1 国際調査

1.9 イギリスにおける合理的配慮・環境整備と障害者権利委員会審査状況

1.9.1 障害者差別禁止法と国内実施体制

 イギリスは2009年に障害者権利条約を批准し、2011年には国連に包括的な最初の報告を提出しており、当時の障害者権利条約の実施状況が報告されている 。
 2014年秋には国連での報告審査が行われる予定だったが、2010年総選挙の結果、労働党政権から保守党政権への政権交代となり、障害者政策にも大幅な見直しが行われた。その影響から、市民社会によるパラレルレポートの作成が大幅に遅れ、主要な障害者団体などからのパラレルレポートは2016年末から2017年になってようやく障害者権利委員会に提出された。これを受けて、障害者権利委員会では、2017年3月開催の第7回事前作業部会でイギリスの包括的な最初の報告の検討を行い、事前質問事項を作成した。さらに2017年8月開催の第18会期において建設的対話を経て最終見解をまとめた。
 このような経過のため、イギリスについては包括的な最初の報告の記述と現在の状況が大きく異なっている。ここでは、包括的な最初の報告に加え、平成25年度以降に内閣府が行ったイギリスに関する調査結果を基に、障害者権利委員会による審査が行われた時点でのイギリスの関連法制、障害者政策、国内実施体制の概要をまとめる。

(1)イギリスにおける障害者関連法制

2010年平等法(Equality Act 2010

 イギリスにおける中核的な差別禁止法で、障害者政策の基盤となっている法律は、2010年に制定された2010年平等法(Equality Act 2010)である。2010年の法律が制定される以前には、1995年障害者差別禁止法によって、障害者差別禁止に係る事項について規定されていたが、この規定を基礎として見直しを図り、2010年平等法が制定された8。なお、2010年平等法は、北アイルランドには適用されない。
 2010年平等法は、それまで差別理由ごとに存在していた差別禁止法を整理し統合した法律であり、年齢、障害、性転換、婚姻及び市民的パートナーシップ、人種、宗教・信条、性別、性的指向を理由とする差別を禁止する法律である。

2012年福祉改革法

 2012年福祉改革法は、2010年の総選挙の結果、労働党のブラウン政権から保守党のキャメロン政権への政権交代後の、2012年3月8日に制定された。社会保障給付の受給者の労働意欲を高めながら当該制度の費用を削減することを目的とするものである9
 福祉改革法の柱である「ユニバーサル・クレジット」は、低所得層向けに実施されていた複数の給付制度を、単一の制度に統合するもので、失業者か否かを問わず勤労所得が基準の額に達するまで全額を支給し、これを超えると所得の増加に応じ一定の割合で減額される。
 一方、障害者に対して介護や交通手段に係る費用を支給する障害者生活手当は、ユニバーサル・クレジットへの統合の対象外となった。しかし、イギリス政府は受給者の削減に向けた措置として、現行制度の受給者のうち就労可能年齢層に対して、より支給対象を限定した個人自立手当(Personal Independence Payment)を2013年に導入、現在の受給者の再審査の実施とともに、新たな定期的審査制度を実施するとした。新制度の導入を通じて、受給者数の2割の削減が目標とされていた10

(2)障害者政策の枠組み

 イギリスの障害者政策に関する枠組みとしては、障害問題担当室(Office for Disability Issues:ODI)が策定している政府戦略「Fulfilling Potential: Making It Happen」及び、その基本計画「Action plan:Fulfilling Potential: Making It Happen」が挙げられる。「Fulfilling Potential: Making It Happen」は、キャメロン政権が策定したイギリスの障害者政策の基本戦略で、2013年7月に公表された11。ただし、この戦略は、その多くがイングランドのみに適用されるものであり、自治政府(スコットランド、ウェールズ、北アイルランド)は、障害者に関する独自の政策を有している12
 イギリスでは、2010年以降、福祉改革法に代表される緊縮財政削減プログラムが講じられ、障害者政策に大きな影響を及ぼした。さらに、2016年には、EU離脱の国民投票に伴いキャメロン首相からメイ首相へ交代している。「Fulfilling Potential: Making It Happen」について、現在のイギリス政府サイトでは「2010年から2015年の保守党・自民党連立政権の下で公表されたものである」としているが、メイ政権発足以降の障害者政策に関する総合的な取組については、政府サイトでは言及されていない。

(3)国内の実施体制

 イギリスでは、2010年の政権交代に伴い、関連組織の変化がみられた。そのため、包括的な最初の報告で言及された平等2025やNetwork of Networksといった仕組みは、現在機能しておらず、別の仕組みがこれに置き換わっている13。2010年前後の体制変化については、『平成25年度障害者権利条約の国内監視に関する国際調査報告書』第4章を参照されたい。
 キャメロン政権時の国内実施関係主体の全体像を図表9-1に示す。ここに示す実施体制については、『平成28年度障害を理由とする差別の解消の推進に関する国外及び国内地域における取組状況の実態調査報告書』に詳述されているので、参照されたい。ここでは、国内実施体制の要点をまとめる。

1)中央連絡先兼調整のための仕組み

 障害問題担当室は障害問題全般を扱う組織として労働年金省の中に2005年に設立された。さらに、各自治政府には条約実施の中心となる副中央連絡先(sub-focal points)が存在する14
 障害問題担当室の役割としては、政府間における障害者権利条約の実施の調整の他、「Fulfilling Potential」及び政府横断的な障害戦略の開発・監視、障害者・保健・労働国務大臣の政府横断的な役割の支援などがある15

2)独立した仕組み

 イギリスでは、国内の4つの独立委員会が、障害者権利条約第33条2項で要求されている独立した仕組みに指定されている。4つの委員会とは、平等人権委員会(EHRC)、北アイルランド人権委員会(NIHRC)、北アイルランド平等委員会(ECNI)、スコットランド人権委員会(SHRC)である。
 これら4つの委員会は、イギリスの独立した仕組み(the United Kingdom Independent Mechanism;UKIM)として、2017年2月に、報告書を国連に提出している。また、この報告書に加え、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドに関する地方の補足報告書を作成、提出している。

3)市民社会

 イギリスでは、障害者権利条約の批准過程及び包括的な最初の報告の作成において、市民社会が重要な役割を果たしたとされる16。障害者権利条約の批准に向けた過程において、イギリスの主要な障害者団体はThe UN Convention Campaign Coalitionというネットワークを通じて大きな影響力を及ぼしたが、障害者権利条約の批准後に解散している。また、障害者権利条約の批准時に中核障害者団体として機能していたのはイギリス障害者評議会であったが、現在は機能していない。障害問題担当室は、市民社会の参加の場として、Network of Networks、平等2025といった仕組みを構築したが、これらも現在、機能していない17。これらに代わるものとして、キャメロン政権では後述するFulfilling Potential Forumが作られている。

4)その他

1 合同人権委員会(Joint Committee on Human Rights
イギリスにおける人権保護と促進に関する進捗状況の監視を補助するために、イギリス議会は合同人権委員会(Joint Committee on Human Rights)という特別委員会を設けている。合同人権委員会は下院と上院から選任された12人の委員で構成され、各所に人権問題に関する照会を行い、その結果を議会に報告・提言する。また、合同人権委員会は人権問題の観点からすべての政府法案を精査し、欧州裁判所やイギリスの裁判所が認定した人権問題について政府が適切に対処しているかを調査する。この作業の一環として、障害者権利条約上の権利と齟齬があるとの裁判所の判断を受けて、法令を改正する是正命令を政府がどのように出したかを調査する18。このような役割の下、2016年3月14日に、"The Equality Act 2010: the impact on disabled people"という題名の調査報告書を公表している19

2 Fulfilling Potential Forum
Fulfilling Potential Forumは、政府及び障害者団体が「Fulfilling Potential: Making It Happen」で示された障害者が指摘した主要な成果の改善のため、政府の戦略、方針について議論するフォーラムであり、障害者の利用者主導団体(Disabled People’s User Led Organisations;DPULOs20を含む、イギリス全土の約40の障害者団体がフォーラムメンバーとなっている21。フォーラムは、障害者国務大臣及び、介護・支援国務大臣が招集している 。政府は、市民社会の参加を担保するものとして、これを設置したとみられる。2016年11月までに7回開催されているが、2017年以降の活動は確認できない。

3 障害者に関する部門間大臣グループ(Inter-Departmental Ministerial Group on Disability
Fulfilling Potential」の実施に関する政府機関内の組織として、障害者に関する部門間大臣グループが設置されている。この組織の目的は、障害者が社会に包容され、「Fulfilling Potential」に基づき、その望みを実現する機会を得るよう進歩を促進することである。障害者国務大臣が議長を務め、グループは、年4回会合を持ち、14の政府部門で構成される22。ただし、現在、この組織が機能しているかどうか確認ができない。

5)関係主体の全体像

イギリスの包括的な最初の報告などの情報を基に整理した、イギリスにおける障害者権利条約の国内実施体制の全体像を図表9-1にまとめる。

図表9-1 ネパールにおける関係主体の全体像 (図表9-1のテキスト版


8 1995年障害者差別禁止法については、『平成27年度合理的配慮提供に際しての合意形成プロセスと調整に関する国際調査報告書』第3章を参照。なお、2010年平等法の施行前後(2010年10月1日)で、差別に関する苦情申立てに関して適用される法律が異なる。差別を受けた日が、2010年平等法施行以前の場合には、1995年障害者差別禁止法など、別の法律を根拠として違法行為が規定される。
9 河島太朗 2012「【イギリス】2012年福祉改革法の制定」『外国の立法』 (252-2), 8-9.
10 独立行政法人労働政策研究・研修機構国別労働トピック2012年5月「福祉改革法、成立―就労促進を主要目的に」http://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2012_5/england_02.html(2018年3月末アクセス)
11 イギリスの障害者政策については、『平成25年度障害者権利条約の国内モニタリングに関する国際調査報告書』第4章(2)-2)を参照。
12Fulfilling Potential: Making It Happen - Strategy Progress Update」p.6
13 『平成25年度障害者権利条約の国内モニタリングに関する国際調査報告書』p.10
14 『平成25年度障害者権利条約の国内モニタリングに関する国際調査報告書』p.10
15 イギリス政府サイト https://www.gov.uk/government/organisations/office-for-disability-issues/about
16 『平成25年度障害者権利条約の国内モニタリングに関する国際調査報告書』p.11
17 平等2025、Network of Networks については、CRPD/C/GBR/1 paragraph 352-353
18 Core document forming part of the reports of States parties United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland」 paragraph 185-186
19 https://publications.parliament.uk/pa/ld201516/ldselect/ldeqact/117/117.pdf
20 ただし、障害者の利用者主導団体の強化のプログラムは、2015年3月で終了している。https://www.gov.uk/government/collections/strengthening-disabled-peoples-user-led-organisations
21Fulfilling Potential: Making It Happen - Strategy Progress Update」p.14
22Fulfilling Potential: Making It Happen - Strategy Progress Update」p.15

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