCでは、上記のように家計と個人についての調査が行われており、調査票は家計票と個人票からなる。個人票では、属性の基礎データ(性別、年齢等)、教育、労働、健康、所得の項目が含まれている。EU-SILCのガイドラインによると24、MHEMの設問セットが導入されており、設問は以下のような順にすべきことが示されている。また、PH020により、PH030の回答者を絞り込まないことが記載されている25

EU-SILCの設問(仮訳)>

PH010:あなたの健康状態全般はいかがですか?
非常に良い/良い/ふつう/悪い/非常に悪い
PH020:長年の病気や健康上の問題はありますか?
はい/いいえ
PH030:過去の少なくとも6ヶ月を超える期間において、健康上の理由から、日常生活の活動においてどの程度制限を受けていますか?
ひどく制限されている/制限されているがひどくはない/まったく制限されていない

 EU-SILCでは、MEHMに加え、健康・障害に関連して、試行的に調査が実施される際に調査票に導入するアドホックモジュール(ad hoc module)がある。2017年の調査では健康についての設問について、2017 EU-SILC Module“Health and Children's Health”というアドホックモジュール26として15歳以下についてはGALIの要素を含む「健康問題に起因する活動制限」について尋ねている。また、欧州統計局は同モジュールで16歳以上の者に対してはワシントングループの短い設問セットのうち、4つの設問を用意している。一部の国はこの4つの設問を用いて尋ねている。27

3 GALIの最近の位置づけ

 GALIは、健康問題に起因する日常生活における活動の制限を捉えようとする設問である。以前のHETUSガイドライン2008年版28では、GALIでは設問文において障害の表現が含まれており、欧州統計局はGALIにより障害に起因する制限も捉えようとしていたと考えられる。しかしながら、2018年版では、「活動における制限」の質問文において障害の文言が除かれている。
 このように、GALIそのものについては、国際的な潮流の中で、単独で障害を捉える定義としては使われなくなってきているとも考えられる29
 そのため、前述のEU-SILC30のアドホックモジュールのように、ワシントングループの設問の活用も試行的に検討されていると考えられる。

(3)ワシントングループの設問の動向

 (2)で述べたように、EU-SILCの2017年の調査では、一部の国は16歳以上に対してはワシントングループの短い設問セットのうちの4つの設問を用いて尋ねている。
 また、長期にわたって担当している欧州統計局の担当官へのヒアリングによれば、EU-SILCについては2022年には健康に関するモジュールの導入が予定されており、当該調査の調査票の案においてはワシントングループの短い設問セットの設問が全て取り入れられているということがわかった。
 また、国連の経済社会理事会の地域経済委員会の一つであり、社会統計の領域において先進的な取組でも注目されることのある国連欧州経済委員会においても、その部会の一つであるヨーロッパ統計家会議(Conference of European Statisticians) が作成し、2015年のセッションでとりまとめられた「2020年人口・住宅センサスに係る推奨(Recommendations for the 2020 Censuses of Population and Housing)」という文書では、加盟国における一般人口を対象とする人口・住宅調査におけるワシントングループの短い設問セットに対応する6つの機能領域や4つの選択肢の利用も推奨されている。


19 “Guidelines and Principles for the Development of Disability Statistics, Department of Economic and Social Affairs Statistics Division”, United Nations, 2001
20 “Statistical Commission -Report on the forty-ninth session (6?9 March 2018), UN Economic and Social Counsil
21 https://ec.europa.eu/eurostat/statistics-explained/index.php?title=Glossary:Disability
22 GALI は健康問題に起因する活動制限を尋ねる質問である。(https://ec.europa.eu/eurostat/statistics-explained/index.php/Glossary:Minimum_European_Health_Module_(MEHM))
23 HETUSは、EU-SILCEHISのような委員会規則に基づく統計調査ではなく、参加国の「紳士協定」で実施されている。欧州統計局は、2020年に各国での共通的な実施を目指し、“Harmonised European Time Use Surveys (HETUS) 2018 Guidelines”を策定している。
24 https://circabc.europa.eu/sd/a/e9a5d1ad-f5c7-4b80-bdc9-1ce34ec828eb/DOCSILC065%20operation%202018_V5.pdf
25 MEHMのような設問セット(モジュール)を個別の統計調査の調査票に組み入れるかどうかについては、専門のワークグループにおいて検討し、その結果を欧州統計局の担当統計部長が決裁するプロセスになっている。詳しくは、“New versions of the GALI proposed by Eurostat”を参照のこと。(http://www.eurohex.eu/ehleis/pdf/EHLEIS%20meeting%202017/EHLEIS%202017_S%20Demarest.pdf)
26 https://ec.europa.eu/eurostat/documents/1012329/8706719/2017+Assessment+of+health+and+children+health.pdf/3478c66e-7874-50c4-4fe7-d91857875adb
27 RC020T: Limitation in activities because of health problems (child)で尋ねている。同モジュールには設問としてはGALIにおいては記述がある「長期の健康問題の影響」は含まれていない。より正確には、モジュールの“2. Description of the definitions”では、“2.4 Children's health/Health status (children)”Activity limitationsの定義説明において、「現在も制限が続いており、少なくとも6ヶ月以上続いている者」が「制限がある」と回答すべきであると説明されていることから、実質的には長期の健康問題の影響も要素として含まれている。
28 https://ec.europa.eu/eurostat/ramon/statmanuals/files/KS-RA-08-014-EN.pdf
29 “New versions of the GALI proposed by Eurostat”において、日常的な活動制限の程度とその継続期間の組み合わせの考え方が記載されている。
30 EU-SILCにおいては、2008年~2018年の“Description of target variables”を確認したところ、いずれの年においてもPH030に「健康問題による活動の制限」に係るGALIの設問がある。質問文自体には“disability”の記載はないが、Descriptionの欄には“disability”の文言が含まれており、この設問が障害を捉えることも意図していると考えられる。

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