外出する際の移動手段として自動車やバイク・スクーター(以下、両者を含めて自動車等と略)を利用している高齢者が少なくない。例えば、「高齢者の住宅と生活環境に関する調査」(以下、高齢者調査と略)では、高齢者が外出する際にふだん利用している移動手段(複数回答)を見ると、「自分で運転する自動車」が46.6%で、「バイク・スクーター」が2.5%を占める。この結果を踏まえて本稿では、高齢者自身の身体機能の程度別に自動車等の利用状況や自動車等の運転の継続意向を分析する。運転免許証の自主返納の仕組みが用意されているが、移動手段として自動車等を利用せざるを得ない状況にあると、自動車等の利用を継続することになることが指摘されている。この点が本分析の背景にある。
第3章 調査結果の分析・解説 -1
(本章の内容は、すべて執筆者の見解であり、内閣府の見解を示すものではありません。)
身体機能と移動手段としての自動車利用
東京大学名誉教授 佐藤博樹
1. はじめに
2. 身体機能に関する簡易尺度の作成方法
日常生活動作(ADL、Activities of Daily Living)は、アクティビティー(動作)とデイリーリビング(日常生活)を含めたものであり、日常生活を送るために最低限必要な日常的な動作である「起居動作・移乗・移動・食事・更衣・排泄・入浴・整容」を指す。本稿では、このうち起居動作・移乗・移動の3つを取り上げて、身体機能に関する簡易尺度を作成した。この簡易尺度が、自動車等の運転に必要な基本的な身体機能を代替できると想定したことによる。
身体機能に関する簡易尺度の作成では、下記の3つの設問への回答を利用した。問2の(イ)「階段を手すりや壁をつたわらずに登っていますか」、(ロ)「椅子に座った状態から何もつかまらずに立ち上がっていますか」、(ハ)「15分位続けて歩いていますか」の3つの設問には、それぞれ「している」「できるがしていない」「できない」の3つの選択肢が用意されている。
この3つの設問のすべてに回答した者に関して、「できない」の回答数を簡易尺度とした。この身体機能の簡易尺度(以下、<簡易尺度>と略)は、0点から3点の4点尺度で、数字が大きくなるほど身体機能が低下していることを意味する。なお、「できるがしていない」と回答した者に関して、実際は「できない」可能性もあるが、簡易尺度では「できない」ではなく、「している」と同じに分類されている。
なお、調査対象者は2677人であるが、この3つの設問のすべてに回答した者は2556人であった。そのため本稿の分析対象者は2556人となる。
分析対象者2566人の<簡易尺度>の得点の分布は、図表1のようになる。簡易尺度の設問の3つのすべてに「できない」と回答した3点は8.0%、2つが「できない」と回答した2点が7.0%、1つに「できない」と回答した1点が10.6%で、ゼロ、つまり3つとも<できる>(「している」+「できるがしていない」)と回答した0点が74.4%になる。これによると、回答者の25.6%つまり4人に1人は身体機能に何らかの課題があると想定される。
図表1 身体機能に関する簡易尺度の得点の分布
3. 身体機構に関する<簡易尺度>と他の設問との関係
年齢階層別にみた<簡易尺度>の得点分布は図表2のようになる。すべて<できる>のゼロ点は、70歳代後半から減少しはじめ、他方で、すべて「できない」の3点は、80歳代前半から増加傾向を示す。3点の比率をみると、70歳代後半が4.9%、80歳代前半が14.1%、80歳代後半が24.4%、90歳代前半が40.0%、90歳代後半以降が61.6%になる。
図表2 年齢階層別にみた<簡易尺度>の得点分布
つぎに<簡易尺度>と問1の健康状態の自己評価の関係は図表3である。同図によると、<簡易尺度>の得点が増加する、つまり身体機能が低下すると健康状態に関する自己評価も悪くなることが確認できる。例えば、<簡易尺度>が0点では、健康状態が「あまり良くない」と「良くない」の合計が13.6%であるが、<簡易尺度>が1点では「あまり良くない」と「良くない」の合計が40.9%、2点では59.5%、3点では72.1%になる。
図表3 <簡易尺度>別にみた健康状態の自己評価
さらに、<簡易尺度>と日常生活の行動との関係を確認しよう。ここでは、日常生活の行動として、問2の(ニ)「バスや電車、自家用車、バイク、シニアカーを使って一人で外出していますか」と(ホ)「自分で食品・日用品の買い物をしていますか」の2つの設問を取り上げた。<簡易尺度>と上記の2つの設問の関係は、図表4と図表5のようになる。
図表4 <簡易尺度>の得点別にみた外出行動
図表5 <簡易尺度>の得点別にみた買い物行動
図表4によると、<簡易尺度>が増加すると、一人での外出が「できない」が増加し、「できない」は、1点で18.8%、2点で36.7%、3点で75.0%になる。また図表5によると、同じく<簡易尺度>が増加すると、自分で食料品・日用品の買い物が「できない」が増加し、1点で8.9%、2点で24.4%、3点で73.0%になる。
以上によると、身体機能に関する<簡易尺度>の得点を利用することで、回答者の健康状態や日常生活の行動を予測できることが確認できた。
4. 身体機能に関する<簡易尺度>と外出頻度や外出の手段
身体機能に関する<簡易尺度>の得点と問29の外出頻度の関係は、図表6のようになる。同図表によると、<簡易尺度>の得点が増加すると、外出頻度の「ほとんど毎日」が減少する傾向を確認できる。「ほとんど毎日」外出は、得点が0点で64.8%、1点で42.4%、2点で32.8%、3点で13.7%と、<簡易尺度>の得点の増加とともに減少する。ただし、<簡易尺度>の得点が2点でも32.8%は、毎日外出している。他方、「ほとんど外出しない」は、<簡易尺度>の得点が3点では27.5%になるが、1点や2点では「ほとんど外出しない」は3%を下回る。つまり、<簡易尺度>の得点が増加すると、外出頻度は減少するが、3点以外では「ほとんど外出しない」は極めて少ないことが分かる。
図表6 <簡易尺度>の得点別にみたふだんの外出頻度
つぎに<簡易尺度>の得点別にふだん外出する際の外出手段(問30,複数回答)を図表7で確認しよう。<簡易尺度>の得点別にみると、外出手段として「自分で運転する自動車」を利用する人は、0点では55.6%と多いが、1点は32.8%、2点は18.9%、3点は14.2%と得点が増加すると減少する傾向が確認できる。ただし、身体機能に関する<簡易尺度>の得点が2点や3点の人でも外出手段として「自分で運転する自動車」を利用する人が、15%前後いることには留意が必要となる。
図表7 <簡易尺度>の得点別にみたふだん外出する際の手段(複数回答)
さらに、普段の外出手段として「自分で運転する自動車」あるいは「バイク・スクーター」を利用する人に、問31で利用頻度を尋ねた結果が図表8である。これによると<簡易尺度>が2点では、「ほとんど毎日運転する」が48.6%、「週2,3回は運転する」が37.1%、3点でも「ほとんど毎日運転する」が24.1%、「週2,3回は運転する」が48.3%になる。
図表8 <簡易尺度>別にみた外出手段として自動車やバイクを利用する人の利用頻度
以上によると、身体機能の<簡易尺度>の得点が増加、つまり身体機能が低下している人(2点や3点)でも「自分で運転する自動車」を利用する人が15%前後で、そうした人は、「バイク・スクーター」を含めた利用頻度では、かなりの頻度で「自分で運転する自動車」や「バイク・スクーター」を利用していることになる。
5. 身体機能に関する<簡易尺度>と自動車免許の自主返納などに関する考え方
普段の外出手段として「自分で運転する自動車」あるいは「バイク・スクーター」を利用する人に対して、身体機能の<簡易尺度>の得点別に自動車やバイク・スクーターを運転することに関する考え方を問32で確認したのが、図表9である。バイク・スクーターを含めた設問であるが、大多数は、自動車の利用に関するものである。
図表9 <簡易尺度>別にみた自動車免許の自主返納などに関する考え方
図表9によると、外出手段として、現在、「自分で運転する自動車」あるいは「バイク・スクーター」を利用している高齢者のうち<簡易尺後>の得点が2点や3点の人でも、つまり身体機能がすでにかなり低下している人でも「一定の年齢になったら、自動車・バイクの運転をやめようと思っている」や「視力などの低下により運転の支障を感じたら自動車・バイクの運転をやめようと思っている」が主となる。<簡易尺度>の得点から判断すると、身体機能の面では自動車などの運転に支障が生じる可能性が高いと想定される高齢者でも、自分自身では運転ができると判断している可能性が高いと言えよう。
6. まとめ
以上の分析結果を踏まえると、法改正によって2022年5月から75歳以上でかつ過去3年間に「一定の違反行為」がある者に関しては、運転技能検査を行い、加齢に伴う身体機能の低下等によって安全運転が期待できないほどに運転技能が低下している者に関しては、運転免許の更新をしないことになった。この運転技能検査は、自動車の運転機能に関して高齢者自身に自覚を促す機会として評価できよう。