2-4 苦情処理手続(Grievance Procedures)
アメリカにおいて、公共団体に対する苦情の申立ては、直接、公共団体に申し立てる、裁判所で訴訟を起こす、といった方法がある。しかし、公共団体に対する苦情については、基本的に、まず公共団体のADAコーディネーターに申し立てる。ADA第2部の施行規則では、苦情申立て(complaint)について、「50人以上を雇用する公共団体は、迅速かつ公平に解決するための苦情処理手続(grievance procedures)を選定し、公表しなければならい」と規定している。
ただし、そこで解決できない場合など、公共団体を訴えることのできる司法省に申し立てをすることも可能である。ツールキット(第1章)では、「個人が、行政上の苦情申立てを申請した場合、司法省又は他の連邦機関は、差別の申立てを調査できる。当該機関は、公共団体がADA第2部に違反したと断定した場合、公共団体と違反に対する救済の調停を行うようにする。調停の取組が失敗した場合、苦情申立てを調査した機関が行政上の救済を行う、又は司法省に問題を付託することができる。司法省は、ADA第2部を実施する公共団体に対して、訴訟を起こすかどうか決定する。」としている。
しかし、ツールキット(第2章)によれば、ADAの苦情処理手続(grievance procedures)が何を含まなければならないかは、第2部にも第2部の施行規則にも記載されていない、とされている。そのため、司法省では、苦情処理手続のモデルを提供している(後述)。また、ツールキット(第2章)では、苦情処理手続において、以下の事項を公表するよう求めている。
<苦情処理手続に含まれる事項38>
- 第2部に基づく苦情が政府機関のどこにどのように申し立てできるかという記述。
- 苦情を書面によって提出することが要求されている場合、ほかの代替的な提出手段がそのような代替手段を必要とする障害者に利用できるということを、苦情を申し立てる可能性がある人に通知する一文。
- 苦情申立人及び政府機関が遵守すべき期限及び手続の記述。
- 不利な決定に抗議する方法に関する情報。
- 苦情に関する書類が保持される期間に関する一文。
1)苦情処理手続の事例
①司法省の苦情処理手続のモデル
前述のとおり、司法省が、「ADAに基づく苦情処理手続」のひな型(モデル)を提供している39。そこで、ここでは、このひな型(モデル)について整理した。
司法省がひな型(モデル)を示しているため、多くの公共団体の苦情処理手続は、このモデルにしたがって、類似した手順となっている。ただし、例えば、手続にかかる日数や申立て先・上訴する機関など、公共団体ごとにわずかに異なる部分もある。
さらに、重要な点として、司法省のひな型(モデル)では、苦情の申立てに関する文書(受領した文書、返答の文書など)は、公共団体によって3年以上保管するように奨めている40。
① | 書面による苦情の申立て |
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② | 苦情の申立て文書の受領 | - |
③ | ADAコーディネーターなどと申立人の面談 |
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④ | ADAコーディネーターなどからの返答 |
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⑤ | 不服の場合の上訴 |
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⑥ | 上級レベル管理者などと申立人の面談 |
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⑦ | 上級レベル管理者などからの返答 |
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(出典:ツールキット第2章より作成)
②各州及び地方政府の苦情処理手続の例
ここでは、幾つかの公共団体について、公表している苦情処理手続を事例として紹介する。多くの公共団体が、ウェブサイト上で、苦情処理手続を公表しており、以下で取り上げる機関についても、主にウェブサイトの情報を整理している。
A.アラスカ州のADA苦情処理手続41
アラスカ州では、1992年に、知事によって、アラスカ州の行政府のためのADAコンプライアンス・プログラムが制定された。2012年には、知事が、ADAコンプライアンス・プログラムの担当を管理局内(the Department of Administration (DoA))とし、管理局の管理の下に州のADAコーディネーターを配置している。このプログラムの下で、委員(commissioners)及び部局のディレクター(division directors)が、ADAコーディネーターを任命する。
部局のADAコーディネーターは、ADAの苦情申立てについて、州の当局との第一の接点であり、州のADAコーディネーターは、苦情を解決するために、委員と相談(consult)し、適切に州の最終的な対応を提供する、とされている。
アラスカ州では、苦情の申立て先として、差別行為が起きた部局のADAコーディネーター連絡(contact)することとしている。また、差別が起きた日から90日以内に申し立てなければならない。(正当な理由がある場合、90日を超えて申立てができる、としている。)さらに、書面作成の支援が必要な場合、部局のADAコーディネーターが、当該機関に関連のない弁護士又は代理を探す支援をする。
加えて、州の苦情処理手続は、非公式なものであり、必ずそれを利用しなければならないという義務ではなく、州の人権委員会、司法省、雇用機会均等委員会に正式に申し立てる「公式の苦情申立て」を希望する場合、部局のADAコーディネーターはその方法を提供しなければならない、とされている。
ステップ1 |
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ステップ2 |
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ステップ3 |
a)面会で満足できる解決に達した場合、合意文書を本人、当該機関のADAコーディネーター、当該機関の局長で作成、署名する。正式な合意を面会の10日以内に本人に発行する。(必要に応じてアクセス可能な形式で)合意文書には、以下が含まれる。
b)当該機関が苦情を解決できない場合、書面で(必要に応じてアクセスできる形式で)、面接後10日以内に、本人に、苦情を解決できない理由を通知する。通知には、以下が含まれる。
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ステップ4 |
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ステップ5 |
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(出典:アラスカ州のサイトhttp://doa.alaska.gov/ada/grievance.htmlより作成)
図表2-7 アラスカ州の苦情処理手続の概念図(図表2-7のテキスト版)
B.マサチューセッツ州のADA苦情処理手続
マサチューセッツ州では、州の行政府職員のために、障害者事務所(Massachusetts Office on Disability)が、障害者政策に関する手引き『The Disability Handbook For The Executive Branch』を作成している。その中で、マサチューセッツ州におけるリクエスト及び苦情処理手続についての言及があり、以下では、それを整理した。なお、マサチューセッツ州政府のサイトでは、マサチューセッツ州法務官事務所(The Massachusetts Attorney General's Office (AGO))が、ADAの苦情処理手続の情報を提供している42。
マサチューセッツ州では、リクエストは、行政府のすべての職員に対して行うことができ、口頭又は書面で行うことができる、としている。行政府は、配慮や変更に応じる条件として、特定の形式を求めないこととしている。
そして、行政府は、すべての職員に対して、ADA/504コーディネーターに配慮や変更の要求を報告することを通知し、職員は、ADA/504コーディネーターに、差別や合理的変更の拒否についての苦情を報告しなければならない。
① | 苦情を受けとった人(職員)が、ADA/504コーディネーターに苦情を送る。 |
② | ADA/504コーディネーターが調査し、決定書を発行する。申立人が正しい場合、苦情を申し立てた30日以内に、是正措置計画を実施しなければならない。 |
③ | 苦情当事者が、ADA/504コーディネーターに、口頭又は書面で、本人が実施される計画に満足しないという通知を提出した場合、ADA/504コーディネーターは、官房室(Secretariat)のADA/504コーディネーターに、問題を送らなければならない。 |
④ | 官房室のADA/504コーディネーターは、拒否を支持しようと思う場合、本人に、マサチューセッツ州障害者事務所(the Massachusetts Office on Disability)のADA/504コーディネーターに要求するメリットを検討する(review)よう強く奨める。 |
⑤ | 10営業日以内に、官房室によって申立人の満足いくように解決しない場合、官房室は、申立人及びマサチューセッツ州障害者事務所に、拒否及びその理由を通知しなければならない。問題の解決が遅れる場合、遅延の理由、決定がなされる時期を通知する。 |
⑥ | マサチューセッツ州障害者事務所の年次報告に、提出された苦情及びその状態、措置を要約、記載する。 |
(出典:The Disability Handbook For The Executive Branch p.IV-4 より作成)
図表2-9 マサチューセッツ州のADA苦情処理手続(図表2-9のテキスト版)
C.ミズーリ州コロンビア市のADA苦情処理手続
ミズーリ州コロンビア市では、市のサイトで、ADA苦情処理手続を公表している。それによれば、コロンビア市は、ADAの施行規則で禁止される行為についての苦情を迅速に公平に解決するために内部苦情処理手続(internal grievance procedure)を採用しており、苦情は、コロンビア市法務省(Law Department)のADAコーディネーターに申し入れる必要がある、としている。
① | 苦情は書面で、申立人の氏名、住所とともに、申し立てる違反の簡単な説明を含めて提出する。 |
② | 苦情は、申し立てる違反に気づいたときから14日以内に提出する必要がある。 |
③ | 適切とみなされる場合、苦情の提出にしたがって、調査をする。調査は、ADAコーディネーター又はコーディネーターが指名した人によって行われる。これらの規則は、非公式であるが、調査を通じて、すべての利害関係者及びその代理人に、苦情に関する証拠を提出する機会を与えることを意図している。 |
④ | 苦情の正当性及び解決の説明について書かれた決定をADAコーディネーターが発行し、遅くとも申立ての14営業日以内に、写しを申立人に送らなければならない。追加のレビューを必要とする複雑な問題が起きた場合は、14日を超えて、返答の期限を延長することができる。 |
⑤ | ADAコーディネーターは、提出された苦情に関して、コロンビア市のファイル、記録を保管しなければならない。 |
⑥ | 申立人は、解決に不服の場合、再審を要求することができる。再審の要求は、市政担当官(City Manager)に対して、ADAコーディネーターが解決文書を発行した14日以内になされる必要がある。 |
⑦ | 申し立てられた苦情を迅速、公平に解決する権利は、連邦政府の担当省や機関へのADAの苦情申立てのようなその他の救済措置を求めることによって、侵害されてはならない。この苦情処理手続の利用は、その他の救済措置を求める前提条件ではない。 |
⑧ | これらの規則は、適法手続の基準を満たすため、コロンビア市がADA及び施行規則に従うことを保証するために、利害関係者の独立(substantive)の権利を保護するとみなされる。 |
(出典:コロンビア市のサイトhttp://www.gocolumbiamo.com/ada/grievance/より作成)
D.カリフォルニア州サンノゼ市のADA苦情処理手続
カリフォルニア州サンノゼ市でも、市のサイトにADA苦情処理手続を公表している。これによれば、ADA第2部に従い、障害者のサービス、プログラムへのアクセスを提供するための政策であり、情手続は、ADAの要件を満たすために制定されたということである。
苦情には、書面で、申立人の氏名、住所、電話番号、問題の場所、日付、説明など申し立てる差別に関する情報を含める必要がある。また、障害者のために、要求に応じて、個人的な聞き取り(personal interviews)や録音テープなど、苦情申立ての代替手段を利用できる。
さらに、苦情処理手続に関する文書について、サンノゼ市では、5年間保存することとしている。「市のADAコーディネーター又は指定した人によって受け付けた苦情の文書、市政担当官(City Manager)又は指定する人への上訴、2つの部門からの回答はすべて、少なくとも5年間、ADAコーディネーターによって保管される。」と公表している。
苦情申立て |
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苦情の受取 |
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(出典:サンノゼ市のサイトhttps://www.sanjoseca.gov/index.aspx?nid=2495より作成)
2)苦情処理の現状に関するデータ
ツールキット(第2章)では、各公共団体が、苦情処理について、それにかかわる文書を保管するよう求めている。したがって、各公共団体では、過去にどのような苦情処理が行われたか、情報が蓄積されていくような体制になっている。このように蓄積された情報を整理し、報告書として公表している公共団体もある。ここでは、そのような報告書の事例を紹介する。
①ミネソタ州『2012年ADA年次報告書(概要)』(参考資料2-3を参照のこと)
ミネソタ州では、毎年、ADAに関する報告書を発表している。報告書を作成する目的として、ADAなどについて、「各機関の長及びミネソタ州行政管理予算局に所属するADAコーディネーターが遵守していることを文書で証明する年次報告書を完成させて提出することを、州機関に要求している。」としている。
報告書は毎年発行されているが、ADA第2部に関するデータについては、2012年版(現時点での最新版)で、初めて掲載された。(これまでは、ADA第1部に関するデータを調査している。)2012年の年次報告書では、2011年1月1日から2012年1月30日までの調査報告期間に、行政府が提出した情報(ADA第1部及び第2部に関するデータ)をまとめている。
2012年の会計年度では、報告のあった81の機関のうち、8機関が、ADA第2部の合理的変更に関するリクエストを受けたと報告している。合理的変更に関して、3,242件のリクエストが実施され、その多くが、大学における合理的変更であり、州機関の行政府レベルでは、13件のみであった。ミネソタ州全体では、合理的変更のため245,000ドル以上を使ったが、州機関の行政府レベルについては、1,816ドルのみ、1件の変更当たり平均約140ドルのコストがかかっている。変更の大部分(87%)が、試験や教室の変更、代替的なフォーマット、及び通訳者に関するものであった。
②カリフォルニア州交通省(Caltrans)の年次報告書
カリフォルニア州交通省は、これまで4回「ADA年次報告(Americans With Disabilities Act Annual Report)」を公表しており、2013-2014年度版が最新版となっている。この年次報告には、2013年7月1日から2014年6月30日までの和解の遵守に関する情報が含まれている。
カリフォルニア州交通省には、すべての苦情及びアクセスのリクエストを連邦政府のガイドラインに従って解決し、連邦道路管理局によって定められた交通省管理者の任務として、申立人が満足するように解決することが求められている。
2013-2014年度には、交通省では、168件のアクセスに関するリクエスト及び苦情を受け付けた。そのうち、12件のリクエストを障壁除去のリクエストではないと決定した。また、47件が地方機関(市又は郡)の担当であることが分かり、当該機関に照会されている。
年次報告によれば、交通省では、109件を受け付け、10件が解決したが、23件が解決待ち、76件が調査中である(参考資料2-4を参照のこと)。
38 Tool Kit Chapter 2
39 Tool Kit Chapter 2
40 Tool Kit Chapter 2
41 アラスカ州のサイト http://doa.alaska.gov/ada/grievance.html
42 行政府への応募者、雇用者からの雇用に関する苦情は、多様性・機会均等事務所(the Office of Diversity and Equal Opportunity)による政策、手続の下で対応することとしており、ADA第1部に関する苦情は、別の手続をとることになっている。