1 国際調査

1.8 ネパールにおける合理的配慮・環境整備と障害者権利委員会審査状況

1.8.1 障害者差別禁止法と国内実施体制

 ネパールは、2008年1月に障害者権利条約及びその選択議定書に署名し、2009年12月にそれらを批准した。さらに、2012年6月に包括的な最初の報告を障害者権利委員会に提出した。
 ここでは、ネパールが提出した包括的な最初の報告の記述などを基に、ネパールにおける関連法制と、障害者政策、障害者権利条約の国内実施体制の概要をまとめる。

(1)ネパールにおける障害者関連法制

2007年暫定憲法

 ネパールの2007年暫定憲法(以下、憲法)はすべての人の人権と基本的自由を保障している。一連の政策は、これらの憲法の条項及び国際公約に沿う形で設計され実施されている。
憲法の基本的な目的は、国家の包容的で、民主的、進歩的な再構築を通じて、社会的・人種的包容、多様性の建設的な認識、社会的正義といった基本的な目標を達成することである。憲法は、基本的人権に属する多くの権利を保障し、障害者の権利を含む権利侵害に対する楯となる。
 なお、2006年4月の民主化運動に先立ち、ネパールは10年間の長い武力紛争にさらされた。2006年11月21日包括的平和合意に署名したことを踏まえ、武力紛争は公式に終結した。民主化運動の功績を踏まえ、2007年に憲法が施行された。
 ネパールの憲法制定議会に関する最初の総選挙は2008年4月10日に行われた。しかし、新しい憲法を起草する権限を満たすことができなかった。このため、最初の憲法制定議会は2012年5月27日に任期満了となった。2回目の憲法制定議会の選挙は2013年11月19日に行われた。
 このように、ネパールは、民主化運動で得たものを統合し、かつ社会経済的な変化の過程を促進するため、民主主義国家制度を構築することに、現在も従事している最中である。

1954年市民自由法、1963年一般法典(Muluki Ain

 1954年市民自由法、及び、1963年一般法典(Muluki Ain)は、ネパールにおいて特に重要な一般法である。
 1954年市民自由法は多くの市民権と参政権を保障する。また、1963年一般法典(Muluki Ain)は、民法・刑法双方に関する法で、障害者に等しく適用される。これは従来のカースト制度を撤廃し、禁忌事項やカースト階層の除去によりカーストに基づいた差別撤廃を試みるものである。11回目、12回目の改正では、女性の権利に関する国際文書に従い、特に財産、結婚、離婚、中絶に関する条項を改定した。

1982年障害者保護福祉法

 1982年障害者保護福祉法及び1994年障害者福祉規則は、障害者の権利の保護及び促進に関する特別な規則を構成している。
 障害者保護福祉法は障害者の権利を保護し促進することを目的としている。障害者が社会の中で能動的で生産的な市民となるため、障害の予防、福祉サービスの提供、健康、教育、介護、障害者の研修の必要に焦点を当てている。障害者保護福祉法は、障害者の保護、福祉、健康、教育、リハビリテーション、開発に向けた一連の条項を含んでいる。現在、障害者権利条約に十分に対応させるため、ネパール政府は国内法の修正に取組んでいる。

2017年障害者権利法

 包括的な最初の報告でネパール政府は、より総合的で、人権に基づいたアプローチと完全に一致するために、障害者保護福祉法を代替するための法案を準備していると報告した。
 法案は「障害者」を、「長期にわたる身体的、精神的、感覚的損傷と様々な障壁との相互作用の結果、他の者と比較して十分で効果的な社会参加を妨げられる者」と定義する。
 また、「合理的配慮」を、障害者の人権を保障するための適切な修正や改良であり、かつ過度の負担を課さないものとして定義する。
 さらに、妥当な範囲において、すべての人によって使用可能な製品、環境、プログラム、サービスの設計を「ユニバーサルデザイン」と定義する。ここには、特定のグループの障害者の用いる補助具を含んでいる。
 その後、事前質問事項への回答においてネパール政府は、1982年障害者保護福祉法を廃止し、2017年に障害者権利法(DRA)を制定したことを報告している。

(2)障害者政策の枠組み

2010-2013年3か年暫定計画(TYIP

 2010-2013年3か年暫定計画(TYIP)は、包容的で、適切、かつ豊かな人権文化に基づいた国家を構築するためのネパールの長期的なビジョンを設定した。
その後のネパール暫定計画(2013~2015年)は、「障害者が尊厳をもって生活することができるよう、すべての種別の障害者に、敬意とバリアフリー社会においてエンパワメントする」ことを目標としている。

ネパール全国人権行動計画

 2004年以来、ネパールは、3つの周期にわたり全国人権行動計画を実行している。これらは、市民社会と共同で設計されたものである。2010年以後のネパール全国人権行動計画(2010-2013年)では、次の12の横断分野をカバーしている。教育、健康と人口、法制度改革及び司法管理、先住民及びダリット4、労働と雇用、平和の促進、文化的権利、環境と持続可能な開発、ネパール軍隊における人権保障、児童、女性及びマイノリティの権利及び社会正義、平和及び安全(法の施行及び人権保護)、公的建築物。

2006年障害に関する国家政策・行動計画(NPPAD

 「2006年障害に関する国家政策・行動計画(NPPAD)」は、障害者の地域での生活を促進するために様々な条項を設定している。NPPADは、障害者の地域に根差したリハビリテーション(CBR)、社会保障、持続可能な生活によって貧困を緩和し、障害者のリハビリテーションとエンパワメントを目的としたプログラムと、障害者へ住宅用長期低利貸し付けを提供する居住プロジェクトを開始した。また、障害者の地域に根差したリハビリテーションに 制度上の奨励措置を付与する戦略、そして、障害者の自立生活のためのCBRプログラムの拡大に取り組む。
この政策は、ホームレスの障害者へ住宅を建てるための土地を提供する取組をしており、また、相続した財産を活用することができない障害者の財産を保護するための政府による信託管理機構の設立も含まれている。

(3)国内の実施体制

1)中央連絡先

 女性児童社会福祉省が、すべての政府及び民間機関間の調整に関し責任を負う中央連絡先である。
 ネパール政府は各省における障害に関連する業務の中央連絡先としてファーストクラス・オフィサー(共同の長官)を指名した。中央連絡先担当者は、障害者関連法権利条約の各条項が各省によって実施されることを保証する。
 地域レベルでは、女性児童事務所が中央連絡先となる。ここが、すべての政府系機関や非政府組織を調整する役割を負う。

2)調整のための仕組み

 中央レベルでは、国家障害者調整委員会(National Disability Coordination Committee)が、女性児童社会福祉大臣を委員長として組織されている。委員会は、関連する省、市民団体、DPO、障害とリハビリテーション分野の専門家の代表から組織されている。
 地域における管理に関する長としての地区長官(CDO)は、障害者の権利が保障されることを担保する責任を負う。ほとんどの地区では、地区障害者調整委員会(DDCC)及びCBR監視委員会が組織されている。
 CBR監視委員会は、政府資金により実施されたCBRが計画通りに実行されることを保証し、DDCCは障害と開発のより広範な問題を調査する。
 さらに、障害者身分証明書配布委員会(disability identity card distribution committee)がすべての地区の中で組織され、そこには地区の病院の医師が参加している。委員会は、地域の障害 者団体やCBRプログラムと密に連携している。

3)独立した仕組み(監視)

 国別人権機関の中央・地方事務所が、人権侵害の状況を監視し、人権侵害が発生した場合に登録し、必要な処置を講じている。

4)市民社会など

 ネパール政府による包括的な最初の報告では、市民社会に関するまとまった記述はない。しかし、後述するパラレルレポートの提出状況や内容から、次のような団体・組織が活動していることが分かる。

Indigenous peoples from Nepal (ネパールの先住民)

 Nepal Indigenous Disabled Association (NIDA)、National Indigenous Disabled Women Association Nepal (NIDWAN)、Asia Indigenous Peoples Pact (AIPP)の3団体は、先住民の権利擁護に取り組む団体であり、合同でパラレルレポートを提出した。

National Federation of Disabled-Nepal(ネパール全国障害者連盟)

 障害種別を特定せずに組織された障害者団体で、パラレルレポートを提出した。

Women with Disability from Nepal(ネパールの障害女性)

 13の幅広い障害者団体が合同したグループで、パラレルレポートを提出した。このグループを構成する障害者団体は、以下のとおりである。
 Autism Care Nepal Society (ACNS)
 Blind Women Association - Nepal (BWAN)
 Down Syndrome Society, Nepal (DSSN)
 Independent Living Center for PWDs (CIL Nepal)
 National Association of the Physical Disabled - Nepal (NAPD)
 National Association of the Deaf and Hard of Hearing (NADH)
 National Federation of Disabled Nepal - Regional office (Makwanpur)
 Nawalparasi Association of the Deaf (NAD)
 Nepal Disabled Women Association (NDWA)
 Nepal Indigenous Disabled Women Association - Nepal (NIDWAN)
 Self-help Group for Cerebral Palsy
 Spinal Cord Rehabilitation center- Kavre
 Women’s Group for Disability Right (WGDR)

5)関係主体の全体像

ネパールの包括的な最初の報告などの情報を基に整理した、ネパールにおける障害者権利条約の国内実施体制の全体像を図表8-1にまとめる。

図表8-1 ネパールにおける関係主体の全体像 (図表8-1のテキスト版


4 ダリット(Dalit)とは、ダリト、不可触民とも訳される。カースト制度最下層に位置づけられている。

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